謎肉
翌日、セントラルが用意した部屋でゆっくり体を休めたシド達。
今はエミルの健康診断を行うとの事でメディカルルームへと来ていた。
最初は高額な料金がかかるのではと渋っていたダーマだったが、生体データの提出を条件に無料で受けられるとの説明を受け、訝しみながらも受けることを納得する。
実際、衰弱死寸前にまで陥ったエミルだ。しっかり調べてもらうに越したことは無いと判断したようだ。
逃亡時に腕を負傷したダーマもカプセルに放り込まれ、2人ならんでプカプカと浮いている状態である。
なぜこんな事になったのかと言うと、現代人の生体データに飢えているセントラルだったが、喜多野マテリアルとの盟約でやたらむやみにこの施設の技術を現代人に適応することは出来なかった。
しかし、施設の特異性について知っているシドとライトの同行者であり、都合よく負傷しているダーマに目を付けたのだ。
そして、さらには地下シェルターの利用者で初めて見る幼体(エミルの事)にも興味を持ち、昨日の夜に診断の話を持ってきたのである。
事前にゴンダバヤシにも話を通しており、彼は喜多野マテリアルとの協定に違反しない無い様であれば問題ないと判断したとの事。
様はキクチに行った様な強化治療でなければ問題ないと判断された様だ。
セントラルの実情を知らない者達の前では機械的な応対をしているセントラルだったが、本性?を知っているシドとライトから見るとワクワクといった雰囲気が隠せていなかった。
診断を渋るダーマにあの手この手で説得しようとするセントラルは傍から見ていて必死さがにじみ出ていた。
カプセルの中で眼を閉じている2人の前で、イデアはじっと様子を見守っている。
まるでセントラルがエミルに妙な事をしないか監視するように。
<そんな見てなくても大丈夫だろ。AIが約束事を破ったりしないだろうし>
<はい、それは分かっています。しかし、ダーマについては残念でなりません>
<どういう事?>
<ここである程度の強化を施し、高品質なトレーニングルームで2ヶ月ほど集中訓練を行えば、ダーマもエミルを守る最低限の実力は得られたでしょう>
<いや、それは・・・・>
<うん、それはちょっと・・・・>
<分かっています。2人にそこまでの時間はありませんし、ダーマに訓練を付ける理由もありません。この後はダゴラ都市で新しく作られたという訓練所に任せるしかありませんね>
<・・・そうだな>
<うん、それがいいよ>
ダーマはイデアの地獄の訓練は回避できた様だ。
もし開催されていれば、ダーマに逃げると言う選択肢は与えられず、タカヤ達の時より遥かに過酷な訓練となっていたに違いない。
此処ならば死んでさえいなければ治療できてしまうのだから。
2人は、ほぅっと胸を撫で下ろしダーマとエミルがカプセルから出てくるのを待つ。
そろそろ昼食の時間かと言う頃、カプセルから液体が排出される。
ダーマは自分の足で立ち、エミルはカプセル内で柔らかなクッションに包まれた。完全に液体が排出されるとカプセルの扉が開き、ダーマが目を開く。
「体調はどうだ?」
シドが尋ねると、ダーマは腕や体を動かし調子をはかる。
「・・・・コレは凄いな。体が新しくなったような感覚だ」
「それは良かったな」
自分の体を見下ろしているダーマの隣にセントラルのホロが現れ、治療した内容を告知していく。
「まず体にたまった老廃物の除去、軟骨の消耗などを正常値まで回復させました。固まっていた筋肉も元の柔軟性を取り戻しているはずです。特に多かった血管の劣化の修復と視力の低下も治療しています」
急に現れたセントラルにビク!と体を震わせるダーマに頓着せず、説明を続けて行くセントラル。
「その他に、体内の有毒物質の除去も行っています。疲弊した内臓の回復も完了していますので、倦怠感等も無くなっていると思います」
「・・・そうだな。本当に体が軽くなった様だ」
「今後食事には気を付けられた方が良いと思います。粗悪な合成食糧や栄養補給剤は摂取されない方がよろしいかと」
「・・・・・・」
東方都市では、西方都市から運ばれてくる生鮮食材は高額になって行く。
危険な荒野を通ってくるのだから運送費が雪達磨式に膨れ上がって行くのだから当然と言えるだろう。
食うに困ってワーカーになったダーマでは手の届かない商品であり、浮浪児だった頃のシドほどとは言わないが、安価な食糧しか手に入らなかったのだ。
「・・・・気を付ける」
それが出来れば苦労はしないと考えたダーマだったが、口には出さなかった。
「・・・・食い物は買えなかったのにクラブ88には行ってたんだな」
飯は買えないが酒は飲みに行ってたと思われるダーマにシドが突っ込む。
「・・・・・・人には息抜きも必要だ・・・・・」
ダーマはバツが悪そうに顔を背けポツリと零した。
その言葉に反応したのは、エミルを抱えたイデアである。
「これからはエミルもいるのです。栄養状態は最優先事項ですよ?」
機械の顔と体からオーラを発しながらダーマに詰め寄るイデア。
「・・・わかった。気を付ける」
その圧に負け、後ろに後ずさるダーマ。
「はい、よろしくお願いします」
「データの提供、誠にありがとうございました。またのご利用をお待ちしております」
そういい、ダーマに向けて腰を折りお辞儀をするセントラル。
そのセントラルにシドが話しかけた。
「なあなあ、BBQの準備って出来てる?」
「はい、すでに準備は整っております」
「あの肉も大丈夫だった?」
「はい、問題なく食べられます」
その回答を聞いたシドはニンマリと笑いセントラルにお礼を言った。
「そっか!ありがと。じゃー、アウトドアコーナーに行こうぜ」
そういい、部屋を出て行こうとするシド。ライトも後に続き、ダーマも服を着るとシド達を追いかけた。
アウトドアコーナーに着くと、セントラルが言ったようにBBQの準備が整っており、様々な食材が置かれている。
「シドさん好きだね~」
「ああ、なんか楽しい」
そういいながらコンロに炭を入れて火をつけて行くシド。
ダーマは並べられた新鮮な食材を目の前にし、戸惑う様子を見せていた。
「・・・・・これを焼いて食べるのか?」
「ああ、炭火で焼いて、そこのタレに付けて食うんだ」
「かなり高額なんじゃないか?」
ダーマの心配はもっともであろう。ミナギ都市ならかなりの金額を請求されるだけの食材が用意されていた。
「今回の料金はシド様からサンプルの提供を受けた為無料とさせて頂いております」
また急に現れたセントラルがそう説明する。
「・・・シドさん。サンプルって何?」
「ん?ああ・・・」
シドが何の事か説明しようとすると、護衛を引きつれたゴンダバヤシがこちらに向かって来る事に気が付いた。
そちらに顔を向けると、キクチとラルフも一緒にいる。
「おうシド。また随分活躍したみてーだな」
シド達の元まで来たゴンダバヤシはそう言って笑いかける。
「ああ、大変だったよ。めんどくさいヤツも出てくるしさ。後はおっちゃんの方でとっちめてくれるんだろ?」
シドのゴンダバヤシに対する言葉遣いに目を剥くラルフ。
普通のワーカーが彼にこの様な態度を取れば首を刎ねられても不思議ではない。
しかし、
「おお、任せとけ。関わったヤツ等全員に罪を償わせてやる」
ニヤっと笑いながらそう答えるゴンダバヤシ。
その様子にラルフは目を白黒させながらキクチに視線を向けた。
「・・・・シドは特別におっちゃん呼びを許されてるんだ」コソ
「・・・・・・」
あり得ないものを見るような目でシドを見るラルフ。
そんなラルフを気にも留めず、ゴンダバヤシと話を続けるシド。
「よろしくな。犯罪者に賞金掛けられてるのも腹立つしさ」
「ああ、それは直ぐにでも撤回されるだろう。心配するな」
「良かった・・・・・ああ、そうだ。良かったらおっちゃん達も食べてく?」
シドは用意されている中で一番デカイ肉をトングで挟んでゴンダバヤシに見せる。
「お?良いのか?なら遠慮なく頂くぜ・・・・・・なんだか見た事が無い肉だな」
シドが持っている肉は確かに今までこの施設で出された肉とは違う見た目をしていた。
色見は赤が強く、脂身が無い。
だが全体的にシットリと輝いており、肉の繊維も締っている様に見える。
パッと見はかなり美味そうな肉だった。
「だろ?俺達が取って来た肉なんだよ」
そういいながらシドは熱くなった網の上にその謎肉を置き塩コショウを振りかける。
するとジュー!っと肉が焼ける音と匂いが立ち込め全員がその肉に目を奪われた。
「・・・・・・ねえ、まさかその肉ってさ・・・・・」
ライトは心当たりがあるらしい。
「そう!あの地下に埋まってた遺跡で出てきた、羽根が生えてたヤツの肉。色が食えそうだったから背中の肉を切り取って持って帰ったんだ」
シドはウキウキとした表情で焼けて行く肉を見守っている。
その言葉を聞いたキクチは顔を引きつらせて叫ぶ。
「お前モンスターの肉食うつもりか?!」
シドが顔を上げると、全員が引いていた。
キクチとラルフは当然として、ゴンダバヤシやデンベ、他の護衛達とライトもである。
生物系モンスターとは生物兵器だ。
その肉には有毒成分を含んでいる場合が多く、旧文明製のナノマシンが入っている。
無理やりになら食べられない事は無いが、入念に洗浄した後にナノマシンが機能停止するまで熱を通す必要がある上に味は最悪である。
そこまでして食べたいと思う者などおらず、手順を守らずに食べた者は、死にはしないが酷い腹痛を訴え、病院に搬送される事になるのだった。
そんなものを平然と食べようとしているシドを全員が信じられないものを見る目で見ていた。
「いや、これモンスターじゃないんだって。な?」
シドはセントラルに視線を向けて問うた。
「はい、これは自然界で発生した野生生物です。生物兵器特有の汚染や遺伝子変異。ナノマシンの残留もありません。安全に食せると保証します」
「ほらな?」
ほらなでは無い。
セントラルはそう言うが、遺跡に居たという生物を食べる気には中々ならない。
現場にいたライトはその生物の容姿を知っている分、顔には嫌悪感が浮かんでいた。
そんな者達の様子は無視し、シドは程よく焼けた肉をひっくり返した。
肉の中にあった油?肉汁?が燃える炭にぽたりと落ち、炎と煙を上げる。
「・・・・・・だが、美味そうな匂いではあるな・・・・」
ゴンダバヤシの言葉通り、匂いは美味そうだ。見た目も普通の焼かれた肉と変わらない。
「「「「「「・・・・・・」」」」」」
「もういいかな?」
全員が見守る中、焼き上がった肉をまな板の上に取り、慣れた手つきで切り分けて行くシド。
切った肉を皿に乗のせ、まずは一口!と一切れ口に放り込んだ。
その様子を固唾を飲んで見守る10人。
モグモグと咀嚼し、肉を飲み込んだシドは
「美味い!!」
と声を上げる。
「スッゲー―美味い!!なんだろコレ。肉の味は濃いし柔らかい!シットリサッパリしてるのに油の甘味もある!超うまい!!」
そう言いながらもう一切れ、と摘まみ上げた肉を口に放り込み、肉が乗った皿をゴンダバヤシ達に差し出した。
「・・・・・・・・・・・・・デンベ」
「ッ!!!・・・・・・・承知しました」
哀れデンベ。護衛対象からそう言われたら食うしかない。デンベが肉に手を伸ばすと
「・・・シドの様子から毒は心配いらない・・・か?」
「どうでしょう?シドさん毒効かないし・・・・」
ダーマとライトが小声でささやき合っていた。
食おうとしている横でそういう事を言うのは止めて欲しい。
戦闘では無類の強さを誇るデンベであるが、こういう時に躊躇してしまう彼はちゃんと人間だろう。
ええい、ままよ!!と気合を入れ、肉を口に入れるデンベ。
護衛の鑑だ。
毒見が護衛の仕事の範疇かは知らないが。
眉間に皺を寄せ、モグモグと咀嚼していたデンベの顔が段々と驚きに変わって行く。
「・・・・・・・・大変美味です」
「マジか」
「はい、ただ焼いただけの肉とは思えません」
信じられないといった顔のデンベ。その様子を見ていたシドは
「だから美味しいって言ってるだろ?皆食べてみろよ」
ホラっと皿を突き出すシド。全員が顔を見合わせ、それぞれ肉を摘まみ上げ口に放り込んだ。
全員がモグモグと肉を噛むと、それぞれが反応を示す。
「・・・うわ・・・」
「なんじゃこりゃ・・・・・」
「美味いな」
「美味しいですね」
「「「「「・・・・・」」」」」
無言である護衛ズとダーマも顔は驚愕の表情だった。
「な?美味いだろ?」
コクコクと全員が頷く。
「シド、もっと焼け」
「わかった。色々味付け試してみよう」
そこからは全員が奪い合う様に肉を平らげて行く。
たまに野菜などを摘みながらモリモリとあの生物の肉を食らって行った。
そしてあっという間に肉が無くなり、全員が膨れた腹を摩りながら用意された椅子に腰かけていた。
「美味かったな。シド、あの肉は何処の遺跡で取れたんだ?」
「ミナギ都市の南側にある亀裂の中にある遺跡だよ。あそこって名前あったかな?」
「無いよ。確か位置情報で登録されてたはずだね」
「その場所は知っています。シド様達は生物のサンプルをワーカーオフィスに提出していましたよね?」
ラルフがそうシド達に言う。
「うん、2種類提出した。たしかどっちも野生生物って話だったよな?」
「そうですね。確かに新種として新しく登録されたはずです・・・・・・・この生物ですね」
ラルフが端末に新規登録された生物の情報を表示し、ゴンダバヤシに見せる。
「・・・・・・・見た目は気持ち悪いが・・・・ここまで美味いなら狩るやつも出てくるだろうな」
「それはどうでしょう?あの場所は遺跡に降りるのが非常に困難ですし、亀裂の底からの突風も高温かつ強力で非常に危険です。肉の為に降りるワーカーがいるとはとても・・・・・」
あの遺跡はスラムバレットの様に空中歩行が出来なければ探索する事は難しい。
それに、相手はモンスターの様にしつこく攻撃してくるわけでは無く、不利と悟ると逃げてしまう。高火力で攻撃すれば可食部の肉も吹き飛んでしまう上に、上手く仕留められたとしても肉を切り出して崖の上に運ぶのも一苦労である。
さらには遺物と違い、時間経過で痛む生肉をワーカーが持ち帰って来るのも難しい。
空中歩行、ツールボックス、解体する為の刃物。これらを持っていたスラムバレットだからこそ持ち帰れた物だと言える。
「・・・・なら食えるのはこれが最後って事か?」
ゴンダバヤシは残念そうに言うと、セントラルのホロが現れる。
「シド様よりサンプルを頂いております。解析し、培養に成功すれば当施設で提供する事は可能になるかと」
「よし、後で肉の値段も協議しよう」
「承知しました」
この施設にあらたな特産品が加わった瞬間だった。




