ラルフの仕返し
会議室を出て行くゴンダバヤシの背を見送った後、2人は豪華な椅子にもう一度腰を落とす。
「・・・・はぁ・・・・ゴンダバヤシ様を盾に使うのは不敬では無いですか?キクチ」
ラルフはジト目でキクチを睨み付ける。
会議室にキクチが現れた瞬間、地下シェルターに置き去りにされた事と、あの巨大ワームとの戦闘に対する恨み節をぶちまけるつもりだったのだ。
しかし、先頭を切って入って来たのがゴンダバヤシであればラルフは黙るしかない。
ラルフはキクチに嫌味を言うタイミングを失ってしまったのだった。
そう苦言をキクチに投げるラルフだったが、キクチはどこ吹く風だ。
「はて?なんのことだ?」
「惚けるのも限界があると思いますよ?」
「俺は唯、スラムバレットがこのワーカーオフィスに到着したと連絡を入れただけだ。そしたらゴンダバヤシ様が直接労うとの事だったからな。俺に拒否する理由も権限もないぞ」
キクチの言い分は正しい。スラムバレットはゴンダバヤシが目を掛けているワーカーチームであり、今回の事件の最大功労者でもある。そのチームが来たとなればゴンダバヤシが直接足を運ぶことに不思議はない。
その事を読み切れなかったラルフがキクチに一歩劣っていただけの事である。
「・・・・・・・・・・はあぁぁぁぁぁ・・・・そうですね。その通りです。してやられましたよ」
溜息を吐きながらそう言うラルフにキクチは口の端を持ち上げて問いかける。
「それで?ちゃんと戦えるようになったのか?」
「まあ、セントラルがいう所の最低限ですけどね。あの2人に着いていくのは難しいと言わざるを得ませんが」
「おいおい、それは不安な情報だぞ?」
ラルフには遺跡の中でも活動を共にして貰わなければ困る。だというのにシドとライトに着いていけないとは不安しかない言葉だった。
「ランク50でランク詐欺状態の2人ですよ?たった1ヶ月程度の訓練で追いつけるはずないでしょう。いくら旧文明のフォローがあったとしても・・・・」
ラルフがいう事も間違いではない。ランク50と言えば、前線での活動を考え始めるレベルなのだ。装備や活動環境を整える必要はあるが、それさえ確保できれば人類生存権拡大に一役買えると実力を持つと判断されるランクなのだから。
たった1ヶ月程度の集中訓練でそこまで達せられる程、旧文明の汚染は甘くは無い。
「それもそうだな・・・・・お前、身体拡張手術を受けるつもりは・・・・」
「お断りします。現文明の拡張を行った所で焼け石に水ですよ。また直ぐに差を広げられる」
身体拡張を行えば身体能力は大きく向上するだろう。
身体の丈夫さも飛躍的に増し、活動レベルは大きく上がる。だが、定期的にナノマシンの補充が必要になってくる為、活動範囲と時間はあの2人と比べるとどうしても狭まってしまう。
それに、シドもライトもまだ成長途中なのだ。一次のドーピングで差を縮めたとしても直ぐに広がってしまっては意味が無い。
「そうだな・・・・・アイツらが使用した強化ユニットってのが手に入ればいいんだがな・・・・・・」
キクチはラルフの超人化を諦めきれ無い様だ。
「ライトがユニットを手に入れた場所の情報ならイデアから聞きましたよ。詳しい場所もね」
「なに?!」
「セキリュティの話も聞きましたが潜入して手に入れるのは現実的ではありません。現文明のハッキング技術では太刀打ち出来ませんし、ユニットが幾つ残っているのかも不明です。それに、私は使用条件に合わない様ですから」
「・・・・・詳しく聞かせてくれ」
「旧文明の三ツ星重工という軍事企業の施設だそうです。シドが使用したユニットを製造していた企業だそうで、関係者でなければ建物に入る事も出来ない様です。ライトの場合はシドが関係者と言う事で扉が開いたようですが、施設内のセキリュティは生きており、それに触れれば今のシドとライトでも太刀打ち出来るかどうかと言うレベルだそうです。その時はもっともレベルの低い箇所をイデアの案内で通過した様ですが、普通のワーカーでは侵入する事も無理だそうです。ライトと同じくらいの情報処理能力の持って最高の装備で挑んでも扉を開けられ可能性は1割を切るだろうとの事です」
あの時はイデアのアップデートがそもそもの目的だった。
ライトの拡張ユニットはついでの産物である。今も施設内に残っているだろうが、手に入れても使用条件に引っかかるのであった。
「それに、拡張ユニットを手に入れたとしても隔世遺伝者でしか起動しないとの事でした。隔世遺伝者であったとしても、遺伝情報が許容範囲外であった場合は起動しない可能性が高いとの事です」
その話を聞いたキクチは顔を顰める。
これは貴重な情報だ。
強化ユニットを手に入れる入れないは別として、ファーレン遺跡の超危険地帯としての情報。それに、旧文明のユニットの使用条件である。
強化ユニットらしき物体。この発見率は非常に低く、殆どが無価値な物として処理されていたケースが散見されていた。
報告に上がってくる全てが強化ユニットであるかは分からない。どれだけ調べてもただの4角い塊でしかないとの報告しかないのだから。
大陸全土のワーカーオフィスでその物体の報告があったのはわずか百件にも満たない。そのどれらもが廃棄処分となっている。
どういう訳か中央崇拝者がその効果を認識しており、極秘に運搬中にトラブルがあり、零れ落ちた物をたまたまシドが使用したという事が発覚したばかりなのだ。
この件はまだゴンダバヤシにも伝えていない。
彼自身はその事にウスウス感づいているだろうが、確証を得るのと得ないとでは話がまるで違う。
「・・・・・・あの4面体の正体はシド達から聞いていたが・・・・・そして使用条件か・・・・・・・。今から集めるのも無理があるよな?」
「そうですね。無価値とされてきたモノを急に集め出す。そうなれば他の組織がなんらかの動きを見せる事でしょう。6大企業に連なる者ならまだ許容範囲内ですが、アングラ組織の手に渡れば厄介この上ない」
旧文明の夢の技術も、技術は技術。使い方次第では万人を救う救世の技に成り得ても、間違えれば殺戮兵器へと成り下がってしまう。
「聞きたくなかったな・・・・・知らなければ無視できたというのに・・・・・・」
「そうですね。だから私は貴方に伝えました」
「・・・!!!」
「1人で抱えるには大きすぎるでしょう?」
ラルフの言葉にキクチの額に青筋が走る。そのキクチの顔を見たラルフはしてやったりといった表情を浮かべる。
「ともに分かち合いましょう」
「・・・!!!!・・・・クソ!お前はそういう所あったよな?!」
「そう言うキクチは変わりましたね」
昔は目の前の事を1つずつ片付けていく真面目なヤツ。陰謀策謀とは無縁な一職員だったというのに。
「・・・はあぁぁ・・・・ダゴラ都市周辺のアジトから手に入れた情報を再度精査する必要があるか・・・・もうゴンダバヤシ様に報告を入れるという手も・・・」
「それの辺りは慎重に。確かにゴンダバヤシ様は喜多野マテリアルの取締役。ですが、あの組織も必ずしも1枚岩と言う訳では無いと思います。この話が下手に漏れ、欲を出した他の取締役が三ツ星重工の施設に手を出し、脅威度が上がっているファーレン遺跡をさらに刺激する事になれば、ダゴラ都市が消える事に繋がりかねません。旧文明の力はそれほどに強力です。そこの判断は間違えないように」
「・・・・・・・・・・そこも俺が判断するのか?」
「それは当然。判断するのは上の役目ですから」
恨みがましい視線をラルフに投げるキクチ。その視線を笑顔で受け止めるラルフ。
「それでは、私はこれで失礼しますよ。彼らの合流しないと。私は、私の役目を全うしますので」
ラルフはキクチに一礼をし、会議室から出て行った。
それを見送ったキクチは、手で目を覆い、椅子に深く体を預ける。
「ふ~~~~・・・・・・次から次へと・・・・・・」




