午前の訓練を終えて
キクチ視点
キクチとワーカーオフィスから派遣された観測員、それと都市から派遣された観測員達は、この瓦礫上一帯を観察できるように観測機を飛ばし、シドとライトが行う訓練の様子をモニター越しに見ていた。
都市から送られてきた観測員たちは、こんな訓練に意味があるのかとせせら笑っていたが、訓練が進むにしたがって、この訓練がどれだけ過酷かが分かるようになってきたようだった。
ライト組の方は、指定されたコースから少しでも迂回しようとすると、ライトから容赦なく銃撃を飛ばされ、無理やりコースに押し戻されていく。
コースを走り終わった時には全員が地面に倒れ、中には吐いている者も散見された。
本来の訓練ならこの時点で午前の訓練は終わりだ。というか、普通はここまでしない。
だがライトは、メンバー全員に回復薬を飲ませ5分後に同じコースを戻る様に指示を出し、この時もコースから外れようとする者は弾丸を撃ち込まれていた。
シドの方はさらにひどい。
訓練生と第三区画の者達より、さらに険しいルートを走らせ、ライトと同じようにコースから少しでも逸れようとすると弾丸を撃ち込んでいる。
コース終盤で一人が瓦礫の山から転げ落ち、動かない事を確認すると、シドは彼を担いで他のメンバーを追いかけていった。
そしてこちらも全員に回復薬を飲ませ、5分後に同じコースを戻る様に指示を出す。
両者共、午前いっぱいに時間を使い2往復させると、昼休憩を言い渡し、2人でなにやら話をしていた。
キクチは思う。
(これを訓練と言っていいのか?)
そう考えていると、都市から派遣されている観測員達が声を上げた。
「・・・これはやり過ぎだ。こんなものを訓練と称して強要するのは間違ってる!」
「今すぐに止めさせるべきだ!この訓練の意味が分からない!!それに、あんな高価な回復薬を消費してまで行う意味があるのか?!」
騒ぐ観測員達(都市)に辟易としながらも、キクチもこの訓練の意味を知りたいと考え、シド達に説明させようと提案した。
「シドに説明させよう」
そういい、キクチはシドを呼び出すと、直ぐにシドはキクチ達の元までやってくる。
「何かあったのか?」
「いや、この訓練の主旨を聞きたくてな」
キクチはそう言うと、観測員(都市)がいきり立って喚き始める。
「こんなのは訓練とは言わない!即刻中止すべきだ!!!」
観測員(都市)の言葉を聞き、シドはキクチに向かって言う。
「訓練内容に口は出さない契約だぞ?」
「ああ、彼らの言う事は無視して構わない。だが、この訓練にはどう言った意味がある?」
シドとキクチの態度に、頭に血が上る観測員だが、再度叫ぶ既の所で、この計画はゴンダバヤシの許可の元に行われている事を思い出す。
真っ赤な顔で歯を食いしばりながらも口を閉じて堪えることが出来た。
「この訓練か?これは最低限の体力を付ける為だな」
「それにしても瓦礫や岩を乗り越える必要があるのか?空いてる場所を走るだけでもいいと思うんだが・・・」
「これは遺跡から撤退することを想定してるんだよ。大体ここを2往復出来れば、浅層奥部くらいからでも走り続ける体力が付くんだ。瓦礫を乗り越えたりするのも、遺跡の中には瓦礫の山になってる所が沢山あるからだな」
「ワーカーが遺跡の中を移動する際、瓦礫の上に登ったりしない!常識だろう!」
観測員(都市)が再度声を大にする。
「・・・何に怒ってんのか分からねーけど、ちょっと落ち着けよ。撤退中ってのは自分が想定したルートを通れるとは限らないだろ?もしかしたら3方を瓦礫の山に囲まれた場所に追い込まれる可能性だってある。その時に乗り越えられるのと乗り越えられないのとじゃ取れる選択肢がかなり違う」
「そんな状況が何度も発生するものかッ!」
「そうだろうな。でもな、一回発生したら死んじまうんだよ、ワーカーは。あんたらからすれば、ワーカーが一人減ったで済むかもしれないけどな、俺達は死ぬんだ」
そういい、シドは今もまだ起き上がらずに地面に寝そべっている訓練生たちを指して言う。
「あそこでぶっ倒れたままの奴等はな、遺跡の中で遺物も武器も全部放り出して逃げ出しても、逃げきれなかった連中だ」
そう言われ、観測員(都市)も口を閉じる。
「今起き上がって飯食ってる奴らは、次のチャンスがある。生き残ってるからな。でも、あいつらはダメだ。このまま遺跡に行ったら間違いなく死ぬ。そうならない為の訓練だ。ワーカーとして完全敗北しても生き残れる可能性を作る為の訓練だ」
シドはそう言い、ワーカー組の方を指す。
「ワーカーとして生き残って来た人達を見ろよ。もう次に備えて回復してきてるだろ?ああならないとワーカーとしては生き残れないと俺は思う。あそこまで出来てもまだ不安があるからこうやって訓練に参加してるんだろ?」
そう言われると納得するしかない。
キクチも観測員達も黙って納得するしかなかった。
「まあ、本人が辞退するって言うなら止めないぞ。そういう約束だからな」
シドはそういい、自分も昼食を取る為に戻っていく。
キクチはシドの意見を聴き、今までの養成所の訓練がどれだけ現場に則していなかったかを実感した。
ワーカー組視点
「・・・・レーションがこんなに優秀な食べ物だって感じたの初めてよね・・・」
アズミが支給されたレーションを齧りながらそう零す。
「ほんとよね。普通のお弁当とかだったら確実に吐いてるよ」
アズミの言葉に頷きながらミリーもレーションに齧り付いていた。
「いやはや、今までどれだけヌルイ環境で訓練してきたかを思い知らされたな」
同じようにレーションを口に放り込みながら会話に混ざるラインハルト。
「最初は昼食がレーションだと言われた時は、少しガッカリしたけど・・・これが正解よね・・・」
アリアもようやく話せるだけの体力が回復したのか、会話に参加してくる。
「みんな、食べれるだけ食べた方が良いよ。今なら飲んだ回復薬が消化吸収を手伝ってくれるから」
「そうそう、今腹いっぱいにしとかないと、午後の訓練でマジ動けなくなるから」
タカヤとユキも会話に混ざり、午後の為にもっと食えと促していた。
「・・・・・なあ、午後の訓練ってどんなものか予想できるか?」
同じようにレーションを齧っていたキサラギが、タカヤとユキに質問する。
「・・・・・・たぶんだけど、この感じなら戦闘訓練・・・っていうより、逃亡訓練かな?」
「そうだな~、また追い掛け回されるんだろうな・・・」
「逃亡訓練?」
アリアが不思議そうに2人に聞く。
「ああ、みんな自分達の銃は持ってきただろ?非殺傷弾を装填した銃と瓦礫入りのバックパックを背負って、シドさんから岩場の中を逃げ回る訳だな」
「そうそう、それで追いつかれたら撃たれるの。撃たれても絶対に銃は手放すなって言われてね」
タカヤとユキは思い出すように、訓練内容を語っていく。
「それって反撃してもいいのよね?」
アリアは逃げるだけと聞いて少し不満そうに聞く。
「ああ、構わないぞ。撃ち返す余裕があったらな。俺達も最初は応戦しようと考えたけど、そんな余裕なく散々に蹴散らされた」
「それって1対1で?」
「ううん、あの時はライトと私たちの3人で戦ったかな」
「でも今の状況なら対等に戦えるんじゃない?こっちはワーカー7人なんだし」
アリアがそういうと、慌ててキサラギが声を上げる。
「待て待て!俺を戦力に数えるなよ!?俺はワーカーじゃない!!!」
その言葉を聞いて、アリアは あ、そうか といった顔をして言葉を続ける。
「あ、ごめん・・・でも、あなただってスラム組織の幹部なんでしょ?武闘派の。銃くらい撃てるんじゃないの?」
「ああ、そうだよ。でも、俺はアンタ達みたいにモンスターと戦った事は無いし、一度シドに殺されかけたからな・・・」
「「え?!」」
タカヤとユキが驚きの声を上げる。他の4人も驚いた顔をしてキサラギを凝視する。
「・・・なんでそんな事に?・・・・あなたどうしてこの訓練に参加してるの???」
アズミがそうキサラギに聞く。
「・・・・・ん~・・・・ライトは1年くらい前まで俺達の組織の構成員だったんだが、アイツが抜けようとしてる所を俺が部下を連れて連れ戻しに行ったんだ。そしたらシドと戦闘になってな、俺は顔面を割られて、他の奴は全員殴り殺されてたよ。その後色々あってウチのボスが話を付けてくれてな。和解した後は・・・まあ、訓練に参加しないかって声が掛かるくらいの間柄には修正できたって感じだ。俺はボスに言われてこの訓練に参加してる」
タカヤとユキは、ビルの話と似てるなと思った。
「私はスラムの事は分からないけど、そういう場合って復讐しようとか考えるんじゃないの?」
アリアは何となくのイメージでスラム街の組織の事を想像して聞いてみる。
「普通ならそうだ。俺たちも舐められたら終わりだからな・・・でもアイツ相手だと話が違う。俺たちを殴り倒した後、そのまま俺達を引きずってホームまで乗り込んだんだ。そこで・・・その時の武力担当トップ、俺の上司が激昂してシドを攻撃しようとしたんだが、アイツは上司が撃つ前に攻撃して、壁のシミに変えやがった・・・・俺は何が起こったのかも分からず固まって動けなかったよ。
混乱してる内にボスと話が付いて、アイツは帰っていったんだが・・・もし、あのまま戦闘になっていればドーマファミリーは壊滅してただろうな」
防壁内で育った4人はシドの行動の過激さに引き気味になるが、シドの人となりを知っているタカヤとユキは「やりそうだな~」とつぶやく程度に終わる。
「大丈夫ですよ。シドさんは理不尽な相手とか、武力行使に出た相手には容赦しないけど、普通にしてれば普通に対応してくれますし」
「そうだな。仲良くしてれば凄く頼りになるぜ?」
ユキとタカヤはシドのフォローに入る。
しかし、キョウグチ地下街遺跡でシドと揉めたアリアは気が気では無かった。
「・・・・・・私、この前遺跡でシドと揉めたんだけど・・・・・・」
「ああ、シド君が食事中に絡んでいたな」
ラインハルトもあの時の事は印象に残っている。その後の戦闘で、シドとライトの強さをまざまざと見せつけられたからだった。
「でも、昨日遺恨なしになったんじゃないですか?なら気にすること無いですよ」
「そうそう、あまり引っ張る方が嫌がると思うぞ?」
ユキとタカヤがアリアに気にするなと励ます。
「そういえば、シド君って一人でバウンサーを全滅させたんだよね?」
「・・・・午後からの訓練はだいぶ気合いれないと危ないかもしれないわね・・・・・」
ミリーとアズミはシドが以前、戦闘特化と噂されていたワーカーチームを壊滅させていたことを思い出す。
「え?!バウンサーの壊滅ってシドがやったの?!」
「それはかなりのニュースですよ?!」
バウンサーの壊滅の件を情報として知っていたアリアとラインハルト。しかし、それを行った人物は謎のままだったのだが、まさかシドが行った事だとはと驚く。
「ああ、ありましたね。あれは私たちがアズミさん達に誘ってもらった時だったっけ」
ユキもその時の事を思い出したかのように話す。
「軽くないか?!レイブンワークスでもかなり話題になったんだぞ?!」
「ラインハルト。今は消えたワーカーチームより、そのチームを壊滅させた張本人とドンパチやる事を考えようぜ。確実に今までのプライドとか自信が粉砕されるから、覚悟が必要だぞ」
タカヤの言葉はラインハルトだけでは無く、この場にいる全員に向けた言葉だった。
「相手はバケモノだ。午後からはしっかり作戦を立てないと5分も経たずに全滅するだろうからな。今の内に作戦会議しとかないか?」
「そうだね、この中でシーカー志望なのは私だけだよね?他に情報収集機を持ってる人っている?」
タカヤとユキが率先して午後の訓練の作戦を立て始める。
ユキが他に情報収集機を持っている者はいるかと聞いてきた。誰か一人でもシドの動きを捕捉できる者がいれば作戦の幅が大きく広がるからだった。
ユキは全員を見回すが、アズミ以外の全員がNOを示す。
「アズミさんの情報収集機の性能だと、シドさんの動きはそこまで正確に把握できないですよね・・・」
「そうね、モンスターから不意打ちを食らわない程度の感覚で買った物だから・・・」
この場に広範囲索敵が出来る者はユキしかいないことが確定した。
「わかった。とにかく最初の一回目はとにかく逃げ回る事にしよう。私が先導して逃げるルートを探して、接近されたらタカヤとラインハルトさんとアリアさんと私がシドさんの足止め。アズミさんは左方向・ミリーさん直進・キサラギさんは右方向に全力で逃げる。これでどうかな?」
「私たちは戦わなくていいの?」
ミリーがそうユキに質問する。
「うん、最初の一回目は、戦闘は無意味だと思う。逃げに徹してひたすら時間を稼いでほしい。そうすれば、全滅するまでの時間が伸びると思うから」
「全滅するのは確定なのか?」
ラインハルトがそう聞いて来る。アリアも同じように思っている様だった。
「・・・・うん、それが5分後なのか30分後なのかは分からないけど、全滅するのは確実だと思う。私たちが訓練を受けた時もシドさんを倒したことは一度も無いから」
ユキの言葉に、全員の視線がタカヤに向けられる。
「そうだな。ていうかさ、あの人って非殺傷弾で倒せるのか?実弾でも弾き飛ばしながら突っ込んで来そうだぞ?」
タカヤの言葉にユキは苦笑いをしながら頷く。
「・・・・・厳しい訓練になりそうだな」
ラインハルトの言葉が、この場にいる全員の心を代表していた。
昼休憩の終わりが近づいて来る。
全員が今から死地に赴くような表情で訓練の準備をしていた。
防護服をキッチリと着こみ、隙間が発生していないかをお互いで確認し合い、回復薬の確認と銃の点検を行っていた。
そこに、シドが近寄って来て声をかけてくる。
「そろそろ午後の訓練だけど、もう午前の疲れは抜けてるか?」
「おう、全員大丈夫だぜ」
タカヤが代表して答え、シドは全員の顔を見渡して確認する。
<なんか、やたら気合入ってるみたいだな>
<その様ですね。現役でありながら訓練に参加しようとする者たちですからね>
どこかイデアから嬉しそうな雰囲気を感じる。
「おし、午後からの訓練の説明をするぞ。まず、全員でバックパックの半分まで瓦礫を詰めて背負う。その状態で俺が襲い掛かるから、協力して逃げ回ってもらう。タカヤとユキは他のメンバーの護衛として行動しろ。俺はお前等2人以外を攻撃して、全員のキル判定が出たらお前等二人と戦うからな」
シドが言った内容は、タカヤとユキが訓練を付けてもらった時にライトに出した条件と同じだった。
あの時のライトと同じ評価がもらえた様で少し嬉しくなるタカヤとユキ。
「わかった。作戦は私たちの自由でいい?」
ユキがそういうと、シドは直ぐにOKを出す。
「ああ、好きにしてくれ。じゃ、10分後に行動開始、俺はその5分後に動くからな」
「あ、シド。待ってくれない?」
作戦会議の邪魔にならない様に離れようとしたシドをアリアが呼び止める。
「私たち5人で話し合ったんだけど、最初の一回目は手加減抜きの全力でやって欲しいの。お願いできる?」
アリアの言葉を聞いて、タカヤとユキは驚愕の表情でアリアを見る。
「2人共ごめん。でも、シドの実力がどれくらいなのか体験したい。強いのは分かってるけど、シドの本気と今の私たちとの差がどれくらいなのかハッキリさせておきたいんだ」
アリアの目は真剣で、他の4人も同じようは目をしていた。
シドはその心意気に真剣に応えることにした。
「わかった。全力でやるよ」
「ありがとう」
アリアは頭を下げてお礼を口にする。
シドはそのまま、離れて行き、自分たちが行動を開始するのを待つようだった。
「タカヤ、ユキ、ほんとにごめん。でも、どうしても確かめたい。シド君と私たちの力の差を・・・」
今度はミリーが代表して2人に謝る。
「強いのは分かってる。でも、最初から手加減されて倒されるのは納得がいかない。俺たちはワーカーなんだ。最初の一回目は全力で戦ってみたい」
ラインハルトもシドの全力を体験したいらしい。
「俺はどっちでもいいんだがな・・・でも、俺達と懇意にしてるワーカーの全力がどんなものか知るにはいい機会だしな」
キサラギは組織の幹部らしい思考で考えたようだ。
アズミに視線を向けても、皆と同じ考えのようだ。
「・・・よし!!んじゃ、全力のシドに一泡ふかせてやろうぜ!!!!」
タカヤはヤケクソの気炎を上げて全員のテンションを挙げようとする。
「そうだね!皆頑張ろう!!!」
ユキもタカヤの意気に乗り、気合を高めていく。
全員の結束が高まっていくのを感じながら、訓練開始までの時間を過ごし、遂に訓練開始の合図がシドから出される。
ユキが先頭に立ち、アズミ・ミリー・キサラギ・アリア・ラインハルト・タカヤの順で隊列を組み、岩場の中に駆け込んでいく。
遺跡の中に侵入していく以上の緊張感を全員が纏いながら。
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