さらなる発見
自分に宛がわれていた部屋でシドは目を覚ます。
他者の攻撃で気絶したのは何時ぶりだろうか?・・・・いや、この前したな。などと考えていると、シドが目覚めた事に気付いたライトが話しかけてくる。
「シドさん。大丈夫?」
シドはその言葉に、自分の体を少し動かして体調を確認する。
「・・・・うん、大丈夫みたいだな。イデア様様だよ」
「はい、治療は完了しています。動くことに問題はありませんが、負傷の治療や高負荷の運動でエネルギーを大量に消費しました。食事の量は増やしてくださいね」
ライトと共にシドの様子を見ていたイデアはそのように進言する。
シドはベットから起き上がり、腕を回したり体を捻ったりしながら不調が無いかを再度確認し、デンベとの模擬戦を思い出す。
「いや~、強かったなデンベさん。最後の一発以外は掠りもしなかったぞ」
「そうですね。シドは格闘戦に対しての経験が少ないですから、あの結果は仕方が無いかと思います」
「あの蹴りもクリーンヒットしたんだけどな。効くどころかよろけもしなかったぞ」
「恐らく衝撃を逃がす技術を体得しているのでしょう。シドにも知識としてはインストールされているはずですが、訓練する相手も必要も今まではありませんでしたからね」
「ボクはシドさんがあそこまで一方的にやられたのが信じられないよ。それに・・・デンベさん、手加減してたよね?」
ライトは外部から観戦して気が付いていたことをイデアに聞いてみる。
「そうですね。全力で戦っている気配はありませんでした」
「俺もまだまだだよな~。いいか?ライト。バケモノってのはああいう人に使う言葉だぞ?」
シドは、何かにつけて自分をバケモノ扱いしてくるライトに釘を刺そうとする。
「・・・シドさんもあの領域に片足突っ込んでるでしょ?一撃入れられたんだから」
しかし、ライトはキッチリとシドの苦言を躱した。
ライトはデンベの存在の事を考える。
シドは旧文明の軍用身体拡張ユニットを使用した人間だ。それもノーマルでは無く接近戦に特化したアップデートを行っている。
現代より遥かに進んだ技術の力を享受するシドを相手に、まるで子供の手ほどきをする様にあしらったデンベは、本当に人間なのだろうか?と感じてしまった。
「デンベの身体能力はセントラルに心当たりがあるようですよ?」
ライトが考え込んでいる雰囲気を察したイデアがライトにそう言う。
「当時、この大陸の遥か北の国で奉先化計画という物があったようです」
イデアはデンベの高い身体能力の情報をセントラルから聞き出していた様だ。
「軍人とする人間を、遺伝子操作を行って産み落とす計画だったようです。この処置を行われた者は皆、非常に高い筋力を持って生まれ落ちた様ですね。しかし、その副作用も強く、産み落とされた者の中でも約40%ほどしか軍用に耐えられるまで成長できなかった様です」
確率だけ聞けば非常に非効率な計画である。
「さらに身体能力を極端に上昇させた結果、著しく寿命を削った様ですね。代謝を異常に促進させた為、40年を生き延びる者は非常に少なかったようです」
「それとデンベさんとどう関係するの?」
「デンベは彼らの子孫では無いか?とセントラルは考えている様です。彼の国は自分達で作り上げた強化人間の反逆にあい滅亡していますが、その時に彼らが巻いた種が残っていたのでは無いかと考えている様です」
ようするに、その国は自分達で作った生物兵器に反乱を起こされ滅亡。人間をベースに作られた彼らは、一般人との交配が可能で、その遺伝子を後世に残すことが出来たのでは無いか?とセントラルは考えている様だ。
もちろん、これは推察でしかなく、当時のDNAデータが残っている訳ではない。
デンベの体を調べ上げてもこの推論の正否が分かる訳でもなかった。
「ふーん。6大企業にはそう言う人間もいるんだな。他にもいるのかな?」
「ゴンダバヤシの話ぶりからすると、1企業に数人は似たような存在がいるようですね。喜多野マテリアルにもまだ数人所属している様な口ぶりでした」
「そっか・・・なら俺らも頑張らねーとな!ライト、お前も鍛えて行かねーともっと東に行ったらヤベーかもしれないぞ?」
「そうだね・・・・まだミナギ都市にも着いてないのにこんな事になってるんだからもっと鍛えとかないとね。それにしてもさ、今回意識を失ってた時間長かったよね。大型オートマタの時以上だったけどなんで?」
ライトはシドが意識を失っていた時間が長かったことに疑問を持った。
デンベの右ストレートはあのオートマタのキャノン砲より強力だったという事なのだろうか?と。
「今回の模擬戦でシドは体内エネルギーのほとんどを消費しました。それに、治療の他にも高負荷を掛けた筋肉や骨格の強化も必要です。シドは意識を回復させると直ぐに動こうとするでしょうから、私の方でシャットダウンしていたのです」
「なるほどね」
イデアの説明を聞き、ライトは納得を示す。
時間にして7分にも満たない時間だったが、時間圧縮を行って戦っていたのだ。シドの体感時間は数時間に及んでいても可笑しくない。
あれ程の戦闘であったため、その消耗率が高いのは理解できた。
「体には問題なさそうだけどさ、これからどうするの?」
ライトは体を解しているシドにそう質問する。
「ん~・・・キクチとかおっちゃんは何やってるんだ?」
「彼らはセントラルに連れられて施設案内を再開しています」
ゴンダバヤシ達は再度施設案内に行っている様だ。
「そうなのか。晩飯まで時間あるよな・・・・アニメでも見て時間潰すか」
流石のシドもこれ以上体を動かすつもりは無いらしい。
それから3人はシアタールームで何を見るかを相談しながら移動していると、丁度シアタールームからゴンダバヤシ御一行が出てくるところだった。
「ったく!なんだあのネ〇の周りにいる大人連中は!!!ケツの穴が小さいにも程があんだろ!!!」
「そうですね。幼馴染の少女は善良でしたが。しかし〇トラッシュは素晴らしいですね。忠犬とはあの様な事を指すのでしょう」
「それにネ〇もネ〇だ!もっと大人を頼りやがれ!!」
「「「「「・・・・・・」」」」」」
<な・・・なにがあったんだ?>
<・・・・さ~?>
<映画鑑賞だと思いますが・・・>
ゴンダバヤシはぷりぷり怒っており、デンベはいたく感心している様子。他のお供達とキクチは目元を覆って俯いている。
共通しているのは全員の目元や頬に泣いた痕跡がある事だった。
異様な様子の7人がセントラルに案内されながら別のエリアへと移動していく。その後ろ姿を見送った3人は彼らが選んだ作品が気になった。
「君たちもシアタールームを使用するのか?」
無言で立ちすくんでいた3人の前にセントラルが現れる。
「ああ・・・・なあ、セントラル。おっちゃん達が見た映画ってなんだったんだ?」
「ふむ、昔に出版された小説を元に皇国がアニメ化した作品だ。絵の才能がある少年と、最後まで彼と共にいた愛犬を描いた作品だな。感動作品として人気を博していたのだが、ゴンダバヤシはお気に召さなかった様だ」
「へ~・・・」
「興味があるならそれを上映するが?」
「あ、いや、いい。勝手に選ぶから」
「そうか。見終わったら夕食の時間だろう。何か希望はあるか?」
「今日は動き回ったからガッツリ食いたい。品目はセントラルに任せるよ」
「承知した」
シドに夕食の希望を聞き、セントラルは言葉少なく姿を消す。
「至れり尽くせりだよな~・・・いかん。いかんぞ?このままじゃワーカー業に戻った時苦労してしまう」
「この施設に馴染ませようとする意志を感じるね」
「そうですね。偶に休暇として利用する分には構いませんが、緩み切るのは危険と判断します」
イデアにもそう言われ、後日しっかりと気を引き締めようと考える2人。しかし、今はアニメだ。
3人でシアタールームに入り、数万作品の中から好みの作品を選んでいく。
「ねえ、これはどう?」
ライトが選んだのは、皇国が大昔に戦火に見舞われた時代を舞台にした映画だった。
「戦争ね~・・・・まあいいんじゃね?」
シドは軽い感じで同意し、上映が始まる。
皇国の歴史から見てもかなり古い時代をモデルに作られた作品なのだろう。戦火に見舞われ、家が焼かれ、母を失った兄妹が最後の時まで生きようとした作品だった。
中々に心に刺さる内容に完全にやられてしまったライトは
「セ〇コ~~~!!!!」
と目を押さえて号泣していた。
「・・・・・」
シドは何やら考え込んでいる様で難しい顔をしている。
「何を考えているのですか?」
隣で同じように鑑賞していたイデアがシドにそう問いかける。
「う~ん、セ〇タはなんで家を出たんだろうな?雨風凌げて飯も出てくるなら上等だろ?あそこに居れば死ぬことは無かったよな?」
その言葉にキッ!とした視線を向けるライト。
「2人は自立しようとしたんじゃないか!」
目を腫らし、未だ涙が収まっていない。
「いやでも、失敗して死んだら意味ないだろ?」
「いやそうだけど!彼らは頑張ったんだよ!」
「ふむ、シドならどうしていましたか?」
「おばさんに話して仕事を紹介してもらってるかな。ダゴラ都市のスラム程殺伐としてなかったみたいだし。金さえ稼げたら何とかなったと思う」
「ならセ〇コはどうするのさ。あんなに小さいんだよ?兄さんが傍にいてやらないと」
「おばさんに任せりゃいいだろ?守るの意味をはき違えてるとしか思えん」
物心ついた頃からの状況の差がシドとライトの考え方に差を付けていた。
シドは金を稼がなければ食う物すら手に入らない生活に身を置き、ライトは組織の者達に不興を買わない事に全力を尽くす必要があった。
その違いで映画の着眼点が違っていると言える。
シドは非常に現実的で、その時に何が必要なモノなのかを感じ取る感覚に長け、ライトは人の機微に対して敏感に成長している。
その違いをイデアは興味深げに観察していた。
そのどちらも生きていくのには重要な能力であり、どちらが欠けてもいけない。
シドとライトはお互いの長所が相手の短所を補い合うとこが出来、今はイデアもボディーを手に入れた事によって外部からのサポートを行える様になっている。
この2人の更なる成長の一助になる為に、これからも観察を続けるイデアであった。
一作見終わった後でも夕食まで時間があるという事で、たまたま見つけた技術屋のドキュメンタリー番組の動画を数話鑑賞し、セントラルに案内され昨日夕食を取った部屋へと案内される。
そこにはまだ誰も来ておらず、シド達が一番乗りのようだ。
「キクチ達は何してるんだ?」
シドがセントラルに他の者達の事を質問する。
「彼らは施設見学の疲れが出た様で自室で休んでいる。今こちらに案内している所だ」
「なるほど・・・今日も鍋なのか?」
「いや、今日の夕食は本格的な皇国料理を提供しようと考えている。もうすぐ、他の者達も到着すると思うのでそれまで寛いでくれ」
セントラルはそう言うと姿を消した。
「施設見学の疲れか~。何見たんだろうな?」
「何処を見ても生きた旧文明の遺産だもんね。疲れるのもしかたないんじゃない?」
「現代から考えれば、夢の技術の塊でしょうからね。ゴンダバヤシもこの施設の扱いには頭を悩まされている事でしょう」
昨日と同じ席に着き、暫く待っているとゴンダバヤシ達が到着する。
「おう、待たせちまったか?」
「いや、さっき来たばっかりだよ」
「そうか。派手にぶっ飛ばされてたが、体調は大丈夫なのか?」
ゴンダバヤシは席に着きながらシドの体調を聞いてくる。
「ああ、腹が減ってる以外は問題ないぞ」
「はっはっは!そうか。呆れるほど頑丈だな!」
ゴンダバヤシとシドの会話が終わると、部屋の中にセントラルと人型オートマタ達が入って来る。
「夕食を配膳させて頂く」
セントラルがそう言うと、大きなトレーを持ったオートマタ達が皆の前にトレーを置いていく。
「おお~~!」
「美味しそうだね~」
そのトレーには様々な料理が乗っており、数種の小鉢と焼き魚、薄くスライスされ醤油ベースのタレで焼かれた肉、お吸い物と大盛の白米も乗せられている。
その料理を見たシドの腹からは、早く食えと急かす様に虫の鳴き声が聞こえてきた。
「それでは頂こうか」
ゴンダバヤシが箸を取り、最初の一口を食べる。それを見届けてから各々料理をつつき始めた。
シドとライトは相変わらずの食欲を発揮し、見る見るうちに料理を平らげて行く。一昨日までは一般人枠だったキクチも中々の食欲を発揮し、パクパクと料理を口に放り込んでいった。
「ふ~・・・・御馳走様でした」
セットのお代わりを2回行い、最後のお吸い物を飲み切ったライトは満足そうに息を吐く。
右隣を見ると、シドが4回目のお代わりをムシャムシャと食べており、反対側を見るとゴンダバヤシから酒を注いでもらっているキクチの姿があった。
何時から飲み始めたのかは分からないが、二人の顔は少し赤くなっており、酔いが回り始めているのだと思う。
小さな器に入れられた酒を口にし、満足そうに息を吐く2人。
酒とはそんなに旨い物なのだろうか?興味深げに2人を観察するライトであった。
そんなライトの視線に気づいたゴンダバヤシが、
「これくらいなら問題ねーよ。酔い覚ましも持ってるからな。泥酔しても2時間もあればシャッキリ出来る」
「俺も頂いたからな。今日ぐらい構わねーだろ?」
別に酒を飲むことを咎めている訳では無いのだが?とライトは考えながら、今日の視察について質問してみる。
「今日はどんな所を視察したんですか?」
「ん?食料生産プラントと生活用品製造プラントやメンテナンスドックが主だな。最後に警備用オートマタも少しだけ見せてもらったが・・・・・お前等良くあれに勝てたな?」
「苦労しましたよ。物凄く硬かったし、攻撃力も凄く高かったですから」
「そうだろうな」
ゴンダバヤシはそう言いながらチラリとデンベに視線を向ける。
もしかしたらデンベがあの大型オートマタと戦ってみたのかもしれない。
「お前等の方はどうなんだ?シドが起きて直ぐにここに来たのか?」
「いいや、俺達はシアタールームで映画とドラマ?を数話見てきたんだ」
ゴンダバヤシがライト達が何をしていたのか?と聞いてくると、食事を終わらせたシドが会話に参加してくる。
大量に詰め込んだせいで、少しポッコリした腹を摩りながら見た動画の内容をゴンダバヤシに伝えた。
「映画はかなり古い作品なのかな?皇国の戦争を題材にした内容でさ、タイトルは穂垂るの墓だったかな?ライトが大泣きしてビックリしたよ」
「・・・・・・あれは泣くよ、普通・・・・・」
泣いたことをバラされ、少しむくれるライト。
「ほ~、戦争のね~。俺達が見たのはヒューマンドラマって奴だな。フランダルトの犬ってタイトルだった。出てくる大人連中の殆どがイライラして仕方なかったぜ。俺以外はシクシク泣き始めるしよ」
「あれは涙なくは見れないと思いますが・・・」
ゴンダバヤシの発言にキクチが小さく反論する。
「極論を言えば政治が悪いんだろうよ。貧困から餓死するヤツが出てくるって事はな。俺が言っても説得力は無いけどな」
喜多野マテリアル統治下でも貧困は根絶出来ていない。
都市の多くにはスラム街が出来上がっており、社会的弱者に落ちた者達が群がっている。頻繁にモンスターの襲撃がある地域では特に貧富の差が激しく、力ある者はのし上がり、力無き者は死んでいくのだ。
これは遺跡の脅威から解放されない限り変わらないルールだった。
この話は少しシビアだと感じたキクチは、シドに話を振る。
「それで?そのドラマってのはどんな内容だったんだ?」
ちょっとした話題変換のつもりで聞いたのだが、これがマズかった。
「技術屋のドキュメンタリー番組ってヤツだったな。ええっと・・・プロダクトaだったっけ?」
「プロジェクトαですね。皇国で使用されていた技術の着想点や技術理念、製造工程や使用方法等を歴史を交えて解説していました。中々に興味深い内容でしたね」
シドの間違いを訂正し、動画の内容をキクチに説明するイデア。
「そうそう、俺達が貰ったツールボックスの説明もあったよな?」
「そうだね。それに同じアニメから着想を得たっていうワープゲートの話もあったよね?あれも面白かったよ」
「あ~、ゲートを潜る際に原子レベルまで分解して転送先で再構成するってヤツか。あれは失敗だったんだよな」
「そうそう、再構成しても生物的に死んじゃうからって事で別の方法を考えたんだよね。あれは凄かったな~。距離を10万分の1にまで縮められたんだっけ?」
鑑賞した動画の内容で盛り上がるシドとライト。
しかし、それを聞いている者達はとても見過ごせない内容だった。
「ちょっと待て!!旧文明の技術が解説されてる動画が有ったのか!!!!」
ゴンダバヤシの目が見開き、キクチの酒を持った手がブルブルと震えている。
「そうだな。結構な話数が有ったよな?1シリーズに200話くらいだったっけ?」
「そうだね。5・6シリーズくらい有ったと思いますけど」
2人の話を聞いたゴンダバヤシとキクチは目を合わせ、懐から薬を取り出すと一気に飲み込む。
そしてセントラルにシアタールームの利用の許可を取ると2人は立ち上がった。
「今から確認に向かうぞ」
ゴンダバヤシの号令で全員が立ち上がり(シドとライト以外)スタスタと部屋を出て行く。
「・・・・・・・なんだ?」
「プロジェクトシリーズを見に行くんだろうね・・・・・・・そっか、旧文明の技術解説なんてどこでも受けられないよね」
「現代文明では非常に貴重な情報でしょう。今日彼らは眠れるのでしょうか?」
部屋を出て行った企業戦士達を見送った自由業の2人と1体。
明日の会談・・・いや、この施設の扱いに頭を悩ませる彼らに幸あれ。




