男の都市脱出計画?
ならず者っぽい連中を全員始末した後、シドは背後を振り返る。
そこにはまだ倒れた姿勢で腰元のハンドガンを握りしめたまま呆然した男がいた。
「お前、大丈夫か?」
シドは男に声を掛けるが、男の目は警戒感を表し、少し後ろへ体を動かした。
「・・・・・何者だ?」
「俺はワーカーだ。ついさっきこの都市についた所なんだよ。足怪我してんだろ?ちょっと待ってろ、今回復薬を・・・・」
シドがそういうと、頭の中に大音量の念話が響き渡る。
<シドさ~~~~ん!!!!到着早々何してんのさ!!!!>
シドはその声に顔を顰めながら言う。
<・・・説明は後にしてくれライト。まずは回復薬を取ってくれるか?>
<・・・・~~~~!!!>
念話が切れると、ライトが乗った車がシドに近づいてくる。
車が停車すると、中から口をへの字に曲げたライトが下りてきて、シドに回復薬を投げ渡す。
「サンキュ」
シドは回復薄を受け取ると、男へ渡す。
「飲めよ。それくらいの傷ならすぐに治るはずだ」
男はシドから渡された回復薬とシドの顔に視線を行ったり来たりさせる。
「それで?キクチさんから言われてた大人しいワーカー活動プランをいきなり破壊した理由って何?」
まだ状況が分かっていないライトはシドにそう質問する。
ライトもシドが何の理由も無く人殺しを行うとは思っていない。しかし、見ず知らずの人間を助けるために面倒事に首を突っ込んでいく理由を聞かずにはいられなかった。
「ああ、すまん。コイツ等人売りだったんだよ」
シドから男たちの生業を聞いたライトは一瞬ポカンとした表情を浮かべ、納得の言葉を吐く。
「・・・・なるほど。それなら問題ないね。怒鳴ってゴメン」
「いや、いいよ」
ライトがすんなり納得する事には理由が有る。
今この世界は非常に不安定で治安もすこぶる悪い。スラムなら敵対組織との殺し合いは珍しくなく、強盗や盗みも横行している。
しかし、人攫いや人身売買は絶対のタブーであった。
ダゴラ都市のスラム街でも人材派遣の様な商売はあっても、人そのものを売ることは無い。もし発覚すれば全組織が手を組んででもその組織を壊滅する為に動き出すし、都市に知られれば大規模な討伐隊が編成される事になる。
理由として大きいのは6大企業がその行いを固く禁じているのである。
120年ほど前に医療機関や製薬会社が各都市のスラム街から人体実験用の検体を攫って来るという事が横行していた。
当時からスラム街の住人は居なくなっても問題ない人間と考えられていた為である。
初期の頃は密かに行われていたのだが、段々と当たり前になり大規模な人狩りが行われる様になった。
一度に数十人から数百人をトレーラーに詰め込み実験所に送る様になり、都市や大企業間でも問題として提起される様になり始めたのだが、それより先にブチ切れた者達がいたのだ。
それはスラム街出身の者達である。
今はワーカーという職業として定着しているが、当時は遺跡漁りと言われ真っ当な職業とはみなされておらず、真面な人種が着く仕事とはみなされていなかった。
その古巣の住人を攫われた遺跡漁り達は、人狩りを行っている企業の回復薬や医療機関に対する不買運動を実施した。
そうなれば困るのは製薬会社や医療機関のみでは収まらない。
回復薬を買わないという事は、負傷出来ないということだ。
スラム出身の者達は、その活動レベルを大幅に下げたのである。当時、スラム出身の遺跡漁り達は全体の70%以上にも及び、その彼らが遺跡探索のレベルを下げてしまうと遺物の回収からモンスター討伐の効率まで激減する事になった。
そうなれば普通の企業達は遺物を手に入れる事が出来なくなる上に、遺跡に存在するモンスターの数が大幅に増え、スタンピードの発生率も大幅に上昇。その対処は都市の防衛隊に全て降りかかり機能不全寸前にまで追い込まれることになった。
そして、この状況に止めを刺したのが、同じスラム街出身の最前線にまで駆け上がった遺跡漁り達であった。
大企業ですら顔色を窺わなければならない力を持つに至った彼らが、最前線用の兵器を引っ提げて製薬会社や医療機関の実験場に乗り込んで行ったのだ。
彼らが所属、もしくはリーダーを張っているチームがほぼ同時に多くの施設を強襲し、中に捉えられていた人々を救出。今後この様な事は認められないと共同発表を発表し、大陸全土に影響を与える大騒動となったのである。
事態を重く見た6大企業は即座に人体実験の停止を公布し、それを行っていた企業や医療機関の上層部を挿げ替えるなど対応を行い、遺跡漁りと蔑まれていた者達をワーカーと呼び名を変え管理しようと動き出す。
そして人攫いや人身売買についても固く禁じ、もし発覚した場合は極刑か治験行きの2択という重い罰則を与えられる事になる。
今ではこの事件の事も風化しているのだが、罰則自体は広く知られており、発見即殺が許可されている。
よって、シドの行動は咎められる事は無く、理由を聞いたライトもすんなり納得を見せたのであった。
閑話終了
「でも、そんな大罪をこんな開けた場所で言う?普通」
「アホなんだろ?死んだ奴の事なんざどうでもいいよ。それよりコッチだ」
シドは再度男に目を向ける。
男は未だ警戒を解いておらず、回復薬を握りしめたまま動こうとしない。
「早くしろよ。お前が真面に動けないままだとホントにその手の中の子供が死んじまうぞ?」
シドの指摘に、男は再度回復薬に目を落とし、蓋を開けて飲み込んだ。
「・・・・・・助かった。恩に着る・・・・」
「いいよ。取りあえず車の中で話そう。ここに居るとアイツ等の仲間が来るかもしれないからな」
「・・・・・わかった」
全員で車に乗り込み、ライトが運転しながら再度道を走り始める。
「んで?今どういう状況なんだ?」
シドは男に問いかける。
「・・・・・・助けてもらって悪いと思うが詳しくは言えん・・・・・出来る事なら7番地区の近くで降ろしてもらいたい」
男は腕の中の子供を抱きしめながらそういう。
「ふ~ん、別に構わないけどさ・・・・・・・・・・・なあイデア。何やってんだ?」
シドは興味深げに布にくるまれた子供を凝視するイデアに言う。
「いえ、赤ん坊を見るのは初めての経験ですので」
イデアは男の至近距離と言っていい場所にフワフワと浮きながら子供の顔を覗き込もうとしていた。
「近いって。ソイツの警戒が解けないのはお前のせいだろ?離れろよ」
「お気になさらず」
イデアは男に視線を向けそう言う。
「気にするわ!そのままじゃ話もできないだろ!」
シドにきつめに言われ、シブシブ赤ん坊から離れるイデアだった。
「悪いな。7番地区って所に行ったら当てがあるのか?」
「・・・・・・・ああ、そこで運び屋と待ち合わせてる」
男は未だイデアを警戒しているようだ。
無理もないだろう。イデアは旧文明製のオートマタを端末に使っている。
普通の人間からすると敵であるはずの存在が目の前にいれば混乱の一つもしておかしくない。まだ冷静さを失っていない男の心が強いのか、それとも子供を守ろうとする意志がそうさせるのか。
「運び屋ね。どこに行く予定だ?」
「・・・・・・・ダゴラ都市だ」
なんとシド達の古巣に行こうとしているという男。
「なんでダゴラ都市なんだ?」
「あそこは大きな遺跡を抱えているが、難易度はそれほど高くないと聞いている。俺でも金を稼ぐ事ができるだろうし・・・・・・最悪は妹に頼むこともできる」
「妹さんがダゴラ都市にいるのか?なんで最初から会いに行かないんだ?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
男は何も言わずに子供に目を落とす。
<・・・・・妹との子供かな>
<いやそれはないでしょ>
<近親相姦は推奨できませんよシド>
「・・・まあいいさ。でもさ、今のダゴラ都市も結構危ないぞ?ファーレン遺跡はスタンピードの影響で難易度が上がってるし、他にも遺跡が発見されて高ランクワーカー達が呼ばれてるはずだ」
シドはダゴラ都市の状況を男に教えてやる。
「!!!・・・・・・・・なぜ知っている?」
「俺達はダゴラ都市から来たからな」
「そうか・・・・・だがここよりはマシだ」
シドの見立てでは、この男がファーレン遺跡に行って帰って来れるとは思えない。最初のブートキャンプで強くなったタカヤとユキですら最初の探索で死にかけたのだから。
まあ向こうに行けばワーカー訓練所もあるんだし何とかなるか?とシドは考える。
<それでさ、7番地区ってどこ?>
ライトが念話でそう聞いてくる。
「それで、7番地区って何処なんだ?」
「・・・このまま進んでいると右に曲がれるだけの通りが出てくる。その通りをすすんで2ブロック目だ」
「わかった」
<だってさ>
<了解>
ライトは車のスピードを上げ、目的地に向かって車を走らせた。




