遺跡調査依頼
それから暫くの間、ライトはコップを握りつぶし、スプーンを捻じ曲げ、皿を粉砕するなど、手に触れるあらゆるものを破壊した。
シドも流石にこれはマズイと思い、イデアに集中訓練を考えてもらい、ライトは自分の力を制御できるようになるまでの間、介護の様な時間を過ごすことになった。
それから一週間、ライトは大量のゴミを量産しながら強化された体の扱い方を学んでいた。
「・・・だいぶ慣れたみたいだな」
シドにそう聞かれ、ライトは両手の指にタマゴを挟んだまま返事を返す。
「うん、もう日常生活で何かを壊すって事は無いと思うよ」
「あとは戦闘訓練だな。イデアが言うには走ろうとしたら足がから回ったりするらしいぞ?」
「シドさんの時はどんな感じだったの?」
「俺は別に・・・普通だった」
<シドは身体操作に稀有な適性があったようです。本来コーディネイト直後であればライトの様になるのが自然ですね>
「・・・・やっぱりずるいね」
ライトは恨みがましそうにシドを見る。
「そんな目で見られてもな。お前だって情報系なら俺より遥かにすげーだろ?」
シドにそう言われるが、この1週間の羞恥はなかなか消えない。
シドに食事から風呂の世話までされるのは、年頃といってもいいライトには屈辱以外の何物でもなかった。
<日常生活での活動は問題無いでしょう。明日からは荒野で運動能力のチェックを行います>
「わかった。ずっと家の中だったから思い切り動けるね」
ライトはそう嬉しそうに笑った。
翌日、荒野に出た2人は強化された体を慣らす為、岩場の中で訓練を行った。
シドは順調に体の感覚を掴んでいったが、ライトの方は走ろうとすると足が空回って盛大にすっころんだり、スピードが出過ぎて岩に激突したりと四苦八苦しながら調整を行っていた。
<この様子ではあと1週間はかかりそうですね>
<そうだな~・・・そんなに難しいかな?>
シドは必死に体の動きを掴もうとするライトを見ながら感想をこぼす。
<シドさん、なにかコツでもあるの?>
余裕のシドになにかアドバイスは無いかと聞くライト。
<ん~?いや、こうグッ!っと踏ん張ってバッ!と地面を蹴ったらギューン!といくだろ?>
何の参考にもならない事を宣うシド。
<・・・・・この感覚派め!!>
ライトはシドからのアドバイスを諦め、イデアに言われた通り、自分が今なにをしたいのかを意識しながら体を動かしていく。
日が暮れるまで動き回り、感覚の調整を行った2人は都市へと帰っていく。
「うーん・・・・まだ全力で動くのは難しいね・・・」
「まだ初日だしな。銃のグリップを握りつぶさなかっただけ良かったんじゃないか?」
射撃に関しては銃が軽く感じるほどに腕力が向上し、重みに振り回される感覚も無くなった。
狙いの精度も向上しているのだが、動きながらとなると途端に感覚がズレてしまう。
<1週間は毎日調整を行いましょう。そうすればその体の扱い方にも慣れてきます>
イデアの言う通り、体を動かしてその感覚を掴んでいくしかない。ようするに訓練あるのみである。
それからライトは身体操作の訓練を続け、強化された体に慣れていった。
最終的にはシドとの模擬戦で強化される前のシドとなら互角以上に戦えると評価を受けるほどになっていた。
そして本日、2人はキクチの依頼でミナギ方面防衛拠点に到着し、遺跡探索の受付を行っている。
「ハンターランク31のシドと、ワーカーランク16のライトだな。二人はキョウグチ地下街遺跡の防衛チームに参加してもらう。送迎用のトラックが14:00に出発するから遅れない様に。自分の車があるならそれで移動してもらっても構わない、その場合は15:30までに現地に到着し、チームと合流してくれ。遅れた場合は依頼放棄と見なす」
シドからすると約2カ月前に行っていたいつものやり取りを行い、自分の車に戻っていく。
「防衛チームか~、何事も無かったら何もせずに任務完了って楽な仕事だよな」
「そうだね、ボクのランクが低いから危険度の低い場所に配置されるのも仕方ないね」
シド達はこの探索依頼で攻撃チーム所属を希望し、キクチも攻撃チームか探索チームにねじ込む予定だったが、ライトのランクを理由に防衛チームから始める事になった。
活躍次第では、攻撃チームや探索チームへの移動を言い渡される事になっている。
キクチとしてはこの依頼でライトのランクを一気に上げてしまいたかったが、現場からの反発が大きく断念せざるをえなかった。
前日の通信でキクチはシド達の要望が通らなかったと伝えてきたが、『どうせお前らはまた何かやらかして移動になるだろうよ』と失礼な事を言ってきた。
「キクチはあんなこと言ってたけど、別にトラブルに突っ込みたい訳でもなし、無難に終わらせようぜ」
「そうだね、何事も堅実が一番だよ」
自分達の車に乗り込もうとした時、背後から声が掛かる。
「おーい、シド。久しぶりだな」
シドはその声に振り返る。そこにはヤシロとレオナの姿があった。
シドが発見し、今ではミナギ方面地下街と名が付いた遺跡の探索準備の際、周囲の警戒任務を行っていた時に話しかけてきたワーカー達である。
「ああ、お久しぶりです」
「おう、今ここにいるって事は、キョウグチの調査依頼って所か?」
「そうですね、俺達は防衛チームに配属されることになりました。あ、コイツが俺とチームを組んでるライトって言います」
「ライトです。シーカーを目指してます、よろしくお願いします」
ライトはヤシロとレオナに自己紹介を行う。
「おう、俺はヤシロだ、天覇に所属してるハンターだ。よろしくな」
「私はレオナよ。シーカーでヤシロとチームを組んでるの。よろしくね」
ヤシロとレオナはライトに笑顔で返事を返し自己紹介を行う。
ライトは二人が天覇所属と聞き、少し構えるがシドが警戒もせずにいる為この二人は養成所にいた人間の様に理不尽な存在ではないのだろうと予想する。
「ヤシロさん達も遺跡調査ですか?」
「ああ、俺達は調査チームに配属されてる。なかなか複雑でな、ミナギ方面地下街と違ってモンスターも多い。なかなか苦労してるよ」
「そうね、通信状態も良くないから調査本部との連絡も取りにくいし・・・」
ヤシロ達は既に潜っている様だ。モンスターも出てくるとの事なので張り合いが有りそうだった。
「そうなんですね、俺達は防衛チームなんで気が楽ですけど」
シドは笑って返す。
「しかし、シドの実力なら攻撃か調査に回されてもいいと思うんだがな?」
ヤシロは前回の防衛戦でシドが1000越えのモンスターを討伐した事を知っている。それなのに防衛チームに配属されるのは少し疑問があった。
「あ、それはボクのランクがまだ16だからですね。シドさんだけならそうなっていたと思います」
「・・・・そうなのか、ランク16と組んでたらまずは防衛に回されてもおかしくないか・・・」
「防衛チームでもモンスターと戦闘して負傷したって話は聞くから気を付けるんだよ」
ヤシロは自分の疑問に一応の納得を見せ、レオナは低ランクのライトを気遣う態度を見せる。
「はい、遺跡の中で気を抜いたりしないので。やれるだけ頑張ります」
ライトもレオナの言葉に素直に返す。
「じゃー俺達、そろそろ移動しますんで」
「おう、気をつけてな。もし同じチームに配属されたらよろしく頼むぜ」
シド達は車に乗り込み、キョウグチ地下街遺跡へ向けて出発する。ヤシロ達は、その顔に笑顔を浮かべ、シド達を見送った。
シド達を見送ったヤシロはパートナーであるレオナに二人の感想を聞く。
「・・・どう思った?」
「うん、異常」
レオナは端的にシド達の評価を伝える。
「そうだよな、3カ月程前はランク11だったヤツが装備一式更新して荒野車まで手に入れてやがった」
ランク10から20を超えるまで、普通のワーカーなら数年はかかる。天覇の中でも最速でランク20になったヤシロでさえ1年以上かかったのだ。それをシドはたった3ヶ月程でランク30を超えてきている。
ヤシロがこの話を唯聞いただけだったら笑い飛ばしている所だろう。
「あの装備も凄かったよ。二人共唐澤重工製の銃だったし、防護服も高性能な物だった。あのライトって子が背負ってた銃って情報収集機と連動させるタイプだったはずだよ」
「ああ、お前が生身じゃ重たくて持てなかったヤツだな」
「・・・・そうだよ、でもあの子は生身で使えるって事だよね。それも2丁」
「養成所からの情報だと、訓練生の時からMKライフル2丁持ちだったそうだ。それで訓練では好成績、ウチから送り込んだ連中をたった一人で全員病院送りにしたって話だったな」
「それも秒殺のおまけつきでね」
ギルドから養成所に派遣される訓練生は、全員がランク10以上の実力があるとギルドから認められてから派遣させる。
今回は天覇だけが訓練生として派遣していた。
本来なら彼らがトップの成績で卒業するのが当然の状況が出来上がっていたはずなのだ。しかし、ライトというイレギュラーな存在が全てをひっくり返す。
彼と同じチームになっていた二人も、ライトに引っ張られる形でメキメキと実力を上げ、カズマ達は4位以下にまで成績順位を落とすことになった。その事に我慢できなかったカズマが、ライト達を煽った挙句模擬戦を行い、完膚なきまでに叩きのめされたのだった。
カズマ達が病院に搬送された報を聞き、天覇の教育部門はすぐさまに養成所にクレームを入れる。
養成所は天覇からの要望を受け、ライト達を謹慎としたのだった。
この間にカズマ達が訓練に復帰し、実力を高めて行けばライト達と対等なレベルにまで到達できる予定だった。
しかし、カズマ達5人はライト1人に30秒足らずで全滅させられた事を受け入れられず、しばらく訓練から遠ざかる事になる。
ライト達は謹慎が開ける寸前に退学手続きを取り、ランク1からスタートを切った。
その後たった一日の探索で大量の遺物を持ち帰り、ランク10のワーカーライセンスを取得するに至る。
養成所はワーカーオフィスにクレームを付けたのだが、ワーカーオフィスはライト達の模擬戦映像を持ち出し、彼らがランク10以上の実力があるのは明白であると主張。その候補生を謹慎扱いにし、自主退学させた養成所に問題があるのでは?と切り返され、養成所は歯ぎしりをしながらクレームを取り下げることになった。
ヤシロ達はその映像を見たわけでは無い。しかし、その映像を見たギルド職員の話によると、合成映像を疑うほどの模擬戦だったと話す。
最初はヤシロも、養成所と手を繋ぎ鼻高々だった事務職員が凹まされたと聞いたときは「いい気味だ」と笑っていたのだが、レオナが詳しく調べてみると、自分が目を付けたシドと関係があると判明する。
驚けばいいのか納得すればいいのか判断に迷うが、是非とも一度一緒に仕事をして、傍で観察してみたいと考えた。
今回の遺跡調査は絶好のチャンスである。
「アイツ等を俺のチームに引っ張ってこれねーかな」
「調査チームは消耗が激しいからね。欠員が出た場合の補欠に名前を挙げておいたら?」
「そうだな・・・そうするか」
ヤシロは情報端末を取り出し、欠員が出た場合は優先的にシドとライトを自分のチームに配属されるように要望を出す。
「さてさて、どうなることやら」
ヤシロは口の端を持ち上げながら自分たちの車に向かい、遺跡に向かっていった。
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