荒野での模擬戦と混乱するキクチ
シド達一行は模擬戦を行うため、いつも訓練に使用している荒野に到着した。
シド達と一緒にキクチも車から降りてくる。
「お前らいつもこんな所で訓練してるのか?」
キクチは辺りを見回しそう聞いてくる。
「そうだぞ?岩山と瓦礫がいい感じで配置してあるからな」
シド達はそう言いつつ、模擬戦の準備を始める。銃に非殺傷弾を装填し、ライト達は回復薬を取り出しやすいポケットに収納する。
その様子を見たキクチは上空にドローンを飛ばし、端末にその映像を映し観察できるように準備を行う。
「ん?そうやって観戦するのか?」
シドはそうキクチに聞く。
「ああ、流石に俺が模擬戦やってる周辺をウロチョロする訳にも行かないからな。流れ弾が飛んでくれば危険だし」
そういい、キクチはドローンの設定を行っていく。
「こっちは準備出来たぞ。始めて良かったらそう言ってくれ」
「わかった」
キクチの準備が終わるまで、シド達は模擬戦の内容を決めていく。
「いつもと同じ感じでいいか?」
「まあそうかな?・・・シドさんはS200使わないよね・・・?」
ユキが不安そうに聞いてくる。前回の遺跡探索にシドがS200で鋼鉄の扉に穴を開けた様子を見て、模擬戦で使用されたら非殺傷弾でも体に穴が開くのでは?と思った事を思い出したのだ。
「ああ、今回はA60でやるから安心しろよ」
シドはそういい、A60を腰から抜く。
そうすると、ユキとライトが話さなくなり、ユキの視線がバイザーの中でせわしく動き始める。ライトが情報収集機経由でユキと作戦会議を始めた様だった。この作戦は後でタカヤにも共有されるのだろう。
シドは今回も張り合いのある訓練になりそうだと、唇を舐めて濡らす。
「おーい、もう準備出来たぞ。いつでも始めてくれ」
「わかった」
シドが返事を返し、模擬戦開始の宣言をする。
3人は一斉に岩場の中へ走って消えていき。シドはゆっくり歩きながら3人の後を追って岩場に入って行く。
キクチはその様子を高度カメラで捉えた映像で観戦していた。
5分程たち、3人が一気に動き始める。シドはその様子が見えている様に先ずはユキとタカヤの方に走って行く。
岩場の間を抜け、時には飛び越えて距離を詰めていくが、その途中でライトの狙撃を受け空中で体を捻り弾丸を回避する。
その行動も慣れたもので、体勢を崩すことなく地面に着地しようとしたが、足が地面に着く寸前にタカヤとユキの銃撃がシドを襲った。再度体を捻り弾丸を避けようとするが、2人の銃はライトと違い連射してくるため、どうしても避けられない弾丸が発生する。
シドは新しい防護服の機能であるエネルギーシールドを両手の甲に発生させ、回避不可の弾丸を弾き飛ばした。
2人は攻撃を防がれる事は分かっていたように二手に分かれ、岩場の中に消えていく。
(なかなか狙い撃たせてくれなくなったな)
シドは少し前の二人とは全く違う動きに少し笑みを浮かべ、情報収集機を持つユキを先に仕留めようと後を追った。
もうすぐユキを射線に捉えられるといったところで今度はライトの攻撃を受ける。
シドの感覚で、ライトの攻撃は察知出来ていた為、避ける事は可能だ。だが、最近のライトはなかなかに狡猾な攻撃を行ってくるようになっていて、シドの回避方法を限定するように弾丸を置いてくる。
シドが逃げやすい方向に回避した場合、今度は二手に分かれていたタカヤが背後からシドを狙い、逃げ場を塞ごうとして来る。
仕方なくシドはライトの弾丸の迎撃を選択、2発の弾丸を自分の弾丸で弾き飛ばしユキに向かって直進した。
ユキはシドがライトの攻撃に対応している間にライトの方向へ向かっていた。岩場の間を縫うように走って行き、シドからの射線は通りづらい。ライトと合流を果たす前にユキを仕留めるのは無理だと判断したシドは、標的を一人孤立しているタカヤへ変更し、Uターンを行う。タカヤもそれを予測していたのか、ライト達の方に向かって走っているが、少し距離があり途中に射線が通る場所もある。こちらは仕留められると、シドは考えタカヤを狙い撃った。
タカヤは撃たれる事を予測していたように体を捻り、シドに銃撃を返してくる。避けきれず被弾して吹っ飛ばされるタカヤだが、シドからみて攻撃が浅いと感じ、意識を断ち切れなかったと判断する。
しかし、タカヤの攻撃を避けると射線が再度塞がれ追撃が行えない。それに、ライトとユキがこちらを狙っている事に気づく。
(あ、やべ)
タカヤは囮だったらしい、まんまと釣られたがライトとユキでは弾幕が薄い。
その隙間を抜けて一旦仕切り直しを、と考えていると、タカヤの方からさらに弾丸が飛んで来る。
避けながらそちらを見ると、膝立ちの状態ではあるがこちらをしっかりと狙って銃を撃っているタカヤが見えた。
(そういや防護服を変えてたんだったか)
タカヤの防御力が上がっており、前の様に当てただけでは動きを止めることが出来なくなっていた。おそらく既に回復薬を飲み込み、急速に回復しているのだろう。
タカヤだけでなくライトとユキも攻撃に加わり、より一層避けるスペースが無くなって来る。A60から双剣に持ち替え、銃弾を弾きながら岩場の影に退避する。
シドの感覚器は3人が合流する様子を捉えていた。このまま戦っても絶妙にフォローされ続け決定打にはならない。
この状況を作っているのは間違いなくライトだ。
(あいつを落としにかかるか)
シドは生体電気を生成し始め、体の各部に送っていく。
(あいつ等にも俺の訓練の成果を見せてやろうか)
シドはそう思いニヤリと笑う。十分に生体電気が溜まったのを感じ、双剣からA60に持ち替え、シドは勝負を決める為に駆け出した。
狙いは3人が固まっている状態の今この時、岩場を滑る様に駆け抜け一気に3人へと距離を詰める。こちらの動きを察知している様で、相手も迎撃の体勢を整えようと動き出す。
(させるか!)
脚に電気を送り込み、ライトが電光石火と呼んでいる高速移動術を発動させる。時間圧縮で止まったかのようになる世界の中でもシドは高速で移動し、3人を射線に捉える。ライトとユキは情報収集機でどの方向からシドが出てくるかが分かっていた為こちらに銃を向けているが、情報を共有する時間がなかったタカヤは無防備な状態だった。
まずはタカヤに3発撃ち込み、ライトが放った弾丸を飛び上がり回避する。それと同時にライトにも弾丸を撃ち込んだ。避けようと動き出していたライトだったが、身体能力の違いからシドの狙いから逃げ切ることが出来ずに被弾し吹っ飛ぶ。
最後にユキに目を向けると、シドが回避した空中に銃を向け広範囲に弾丸をばら撒いていた。
このタイミングなら普通は避けられない。だが、ここでシドの訓練の成果を発揮する。
全身に帯電させていた電気を一気に足に流し込み、防護服のエネルギーシールドとシド自身の生体シールドを足の裏に発生させそれを蹴る事で空中でも移動が可能になったのである。
三角飛びの要領でユキの弾丸を掻い潜り、シドはユキの胴体に2発の弾丸を撃ち込んだ。避ける隙も与えることなく3人に弾丸を撃ち込み、もはや勝敗は決した。
ライトに目を向けると、彼は立ち上がろうとしているようだが、今立ったところで回復までの時間を稼ぐ手段は無い。
だがそのガッツに敬意を表し、シドはライトの横っ腹にもう一発弾丸を撃ち込み、模擬戦を終了する。
シドは動けない3人を担ぎ上げ、車まで戻って来る。
するとそこにはモニターの前で頭を抱え蹲っているキクチがいた。
「おい、どうした?腹でも痛いのか?」
シドが3人を地面に降ろしながらそう声をかける。
「違うわ!!!なんだこの非常識な模擬戦は!ランク10越えどころか30の模擬戦でもこんなレベルの模擬戦は滅多にみかけねーぞ!」
「いやそんなこと言われても・・・」
シドは模擬戦を見せろと言われ、やって見せたのに怒られるのは理不尽だと感じる。
「おい・・・あのタカヤとユキでも遺跡で活動するのは力不足なのか?それほどに今のファーレン遺跡は危険だってのか?」
キクチは養成所の訓練生とは思えない動きで戦っていたタカヤとユキが、シドからまだ危なっかしいと評価されている事に、今のファーレン遺跡はどうなっているのかと驚愕を禁じ得ない。
「いや、戦闘能力だけなら通用するだろうけどさ。まだまだ遺跡での行動とか、ミスれば死ぬ可能性が有る戦闘に慣れが足りてないんだよ。ラクーンと戦うのにもまだちょっと緊張してたし、戦闘中の多方面に対する警戒も疎かだった。最近ランク1から壁越えしたワーカーと一緒に探索して、周りへの気の配り方だったり、道の選択の仕方だったりを学んだから、だいぶ成長したけどな」
シドは今の二人ならば浅層での活動には問題ないだろうと評価をキクチに伝える。
しかし、さきほどの模擬戦内容からみて、あれで浅層探索レベルと言われると非常に困る。このダゴラ都市にランク10から20までのワーカー達の活動場所が無くなったことを意味するからだ。
「中層はどうなんだ?その辺りまで行っても大丈夫なんじゃないか?」
キクチは一縷の望みを持ち、そうシドに確認をとろうとしたが
「いや、俺も中層に行ったことないからわからねー」
「・・・・・」
そうなのだ、シドは高い戦闘能力を持ち、ワーカーオフィスからランク調整依頼を発行されるハンターであるが、登録から一年も経っていないルーキーなのである。
「ダメだ・・・コイツを基準に評価していたら全ての基準が狂っちまう・・・・」
キクチがそう呟き頭を抱える。
「ほらね、やっぱりシドさんの基準がおかしいんだよ」
シドがその声に振り返ると、立ち上がれるようになったライトが不満そうにこちらを見ていた。タカヤとユキも起き上がれるようになっている様で、ライトと同じくこちらを見ていた。
「なんだよ、俺のどこがおかしいんだ?」
「あの高速移動。もう人間やめてるよね?」
ライトの言葉にタカヤとユキもうんうんと頷き同意を示す。
「最後、私の攻撃を避けた時、空中を蹴って移動してましたよね?」
ユキは最後の攻防の時、シドが空中で移動したことを見て覚えていたようだ。その言葉を聞き、シドは胸を張る。
「凄いだろ!頑張って訓練したんだぞ!」
物凄いドヤ顔でそういうが、3人の反応は冷たかった。
「シドさん、人間は空を歩いたりできねーんだぞ?」
「あの瞬間何が起こったのか理解できなかったよ」
「順調に人間から離れていってるね」
それぞれの感想を述べる3人。
「いや、東方とかの最前線ならこのくらいやってのける奴は大勢いるだろ!」
シドは人外扱いを受け憤慨する。
「「「聞いたことない」」」
3人はそう声をそろえてシドの意見を否定した。
ぐぐぐっと唸るシドの後ろからキクチが顔を出し、3人に真顔で言う。
「いや、お前らも普通じゃねーからな」
「へ?ボク達も?」
ライトは不思議そうにそう聞き返す。
「ライト、お前シドと戦いながらもユキとタカヤに指示を出してたよな?あの高速で動き回るシドを狙いながら」
「はい、そうですね」
「普通に返してくるんじゃねーよ!あんなの脳みそが2つはねーと出来ねーだろ!」
ライトがあっさり返答した事にまた頭に血が上るキクチ。
「あ、ボク並列思考が出来る様になったんです」
そう嬉しそうにいうライト。
「!!!!!」
普通と思っていたライトもぶっ飛んだ存在だった事に頭痛が酷くなるキクチ。
「それにタカヤとユキもだ・・・非殺傷弾とは言えA60に撃たれて耐える耐久性と直ぐに戦線に復帰する回復力。情報収集機からの情報を正確に読み取り、相手の動きを予測する正確さ。戦闘の最中に送られて来た指示を完璧に遂行する行動力。どれをとってもランク10のワーカーに出来ることじゃない」
キクチにそう評価され、タカヤとユキは「「いや~」」っと照れたように頭を掻いた。
「褒めてねーよ!いや褒めてるんだけど、そうじゃねーんだよ!」
両手で顔を抑え俯くキクチ。その様子を見て(なんか今日は情緒不安定だな)と他人事のような感想を抱くシド。
「お前らのランク・・・どう決めたらいいんだよ・・・」
結局はそこに行きつくのだろう。キクチは最初、模擬戦の内容次第ではワーカーオフィスにランク10の推薦状を書いてもいいといった気持ちでこの模擬戦を提案した。証拠の為にも映像は保存してある。遺跡から遺物を持ち帰った実績があることから、推薦は確実だろうとミスカのトラックで買い物をしている間に根回しも行っていたのだ。
だが、今回はその準備が仇となった。
模擬戦の内容は全員がランク25以上あっても可笑しくない内容だった。それを行ったのが現在ランク25(この前の遺物納品で上がった)のシドと、養成所で謹慎を言い渡された訓練生3人なのだ。
この映像を提出し、遺跡から遺物を持って帰ったという実績を上げれば、直ぐにでもランク10のライセンスは申請すれば通るだろう。だがしかし、この映像の内容では3人まとめてランク調整依頼が発行されても可笑しくない内容だった。しかし、オフィスの体面上、そう何度も発行していい依頼ではない。その為、彼らはランク詐欺状態のままランク10で活動していくことになる。
そしてややこしいのは養成所の方の対応だった。彼ら3人はこのままだと謹慎中に自主退学という扱いになる。それは問題無いのだが、謹慎退学した訓練生に行き成りランク10のライセンスをワーカーオフィスが発行することになる。当然その情報はすぐに養成所にも伝わるだろう。そうなれば養成所が、ワーカーオフィスにクレームを入れてくるのは当然の流れだ。
そこで問題になるのが、この模擬戦映像だ。ワーカーオフィスはこれを盾に養成所のクレームを一蹴するのは間違いない、そして登録して1年にも満たないワーカーが2・3週間訓練してここまでの実力を手に入れる事が出来るのに、養成所の方は何をしていたのか?という話になる可能性は高い。
下手に根掘り葉掘りのやり取りを続けていけば、ワーカーギルドと養成所の癒着関係が表に出てきて大問題に発展する可能性も有る。最悪都市が出張って来る可能性まであった。
なまじ優秀なキクチはそれらの可能性が頭に浮かんでどうしたらいいのか分からなくなってきた。
出来る事なら、目の前のノホホンとした面した4人組の顔に一発ぶち込んでやりたい気分だった。
根回しを行っている為、今日の模擬戦映像を提出しないわけにはいかない。最初の予定通りランク10のライセンス発行に向けて動き出さなければならなかった。
「・・・・・とりあえず、お前らは養成所を退学して、ワーカー登録をしてこい。そして遺跡でなんでもいいから遺物を取って来い。その量に関係なくランク10のライセンスを発行できるように手配しておく・・・」
もはやそういう他無く、キクチはだんだん元気が無くなって来た。
その言葉を聞いた3人は喜びの声を上げ、次にいつ遺跡に行くかを相談し始める。その様子を眺め、キクチはこれから対処しなければならない問題事を頭に浮かべ、深い深いため息を吐き出すのだった。
この辺りからキクチが苦労していくことになります。
頑張れキクチ!
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