各々 それぞれ
ミナギ都市 中央会議室
「・・・・・・承知しました。ワーカーオフィスと連携して指定区画の閉鎖を実行します」
バークとトウドウは、防壁内でのモンスター発生事件を受け、動揺する市民と都市の運営に対する会議を行う為、連日会議を行っていた。
ドルファンドが人身売買に手を染めている可能性を連名で喜多野マテリアルに報告しており、やってくるであろう調査官の受け入れ態勢についても相談する必要がある。
現在防衛隊に拘束されているギールやドルファンド幹部についても考えなければならない。
防壁内を管轄していた防衛隊は、シドが落としていった記憶媒体に保存されていた映像から、防壁内で暴れたモンスターはドルファンドの私兵の成れの果てであるという情報を入手し、すぐさまドルファンド本社へと乗り込んだ。
代表のギールに事情説明を要求するも、彼は「そんな者は知らない」の一点張りであったが、その動画にはゲンハと名乗る男がモンスターに変貌する過程が克明に記録されており、シドがゲンハから受け取った通信端末でギールと会話している内容まで記録されていたのだ。
言い逃れなど出来る状態では無く、この一件の重要参考人として拘束されている。
トウドウの工作によって、ドルファンドが大罪を犯していたという噂が広まり、ドルファンド派の防衛隊員達も動くに動けない状態となり、事態はとりあえず収束したかに見えた。
しかし、喜多野マテリアル 取締役 ゴンダバヤシからの通信が、事態を急変させる事になる。
ミナギ都市にやって来るのは監査団では無く、取締役率いる軍団であり、その規模は十分ミナギ都市を更地に出来るレベルであった。
さらには、防壁内で暴れたモンスターの体内に含まれるナノマシンがドルファンドが作った欠陥品であり、そのナノマシンを摂取した生物が摂食進化型モンスターへと変貌する可能性が示唆されたのだ。
そして今すぐにあのモンスターの肉片が散らばったであろう区画を閉鎖し消毒活動に協力せよとの命令が下されたのであった。
「・・・・・・・まさか、あのモンスターの肉片が原因で生物災害の可能性が出て来ようとは・・・・・・・」
「やっかいなモノを作ってくれたものです。早急に手を打たなければ」
「防衛隊に3~7番地区までを閉鎖し、近隣住民には他地区への避難勧告を出さなければ」
「しかし、何処に避難させますか?5つの地区の住人を集められる場所など第1防壁内にはありませんよ?」
「・・・・・・・9~12番地区を整理し仮設するしかあるまい。縦に延ばせば何とか収容できるはずだ」
「間に合いますか?それに、素行の悪い住人達による犯罪が横行し、治安の悪化は確実です」
「間に合わせる。住人は地区ごとに振り分けて対処し、治安維持部隊と防衛隊を集中させ治安維持を行うしかあるまい。指示に従わない者は射殺も視野に入れる」
「・・・・・・ドルファンド本社の包囲が緩くなりますね」
「仕方あるまい。住人の安全確保が最優先だ。あれから4日経過している。ネズミ等がアレを食って変異を始めていても可笑しくはない」
「・・・・そうですね。直ぐに取り掛かりましょうか」
「ああ」
2人はミナギ都市の防衛の為、隔離区域の指示、住民の避難、避難所の設営等の指示を出し始める。
キクチ視点
「準備が整った部隊から順にミナギ都市へ向けて出発しました。予定通り3日後には全部隊がミナギ都市へと集結します」
デンベからの報告を受けたゴンダバヤシは、自分もミナギ都市へと向かっている最中である。
この一行にはキクチも同行しており、ミナギ都市でのワーカーオフィスの陣頭指揮を執ることになっていた。
本来ならミナギ都市ワーカーオフィスの統括が指揮を執るはずなのだが、ドルファンドの影響を強く受けていると判断され、ゴンダバヤシの一存で統括の権限を凍結、キクチが暫定的な責任者としてオフィスを動かす事になった。
「さて、戦闘ノイドの肉があまり散らばっていないといいんだがな」
「それは難しいでしょう。映像を見る限り、かなりの面積を斬り飛ばした瞬間もありましたから。銃撃や打撃でも肉体の一部が飛散している場面もありました。楽観視は出来ません」
「・・・・お前、弟子の活躍が見れて機嫌が良さそうだな」
「・・・・・・・・・・・・・・その様なことはありません」
そんな会話をしているゴンダバヤシとデンベの横で、プレッシャーに押しつぶされそうになっているキクチがいた。
(うう・・・・・統括の真似事なんか初めてなのに・・・一発目がこんな責任重大な案件だとは・・・・・)
痛くもない腹に手を当て、吐き気も無いのに口元に手を添えている。
(クソ・・・強化された体が頼もしいやら忌々しいやら・・・・・)
ワーカーオフィス統括代行、ゴンダバヤシから掛かるプレッシャー、そしてミナギ都市に住む大勢の人命。
それらがキクチの肩にのしかかる。
作戦の大部分はゴンダバヤシが背負うとは言え、ほんの数カ月前まではただの職員だったキクチには重すぎたのだ。
しかし、その重責にキクチの体だけはしっかりと耐えていた。
(くっそー・・・旧文明の技術で精神力も強くならないもんかな・・・・)
セントラルが聞けば「その様な技術は無い」と一蹴しそうな事を考えながら、ミナギ都市へと高速で向かって行く。
(いや!大丈夫だ!俺には苦労を分かち合う仲間が出来たんだ!!)
共に逝こうラルフ!と自分を奮い立たせながら、まだ見えぬミナギ都市を睨みつけるキクチであった。
スラムバレット視点
「ふむ、ライトは気配察知が殊の外苦手の様ですね」
「スピ~・・・・」
眠っているエミルを抱えたイデアは、トレーニングルームで模擬戦を行っているシドとライトの様子を見ていた。
2人は遮蔽物の多いステージを再現した狭いエリアの中、装備を身に着けず生身で模擬戦を行っている。
シドの身体能力はライトと同等まで制限を掛け、遮蔽物より上には上がらないというルールの中で殴り合っている。
現在で4セット目。
広範囲射撃技術ではシドの上を行くライトであるが、接近戦に関しては身体能力が同じであろうともシドには敵わない。
遮蔽物を上手く利用した視覚外からの奇襲に全く対処できていなかった。
流石に至近距離まで詰め寄られると気づくようだが、構えた時には既に懐に潜り込まれており、一方的にボコられている。
「格闘技術にも雲泥の差がありますね。デンベとの格闘訓練を乗り越えたシド相手には手も足も出ていません」
「カ~・・・・」
「まずは基礎技術を叩き込む事を優先するべきでしょう。このこともセントラルの協力を仰ぐ必要がありますね」
「・・・・・けふ・・・」
「ん?涎が詰まりましたか?おお、よしよし」
可愛らしい鼾をかきながら寝るエミルとそれをあやすイデア。
そこだけ見ればほのぼのとして微笑ましいが、イデアがライトに課した訓練はかなり厳しい内容である。
そして、今まさにシドに殴り飛ばされ、イデアの元まで吹き飛んできたライトが受け身もとらず地面に叩きつけられる。
「ゴヘ!!!」
「・・・ライト。受け身はしっかり取ってください」
「・・・・・・・・・・・」
もう声すら上げられない様だ。
「う~ん、便利な装備に慣れた弊害かな?体の動かし方が下手になってる気がする」
「そうですね。ライトは情報収集機やシールドを多用する戦闘スタイルですから仕方がない面もあります。しかし、装備のみに頼っていては高難易度の遺跡や戦闘では危険にさらされるでしょう。ここでしっかり鍛え直す必要がありますね」
「だってよ。ライト、立てるか?」
「・・・・・・・・」
「返事が有りません」
「ただの屍の様だ」
「・・・・・・・・生きてるよ・・・・・」
「意識はあるようですね。しかし、これ以上動くのは無理そうです。少し休憩しましょう」
「そうだな。ドリンク取って来るわ」
ライトがボコボコにされている一方。
身体改造を受けたラルフはというと。
ラルフ視点
「うわあああああぁぁぁあぁあぁ!!!」
遺跡風景を再現されたトレーニングルームの中を逃げ回っていた。
トレーニングスーツを着込み、一般的なワーカーが所有する装備を模したウェイトを持たされ、無数に飛んで来る弾丸から逃げ回っている。
「もっと遮蔽物を使え。ただ走っているだけならタダの的だ」
コーチについているのはセントラルである。
ラルフ強化訓練に興味を持ったセントラルが、ワーカーの基本動作のデータをイデアから貰い、それにアレンジを加えてラルフの教導官をしているのである。
ラルフもスラムバレットの随行員となったと言う事で、この地下シェルターの異常性や、セントラルの事を知らされる事になった。
その為、セントラルは機械的な受け答えを止め、ゴンダバヤシやキクチ達に対する様な言葉遣いに変えている。
「そんな事いわれましても!!」
「口を開く余裕が有ったら走れ。ほら、もうすぐ追いつかれるぞ?」
「・・・!!!!」
セントラルの施術によって身体能力が上がっているラルフであるが、銃で狙われるという非日常の中では、その性能を生かし切れていなかった。
ただ足が速くなり、重いものを持ち上げられるからと言って戦場で生き残れると言う訳ではない。
恐怖に耐え、状況を読み、最適な行動を取れるようにならなければならない。
まずは生き残る。この一点だけを目指して体と心を作り上げる。
それがラルフ強化計画の一歩目であった。
「私は反撃してはいけないのですか?!」
息は切れていないが心が擦り切れそうになり、逃げるだけでは無く攻撃に移りたいとラルフがセントラルに聞く。
「今のお前にその様な器用な事が出来る訳がない。下手に足を止めれば撃たれるだけだ」
教官にそう言われ、ラルフは恐怖でカクつく足を無理やり動かして走り続けた。
ダーマ視点
銃弾から逃げ惑うラルフ。
誰がラルフを狙っているのかと言うと・・・
「ダーマ。相手はお前より身体能力だけなら上だ。只闇雲に狙うのではなく行動を読め。そうしなければ何時までも仕留めることは出来ないぞ」
「・・・・わかった」
ドンガから貸してもらった銃を抱え、ラルフを追いながら走るダーマ。
本来なら直ぐにダゴラ都市へと移動させられるはずだったダーマだが、ミナギ都市の対処の為彼らを移送する余裕がなくなってしまったのだ。
ドンガ達に頼むという手も考えたが、今彼女の車は先の逃走劇で不調をきたしていて使えない。
と言う訳で、ミナギ都市の案件が落ち着くまでこの施設に留まることになったのだが、そこに目を付けたイデアがラルフの訓練に合わせてダーマもついでに鍛えようと考えのだ。
訓練を受けられるのは願ったり叶ったりだと、参加を快諾したダーマだったが先程からダメ出しの嵐に見舞われていた。
「駆け抜けるコースを想定し、効率よく駆け抜ける事を意識しろ。移動速度自体は相手の方が上だ、同じ道を走っても追いつくことは出来ない」
「クッ!!」
ラルフが逃げる方向を予測し、懸命に追いかけるダーマ。相手は反撃してこないと言う事を念頭に、限界まで足に力を込めて瓦礫の中を駆け抜けて行く。
ちなみにダーマの教導官もセントラルだ。
この施設にあるドローンを使いダーマを追いかけている。
飛行音もせず、姿を消す事も出来、音声もダーマの鼓膜に直接音波を届け他者に聞こえることは無い。
当然録画機能も搭載しており、訓練終了後にはその資料を使っての反省会が待っている。
エミルの保護者であるダーマの訓練にイデアが手を抜くはずが無く、ダゴラ都市への移動の目途が立つまでシゴキ回される事になったダーマだった。




