第一村人 接触
「はっ・・・はっ・・・はっ」
ミナギ都市4番区の路地裏を1人の男が駆けていた。
背は高く、体も鍛えられている様に見える。茶色の髪を短く切り込み、身に着けているのは低ランクワーカーが着ているような簡易防護服である。
腰にはハンドガンを一つぶら下げてるだけで、お世辞にも装備が充実したワーカーとは言えない格好だ。
その両腕は布にくるまれた何かを抱えており、頻りに背後を気にしている。
(上手くいったぞ・・・・なんとか取り返せた・・・・・あとはこのまま7番地区まで行けば・・・・・)
男は腕の中にある大事なモノを抱き込み、必死で路地を駆ける。
(まだ気づかれてないはず・・・・・・今のうちに何とか!)
いくつかの角を曲がり、目的地に向けて懸命に足を動かした。
路地には大小さまざまなゴミが散乱し、走りにくいことこの上ない。湿った布に足を取られ、バランスを取ろうと更に足を踏み出した。
だが、足を踏み出した先には破損した蓋のような物が転がっており、それを踏みつけてしまう。
片側に圧力を掛けられ梃子の原理で反対側が跳ねあがり、男の左脛を強かに打ち据える。
「グゥ!!!」
想像以上の痛みに男は顔をしかめ、その場に倒れ伏した。
荷物を庇う様に倒れたため、男は右肩を地面に叩きつけてしまう。
「・・・・!!!クソ!!!」
痛むからだを無理やり起こし、いまだ左脛に張り付いている蓋に手を当てと、左足から激痛が走った。よく見ると破損した取っ手の部分が男の左足に突き刺さっており、無理に引き抜けば傷口を広げることになりかねない。
慎重に取っ手を引き抜こうとするが、後方から男たちが何かを喚きながら近づいてきているのを感じた。
「!・・・・ちっ!」
男は舌打ちを一つすると傷口が広がることも気にせず無理やりに取っ手を引き抜き、その辺に落ちている布切れで足を縛りあげ簡易的な止血を行うと立ち上がりまた走り始めた。
途中、ボロボロの排水パイプに引っ掛かっていた布を走りながら毟り取り、自分の体に巻き付ける。
少しでも追っ手に自分の姿を認識できない様にする為だった。
足の痛みを無視し懸命に走り続けるが、段々と左足の感覚が無くなってくる。
(あと少し!!!あの大通りを渡りきれば!!!)
町を形成する建物群とは異なり、奇麗に整備された大通りの向こう側はヤツ等とは違う組織の縄張りだ。
ヤツ等は追ってくることは出来ない。
後は人目に付かず目的地にたどり着けば助ける事が出来る。
最早感覚の無くなった左足を庇いながら大通りにたどり着き、向こう側へと足を動かした。
(もう少しだ!!)
あと少しで安全な場所までたどり着ける。
本人も気づかぬ小さな気の緩みと、背後から迫ってくる追っ手への焦りから、ほんの僅かな凹凸に足を躓かせてしまった。
(嘘だろ!)
転倒した混乱と自分への憤りで目の前が赤く染まる中、なんとか身を起こそうと身をよじる。
しかし、彼に起き上がる時間は残されていなかった。
背後から追って来ていた組織の構成員が男に追いつき、銃を構え威嚇してくる。
「このゴミクズが!うちの商品に手~出して楽に死ねると思ってんのか!!!」
商品などでは無い!
男はギリリと歯を食いしばり、何とかこの窮地を逃れるために方法を考える。
相手の方を振り返り数を確認すると、全員で6人。銃を構え、自分に狙いを定めている者達が5人。そして怒りに顔を染め近づいてくる男が1人。
この男を盾にし、後の5人を殺す。
成功する確率は限りなく低い。自分の持っているハンドガンでは、一息の内に全員にヘッドショットを決めなければ逆に撃ち殺されるだろう。
そうなればこの手の中に居る存在も巻き添えを食う。
(コイツだけは何としても!!!!)
男は覚悟を決め、抱えている存在を左腕で強く抱き、腰につけていたハンドガンを握りしめタイミングを見計らった。
「テメーはバラバラにして売りさばいてやるから覚悟しやがれ!!」
頭に血が上った男は、反撃される事など頭にないのか無防備に近づいてくる。
(・・・・・・今だ!!!!)
ハンドガンを引き抜こうとした瞬間、視界の端から猛スピードで現れた物体が目の前の男を吹き飛ばした。
ライト視点
荒くれ者が倒れた人物に手を触れそうになった瞬間、車上から飛び出したシドが思いっきり蹴り飛ばしてしまう。
大きく吹っ飛んだ男は2度3度とバウンドし、地面に倒れた後はピクリとも動かない。
あの速度とシドの脚力で蹴り飛ばされれば普通の人間なら命は無い。首が吹き飛ばなかっただけ頑丈だと言えるだろう。
その光景を目にしたライトは両手を頬に当てこう叫ぶ。
「うおおおおい!!穏便にって言ったじゃん!!わかってるって言ったじゃん!!!」
「生命反応が消失しました。死んでいますね」
「あああ!!!もう!!!到着して速攻人殺しとか何考えてんのさ!!!!」
「やってしまった事は仕方ありません。この後のフォローを考えるべきです」
ライトは時間圧縮と並列思考を使用しこの場合のフォローをどうするかを考える。
この都市の法までは調べていない。
周りの様子がスラム街と酷似していることから、いきなり都市の治安維持部隊が出張っては来ないだろう(望み)
「彼らがアングラ組織の者達であればなんとか!」(願い)
ライトは車に取り付けられた銃達を男たちに向け、シドの元まで車を走らせようとするが、一足遅かった様だ。
シドと口論していた男たちの一人が引き金を引き、シドに攻撃を行う。
しかし、至近距離とはいえ何の工夫もされていない正面からの銃撃がシドを捉えるはずもなかった。
一瞬の内に全員が殴り倒され、地面に沈められることになる。
「・・・・・・・・生命反応が消失しました。全滅ですね」
イデアの声が車内に響き、ライトはガックリと項垂れながら車を動かし始めた。
シド視点
シドは車上から気配を探り、男たちの言葉に耳を澄ます。
まだ男達との距離は開いているが、今の位置からでも強化されたシドの五感は正確に状況を読み取っていた。
倒れた男の腕の中にあるモノ。
そこからは酷く弱弱しいが鼓動の気配も感じ取れる。
それはダゴラ都市のスラム街でも極稀に感じ取れた気配だった。追いかけてきた男たちはその存在に向かってこう言う。
【商品】と。
その言葉を聞いた瞬間。シドの中で男たちの処遇を決定する。
倒れた男は反撃の為だろう。腰につけていた銃を握りしめタイミングを伺っている様だ。しかし、その反撃は十中八九失敗に終わるだろう。
彼の体の動かし方を見ていればそれほどの手練れではないことが良くわかる。
男の手が倒れた彼に触れそうになった瞬間。シドは宙を駆け、追っ手の一人を蹴り飛ばす。
シドの脚は男の頭蓋骨を粉砕し、吹き飛ばした。首がつながったまま飛んでいったことに少し驚くが大した問題ではない。
両者の間に着地したシドは男たちに視線を向け、こう聞く。
「お前ら人売りか?」
シドの目には不快感の感情しかのっていない。
「なんだテメー!!」
「どっから湧いて出てきやがった!!!」
「テメーからぶっ殺すぞクソが!!!」
仲間の一人を蹴り飛ばされいきり立つ男達。シドの一撃で仲間が既に殺されている事にも気づいていない。この時、彼らがそのことに気づいていたら少しは状況が変わっていたかもしれない。
「お前らは人を売り買いしてんのか?って聞いてんだよ」
シドは再度問いかける。
「だったら何だってんだよ!!ウチのモンに手―出してただで済むと思うな!!!」
一人がシドに銃を向け引き金を引く。
シドは射線から外れ最小限の動きで距離を詰めると、デンベに教えてもらった急所に最適な打撃を与えていく。
シドの拳から放たれた衝撃は、最短距離を通り脳下垂体を破壊。
一瞬の内に全員の命を奪った。
ほぼ同時に崩れ落ちた無法者をひと睨みした後、未だ背後でハンドガンを握りしめたまま固まっている男を振り返った。




