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スラムバレット  作者: 穴掘りモグラ
143/217

キクチ 治る

キクチはセントラルに連れられてメディカルルームに案内された。

そこは真っ白な部屋で、数台の医療用カプセルが設置されている。

少し不安げにキョロキョロと辺りを見回すキクチだったが、目の前のセントラルに声を掛けられそちらに視線を向けた。

「まずは君の健康状態を正確に把握したい。スキャンを受けてもらえるか?」

「・・・・わかった。よろしく頼む」


今の時代に組織主導の健康診断等は無い。

健康は完全に自己管理自己責任である。高額の保険もあるが、入るのは裕福な一部な者か凄まじいレベルで稼ぎ出すワーカーが加入するのみである。

体調に違和感を覚えても直ぐに医者に掛かろうとする者は少なく、医者は基本的に荒事を生業とする者達専用という意識が高い。

一般人が受診しなくとも、直ぐに怪我で死に掛けるワーカーや防衛隊等の危険な業務を受け持つ者達の治療で十分医療機関は潤っているのだった。

キクチは以前高熱で死に掛けた時以来、数年ぶりに診察を受けるのだった。

「よし、ではその場で静止してくれ」

セントラルはそう言うと、天井からスキャンカメラが現れ、キクチの全身を調べていく。時間としては数秒程度の診察だったが、旧文明の医療機器は優秀だったようだ。

「寝不足からくる思考能力の低下、栄養吸収不良。眼精疲労とストレス性胃潰瘍の慢性化にその他内臓の劣化。心臓にも負担が掛かっているな。このまま放置すれば心筋梗塞や脳梗塞の危険もある・・・・・・・・良くこのコンディションでここまで来たな」

セントラルからは若干憐みの視線を感じなくもない。

「・・・・仕事が忙しかったからな・・・」

キクチは何故か付いてきていたシドとライトにチラっと視線を送る。

キクチがここまで疲労した原因は間違いなく奴等にある。

しかし、2人が悪いわけでは無い。それが理解できるからさらに質が悪かった。

「簡易検査でこれだけの不具合が出ているのだ。遺伝的な疾患なども調べたいが問題ないか?」

「ああ、ここまで来たら徹底的に治してくれ」

「了承した。ではこの承諾書にサインを行い着替えてカプセルに入ってくれ」

セントラルがそういうと、別の部屋からカートがコロコロと入って来て、その上に簡易的な術着が載せられていた。

キクチはそれを手に取ると今着ている服を脱ぎ着替え、承諾書に電子サインを行うとカプセルの中に入る。

酸素マスクと思われるマスクが自動でキクチの顔に張り付き、液体がカプセルの中を満たしていった。


液体がカプセルを満たすと、キクチは気持ちよさそうに目を閉じ意識を溶かしていった。

機器から上がってくるデータを興味深そうに観察していたセントラルの横にイデアも寄って行き、なにやらコソコソと会話を始める、


「・・・・ふむ・・・・興味深いな・・・・・・・・・・・とは・・・・・ほほ~・・・」

「・・・・とは相違性が・・・・・・・・これならゴニョゴニョ・・・・・・・・」

「・・・・・それは・・・・・・・しろいな・・・・・・・では・・・・は?」

「ふむ・・・・・・なるほど・・・・・・では・・・しては?」


「ねえ、シドさん。あれほっといていいの?」

「そうは言っても俺にはちんぷんかんぷんだしな~・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・あのカプセルから出てくるの・・・ちゃんとキクチさんだよね?」

「・・・・たぶんな・・・・・・」


興味深げにキクチを?眺めるセントラルとイデアに不安感が否応に増すシドとライトだった。




数時間、キクチの治療を眺めるシドとライト。

変に改造されてやしないかと訝し気げにキクチの様子を監視していたが、今の所見た目上の変化はない。

いや、顔色は健康的な色を取り戻し、コケていた頬なども戻ってきているような気がする。

腕が4本になったり、新しく目玉が出来ている様子もない。これなら真っ当に治療しているのか?と考える2人だった。

ゴソゴソと相談する2体のAIの様子を監視していたらゴンダバヤシが部屋に入ってくる。

その背後にはデンベも追従していた。

「どんな感じだ?」

ゴンダバヤシがシド達に治療の様子を聞いて来る。

「う~ん・・・特に変化はないですね。真っ当に治療してる感じ?ですかね?」

ゴンダバヤシの質問にシドが返答した。

「そうか、少しぶりに会ったらマジで死にそうな顔色してたからな。俺も心配はしてたんだよ」

ゴンダバヤシもキクチの不調は感じていたらしい。

普通ならキクチの体調回復の時間を取るのだが、事が事だけにあまり悠長に構えている余裕が無かったのだ。その点だけは管理者として苦々しく思っており、セントラルのキクチの治療の申し出は有り難かった。

これからもスラムバレットの担当官として、ダゴラ都市のワーカーオフィス幹部として敏腕を振るってもらわなければならない。

それに、この2人を扱えるであろう人物がキクチ以外に見出せなかった事も大きな理由である。

「・・・・・・・気になってたんだがよ。セントラルの隣にいるオートマタはなんなんだ?BBQの時はシドの隣にいたよな?」

ゴンダバヤシはイデアの事を聞いて来る。

「アイツは今回の件でセントラルから貰ったサポート機体ですね。俺専属にしてもらいました」

「・・・・・・・・・・・旧文明のオートマタをか?」

「はい、結構強いらしいんでこれからの活動にも心強い仲間になってくれると考えています」

「なるほどな。あのレベルのオートマタをな・・・これは交渉にも気合が入るな・・・・・・それで、お前なんでそんな口調なんだ?」

ゴンダバヤシはシドが敬語なのが気になったようだ。

「いや、こう言う場は畏まった方が良いかと思って・・・・・」

「いらんいらん。オメーは普通にしてろよ。そっちの方が俺の方もやりやすい。式典みたいな時以外は普通にしてろ」

「・・・・いいのか?ホントにこの口調で行くぞ?」

「ああ、オメーはそっちの方がやりやすい」

ゴンダバヤシは楽しそうにシドに視線を投げかける。

「わかった。これからはそうする」

「おお、そうしろそうしろ。キクチにも慣れてもらわねーとな。俺と軽くしゃべるだけで血ー吐いてる様じゃこれからやってけねーからな」

そういいながらキクチが入ったカプセルに目を向けるゴンダバヤシ。

外見上変化の無いカプセルを暫く眺めてからゴンダバヤシは踵を返し扉の方へ向かっていく。

「んじゃ、俺はプールとやらを堪能させて貰おうぜ。お前等はまだ此処にいるのか?」

「ああ、キクチが出てくるまでは居ようと思ってる・・・・・プールは流れるプールとウォータースライダーがお勧めだぞ?」

「ガハハハハ!そうか、なら楽しませてもらおう!!」

豪快に笑いながら部屋から出て行くゴンダバヤシ。

シドとライトはどことなくマッドな雰囲気を垂れ流す2体のAIに色々治されているキクチを眺めていた。








「ゴンダバヤシ様。何故シドにあんな気安い態度を?」

デンベはゴンダバヤシにそう質問する。

彼も6大企業の部門長。要するに幹部だ。あまり下部の人間に気安く接せられるのは問題がある。

それに彼自身も仕事とプライベートは一線を敷くタイプだ。

しかし、ゴンダバヤシはシドに対して気安い空気感を崩そうとしない。これは普段の彼の行動とはかけ離れている。

「そりゃーアイツが特別だからだ」

「特別ですか?」

「ああ、お前とは違う方向でな。お前は組織に組み込まれて力を発揮する性分だ。だがアイツは野良の方が面白い。それに、上下関係で縛るより、友好関係を築いた方が何かと言う事を聞いてくれるタイプだからな・・・・・・これからも面白い物を見せてくれそうだ」

そう語るゴンダバヤシの顔は統治企業の幹部としての顔が浮かんでいた。

しかし

「それにだ!ここまでの大騒動をしでかす奴を縛り付けるなんぞ勿体ない!!これからどこまで突っ走るのか見てみてーじゃねーか!!その為にはキクチにもこれから頑張って貰わねーとな!!」

すぐに幹部としての表情は鳴りを潜め、玩具を手に入れた子供の様な顔を出すゴンダバヤシ。

どちらが彼の素顔なのか・・・・・・・・・

付き合いの長いデンベにはそれは直ぐに察せられた。

色々な意味で目を付けられてシドとライトはこれからどの様な騒動を起こすのだろうか?とデンベは頭の中で想像し溜息を嚙み殺すのであった。








カプセルから液体が排出されていく。

中でプカプカ浮かんでいたキクチの体が重力に従いカプセルの底に足を付くと、ゆっくり目を開いた。

外から見ているシドとライトからは、見違えるほど顔色が良くなっているのが見てわかる。青白くなっていた顔色は赤を取り戻し、コケていた頬は張りを取り戻した。

眼の淵を色濃く囲っていた隈は消え、顔に刻まれていた皺が無くなっている。

シドは最初に会った時はこんな感じだったなとキクチの顔を思い出した。記念すべき最初の遺物を納品した時のキクチはこんな顔だったと、ようやく思い出せたのだった。

ライトも劇的に改善したキクチの様子に胸をなで降ろし安堵の表情を浮かべた。

「よし!成功だ!」

「そうですね!これほどカンペキなチューニングは類をみないでしょう!」

しかし、テンションがやたらと高いAIコンビの発言に不安が募る。

「・・・・・ちょっと2人共。キクチさんになにしたの?」

ライトがAIコンビに質問すると、2体は得意げに語りだした。

「まずは身体的不調を完全に治療した」

「その上で遺伝的な疾患の治療も行いました」

「これで癌や糖尿病などの遺伝的に発病しやすい病を遠ざけることに成功したのだ」

「さらに視力の衰えや聴力の低下等を修正し」

「ニューロンの調整を行い記憶の整理や情報伝達を効率よく行える様に調整を行った」

「特に負荷の高かった胃や心臓を中心とした内臓の強化にも成功しました」

「その他にも~~~~~~~~~」


この後も専門的な用語が並べられ、2人には理解できない処置が行われた事だけは理解できた。



「シドさん・・・ホントに止めなくて良かったの?」

「・・・・・・・・大丈夫だろ。俺達みたいに身体能力が爆上がりしたわけじゃないし・・・」

シドはそう言うが、キクチも2人と同じ改造人間になってしまった事は否定できない。

2人はキクチの許可は取ったのだろうか?と考える。

「安心してください。処置の内容の許可は頂いています」

イデアはシドとライトの視界にキクチと交わした承諾書が表示される。

かなり専門的な用語が並べられ、シドには理解できない内容のものだった。ライトはそれを読み込んでいるが、1分以上経ってもまだ終わらないらしい。

ライトの処理能力でこれだけの時間がかかる承諾書を一般人であるキクチが読み込めるとは思えなかった。


「・・・・・・・・うん!キクチさんは健康になったんだね!!」

ライトは明るくそう言う。

その様子を見てシドはライトも諦めたのだと想像する。その承諾書にはキクチのサインも入っている。そこからの事は2人には責任は持てない。

まあ、悪い方向にはならないだろうとシドは楽観的に考える。



そうこうしていると、ぼ~っとしていたキクチの目に力が戻ってくる。

完全に意識を取り戻したと判断されたのかキクチの顔からマスクが取り外されカプセルが開く。

少し戸惑いながらカプセルから出て来たキクチは第一声に

「・・・・こんなに体が軽いのは何時ぶりだろう?」

と声に出し自分の体を見下ろした。

「「・・・・・・・」」

「なんだか、生まれ変わったみたいだ・・・・・」

キクチは感動したような表情を浮かべ、シドとライトに笑みを浮かべた。

「・・・・・・・・そうか、良かったな。キクチ!」

「良かったですね!やっぱり健康が一番ですよ!!」

とりあえず元気そうだと安心するシドと、承諾書の内容を知っているライトでは少しニュアンスが異なっていた。

「ああ!ありがとう!凄く体が軽い!これなら明後日の会談もスムーズに行えそうだ!!セントラル!本当にありがとう!」

キクチはうっすらと涙を浮かべセントラルに礼を述べる。

「ああ、こちらとしても有意義な時間だった。こちらからも礼を言わせてもらう」

「良かったですね!これからもよろしくお願いします!」

セントラルは礼を返し、イデアは嬉しそうに両腕を掲げキクチを祝う。

嬉しそうに声を上げるキクチと、楽しそうに語るAIコンビを眺めながらライトは何とも言えない表情で眺めているのだった。


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― 新着の感想 ―
医療処置しかできないんですかね。 民間レベルの強化処置でもできたりしたらとんでもない価値になっちゃいますね。
混ぜるな危険。
強化人間キクチ
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