ライトの料理
ワーカーオフィスに記憶媒体などの遺物とオートマタのボディーを渡してから数日。シド達はキクチの言いつけ通り、拠点で大人しくしていた。
今シドは料理の練習を行っている。
なぜ食えればいいと思っていたシドがそんなことをしているのかと言うと、あの日シドの動画鑑賞に付き合わされたライトが、条件として出したのが交代制で料理の練習をしようと言い出した事だった。
あの日の夕方、シドは持ち帰った記憶媒体の中身を見ようと言い出し、嫌がるライトも巻き込んで動画鑑賞会を行う。
内容としては、当然の様にR18動画であり、画像修正など入っていない。
約1時間の内容だったが、動画を見終わったシドは
「ふむ・・・裸の知らない女が近寄ってきたらあんな反応になるのも頷けるな」
などと言いながらウンウン頷いていた。
イデアはシドのバイタルを確認していたが、思春期真っ盛りのはずのシドからは、それらしい反応が無かったことに不安を覚えたようだった。
<正常な反応からかけ離れています・・・精神的に何か問題が?いや、しかし・・・このままではシドの子孫が誕生しません・・・>
と、コーディネイトの方向性を戦闘に特化しすぎたかと若干後悔していた。
そして、無理やり鑑賞会に参加させられたライトは、10分もしないうちにオーバーヒートを起こし、目をまわしてぶっ倒れていたのだった。
そして目を覚ましたライトが、次は自分の番だといい、ネットで調べた料理動画を参考に食材や調味料を買ってきた。
「さあ!今日からは自分たちで料理を作っていこー!」
気合満点のライト。
シドは(まあ、食えればなんでもいいか)と適当な構え。
「今日はボクがやってみるから、明日はシドさんね」
そういい、ライトは料理を開始する。シドはそれを後ろからなんとなくボーっと眺めていた。
すると、違和感に気づき始める。
動画を再生しながら料理をしているライトなのだが、シドもその内容をイデアから強制転送されライトの行動と動画の内容を照らし合わせるという暇つぶしを行っていたのだが、料理動画の内容と、ライトの行動がどうにも一致しない。
動画では根菜類は良く洗い、皮を剝いてから一口サイズに、と言っているのにライトは水に浸した状態の根菜をいきなり刻み始める。
(ん?洗う工程と皮むきは?)
流れる動画はスムーズに野菜を切っていて、流石はやり慣れた人間が撮影しただけはあるという包丁捌きだったが、ライトの方は力任せにダンダン!と叩きつけるように刻んでいた。
(おいおい、刃物ってそうやって使うんじゃないぞ?動画と同じように動かせばちゃんと切れるって・・・)
コーディネイトの際に刃物の扱い方もインストールされているシドは、ライトの包丁の扱い方に冷や冷やする。
次は肉の処理を開始するのだが、動画では水に溶けない吸水性の高い布や紙で肉の水分をふき取り、塩で下味をつけると言っているが、なぜかライトは肉を絞り始める。
「・・・・なあライト。なんで肉を雑巾みたいに絞っているんだ??」
「え?要するに水分を取れればいいんだよね?絞った方が沢山出るでしょ?」
「・・・・そうか??な??」
シドはなんか違くないか?と思いながらもライトの様子を見守る。
塩を振る時も満遍なく振るのではなく、肉にドバっとかけた後に手で伸ばしていくライト。
肉を切り分けた後でも、動画とは似ても似つかない大きさが不均一な肉が出来上がっていた。次は鍋にバターを引き、肉に焼き色を付けるらしいが、ライトはバターを入れずに肉を投入。肉の焼ける匂いと煙が立ち込める。
「なあライト。バターを入れるって言ってなかったか?」
「あ、忘れてた」
そういい、ライトは肉の上からバターをボテって入れる。
いや、そうじゃないだろ?と思いながらもシドは何も言わずに観察を続ける。ライトは鍋に引っ付いて取れなくなたった肉を木べらでこそぎ取ろうとしていた。
「う~ん、焼き色ってこんな感じでいいのかな?あとは野菜を入れるんだよね?」
ライトはブツブツいいながら刻んだ野菜を鍋にぶち込む。
(まてまて、動画では一旦肉を取り出すって言ってなかったか???)
シドは自分の網膜に映る動画とライトが見ている動画は違うものなのでは?と思い始める。
<なあイデア、俺が見てるモノとライトが見てるモノって一緒の動画か?>
<はい、間違いありません>
<でも、動画の内容とライトの行動が一致してないぞ?>
<アレンジでは?>
<これはアレンジって言わないだろ?なんか鍋から上がってくる煙がヤベー事になってるぞ?>
<私には料理のデータはインストールされていません>
<そうだろうけど、これおかしいって・・・>
「よし、これで水を入れてと・・・」
シドとイデアが秘匿回線で会話している間にも錬成は続いていく。
「シドさん、今の内にお風呂入ってきたら?まだ時間かかるみたいだし」
「お、おう・・・そうする・・か?」
シドは今ここで離れていいのか?と考える。しかし、自分がここに居ても何もできることは無い為、ライトの言うように風呂の準備をし、浴室に行く。
(・・・・・なんだろう・・・今致命的に判断を誤った様な気がする・・・)
湯船につかりながら、漠然としながらも確信的な失敗の予感がシドの胸を占領していた。
シドが風呂から上がり、キッチンの様子を見に行く。そこには蓋をガタガタと揺らしながら煮えたぎっている鍋の前で腕を組むライトがいた。
「調子はどんな感じですか?」
なぜか敬語で話すシド。
「うーん、なぜか出来上がりの見た目が違うんだよね・・・」
ライトは首を捻りながらそういう。
「・・・・どう違うんだ?」
ライトはコレ、と言いながら蓋を取り中身をシドに見せる。
動画では綺麗な茶色のシチューになっているのだが、シドの目の前の鍋は漆黒をたたえていた。
「・・・・・・」
「・・・・・・ね?」
ね?じゃねーよと思うシド。
「なんでこうなるんだ?」
「わかんない」
ライトは頻りに首をかしげながらそういう。
「まあ、まだ完成じゃないからね。出来上がったら茶色になるのかも」
「・・・・・そうか?」
「ま、なるようになるよ。初めてだしね」
それはそうなのだが、初めてという事が全ての免罪符になるとは限らない。
「出来上がるまでリビングで待っててよ。出来たら持って行くから」
ライトにそう言われ、シドは大人しくリビングに移動する。
ここで大人しくしても料理の質は上がらない。それは分かっているのだがなぜかそうしなければならない様な気がした。
するとキッチンの方から
「次はコレを入れてみようか・・・・・・・・・なんで泡立つんだろう?」
と不吉な声が聞こえる。
シドは生まれて初めて食事が怖いと感じ始めていた。
<イデア、あれ食っても大丈夫なんだろうな?>
<食材は適切な物を使用しているはずです。調味料の分量違いや調理工程も何ヶ所かは飛ばしましたが、概ね動画の通りです。問題ないのでは?>
<それであんなに見た目が変わるもんか?>
<データ不足です>
シドはそれからの十数分、身動きも取らずジッと料理の到着を待つ。気分は死刑執行待つ囚人のような気分だった。
「できたよー」
そういい、ライトが鍋を持ってテーブルにやってくる。鍋の上には炊いた米が入っているであろう土鍋が乗っていた。
(器用さを発揮するところが違う・・)
シドは不安を押し殺し、配膳が終わるのを待つ。
ちなみにライトが作っていたのは、彼が大好物とするカレーライスだったようだ。
米は綺麗に炊けていて、真っ白に輝いて見える。しかし、そこに添えられるのは漆黒の液体ダークマター。
ライトから渡された皿を受け取り、シドは生唾を飲む。
「玉ねぎを飴色に炒めて入れるっていってたけどさ、どういうことなんだろ?いくら炒めても赤とか緑にならなかったけど・・・」
ライトは意味不明な事を口にする。
確かにシド達の知る飴とは、赤や緑、青やピンク等カラフルな色合いをしているが、動画の飴色は茶色のことをさしていると思う。おそらくライトは完全に真っ黒になるまで炒め倒したのだろう。
「そ・・・そうか・・・それで、味見ってしたか?」
恐る恐る質問するシド。
「味見?」
ライトはぽかんとした表情でそういう。
「動画で言ってただろ?ここで味を見て調整してください、みたいなこと・・・・」
「ああ、集中してたから忘れてたよ。まあ、レシピ通りに作ったから大丈夫じゃない?」
(一体何に集中してたんだ?いつもはもっと慎重なのになぜ料理にはそんな適当なんだ?!)
自分からやろうと言い始めたのに何故かずっと頓珍漢な事をいうライトを信じられないモノを見る目で見るシド。
「まあ、食べてみようか」
ライトはそういい、スプーンを手に取る。シドもそれに続きスプーンでカレーを掬い取った。
(・・・・・・いや!イデアも食材は問題ない物を使ってるって言ってた!大丈夫!俺は廃棄物レーションを食って生きて来た男だ!!!)
シドは掬ったカレーを口の中に突っ込み、咀嚼する。
すると、今まで感じた事の無い感覚に口内を蹂躙された。
「!!!!!」
極限まで濃縮された辛みと苦みと塩辛さ、焦げ臭さと土臭さ、それと大量に使われたバターのコクが悪い意味で混然一体となりシドの口内で暴れまわった。
ワーカーとして生きると決めてから、肉を削られ筋を絶たれ、骨を粉砕されても流れなかった涙が止めどなく溢れ出てくる。
強化された体が、劇物を洗い流そうと大量の唾液を分泌し、それを飲み込むことは許さぬと食道と気管を閉じる。
涙と唾液を垂れ流しながら呼吸困難に陥ったシドは、椅子から転げ落ちのたうち回る。
声にならぬ悲鳴を上げながら、この苦しみから解放される方法を模索し、以前産業廃棄物の劇薬が口に入った時の事を思い出し、無意識に電光石火を発動しながらキッチンの蛇口まで移動して口の中を洗い流した。
ザバザバと流れる水の音を聞きながら朦朧とした意識を繋ぎ止め、ようやく命の危機を脱したと判断した体は喉の機能を開放する。
「カホーーーーーー!!!!」
大急ぎで肺いっぱいに空気を取り入れ、窒息の危機から脱するシド。
「カハ!ゴホ!ゴホ!ゴホゴホ!オエー!」
盛大に咳き込み、床に手をつき落ち着くまで耐える。
(ヤバイ!今までで本当に一番死に近かった!)
イデアと出会い、最初の遺跡探索で旧文明の機銃と取っ組み合いをした時よりも命の危機を感じたシド。
荒れた息を整えながらリビングに戻っていく。
シドが座っていた席の向かい側には、大量の涙を流しながら口から泡を吹くライトが白目を剥いて気絶していた。
「ライトーーーーーーーーーー!!!!!!!」
シドは大急ぎでライトに駆け寄り、抱き上げシンクの蛇口でライトの口内を洗浄する。
内容物を掻き出し、喉の奥に入っていないかを確認した後、生体電気でライトの横隔膜を刺激し、自発呼吸が戻るのを必死の思いでフォローした。
直ぐにライトは意識を取り戻し、盛大に咳き込む。
「ゴホ!ゴホ!げほ!・・・・オエ~!!」
「ライト!大丈夫か!」
シドはライトの背中を擦りながら声をかけ続ける。
「俺の声が聞こえるか?!意識は戻って来たな!?」
ライトは虚ろな視線をシドに向ける。
「シド・・・・・さん・・・・・?」
「大丈夫だ!まだ助かる!気をしっかり持て!!!!」
「・・はい・・・ありがとうご・・ざ・・い・・ます・・・」
ドサっとライトの体から力が抜け床に崩れ落ちる。
「ライトーーーー!!!」
と、言うような事があり、食事の用意はもっぱらシドが行うようになっていた。
あれ以来ライトは米炊き以外は全面禁止となっており、オカズ関係は必ずシドが作るようになっていた。
「シドさーん、今日のご飯ってなに~?」
「今日はカレーだ。ちゃんと米の準備は出来てるんだろうな?」
「それは大丈夫だよ。最近の研究でしっかり美味しいごはんが炊き上がるはずだから」
ライトは米炊きだけならシドよりも上手に炊くことが出来た。シドも同じようにやってみるが、なぜかライトの様にふっくらと、しかし、絶妙な硬さに炊き上がらない。一抹の理不尽を感じながら、このチームの料理当番は固定されていたのだった。
「ほいよ、今日はチキンカレーだ」
「おおぉぉぉ!美味しそう!」
カレーが大好物のライトは嬉しそうにスプーンを手に取り食べ始める。
「おいしい!!!」
笑顔でそういうライトを見ながらシドも自分の分に手を付ける。
(まあまあだな)
そう自分の料理を評価しながらも、人が旨いと言って食べてくれる料理の楽しさが分かって来たような気がするシドであった。
酔っぱらって書きました。
消すのも勿体ないと思い投稿してみました。




