訓練開始 前日
イデア監修ブートキャンプの開催が決定してから1週間が過ぎる。
参加者はキクチが集めて来た17人、アズミ・ミリー・タカヤ・ユキ の4人、それとドーマファミリー構成員15人の36人が参加するメンバーとなる。
このメンバーで訓練を行うにあたって、イデアがキクチに要求したのは4点。
まずは回復薬。
これは訓練の柱の一つで、過度な負荷をかけた体を修復し、超回復を急速に行うことによってトレーニング効果を爆速で高める為の物であり、一箱100万コール以上のものを全員に配布することになった。
この時点でかなりの予算になるのだが、それ以下の回復薬では効果が薄く、訓練に支障が出る為イデアは必ずこのランクの物を用意するようにと要求した。
そして全員分の防護服とバックパック。
この訓練は当然シドやライトに追い掛け回され撃たれることを前提にしているが、あまり高性能過ぎるとダメージが通らなさ過ぎて、本人の耐久力を上げる効果が減ってしまうため、初心者用の防護服を要求。そしてバックパックは耐荷重80kgの物を要求した。レンタル扱いだが自身の装備として使い続けたい場合はワーカーオフィスからローンで購入することとする。
大量の非殺傷弾とそれぞれの希望する銃器。実弾仕様のみで榴弾やエネルギー弾仕様は不可とする。
射撃訓練・戦闘訓練に使用する消耗品として要求。銃はこちらも基本はレンタルだが、もしワーカーとして活動する際も使用し続けたい場合は、ワーカーオフィスからローンで買い取ることとする。
そして全員分の宿と食事。
他のワーカー達には申し訳ないが、以前シドとライトが定宿にしていた宿、ダゴラ・インを38部屋を1か月間、確保を行ってもらった。良質な食事と、回復薬入りの入浴設備。訓練後の体調管理には最適な環境があるこの施設をイデアは最も確保したいと要望を出した。
後は最初の1週間だけ送迎が付くようにしてもらい、それ以降は自分の足で宿まで帰ってもらう事にする。宿に帰るまでが訓練なのだ。
1週間で用意するのは無茶なのでは?と思われたが、キクチは全て手配を完了する。
なにやら、ダゴラ都市以上の存在がこの計画に関わっている様な気配がするとライトは感じた。
<いよいよ明日からですね>
<そうだな>
<そうだね>
今シドとライトは、ホテル ダゴラ・インの前で訓練参加者が到着するのを待っている状況だった。
訓練開始は明日から。今日は一度ダゴラ・インに集合し、全員で顔合わせをしておこうということになった。
<打合せ通り、最初の1週間はタカヤ達と同じ感じでいいのか?>
<そうですね。その結果で体力が基準以上の者はシドが、基準未満の者はライトが担当としましょう>
<・・・・まさかボクもこの銃を持つことになるなんてね・・・・>
シドとライトは、あのクソザコ銃とシドが呼んでいる、ファクター205を配布されていた。
<彼らの防御力が低い状態でA60やハンター5を使用した場合、非殺傷弾でも訓練続行不可能になりかねません>
<まあ、一応俺たちの装備はT6に積んでるから何かあった時はどうとでもなるだろ>
<そうだけど・・・・試し打ちした時は玩具の銃を撃ってる感覚になったよ・・・・>
<ライトは最初からMKライフルでしたからね。それに今のハンター5に比べれば非常に貧弱な銃になりますし>
<お前はまだマシじゃないか?俺は本当に撃ってるのか不安になるんだよな~・・・・>
シドとライトは、タカヤやユキと訓練した時と比べて、身体能力が大幅に向上しており、荒野仕様の銃器では玩具と同じに思えるほど頼りなく感じていた。
しばらく待っていると、スラム街の方からの参加者が歩いて来る。
キサラギを先頭に、15名の構成員がこちらに向かってきた。
キサラギはシドの前まで来ると、チラっとだけライトにも目線を向け、頭を下げて挨拶を行ってくる。
「今日からお世話になります」
「「「「「「「「「「お世話になります」」」」」」」」」」
キサラギに続き、全員が頭を下げて挨拶をしてくる。ライトは約1年前まで所属していた組織の構成員達が自分達に頭を下げている事に不思議な感情を抱く。
「おう、よろしくな。まさか戦闘員トップのキサラギまで来るとは思わなかったけどな」
シドがルインに話をした際、組織所属の戦闘員の訓練参加をその場で決定した。メッセージで参加メンバーのリストを送って来たが、その中にキサラギの名前もあったのだ。
「ええ、まあ、俺がトップなんで腕っぷしでコイツ等に負ける訳にはいきませんから」
「そうか、でも・・・なんでそんな話し方なんだ?」
「それは教えを乞う相手ですから。ケジメは付けませんと」
なんとも律儀な男であった。そういえば、最初に会った時も、殺す前の相手に名乗っていたなと思い出すシド。
「そっか。まあ、頑張って付いてきてくれ。訓練が始まったらその言葉遣いも不要だぞ。丁寧に話す必要はないからな」
「はい。わかりました」
そうこうしていると、タカヤ達が姿を見せる。
アズミ・ミリー・タカヤ・ユキの4人がやってきてお互いに挨拶を行う。
「久しぶり・・・ってほど時間はあいてねーな。今回はありがとな。シドさんにライト」
「よろしくお願いします」
まずはタカヤとユキが挨拶を行い、続いてアズミとミリーが挨拶をしてくる。
「こんにちは。無理を言ってごめんなさいね」
「楽しみにしてたよ」
「いえ、なんだか話が大きくなってますけど、手は抜きませんので安心してください。それと訓練が始まったら敬語は使わないので」
「ええ、分かってるわ。私たちも頑張るからビシバシお願いね」
アズミはそういいシドとライトに笑いかけた。
タカヤとユキはこの訓練を経験した者として考える。
今のシドとライトにビシバシに鍛えられたら生きていられるのだろうか?と。
そして、最後にキクチが現れ、その後ろにはキクチが選定したであろうワーカー志望者たちがいた。中には志望者では無く現役のワーカーと思わしき者たちもいた。
「おう、お前等、待たせたか?」
「いや、時間ぴったりだから大丈夫だぞ・・・・それにしても、そっちにも現役がいないか?」
「ああ、リストは送っただろ?レイブンワークスの若手だ。あそこは前回の遺跡攻撃チームが全滅してるからな。人員の補強が急務なんだ。実力を上げたいって連中ばかりだから途中で投げ出す事はないだろう」
キクチが連れて来たものは15名が現在養成所に所属しているが、一般応募で所属し今回の訓練に参加応募した者たちと、レイブンワークスから若手で最も成績のいい者と、実力を高めることに貪欲な者の2名が参加することになったようだ。
「よろしく、俺はレイブンワークスに所属しているラインハルトだ。君たちとはキョウグチ地下街遺跡で会ったね」
ラインハルトと名乗った青年は笑顔でシドとライトに握手を求めてくる。
「ああ、あの防衛チームの時の」
「お久しぶりです」
シドとライトも覚えていた様で、握手に応じた。
<あの時のイケメンが現れたぞ?どうするライト>
<どうするってなに?>
<あのメンバーの中では飛びぬけて優秀でしたね。それともう一人も印象に残っているのでは?>
イデアにそう言われ、もう一人に目を向けると、あの時シドに食って掛かっていた女性ワーカーが居た。
「・・・アリアよ・・・・あの時はごめんなさい・・・初めての大仕事だったからピリピリしてた・・・・・」
「シドだ。あの時の事はもういいよ。終わったことだし。訓練頑張って付いてきてくれな」
「・・・・・そう。でも!私は強くなりたいの!もし、内容が腑抜けてたら速攻で抜けるからね!!!」
「ああ分かった。こっちも満足できるように気合いれるよ」
シドは強くなろうとする彼女に少し好感を抱く。
<ふむ、これは私も気合を入れなければなりませんね>
<・・・・・やり過ぎないようにね?>
アリアとシドのやり取りを見て、タカヤとユキが驚愕の表情を浮かべる。
「おい、あれ以上に厳しくなるのか?」
「・・・・大丈夫。私たちも成長したんだよ?・・・たぶん」
小声で話し合うタカヤとユキの様子を見たキサラギが、少し遠慮がちに声をかける。シドやライトと友人関係なのは何となくわかった為、少し情報収集をしようと考えたのだ。
「すまない。君たちはあの2人の友人だろう?今回の訓練ってどんな内容なんだろうか?」
キサラギに話しかけられたタカヤとユキは少し戸惑ったが、ユキが直ぐに聞き返す。
「ええっと、はい、ライトとはワーカー養成所で知り合いました。失礼ですけどあなたは?」
「ああ、申し訳ない。俺はキサラギといって。ライトが所属していたスラムの相互組織に所属している」
「ああ、ドーマファミリーの・・・ええっと、訓練内容までは分かりません。でも、シドさんの訓練には参加させてもらった事はあるんですけど・・・・最初の半日で逃げ出したくなります・・・」
最後の方で前回の地獄を思い出したようだ。
キサラギはその表情から、明日から自分たちが参加する訓練の過酷さを正確に察した。
ワーカーへの道を諦め、組織の戦闘員となった自分に耐えられるのか?いや、耐えねばならない。逃げ出したところで自分に居場所などないのだ。
そう思い、明日からの訓練に向けて覚悟を決める。
「情報ありがとう。覚悟が決まったよ」
ユキはキサラギの表情を見て、何となくこの人は最後まで付いて来るだろうと感じた。
「はい!お互い頑張りましょうね!」
屈託なく笑うユキの表情は、スラムに生きるキサラギには少し眩しすぎた。
全員が宿に入り、各々好きに過ごす。
シドとライトの元にキクチが現れ、明日からの予定を確認してきた。
「明日は8時に訓練場になる荒野に向かうで良かったよな?」
「ああそうだ、昼食の準備も頼んであるよな?」
「もちろんだ。高エネルギーレーションを頼んである」
「レーションな~。それもいいけど、ここの携帯食も美味いんだぞ?」
「シドさん、最初に固形物なんか食べたら皆吐くよ?」
「・・・・・そこまでか?」
「現役ワーカー達の体力は分からないけど、ワーカー志望者とかスラムの人たちは無理だと思います。タカヤも訓練初日の1時間で朝食を綺麗に吐き出しましたから」
キクチは訓練自体には参加しない。しかし、この訓練内容は今後、ワーカーオフィス主導の訓練施設のひな型になりえる物だ。しっかり調査記録をつけなければならない。
「・・・・・明日にはワーカーオフィスと都市から派遣された調査委員が合流するからな」
「それは構わないけどさ。訓練内容に文句付けないって約束忘れるなよ?メンバーの離脱は自由なんだからな」
「ああ、それは分かってるよ」
今回の訓練は、参加メンバーの途中離脱は自由に行っていい事になっていた。
シド自身も、あの訓練に全員が付いて来られるなど考えていない。何が何でもワーカーとして生きていく力がいると、本心から望み、その力を手に入れようとする者しか耐えられない内容になっていた。
しかし、その気持ちが無ければ金の為に命など賭けられるはずがない。これはシドの持論でもあった。
愚痴をこぼすのはいい、文句を言うのもいい、反吐など盛大に吐き散らかせばいいのだ。だが、最後までやり切る気概が必要だとシドは考える。
でなければ、いつ死んでも可笑しくない遺跡の中に足を踏み入れる資格は無いと思っていた。
そして、その気概を持つ者を外野の雑音で邪魔することは許さない。それはこの依頼を受けると決まった時にキクチには伝えていた。
「それならいいけど」
「ああ、都市側の連中が何か言ってきても責任持って俺が黙らせるさ」
「キクチさんって、都市の職員より権限上なんですか?」
ライトは疑問に思ったことを聞いてみる。
「いいや?でも、この件に関してだけは都市側を黙らせることが出来るんだよ。なんたって、喜多野マテリアルから直接の命令だからな。俺がこのプロジェクト責任者って事になってる。下手に邪魔したら喜多野マテリアルの威光をこれでもかと振りかざしてやるさ」
キクチは笑いながらそういう。
「・・・・・これって喜多野マテリアルからの依頼なんですか?」
ライトは喜多野マテリアルの名前が出たことに驚きを隠せなかった。
「まあな、ゴンダバヤシ様が居ただろ?あの人の鶴の一声で決まった様なものだ」
「ああ・・」
「ん?おっちゃんがこの訓練に絡んでるのか?」
「おっちゃんって言うなって言ったろうが!!!!」
キクチはシドがあまりな言葉を使った為怒鳴る。
「本人におっちゃん呼ばわりは許されてんだよ。正式な場だったらちゃんとするからいいだろ?で?おっちゃんがどう絡んでるんだ?」
よくねーよ!!!と思ったキクチだったが、会議後のゴンダバヤシとの会話で、その許可を出したことは確認できていた為、今回はスルーすることにする。
「はぁ~・・・あの方はこの都市の監査として滞在されている。養成所の体たらくにも嘆かれてな。お前がタカヤとユキを訓練して一端のワーカーにしたって話を聞いて、今回の計画に賛同して下さったんだ」
キクチはこの前の会議の事を、大分丸めてシドに説明する。
「そうなのか・・・ならこの訓練はおっちゃんからの依頼って事か?」
「・・・・・ん~~・・・・まあ、考えようによってはそうなるか?許可を出したのはあの方だしな」
「ならさ、俺の報酬、金じゃなくて別のがいい」
「・・・・お前いきなり何言い出すんだ?一度決まった内容を簡単に変えられるか!」
「まあまあ、一回要望出してくれよ。俺さ、おっちゃんの護衛やってたデンベって人と試合してみたい」
「・・・・・・は?」
「あのおっちゃんの護衛だよ。あの人、スゲー強いだろ?だから胸を借りてみたいんだ。俺、ワーカーになってから自分より強い相手と戦った事がないんだ。あの人なら全力でやれるはずなんだ」
その言葉を聞き、ライトは驚きで目を見開く。
シドは旧文明基準での軍用身体拡張者だ。それも専門兵科で近接戦闘向きのアップデートも行っている。そのシドが自分よりも強い人間がいると言っている。ライトもその人物に強い興味を覚えた。
「・・・・・とりあえず聞いてみてやる。その一回で無理だったら諦めろよ?」
「わかった!キクチもおっちゃんの連絡先知ってるんだな」
「・・・・・・・・・・・・ああ、お前のお陰でな・・・」
ゴンダバヤシはなぜかシドを気に入った様子で、その担当者であるキクチも直通の連絡先を手に入れていたのだ。そのコードを渡された直後、緊張とストレスで胃に穴が開き、トイレで盛大に血を吐き出したのだった。
ライトから貰った旧文明の高性能回復薬のお陰でなんとか回復できたが、普通なら病院直行案件であった。
シド達の元から離れ、キクチはゴンダバヤシのコードに連絡を入れる。
通信ボタンをタップする指が震えるのは仕方がないだろう。
通信後、直ぐに出たゴンダバヤシにシドの要望を伝えると、彼は快くOKを出してくれた。
その事をシドに伝えると、シドは飛び上がって喜んだ。
ここまで喜びを表すシドは珍しいと眺めながら、キクチはポケットから回復薬を取り出し、先ほどの緊張で痛めた胃を癒すために回復薬を飲み込むのだった。
「おいデンベ。シドから模擬戦のご指名だ」
「・・・・承知しました」
「向こうから言ってきてくれるとは行幸だったな。なるべく長く戦ってデータを取れ」
「はい・・・・ですが、私が意図的に試合を伸ばす必要は無いかと」
「どういうことだ?」
「おそらく、彼は時間が許す限り私に向かってくるでしょう」
「・・・・・・・なるほどな、楽しみが増えたな」
彼は情報端末に向かって笑う。
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