取り調べへの横やり
歓楽街に戻り、クラブ88へとやってきたシドとライト。
既に開店しているのか、店のカンバンには明かりがともされている。店の扉を開けると、カランコロンと来客を告げるベルが鳴った。
「いらっしゃーい。ああ、シド君とライト君。おかえり~」
店に入ると、中からママとマスターが笑顔で迎えてくれた。
「どうも、イデアとエミルの様子はどうです?」
「エミルちゃん、元気になってるよ。イデアちゃんは子守上手やね~、凄い懐き様やわ~」
笑顔でそういうママ。「奥におるからね~」と2人に教えてくれる。
ママとマスターにお礼を言い、奥の部屋へと様子を見に行く2人。
奥の扉を開けると、イデアに抱っこされキャッキャとはしゃぐエミルの姿があった。
「おかえりなさいシド、ライト」
「あぶ~」
エミルとふれ合い、上機嫌なイデアと、イデアの顔をパシパシ叩きながら笑っているエミル。昨日はあんなに弱っていた心音も今では元気な音を響かせていた。
「ただいま・・・・で?なんだその声?」
イデアのボディーから発声している声は念話で響く声より高く幼い感じであった。
「この声の方がエミルが喜ぶのです」
未だエミルにパシパシされながら、嬉しそうにしているイデア。
「そっか・・・」
<こちらの音声もその様に調整致しますか?>
<いや、いい>
「エミルも元気そうでなによりだ」
「はい、昨日ママが施した処置が的確だった為でしょう。何をしたのかまでは企業秘密だと教えていただけませんでしたが」
「そっか、後4日。ちゃんと守ってやれよ」
「当然です」
随分エミルに入れ込んでいる様だ。AIが赤子に興味を持つというのも不思議な話である。
2人は店舗の方へと戻り席に着くと、マスターは昨日シドとライトそれぞれがキープしたボトルから酒を注いでくれ、ママは大量のつき出しを出してくれた。
「これ、つき出しっていう量じゃないと思うんですけど」
ライトがそう聞くと
「昨日ようさん食べてくれたからな」
と、嬉しそうにママは言った。
当然出された食事を残す2人では無い。料理と酒に手を伸ばしパクパクと平らげて行く。
その様子をママはニコニコと笑いながら眺めていた。
そうしてしばらくの間待っていると、ダーマが店の扉を開けて入って来る。
「「いらっしゃい」」の挨拶を受け「ああ」と返す。
「仕事は無事に終わったか?」
「ああ、取りあえず食い扶持には困らないくらいは稼げた」
「そうか・・・ドンガさんと連絡が着いたぞ。4日後にこの都市に来れるってさ」
シドの言葉にダーマは少し目を動かし、シドに礼を述べる。
「・・・・・感謝する」
「いいよ。それより、こういう事は自分で言ってこいってちょっと怒ってたぞ?今度からはちゃんと連絡しろよな」
「・・・そうだな・・・エミルは?」
「奥でイデアが面倒見てるよ」
「様子を見てくる」
そういうとダーマは速足で奥の部屋へと入って行った。
ラルフ視点
ワーカーオフィスの尋問室。
そこには今日捉えられた人売りの組織に所属していると思われる男とラルフの姿があった。
「いい加減話しては如何ですか?このまま黙っていた所で結果は変わりませんよ?専門の施設へ移され記憶を吸い上げられるか拷問に掛けられるだけです。そうなるよりは自白した方がまだ穏当な最後を迎えられるでしょう」
ラルフが語り掛ける男は、生命維持に必要なパーツ以外は全て取り外され、自分の意思では指一本動かせない様に台座に固定されている。
だというのに、男はニヤニヤと笑いながらラルフの顔を睨みつけるだけだった。
何もしゃべろうとはせず、そればかりか人売りの疑いで捕縛されていると言うのに余裕の表情を崩さない男の態度に違和感を募らせるラルフ。
「このまま都市に引き渡されることをお望みですか?」
人売りの罪は重い。
この都市を管理している企業の手に渡れば、全ての権利を剥奪されあの手この手で情報を引き出されるだろう。
全ての権利とは、死ぬ権利も含まれる。治験送りとなれば死んだほうがマシだと思える様な日々を送ることになるのだ。
「都市?やればいいじゃねーか。俺は何も話さねーよ」
「・・・・・・」
「どの企業に引き渡すんだ?ケミックスか?ドルフォンドか?アースネットか?」
幾ら脅し文句を掛けてもこの男のニヤケ面が消えない。
この余裕は何だと言うのか?それがラルフには理解できなかった。
ミナギ都市は3つの企業が合同管理している都市である。
遺跡から産出される遺物や機械系モンスターを構成している金属を解析し、合金の生産や加工を手掛けるケミックス・アロイ
身体拡張やサイバネティック技術を研究・開発し、多くの都市やワーカー達と繋がりを持つドルファンド
建築技術や建機の製造・開発を手掛け、この都市の防壁を築き上げたミナギ都市最古の企業アースネット
この3つの企業がそれぞれの区画を持ちミナギ都市を管理していた。
どの企業につき出されてもこの男の未来は地獄と決まっている。
それなのに何故ここまで余裕があるのだろうか?
出来るなら自分の手で犯罪組織を特定し、殲滅指揮を執りたかったラルフだが、これ以上は埒が明かないと考える。
この男は企業へと渡し、独自に調査する事が頭に浮かび始めた所、ラルフの端末が着信を告げる。
「はい」
『取り調べの最中に申し訳ありません。今取り調べを受けている男を企業が引き取ると言って来ています』
「なに?どの企業ですか?」
『ドルファンドです。自分の管理区域の組織では無いかと疑っており、自社で調査するとの事です』
「・・・・・・・」
(この男が捕縛されたのは昼前・・・・まだ人売りの件は何処にも報告していない・・・・・・・もう情報が伝わっている?)
企業が嗅ぎ付けるにはもう2・3日かかると踏んでいたが、当日に接触を図って来るとは思わなかった。
(しかし、管理企業からの申し出を正当な理由なく跳ねのける訳にもいかない・・・・か)
「わかりました。引き渡しの準備を行います」
『では先方にはその様にお伝えします』
通信が切れ、ラルフは男に目を向ける。
「と言う事です。貴方の身柄はドルファンドへ移される事になります。最後に何か言う事は?」
「は!何度も言ってんだろうが!俺は何も喋らねーよ」
男はラルフを嘲る様に笑みを強くする。
「そうですか・・・・」
ラルフはもうこの男に用はないと尋問室を出て行く。
廊下を歩きながらラルフは眉間に皺を寄せながら考える。
何故これほど早く管理企業が動いたのか。上層部にもまだ上げていない情報を何故ドルファンドが入手したのか。
このワーカーオフィスに企業の手が入っている?
(・・・・・・・これは早急に上の判断を仰いだ方が良いようですね)
ラルフが望んだ一騒動がヒタヒタと近づいて来ていた。
それはエミルを中心に火の手が上がり、キクチが問題児だと言った2人が加わる事によって盛大に燃え上がるだろう。
どこまでの大火となるのか。
この時のラルフには、予想する事はできなかった。




