動画の価値
今日、選挙会場が大賑わいでした。
過去一ですね
キクチやゴンダバヤシ達がシアタールームへ向かった後、シド達は自室に戻り睡眠を取る。
シドが目を覚ますと、部屋の窓から柔らかい日差しが差し込んでおり、自然と眠気が薄れていく。
「日の光で目が覚めるとか地下にいるって事を忘れるよな~」
シドがそうぼやくと、体を折りたたみ地面に降りていたイデアが起動しシドに返してくる。
「そうですね。この施設に使われている技術は素晴らしいと思います」
「おお、おはよ。イデア」
「おはようございます、シド」
顔のディスプレイに表示させた目がシパシパと瞬きをするように表示され、体が地面から浮き上がる。
そしてスルスルとシドによって来ると言葉を重ねてくる。
「ライトも起きているでしょう。朝食を取ってキクチの様子を見に行きませんか?」
「そうだな・・・・キクチの様子?」
「はい、昨日は自室に戻っていないようです。一晩中シアタールームにいたようですね」
夕食後、ゴンダバヤシとシアタールームに向かい、その後自室に戻っていないとイデアから知らされるシド。
「・・・はぁ~、そんな事してるから体調崩すんだよ・・・・今日はセントラルとの会談だろ?何やってんだか・・・」
「ゴンダバヤシは4時間前に就寝したようですが、キクチはまだ起きてプロジェクトシリーズを視聴していると聞いています。様子を見ておいた方が良いと思います」
「わかった。飯食ってから様子見に行くか」
シドはそう言い、ベットから起き上がる。
<ライト、起きてるか?>
<シドさん?起きてるよ>
<朝飯食ってキクチの様子見に行こうぜ。昨日寝てないみたいだからな>
<そうなの?わかった。直ぐに用意するから>
ライトとの話も終わり、シドは寝間着から貸し出されているジャージに着替え食堂へと移動する。途中で合流したライトと共に朝食を取り、キクチが居るであろうシアタールームへと向かった。
シアタールームに入り中の様子を探ると、キクチはまだドキュメンタリー番組を見ていた。
キクチが今見ている内容はロケットを宇宙空間に飛ばし、宇宙空間でも生活できるステーションを建設するという内容だった。
「おいキクチ。お前、一晩中見てたのか?」
今もシド達がシアタールームに入ってきたことに気付かず、スクリーンに目を向けているキクチに声を掛ける。
シドの声に気付いたキクチはシドの方へ振り返る。
その顔は健康的な色を保ったままだったが、目が完全に死んでいた。
「「・・・・」」
「ああ、シドとライトか・・・もう朝なのか?」
「お・・・おう・・・・大丈夫か?」
セントラルに治療される前のキクチは身体的に死にそうになっていたが、今のキクチは心が死んでいるように見える。
「・・・・・大丈夫じゃねーよ・・・・どの話でも出てくるのは現代文明じゃ夢物語みたいな技術ばかりだ・・・・それをもしかしたら再現できるんじゃないか?と思えるくらい丁寧に解説されてる・・・・これを現代の研究者に見せたら大騒動だよ。出来るなら泡吹いて気絶したいくらいだ・・・・・でも、体は元気なままで気絶すらできない」
元気と言いながら、キクチの目は元気ではない。
その目は何処までも暗い漆黒を称えている。
「・・・健康なのが辛いなんて考えもしなかったな・・・」
一昨日の治療で健康な体と、これからの業務に耐えうる改造を施されたキクチは気絶すら出来なかった様だ。
思考が加速し、本来はオーバーヒートを起こすような負荷でも体が即座に対応してしまい耐えられてしまう。その為、今日の会談の為に映像の内容を出来るだけ把握しおこうと考え、先に帰ったゴンダバヤシを見送り、自分一人で鑑賞を続けたのだった。
そして次から次に出てくる皇国の技術。
それ一つでも再現できれば現代技術がひっくり返るだろうそれを、延々と見せられて気持ちは一杯一杯なのに、体の方はまだまだ余裕がる。
どの道ここでぶっ倒れてもセントラルに治療され、会談には引っ張り出されるのだから意味はない。
その事を分かっており、元々責任感の強いキクチに逃げ道は残されていなかった。
<俺絶対にワーカーオフィスには就職しないぞ>
<うん、ボクも嫌>
<これが管理職の悲哀という物なのでしょうか?>
力ない目でスクリーンに視線を戻すキクチ。その様子にシドは再度声を掛ける。
「もう十分見ただろ?後はおっちゃんと話せばいいじゃないか」
「そうはいかん。これは喜多野マテリアルとダゴラ都市ワーカーオフィスの行方を決める大事な資料だ。出来る限り詳細に記憶してゴンダバヤシ様に伝える必要がある」
その為の能力がこの体には備わっているしな。とキクチは笑いながら光の無い目をスクリーンに向け続けた。
<おい、やべーぞキクチだイっちまう。おっちゃんに言った方が良いんじゃないか?>
<・・・・でもゴンダバヤシ様も4時間しか寝てないんだよね?>
<デンベに伝えてみては?彼なら起きているでしょうし、ゴンダバヤシへ正確に伝えてくれるでしょう>
スクリーンに目を向け続けるキクチを一先ず放置し、ゴンダバヤシの部屋へ向かう。
部屋をノックすると、直ぐにお供の1人が扉を開けてくれた。
「どうした?」
「ええっと・・・・キクチの事で・・・アイツ、一睡もせずにまだ映像を見続けてるんだよ。なんか目も死んでるし、お・・・・ゴンダバヤシ様に止めてもらえたらと思って・・・・・」
「わかった。少し待て」
彼は扉の向こうへ消え、少し待っているとゴンダバヤシが顔を見せる。
「おう2人共。キクチの奴まだあの動画みてんのか?」
「そうなんだよ。体の方は大丈夫そうなんだけど、なんか目に力が無くってさ。おっちゃん、アイツに寝るように言ってくれないか?」
「・・・・ふ~・・・・とりあえずシアタールームに向かうぞ」
ゴンダバヤシと共にシアタールームに踏み入れると、映像は無重力空間に重力を発生させる技術や、生物が生存可能な環境を構成する技術などの説明を行っている様だ。
シド達にはチンプンカンの内容だが、喜多野マテリアルの部門長であるゴンダバヤシからするとかなり衝撃の内容であるらしい。
固まって食い入るように解説を聞くゴンダバヤシをつつき、シドはここに来た目的を遂行しようと声を掛ける。
「おっちゃん、動画は後でも見れるんだからさ。まずはキクチ」
シドにそう言われ、ハッとするゴンダバヤシ。
「お・・・おう、そうだったな」
ゴンダバヤシは未だスクリーンを見つめたままのキクチに声を掛けた。
「おい!キクチ」
声を掛けられ、ゴンダバヤシに気が付いたキクチは立ち上がって頭を下げる。
「失礼しました。気が付かず申し訳ありません」
「随分集中してたんだな。情報収集は十分だろう。さっさと飯食いに行くぞ。んで会談まで少し寝てろ」
「わかりました、お供します。しかし、睡眠は大丈夫です。体の方は問題ありません。食事の後、この映像情報について相談したく」
キクチは真っすぐゴンダバヤシを見つめ真剣にそう言った。
「・・・わかった。まずは食堂に移動するぞ」
ゴンダバヤシはそう言うと踵を返しシアタールームから出て行く。
「・・・・お前らも済まなかったな。心配かけたか?」
キクチはシド達の方を向き、そう言う。
「そうだな。仕事熱心なのはいいけどほどほどにしろよ」
「そうです、折角健康になったのにまた体調崩しちゃいますよ?」
「・・・・そうだな。今後はほどほどを心がける様にするよ」
キクチはそう言い、ゴンダバヤシを追いかけシアタールームを出て行く。
その背中を見送り、シドとライトは本当に大丈夫なんだろうかと不安になる。
「ホントに大丈夫か?アイツ」
「思い詰めてるって感じだよね」
「身体的には問題ありません。しかし、プレッシャーはかなり大きいのでしょう。ゴンダバヤシと良く話し合って今後の対応を決める必要があると思いますね」
キクチ・ゴンダバヤシ視点
朝食を取った二人は、ゴンダバヤシの部屋へ入り、この施設をどう扱うかを相談していた。
昨日の午前中に見た食料生産プラントだけでも重要機密に値する内容であったのに、午後からはその他の生産・整備設備や警備用オートマタの見学も行い、この施設の重要性と脅威度がさらに跳ね上がることになる。
どうやってあの量の遺物達を生産しているのかと疑問に思っていたが、廃棄品を一度完全に粉砕し、それを原料に再生産しているのだった。
一度粒子レベルにまで分解し、オールマテリアルと言う物質に変換・貯蔵。
オールマテリアルとはそこから様々な物質に変換可能な万能物質という事らしく、その辺の石ころをオールマテリアルに変換すると、そこから貴金属や希少金属へ変換が可能になる物質であるとの事だった。
原子配列など何処行った?的な意味不明な技術が使われていた。製造工程も現代とはレベルが異なり、一度物質として構成してから加工するのでは無く、オールマテリアルのプールから形状を作り出しながら必要な物質に変換していくらしい。
その時に発生する微妙な組織変動による寸法移動も調整可能であり、作成精度は脅威の1pm単位であるとの事。
現代の超精密加工も真っ青の精度だ。
警備用オートマタも、シドとライトが撃破した物と同タイプの物を見せてもらった。
かなりの大型で、一般的な強化外装よりも大きい。デンベと戦わせて貰うように頼むと、意外にあっけなく許可が下りる。
結果としては当然デンベが勝利したのだが、感想は喜多野マテリアル製最新鋭の強化外装より強力であるとの事だった。
それは観戦していたのだから分かる。
あの両手の兵器は、直撃すればデンベですら無事では済まないだろう。
あの警備マシンに守られているのであれば安心だろうが、敵に回れば恐ろしい事になる。その辺の遺跡がスタンピードを起こす方が遥かにマシだろう。
だが、まだここまでなら何とかなる。
敵対せずにコールでの支払いを認めてもらい、ワーカーや富裕層の滞在施設として利用し、一部の研究者の滞在を許可して貰えば良いだけだ。
旧文明の技術を体験できる施設として開放すれば、セントラル側としても存在意義を示せ、喜多野マテリアルとしても近辺調査の拠点に出来た。
しかし、あのプロジェクトシリーズはダメだ。
下手に情報が広まれば東の変態技術集団や、北の刃物フェチ共を筆頭にありとあらゆる企業がが押し押せて来ることは明白であるし、他の6大企業が連立を組んで喜多野マテリアルに攻め込んでくるのは間違いない。
この施設を独占できるなら、今現在喜多野マテリアルが抱えている独占技術を全て放出しても有り余るメリットがあるだろう。
今までフィクションや伝説として語られてきた技術が、現実のものとして語られ、それを再現する為に必要な手順が語られるているのだ。表面上の解説だけでも値千金処の話では無い。
当初に考えていた以上の事態に、流石のゴンダバヤシも頭を抱えることになった。
出来る事なら今すぐ取締役会全員をここに召集するべきだ。
事は一部門長レベルで決定して良い事柄を遥かに超えている。選択を誤れば喜多野マテリアルが崩壊する可能性が極めて高かった。
「・・・・・キクチ。アイツ等が放り込んでくる問題ってのはいつもこんな感じか?」
いつもは豪快なゴンダバヤシが珍しく困惑した様子でキクチに声を掛ける。
「・・・・過去最大ですよ。ですが、インパクトとしてはこんな感じです」
ゴンダバヤシの問いに、未だに目から光が失せたキクチが答える。
「・・・・苦労したんだな」
「・・・・・・分かっていただけましたか?」
最初のキャノンウォーカーの討伐からこれまで、段々と大きなトラブルを呼び込んできたスラムバレットの2人。
キクチは必死に職務を全うし、全力で対応に当たって来た。
都市を離れる事になり、しばらくは安心かと考えていたらたった数日で特大の爆弾を放り込んできた。
死に掛けの体を引きずり遺跡内部まで足を運び、世紀の大仕事を遂行せんと鈍い頭を回転させていたのだ。
ひょんな事から旧文明の治療を受け、完全回復させてもらったと思ったらこの仕打ちである。
上げて落とす。
落差が大きければ大きいほどダメージはデカイ。
だが、今のキクチはそのダメージに耐えられてしまう頑丈さを手に入れてしまっていた。
「ですが、この施設の扱いを決めなくては。今のままワーカーを受け入れるのは危険すぎます」
「そうだ。幸いなことにこの1日半でセントラルが望んでいる事は理解できた。後はどこまで公開するかの範囲を決めれば・・・・とりあえずは問題を先送りにできる」
セントラルは、要するにこの施設を人に利用して欲しいのだ。
皇国人への奉仕の為に作られたセントラルだが、既に皇国は滅んでしまっている。故に、正当な対価を得るという建前を使って、この施設に人を呼び込み、接待することで自分の存在意義を全うしたいのだとゴンダバヤシは考える。
「後は皇国の技術の知識を得られるような映像や書物は閲覧禁止にしてもらうのがいいでしょうね。一部の者達以外には」
「そうだな。保存されている映像をすべてチェックするのは現実的ではない。セントラルに選別してもらってフィクション以外の物は全て鑑賞できない様にしてもらうのが手っ取り早い・・・・・・後はあの2人に対する口止めだな」
「それは問題ないでしょう。人柄という面では信用できます」
「そうだな・・・・アイツ等に関してはお前に任せる。俺はセントラルと本社に対する交渉をメインに考える事にする」
「承知しました。なんとかこの局面を乗り切りましょう」
「・・・・・ああ、今後もあの2人の手綱な緩めないでくれよ」
ゴンダバヤシの言葉に、それが一番難しいのだと考え、顔を顰めるキクチだった。




