喜多野マテリアル 部門長
「よし、吐け」
キクチに連れられたシド(ライトはおまけ)は、ワーカーオフィスでも防諜レベルが高い会議室に通され、キクチから事情聴取を受ける。
「・・・・なんか悪いことしたみたいじゃないか?」
「俺の胃に穴を開ける様なことは悪い事じゃないのか?」
不服そうに反論したシドだが、キクチに睨まれシブシブ話し始める。
「ええ~っと、バイクならここだってネットで見たリバーケープってメーカーのディーラーに行ったんだよ・・・」
時は昼まで遡り
シドはネットで調べた結果、リバーケープというメーカーのバイクがいいとの意見を見つけ、ディーラーまで足を運んだ。
店頭には色んなバイクが展示されており、シドは並べられた商品に目を輝かせながら店内に入っていく。
<ワーカー用のバイクは店先にはありませんでしたね>
<そうだな、高い奴でも300万コール程度だったからな。機動力は当然として、頑丈さもいるし銃器の保持アームも必要だろうな>
<ジェネレーターを動力とする物を選んでください。化石燃料では危険です>
<車の時も言ってたよな、わかってるよ>
「いらっしゃいませ。本日はどの様なご用件でしょうか?」
店に入ると、直ぐに女性店員が声をかけてくる。
「ワーカー用のバイクが欲しいんですけど、お勧めとかありますか?」
シドは店員に用件を伝え、ハンターライセンスを渡す。
店員はライセンスを目視で確認したが、シドの年齢では考えられない程ランクが高く表示されており、一瞬偽造を疑った。
「確認させていただきます。少々お待ちください」
店員はシドに頭を下げ、ライセンスを持って店舗の奥に引っ込んでいく。
しばらく待っていると、先ほどの店員が戻って来てライセンスを返してきた。
「お待たせしました。確認が取れましたので、ご案内いたします」
そういい、シドを荒野用のバイクが置いてある部屋に連れて行く。
「こちらが、ワーカー様達がご使用になられる荒野用のバイクとなります。シド様のランクから考えて、おすすめはこの辺りになるでしょうか?」
そういうと、彼女は800万コール前後のバイクを進めてくる。
「この商品はエンジン仕様を採用しており、どの様な環境下でも安定してお使いいただくことが出来ますよ」
営業スマイルでエンジン仕様のバイクを進めてくる彼女に、シドは自分の要望を追加で伝えることにした。
「ジェネレーター搭載の物で、エネルギーシールドが張れる事と、銃器保持アームが付けられるタイプはどれになりますか?」
「そのタイプでしたら、隣の列になります。しかし、価格の方が上がってしまい、最低価格でも1200万以上になりますが、大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です」
1000万以上の価格になると言っても即答で問題ないと返してくるシドに少し驚く店員。
「・・・・わかりました。こちらになります」
彼女に連れられて向かった場所には先客がいた様で、4人の男たちが別の店員に案内されていた。
シドは特に気にすることも無く、女性店員の説明を聞いていく。
「こちらなのですが、1900万コールと高額になっていますが、タイヤをエネルギーシールドで包み込むことによって地面をグリップする力を飛躍的に上昇させ、急加速・急制動を行うことが出来ます。短時間であれば壁や天井なども走行することが可能ですよ」
「へ~・・・ならエネルギーシールドを道みたいに敷けば空も走れますかね?」
シドは思いついた方法を質問してみる。
「・・・・ええっと・・・理論上は可能かと思いますが、それほどの緻密なシールド操作を行う事は難しいかと思いますよ?」
彼女は困惑気味にシドに返してくる。内心はそんなこと出来る訳ねーだろと思っているのだが、心内を見せずに対応する辺り、なかなかのプロ精神だと言えよう。
「んー・・・たぶんできると思いますよ。シールドを蹴って空中を歩くのと似たようなものでしょう?」
「・・・ええっと、その感覚は私どもにはわかりかねます・・・」
困惑を深める彼女、シールドを足場にして移動するなんて話は聞いたことが無い様だった。
すると、自分たち以外の者が会話に入ってくる。
「面白そうな話してんな?地走バイクで空中を走るってのか?」
シドが声の方を見ると、先ほどまで空走バイクの説明を受けていた客がこちらに来ていた様だった。先ほどの会話が聞こえていたのだろう。
「出来たら楽しそうだなって思って」
シドは思っていた事を素直に話す。すると、その男は大きな声で笑い声をあげた。
「ガッハッハッハ!!!おもしれーこと考えるガキだな!だがまあ無理だろうな。かなり精密にコントロールする事になるだろうぜ?まあ、出来たとしても空走は許可制だ。お前、持ってねーだろ?」
やる前から否定され、少しムッとするシド。
「許可は持ってないけどさ・・・出来るかどうかはやってみないと分からないだろ?」
「ほ~・・・んじゃやってみな。ここにはテストコースもあるぜ?」
男はニヤニヤ笑いながらシドを挑発してきた。
「・・・よし、やってやろうじゃないか」
売り言葉に買い言葉といった感じでシドは挑発に乗る。元々やってみようと思っていた事なので否は無い。
男とシドの話が決まり、女性店員は困惑しながらもバイクの準備を始める為、テストコースの方にバイクを持って行き、シドもそれに続いた。
「も!申し訳ありません、ゴンダバヤシ様!まさかあのような・・・・!」
男の正体を知っている店員が頭を下げ、必死に謝罪を行った。
「ああ良い良い、新人ワーカーって所か?ここのバイクを見に来るってことは結構稼いでんだな」
ゴンダバヤシはそう言いながら、護衛兼お供として付いてきていた者に手を出す。すると、彼は無言で端末を渡してきた。
そこには、シドの情報が表示されており、現在のランクや戦歴、シドがワーカーに成ってからの経歴が表示されていた。
「・・・・・・ククク・・・あの小僧が今回の騒動の発端か?なかなか生きの良さそうな小僧だ。デンベ、どう思う?」
デンベと呼ばれた護衛の男は、少し考えながら答える。
「・・・・・・立ち振る舞いからかなりの手練れに見えますね。この都市に居ることが不思議なほどです」
ゴンダバヤシは護衛のデンベが意外に高評価を言い渡した事に少し驚きの表情を浮かべる。
「ほ~?・・・勝てるか?」
「無論です。無傷で取り押さえられます。ですが・・・・そうですね・・・・弊社の中級兵くらいの実力はあるかと」
「・・・・・・ダゴラ都市のエージェントでは無く、一介のワーカーがか?」
デンベの発言に目を見開いて驚きを示しながら確認を取る。
「はい、一対一なら彼に軍配があがるのではと考えます」
「なるほどな・・・それならオートマタを討伐したって話にも信憑性が出てくるか・・・マークしろ」
「畏まりました」
デンベはお辞儀をしながら端末を受け取り、一歩下がる。
「さて?あの小僧が本当に宙を走れるか見学に行こうじゃねーか」
ゴンダバヤシは供を連れ、テストコースに向かって歩いていく。
「結構難しいな・・・」
シドはバイクに跨り、バイクのシールドを発生させながら、自身の生体シールドと反発させて宙を走る試みを行っていた。
<シドのシールドが強すぎます。それでは弾かれてしまい、安定した走行が出来ません>
<そうなのか・・・もうちょい抑えたらいいのか?>
<半分ほどの出力でも問題なく走行できます。急カーブや急制動を行いたい場合に出力を今と同じくらいにすれば良いでしょう>
シドは、イデアのアドバイスに従い、バイクを走らせる。
すると、タイヤがシールドを正確にグリップし、宙を走ることが可能になって来た。
(お!いい感じ!)
感覚を掴んできたシドは、テストコースを縦横無尽に走り回った。急カーブや急制動なども試し、垂直に上昇したかと思えば車体を捻りながら真下に急降下を行い、地面すれすれで平行に移行するなど、ジェットコースターも真っ青な挙動を繰り返した。
その様子を見ていた女性店員の顔も真っ青になっている。
(このバイクはそんなコンセプトで製造されてないんだけど?!)
楽しそうにバイクを乗り回すシドを見ながら、彼女は血の気が引いていった。
「うお!!」
後ろから声が聞こえ振り返ると、そこには先ほどシドと話していた男性客が立っていた。
彼は空中を我が物顔で走り回るシドを見て、驚愕の表情で停止していた。彼以外の3人も信じられない物を見る目で、今は球体の中を走り回っている様な動きを見せるシドに視線を送っていた。
好きに走って(飛んで?)満足したのか、シドが自分たちの前まで戻ってくる。
「お?おっちゃん、見てたか?ちゃんと出来ただろ?」
言った通りだったろ?とドヤるシド。
そのシドの言動を聞き、ゴンダバヤシに付いていた店員は顔を青ざめさせ、護衛の者たちは視線を鋭くする。
「かまわん」
ゴンダバヤシは周りの者たちに釘を刺し、シドに話しかける。
「本当に走れたんだな・・・・そうだお前、俺と勝負しろ。勝てたら空走許可を出してやる」
「勝負?ああ、競争だな。いいけど、おっちゃんのバイクは?」
「俺のはちゃんとあるから気にすんな・・・おい、準備しろ」
ゴンダバヤシはデンベ達に指示を出し、自分の空走バイクを準備させ、店員にはレース用のコースをテストコースに表示させた。
準備が整い、シドとゴンダバヤシはスタートラインに並びスタートを待つ。
「俺は本気で走るぞ?」
「あ?たりめーだ。手加減したらぶっ飛ばすからな」
「わかった!」
シドは前を睨み付け、時を待った。
スタートの合図が出され、2人はバイクを一気に加速させる。
コースは空中に描かれ、複雑なカーブやローリングなど地走バイクでは不可能なコースになっている。しかし、シドは先ほど習得した技術を使用し宙を駆ける。
(!!このおっちゃん速ぇー!!)
シドは全力で飛ばしたつもりだが、ゴンダバヤシのバイクを抜くことが出来ない。コース取りやカーブの際の減速まで完璧に行っており、シドとはレースに対する経験が全く異なっているようだった。
しかし、シドはしばらくゴンダバヤシの走りを観察して、自分の方が有利な条件を見出す。
ゴンダバヤシの空走バイクは宙を滑るように走り、カーブ等ではあまりスピードは出せない。しかし、シドのバイクはシールド同士を反応させて宙を駆ける。
故に、道を自力で設定できる自分の方がカーブやローリングでの速度制限を受けず、最速スピードで走り抜けることが出来るのだった。しかし、この調整は非常に困難であり、シールドが強ければ弾き飛ばされ、弱ければ踏み抜いてしまう。
シドはこの調整を、長期間イデアの訓練で得た経験と、持ち前のセンスで無理やり解決する。
ゴンダバヤシの背中を追いかけ、フルスロットルでカーブに突っ込んでいくシド。
ゴンダバヤシは宙を滑ることも計算に入れながらコースを走っていくが、シドは自分で無理やり道を作り、強引に駆け抜けていく。
(おいおい!そんなの反則だろうが!!)
後ろから迫ってくるシドの様子を網膜に映る映像で確認しながら心の中で悪態をつくゴンダバヤシ。彼が自分の体でコースを塞ごうとしても、相手は自分の意志で道を作り出し無理やり追い抜こうとしてくる。
重力反射とエネルギー変動の差異で空中を駆ける空走バイクでは、どうしても滑るというロスが発生するが、シドの走行方法ではロスが発生しない。一つ一つでは小さくとも、回数を重ねれば大きな差になってくる。
(クソ!!!カーブが連続すると防ぎきれんか!!)
上下左右に曲がる場所に差し掛かり、最初の3か所までは耐えたが4か所目、下方向に大きく曲がるコースで膨らんでしまい、その内側をシドに抉られてしまった。
一度抜かれてしまえば、再度抜き返すポイントは無く。最初よりも運転になれたシドに隙は無かった。後はゴールまでシドの背中を睨み付けるだけで、シドの勝利でレースが終了する。
スタート地点に戻って来ると、シドは嬉しそうに話しかけてくる。
「やったぞ!勝った勝った!」
純粋にレースに勝ったことを喜ぶシドに、顔がほころぶ。・・・そして、久しぶりに本気で走って負ける悔しさも。
「おう、良い走りだった!約束通りに空走許可を出そう、ライセンスを渡せ。これは俺の名刺だ、取っておけ」
そういい、シドからライセンスを受け取ると、自分の名刺を押し付けた。
ライセンスに端末で許可の内容を書き込んでいると、名刺を読んだシドが少し恐縮したように話しかけてくる。
「ええっと・・・・かなり偉い人だったんだよな?俺・・・スラム出身で学が無くて・・・・」
「ああ、良い良い。お前はそのままで、呼び方もおっちゃんで構わねーよ。その代わり、また俺と勝負してくれ、久しぶりに熱くなれたぜ」
そういい、ニヤっと笑ってやると、シドは少しポカンとした後、ニカっと笑い。
「わかった!おっちゃん、ありがとうな!」
そういい、ライセンスを受け取ってバイクの清算をして退店していった。
「おいデンベ。あいつの走行方法って出来るか?」
「・・・少し練習すれば可能かと」
「俺に教えられるか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・かなりの訓練が必要かと・・・」
「そうか、頼むわ。このまま負けっぱなしではいられねーからな」
「承知しました」
めんどくさい案件が出て来たと思ってたんだがな・・・これはいい拾い物したぜ。
「ってなことがあったんだ」
シドはキクチに今日のリバーケープであったことを全て話した。
キクチは片手で目を抑え、もう片方の手で胸を押さえながら声をしぼり出す。
「・・・どうしてそうなるんだ?お前はどうしてそうなんだ?」
不審な様子のキクチにシドは不思議そうに言う。
「どうしてってなんだよ?」
意味が解らんとばかりに首をかしげるシド。そこにライトがゴンダバヤシの事をシドに説明する。
「シドさん。そのゴンダバヤシ様はね、喜多野マテリアルの部門長なんだよ。この辺り一帯エリアを管理してる企業の部門長。この都市の市長より上の立場の人なんだよ」
そこまで言われて、シドも理解出来て来たようだ。
「!・・・喜多野・・・マジか!!あのおっちゃんそんなスゲーヤツだったのか!!」
「おっちゃんって言うんじゃねーよ!!!!」
キクチは渾身の声を上げる。
「お前!喜多野マテリアルがどんな企業か本当にわかってるのか?!6大企業の一つで[コール]の発行元なんだぞ?!その部門長が一声上げたらダゴラ都市なんぞ吹き飛ぶくらいの力を持ってるんだぞ?!」
「それは大丈夫だろ?楽しかったって言ってたから」
「そんな気楽に語っていい人物じゃねーんだよ!!・・・・・・ああ・・・なんで?どうしてこんな事になるの・・・・・?」
キクチは頭を抱え、目には涙がにじんでいた。
「・・・キクチさん、もう前向きに考えたらいいんじゃないですか?」
「どういうことだ?」
「だって、悪い方に話が行っても止めようがないでしょ?シドさんの話からして、楽しんでいたみたいですし、なら良いかって開き直るのがいいんじゃないかな?って」
「・・・・・それもそうだな」
キクチとしては、そこまで簡単に割り切れたら苦労はしない。しかし、他に方法も無く、対処法も無いため、開き直るしかなかった。
「まあ、事情は把握した。シド、次に会ったら失礼の無い様にな?」
「おう、わかってるって」
「・・・・・本当だな?もし出来そうにないと判断したら、半年くらいオフィスに缶詰めにしてマナー集中訓練を受けてもらうぞ?」
キクチの目に本気を感じ、生唾を飲みながらシドは返事を返す。
「わ・・・わかった」
「よし、行って良し」
こうして、シドとライトはワーカーオフィスから拠点に帰れることになった。
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