キクチの胸騒ぎ
「よう課長さん。助かったぜ」
ドルファンドへと引き渡されたサイボーグ男は、目の前にいる男に気安い挨拶をする。
課長と呼ばれた男は男の声には何も返さず、冷たい視線を向け続けた。
(ち、相変わらず愛想のねー野郎だ)
心の中で悪態を付くが、その様な事はおくびにも出さず男は声を掛ける。
「油断しちまってよ。悪りーんだが新しいボディーを用意してくんねーかな?」
スラムの組織の組員が、都市の管理企業の1つであるドルファンドの課長にきく口の利き方ではない。
しかし、サイボーグ男からすると自分達と彼らは一蓮托生の間柄だと思っていた。
あの赤子の確保を依頼してきたのはこの男なのだから。
「・・・・・・はぁ・・・・まずはなぜそんな姿になっているのか説明を聞きたい。キミに与えたボディーは型落ちとは言え我が社の製品なのだからな」
課長は眉間を指で押さえ、溜息を吐きながら男に質問する。
「・・・・ガキのワーカーがあの赤ん坊を匿ってるって情報が入った。情報を聞き出そうとしたら攻撃してきやがってな・・・気が付いたらワーカーオフィスの拘置所だったんだよ」
「・・・・・・」
課長は男の話を聞いても何も答えない。眉間から指を離し、いつも以上に冷たい目で男を見つめてきた。
「・・・・悪かったよ。今度は油断しない。ホームに戻ったら兵隊を連れてアイツのねぐらに 「もういい」」
課長は男の言葉を遮る。
「アンダースネイクのボスにはもう連絡してある。次に失敗すれば我が社がお前達を焼き払うとな」
ドルファンドは自分達の組織を切り捨てる心積もりの様だった。
自分が考えていたよりずっとマズイ状況になっている事に初めて気づく。
「お、おい!」
「脳からそのワーカーの情報を引き出し本体は処分しろ。大した情報は出てこないだろうがな」
課長は男に背を向け、部下に指示を出すと部屋を出て行こうとする。
「ま、待ってくれ!!!!次こそは必ずガキを連れてくる!!必ずだ!!だからもう一度!!!」
「もう一度?相変わらず目出度い頭をしているな・・・・お前にもう次などない」
課長は吐き捨てる様に言うと部屋を出て行く。
「まて!!!まってくれ!!!!」
男は必死に呼び止めようとするが、課長は視線すら向けず部屋を出て行き扉を閉める。
部下の男たちが周りを取り囲み、台座に固定されている男の顔にカバーを取り付けようとした。
「や!!やめろ!!!まってくれ!!!もういち・・・・!!!・・・!!」
頭すら満足に動かない状況では抵抗できるはずも無くカバーを付けられてしまう。
「・・・・・!!!!・・・・!!!!!!!!」
男は精一杯の声を張り上げるが、音は一切カバーの外に漏れることは無かった。
男は喚きながらこんな事ならワーカーオフィスで洗いざらい吐いて処刑された方が良かったと涙を流すがもう遅い。
課長の部下達は男が固定された台座のロックを外し、どこかへ運び去って行く。
キクチ視点
「いや~、今日も美味い飯だったな~」
キクチはご機嫌だった。
この地下シェルターを表面上はダゴラ都市管理下のワーカー滞在所として扱い、喜多野マテリアル管理下の施設として運用する事がセントラルとの交渉の末決定した。
セントラルとの交渉はゴンダバヤシを筆頭に、喜多野マテリアルの幹部達がオンラインで参加した会議で行い、武蔵野皇国での通貨とコールとのレートを決定。ワーカー達や喜多野マテリアル所属の研究者の滞在費用や研究材料の提供をコールで支払える様に認めてもらった。
セントラルからは施設運用や改修に必要な物資を購入してもらう事になり、一方的にコールを支払うなどという状況にならないように調整を行った。
キクチはワーカー達で信用できる者達に声を掛け、この施設の試験利用の開催にまで漕ぎつけたのである。
3大ギルドに連絡を入れ、未探索領域である南東方向への拠点として耐えられるかのテストと称しワーカーを招集。2週間程滞在してもらう様話を付けた。
特大の爆弾を内包する施設の為、一部とはいえワーカーへの開放は慎重な考えも出たが、完全に隠し通すことは難しい。
この施設への入り口を確保する為に多くのワーカー達を招集している為、かならず情報は漏れてしまう。
特に渡り鳥の様に都市を行き来するタイプのワーカーや行商人に伝われば、他の6大企業に伝わるのも時間の問題だった。
その為、非常に上質な宿泊施設であるという体で公開してしまった方がまだカモフラージュが効くだろうとの判断がなされ、キクチがその調整を行ったのであった。
発見から1週間程度の時間で開放するというのも急ぎすぎでは無いか?思わなくも無かったが、ダゴラ都市最大ギルドであるゾシアに情報が流れている為、早急に行動する必要があった。
ワーカーオフィスから正式にキクチの部下として人員が派遣され、セントラルに強化された頭と体をフルに活用し短期間で調整をおえたのだ。
当初の重圧から解放され、この施設にワーカー達を担当する人員が派遣されてくるまで全力で休暇気分を味わうつもりである。
今日もプールやアウトドアコーナーを堪能し、温泉に浸かって日頃の疲れを洗い流し、豪華な夕食で腹を満たす。
「新しい人員が来るまでまだ1ヶ月はかかるだろうからな・・・・・それまでゆっくりさせてもらうとしよう」
オフィスの上層部には生贄の様に送り出されたのだ。文句は言わせん。
酒も入り上機嫌で部屋まで歩いていく途中、見知った相手とかち合った。
「ん?ドンガじゃないか。どうしたんだ?そんな荷物持って」
ヤシロ、レオナコンビと親しいフリーのワーカーだ。
どこぞの2人程とは言わないが面倒事に首を突っ込みやすい2人のブレーキ役としてメンバーにねじ込んだのだ。
「ああキクチさん。ちょっと用事でね、ミナギ都市へ行くことになったのよ」
「ん?ミナギ都市?」
「ええ、明日の朝一に出ようかと思ってるわ。オフィスの許可は取ってるから安心して」
「急に仕事でも入ったのか?」
キクチは訝しそうにドンガに聞く。
「シドちゃんから連絡を貰ったのよ・・・・・ちょっと身内の件でね」
ドンガは左ひじを右手で抱え、左手の人差し指を顎に当てながら言う。キクチとドンガもそこそこの付き合いだ。
筋肉モリモリの漢女ポーズも慣れたものである。
だが、聞き逃せない人物の名がドンガの口から出てきてはこのまま「はいさようなら」とはいかない。
「・・・・シドからか?」
「ええ、ワタシのお兄ちゃんがダゴラ都市に移動したいって言ってるらしくてね。運び屋にブチられてるから迎えに来て欲しいって・・・・」
「・・・・・・・・・」
キクチの勘が言っている。今すぐ調べるべきだと。
「他に何か言ってなかったか?」
「特になにも言ってなかったけど?」
ドンガは不思議そうにキクチを見る。しかし、キクチは眉間に皺をよせ考えを纏めるとドンガに言う。
「ヤシロとレオナの2人も同行させられないか?」
「・・・・・どうして?お兄ちゃんと赤ん坊の2人なんだからワタシだけで十分よ?」
「いや、スラムバレットの2人が関わってるってのが気になる・・・・俺も気にし過ぎだとは思うんだけどな・・・・・・」
「・・・・嫌な予感がする?」
「・・・・・・ああ」
「わかったわ。話はキクチさんから通して頂戴?ワタシは準備を進めておくから」
「わかった」
ドンガと別れキクチは通信端末でヤシロに連絡を取る。
『どうした~?キクチ~』
通信に出たヤシロは酔っぱらっているらしい。一応遠征なのだからしゃんとして欲しいなどと自分の事を棚に上げ考えるキクチ。
「すまんな。少し頼まれごとを聞いて欲しい」
『ん?なんだよ』
「そうか受けてくれるかありがとうドンガと一緒にミナギ都市に行って欲しいんだ」
『待て待て待て!なんだよ急に?』
「シドがドンガに連絡を取ったらしい。ダゴラ都市に移動したい人間を迎えに来て欲しいと頼んだみたいだ」
『・・・・・・・それに俺が着いていく理由は?』
「・・・・・・・・・すまん。ハッキリと理由は言えん。だが、そうした方が良い気がする」
『気がするってお前な・・・・・・・・・まあいいさ、いつ出発するんだ?』
「明日の朝一だそうだ。お前とレオナの2人で行って欲しい・・・・頼む」
『ほんと急だな。わかったレオナにも伝えておく』
「助かる」
『貸し一つだからな』
ヤシロとの通信を切り、キクチは自分の部屋へ戻り情報端末を立ち上げる。
ミナギ都市のワーカーギルドの外部閲覧可能な情報を見て行くが、何か大事が起こっている様子はない。
スラムバレットの活動報告を見ても、巡回任務を一件受諾しているだけ。
その最中に救援要請を受け、1つのワーカーチームを助け、都市への帰還する間の護衛を引き受けたとあった。
目を引いたのはその時の戦闘で、ワーカーチームが運搬中のオートマタが起動し、戦闘の末撃破したと言う事だけだ。
そのワーカーチームと帯同していた企業とは穏便に話がついている様で、そこまで大騒ぎする必要は無い。
(気にし過ぎか?)
今まであの2人が中心になった騒動が大きすぎた為、過敏になっているのかもしれないと考えるキクチ。
しかし、胸のモヤモヤを解消する為にラルフに確認しておくかと通信端末を手に取る。
数コールすると目的の人物が通信に出た。
『キクチ。何か用ですか?』
「ああ、大したことじゃないんだが・・・・スラムバレットの2人は普通に活動しているか?」
『ああ、あの2人ですか?ええ、非常に優秀の様ですね。まさか短時間でモンスターの群れを一掃しオートマタまで討伐するとは思いませんでした』
それくらい、あの2人ならやってのけるだろう。
キョウグチ地下街遺跡でもオートマタは討伐しているし、このシェルターでも大型に勝っている。
騒ぐほどの事でもない。
「いや、他になにか問題は起こしていないか?」
『いえ?特には・・・・・ま、スラムの建物を1つ倒壊させたくらいでしょうか?それも組織と穏便に話は尽きましたし、問題と言うほどのことはありません』
「・・・・・・そうか・・・・わかった。くれぐれもあの2人から目を離さない様にしてくれ」
『?・・・・ええ、気を付けますよ』
「それだけだ。すまなかったな」
『いえいえ。それでは』
「・・・ああ~~~っと待った!」
『・・・なんですか?』
「あいつらさ。オートマタの同行登録してるか?」
『・・・オートマタ?いいえ?』
(あんのアホ共が!!!!)
セントラルから貰ったオートマタ、イデアの登録は直ぐに行えと言っておいたのにまだ登録を行っていないらしい。
それを行っていなければ、万が一街中で戦闘になりイデアが参戦した場合ややこしい事になる。
(ラルフに・・・・いや、もう俺の方で登録してしまおう)
丁度今手は空いている。それくらいの雑務より、ラルフにはあの2人の監視に集中してもらう方が良い。
「・・・いや、コッチで処理しておく。明日の朝にはデータが共有されているだろうから確認してくれ」
『・・・・わかりました』
ラルフとの通信が切れる。
(今のところはなにも無いようだが・・・・・)
キクチは端末でイデアの登録手続きを行っていく。イデアの姿形はセントラルからデータを貰えばすぐに提出できる。
許可の発行元は自分にし、ややこしい手続きを瞬時に終わらせていった。
(ほんとに便利な体になったもんだ・・・・・)
これで不安の種は一つ減る。しかし、キクチが感じたモヤモヤは一向に晴れることは無かった。
ラルフ視点
キクチからの通信が切れ、通信端末を持ちながら首を傾げるラルフ。
「なんだったんだ?」
キクチからの意味不明な通信。
その意味を考えようとするが、今は人売りの組織について調べることが優先だろうと考えを改める。
不自然に余裕のある重罪人。ドルファンドの早すぎる行動。
早急にワーカーオフィスの上層部に報告し、対応を練らねばとラルフは報告書の作成を行っていく。
この時、ラルフがキクチに人売りの件を話し、シドに事の顛末を確認した後、直ぐにダーマとエミルをワーカーオフィスが護衛付でダゴラ都市に送り出していればこの後の混乱は防げたかもしれない。
しかし、その機会は失われ、事態は一刻一刻動いていくのであった。




