いよいよミナギ都市へ
セントラルとの交渉が始まってから3日。
ゴンダバヤシとキクチは昼夜問わずセントラルとの交渉を行ってきた。
交渉内容は多岐にわたったが、大雑把に纏めるならこんな所だ。
・施設の所属は喜多野マテリアルとし、代行してダゴラ都市が運用するという建前を立てる。
・法は喜多野マテリアルが制定した内容に従い運用し、細々とした調整は運用が開始されてから行う。
・施設を利用する支払いはコールを適用してもらう
・単なる宿泊施設としての利用については1泊10万コールとし、この度ゴンダバヤシ達が受けたサービスや、その他のエリアの利用ついてはオプションとして利用料金に追加するものとする。
・シアタールームの利用については、喜多野マテリアルから許可を受けた者以外は原則禁止。
・この施設にある遺物は施設内での使用のみに留め、持ち出しや販売は不可とする。
・食料生産プラントやその他の製造施設の研究補助に関する取り決めは、後日改めて行う。
・セントラルとの交流は一般利用者とは行なわず、テンプレート対応のみ行って貰うこととする。
と言った所だろうか。
この施設が存在する事はすでにワーカーオフィスやギルド ゾシアに流出している為、下手に隠し立てする方が危険だろうと判断し、まずはワーカー達の探索拠点として利用する方向で話をまとめた形だ。
まずは少数からの受け入れし、少しずつ範囲を拡大していく方針で決定された。
一通りの交渉を終わらせ、ゴンダバヤシとキクチは安堵の息を吐きだす。
「今のところはこれで良いでしょう。使用許可を出すワーカーの質に関してはオフィスが選定する事にします」
「ああ、かなり大雑把な内容になっちまったが仕方ねーな。事前情報が0の状態から良くここまで纏まったと考えよう・・・・でだ、スラムバレットの2人に口止めはしたのか?」
「はい、この施設に関しては何も話さず、聞かれても必ずダゴラ都市のワーカーオフィスを通すようにと」
「そうか。まあベラベラ喋るタチじゃないだろうからそれで問題ないだろう。今回の件の報酬はどう考えてる?」
「あいつらはセントラルに貰ったから要らないと言っていましたが・・・・」
「・・・・・う~ん・・・・・ツールボックスと旧文明のオートマタだからな・・・・だが、ウチから何もなしじゃ面子が立たねー。チーム口座に報奨金として振り込む様に手続きをしておけ」
「承知いたしました。その様に取り計らいます」
「こんな所か・・・・んで?アイツ等はこの3日、何やってたんだ?」
「護衛チームとトレーニングルームに籠っている様です」
「模擬戦か?・・・・・気晴らしに様子でも見に行くか」
2人はトレーニングルームの扉を潜ると、そこにはデンベが立っており、ゴンダバヤシに気付くと綺麗な礼を行って来る。
「ゴンダバヤシ様、お疲れ様です。交渉は纏まりましたか?」
「おう、ひとまずはな。後は本社と連絡を取って会議だろうな・・・・・・所で、アイツ等は何やってんだ?」
ゴンダバヤシがそう質問し、デンベが振り返った先では、スラムバレットの2人とデンベの部下4人が複雑に絡み合った障害物の間を飛び回っていた。
壁を駆け抜け、空中の足場を蹴り、障害物の僅かな隙間に身を滑り込ませる。
あの6人なら今まででも同じ事が出来たであろうが、その動きは洗練されており一切の淀みなく行われている。
「パルクールという技術の様です。シドがシアタールームで解説動画を見つけ、全員で実施している所です」
またシアタールームかと2人が考えるのも無理はないかもしれない。
「なかなか有効な鍛錬方法では無いかと思います。シドは直観的かつ直線的な動きが目立っており、ライトは少し考えすぎる傾向がありました。しかし、この鍛錬法でシドは柔軟な体の使い方を、ライトは受け取った情報から瞬間的な判断を行える様になってきています。部下もそれぞれに適した体の動かし方を習得してきており、その効果は模擬戦でも顕著に表れております。我が社の訓練にも取り入れるべきと愚考します」
いつもは言葉少ないデンベであるが、新しい鍛錬法を見つけ少し興奮している様だ。
(そういやコイツ、鍛錬マニアだったな・・・)
特に任務も無い時はずっと体を鍛えているデンベ。
その彼に、新たな鍛錬法が加わったのであった。
「・・・デンベ殿。シド達の実力も上がっているのですか?」
キクチはそうデンベに聞いてみる。
キクチとしては、あの2人にこれ以上急激に強くなって欲しくなかった。
今の実力ですら、見合う地域といえば前線くらいしか思い浮かばないのである。これ以上強くなってどうするというのか?
ある程度装備を整えたら、護衛依頼などでお茶を濁しておいて欲しいというのがキクチの本音だ。
せめてこの施設とセントラルの件が落ち着くまでは。
「そうですね。シドは模擬戦で何発か攻撃を私に当てられる様になってきました。まだ私にダメージを与えられるレベルではありませんがランク70程度のワーカーなら素手で十分対応出来るでしょう。ライトに関しても私の部下たちと互角に戦える様になっています。これからが楽しみな2人ですね」
デンベの言葉に(楽しみじゃねーよ!)と心の中で叫ぶキクチ。
ランク70と言えば歴とした最前線レベルだ。デンベの部下も喜多野マテリアルの上級兵である。6大企業の上級兵はこの大陸で屈指の実力者であると言ってもいい。
その彼らと互角の実力を持つと太鼓判を押されたライトも十分最前線レベルといっても申し分ない。
単純に換算すると、スラムバレットはたった2人で中級企業くらいなら正面から戦っても勝ててしまう実力を手に入れたという事になるのだ。
セントラルとの交渉が一先ず終了し、この後彼らはミナギ都市へと移動していく。
ミナギ都市はダゴラ都市に比べて高レベルの遺跡を抱えている。
キョウグチ地下街遺跡や、モンスター分布の変更で難易度が上昇したファーレン遺跡のせいで、ダゴラ都市も安全とは言い難い状況にあるが、東方地域に属するミナギ都市は荒野にも高レベルのモンスターが出現する危険地帯である。
そんな場所に今のスラムバレットを送り込んで良いのだろうか?
また一週間もしないうちにとんでもない事態を引き起こすのではないか?
キクチは非常に不安であった。
いくら治療を受け、体力的にも大幅に改善されたとはいえ、キクチの体は一つしかない。抱えられる案件には限界があるのだ。
キクチは居もしない神に心の中で祈りを捧げるのであった。
「じゃー、俺達はミナギ都市に向かっていいんだな?」
シドとライトは、セントラルやゴンダバヤシから移動の許可をもらう。
「ああ、ここからは俺たちの仕事だ。長い間付き合わせて悪かったな」
「私からも礼を言う。君たちが来てくれて、漸く私は自分の存在意義を発揮できる」
2人はゴンダバヤシ一行やセントラル、キクチに見送られこの施設から出発しようとしていた。
「今度来るときはこの位置に入口を開放しておく。いつでも歓迎するので気軽に利用してくれ」
そう言われ、セントラルからマップ情報が送られてきた。
それは、大穴が開いている場所とは違う場所の様で、そこに正規の入り口が設置されているらしい。
「わかった。世話になったな、セントラル」
シドもセントラルに笑顔を向け挨拶を行う。
「キクチさんもお元気で」
ライトはキクチに声を掛ける。
治療を受けたとはいえ、ここに来たときは死にそうな顔色をしていたキクチを気遣ったのだ。
「ああ、お前らが向こうで無茶しなけりゃ大丈夫だよ」
「はは!大丈夫だって」
キクチの言葉にシドは軽々と言葉を返す。しかし、キクチはライトに目を向け真剣な表情を見せる。
「ライト。シドの手綱な任せたからな?ホントに頼むぞ?!」
「・・・・・出来る限り努力します」
「そんな玉虫色の返答はいらねーよ!」
ライトもシドの行動を抑制する自信はない。
シドは自分は大丈夫だと言っているのに全く信用されていない事に少しムッとする。
「大丈夫だっていってんだろ?」
「お前等は大丈夫でも俺が大丈夫じゃねーんだよ!」
以前ならゴンダバヤシの前でこの様な態度を取る事など無かったキクチ。しかし、セントラルとの交渉という一大任務を共に行った事で、以前の様なプレッシャーを感じることは無くなっていた。
「ちぇ・・・んじゃそろそろ行くか」
「うん、それでは失礼します」
シドがバイクのハンドルを握り、ライトが全員に頭を下げる。
走り出したバイクが巨大ワニが開けた穴の奥に向けて駆け抜けていく。
その様子を見送ったゴンダバヤシは、穴の外に展開している部隊に連絡を取り、またホールに足を向ける。
「俺達は俺達の仕事をするか。本社との連絡も取れるようになったしな。施設の利用方法を本格的に詰めるぞ」
「私はワーカーオフィスに連絡を行い。施設利用許可を出すワーカー達の選別を行います」
「おう、これから長い付き合いになるだろうが、よろしく頼むぜキクチ」
「は?・・・はい、よろしくお願いします」
大穴を通り抜け、久しぶりに地上に出て来た2人。
本物の日光や施設の中で浴びていた優しい日差しでは無く、2人を容赦なく照り付ける。
ライトとは異なり、防護服を破壊され、調温機能を失っているシドはその光に少し顔を顰めた。
視線を太陽から地面へと降ろすと、そこは2人が穴の中に突入した時とは全く違っている。簡易防壁が4重に築かれ外周部をワーカー達が、防壁上空にはゴンダバヤシが連れて来た喜多野マテリアルの兵隊たちが警戒している。
この状況からどうやって防壁外に出るかと考えていると、シドの通信機が着信を知らせて来た。
「はい」
『無事に帰還したようだな。ご苦労だった』
相手はミナギ方面防衛拠点の職員である、ナカザワだった。
「ああ、なんか久しぶりに地上に出てきたらだいぶん変わってて驚いたよ。俺達の車ってどこにある?」
『西側に駐屯所があるだろ。そこに駐車してある。君たちの状況は喜多野マテリアルから連絡が入っているからそのまま通れるはずだ。そのまま自由に行動してもらって構わない』
「わかった。俺達はこのままミナギ都市に向かうぞ」
『承知した。気を付けて行ってくれ』
「ああ、ありがとう」
シドは通信を切り、ナカザワに教えてもらった駐屯所へ行くと、喜多野マテリアルの兵隊たちが待ち構えており、シド達を車まで案内してくれた。
格納庫の中に入ると、ナカザワに預けたデザートイーグルT6(改造車)が止められている。
「なんか久しぶりだな」
「2週間程度だったはずなんだけどね」
「私は乗り込むのは初めてですけどね」
2人と1体は車に乗り込むと、ライトがT6を起動させ、異常が無いかチェックを行った。
「うん、オールグリーン。このまま行けるよ」
「よし!ミナギ都市に向かって出発!!」
「どの様なところか楽しみですね」
ライトの運転で走り出すT6。
その走り去っていく車を、ゴンダバヤシから一切の詮索を禁じられた兵隊たちが、零れ落ちそうになる好奇心を押し殺しながら見送るのだった。




