観戦者視点
シドとデンベの模擬戦を見ていた7人は、言葉も無く見守るだけだった。
とは言っても、一般人であるキクチと、荒事とは無縁なゴンダバヤシには何もない空間で炸裂音が鳴り、衝撃波が広がるのが辛うじて見える程度だ。
デンベの部下である4人と、シドの相棒たるライトのみが忙しなく視線を動かし、高速で動き回る2人の戦いを観戦していた。
ライトは時間圧縮を使用しながら、必死に2人の姿を追う。
一瞬でも気を抜けば2人は視界から消えてしまうだろう。
(これは・・・・・シドさん・・・手加減されてる?)
必死に戦うシドに比べて、デンベには余裕が見える。
シドの怪力で攻められているにも関わらず、一度たりとも体勢を崩すことが無い。力の逃がし方に長けているとかそういう事では無く、明らかにデンベの方が数段上の力を持っているのは明白だった。
何度も壁や床に叩きつけられながらも、シドは瞬時に起き上がりデンベへと向かって行く。
ライトの目から見て、余りにも格が違う相手に挑み、叩き伏せられるシドの姿を見るライトの手は、無意識に握り込まれ震えていた。
キクチ視点
(何が起きているのか全く分からん・・・)
キクチの目には2人の姿など全く映らない。
ただただトレーニングルームに響き渡る破裂音が耳に届くだけだった。
シドの強さは知っているつもりだった。
しかし、キクチが想像していた以上の力をシドが得ていた事を目のあたりにし、今までの騒動で生き残って来れた理由に合点がいく。
(これも旧文明の拡張ユニットの力なのか?)
先日教えられたシドの秘密。
イデアの存在。
そして、その相棒のライト。
まだまだ若輩で、ワーカー歴でもルーキーと言い切ることが出来る2人がこれからどの様な存在になっていくのか。
キクチはそれを想像すると背筋が震えてくるのだった。
ゴンダバヤシ視点
(・・・・・長いな・・・・ここまでデンベと戦えるヤツだったとは・・・・・)
ゴンダバヤシは自分の護衛についているデンベの実力は知っている。
全力で戦えば喜多野マテリアル製の強化外装を生身でスクラップに出来るほどなのだ。その様な怪物とシドはすでに2分は戦っている。
ゴンダバヤシは自分の隣に立ち、2人の模擬戦を見ている4人のお供に視線を向けると、全員の目が忙しなく動いているのがわかる。
(コイツ等は見えてるみたいだな)
以前、デンベはシドの実力を喜多野マテリアル 中級兵と同等か上回るレベルだと評価していた。
しかし、中級兵がデンベと戦って2分も持つとは思えない。2分所か1秒持つかも怪しい。
それなのに、2人の戦いは未だ終わる気配が無かった。
(デンベの見込み違い・・・?・・・・いや・・・この短期間でここまで実力を上げたってこったな・・・・・)
ゴンダバヤシはシドを本社まで連れて行くことを少し考える。
本来なら迷う必要などない。喜多野マテリアルに所属するイレギュラーが増えるという事は、他社に対する備えが増えるという事にもつながり、万が一シドが他社に取り込まれた場合の損失は計り知れない。
(いやいや・・それじゃアイツの魅力が霞んじまう)
先日デンベに言った上下では無く友好関係を。
それこそがシドとの関係を有効に保つには必要だと新たに考えを固め、口元にニヤリとした笑みを浮かべた。
シドが壁に叩きつけられ、床に崩れ落ちる。
それと同時にデンベも構えを解き、シドに近づくと抱え上げた。
シドは反応を返さない。完全に気絶しているのだろう。
ライトは観戦室を飛び出し、シドの元へ駆け寄って行く。
「キクチ、お前はシドの実力がこれ程と知っていたか?」
ゴンダバヤシはキクチに話しかける。
「いえ・・・・流石にここまでとは思っていませんでした」
「なるほどな。だが、見ての通りだ。喜多野マテリアル所属のイレギュラー相手に6分23秒戦った。これはウチの上級兵でも無理な数字だな。今後、あいつらの行動は注視しておけよ。行く先々で何やらかすかわかったもんじゃねー」
言葉とは裏腹に、ゴンダバヤシは楽しそうな笑みを浮かべている。
「・・・・承知いたしました」
キクチはゴンダバヤシに頭を下げ、そう返答する。
まあゴンダバヤシに言われなくても、キクチの中であの2人は重要観察対象なのだが。
目を離すなどとんでもない。少しでも油断すればきっと大問題を引き起こす。
だが大丈夫だ。
キクチはセントラルに治して貰ったのだから。
「シドさん!」
ライトはデンベに抱え上げられたシドに駆け寄り声を掛ける。しかし、シドからの返答は無い。
「気絶しているだけだ。問題ない」
デンベはそういい、シドをライトに渡してくる。
ライトはシドを受け取ると、治療室に連れて行こうか迷う。
「治療中ですので問題ありません。1時間もすれば目を覚ますでしょう。部屋に運んで寝かせておけば大丈夫です」
いつのまにか隣に来ていたイデアがそういい、ライトはデンベに一礼するとシドを部屋に運ぶ為、トレーニングルームから出て行く。
それにイデアも付いていくと、ゴンダバヤシがトレーニングルームに入って来る。
「デンベ、どうだった?」
「強いです。上級兵より格段に」
「・・・そうか」
ゴンダバヤシはシド達が出て行った扉を見つめる。
「彼は通常の身体拡張者ではありません。あの身体能力と耐久力、生体シールドの強度、あの不可思議な電撃もそうです。現代技術では考えられません」
「そうだろうな。そういう言い方をするならお前みたいな存在の方が不可思議なんだが、シドは身体拡張者って話だ。何処で処理されたのかもわからねー。ナノマシンを補給している様子も無い・・・・とくれば、旧文明の身体拡張の可能性が高いだろうな」
ゴンダバヤシはシドについて程度の調査を終えていた。
現代の身体拡張処置は非常に高価な上、ナノマシンの補給が必須だ。肉体を強化し続けるのにもナノマシンを消費するし、負傷を修復するのにも必要になる。
消費したナノマシンの補給は、身体拡張者なら絶対に欠かせない要素なのだ。
「・・・・このまま放置するのですか?」
「放置じゃねー。このまま観察する」
「どの様に?」
「キクチを通してだな。あいつらの信頼も厚いしうって付けだろう。この際だ、どっぷりこちら側に浸かって貰おうじゃねーか」
ゴンダバヤシは悪い笑顔でキクチの顔を思い浮かべる。
哀れキクチ。
本人の知らない所で、キクチの待遇がまた変化しようとしていた。
ごめんキクチ・・・・
なんかこんな話になった・・・




