セントラル
「承知した。以上だ」
管理AIのセントラルは通信を切り、キクチとの会話を終らせる。
「話は聞いていた通りだ。君たちには暫くの間このシェルターに留まってもらおう」
セントラルはシドとライトにそういう。
「・・・・俺達が留まる理由って何だ?交渉役が来るなら俺達はもう要らなくないか?」
「そんなことは無い。そちら側とこちらの橋渡し役も必要だろう。それに、私も現在の外の様子の情報が欲しい。その代わり、快適な空間を提供しよう」
「・・・でもさ、ここで寝泊まりするの?・・・まあ荒野で寝るよりは快適だろうけど」
ライトは辺りを見回しそう言う。
先ほどの戦闘で、綺麗に整えられていたロビー?は見るも無残な状況だった。
敷き詰められていた絨毯は焼け焦げ、地面は銃撃により掘り起こされ、天井を支える柱はボロボロになっている。
中央にあった噴水も破壊されており、今はチョロチョロと水を吐き出すオブジェでしかない。
まあ少し瓦礫を片付ければ、寝る事に不都合は無いだろうが、2人は食料などは一切持ち込んでいない。
元々ここまで深入りするつもりが無かったし、迅速な脱出行動を行えるように身軽で突入したことが裏目に出た。
「ここの修復は直ぐに行う。それに、君たちはゲストだ。この様な劣悪な環境下で過ごさせる訳にはいかない。付いてきてくれ」
セントラルが映し出すホログラムは、あのオートマタが突入して来たモノとは別の扉の方へ歩いていく。
シドとライトは少し戸惑うが、このまま此処に居ても仕方がないとセントラルの後へ続いた。
そして、2人は素っ裸で浴槽に身を沈めていた。
「「ああ~~~~~・・・・・・・」」
2人の表情は緩み切り、湯船から与えれる至福の時間を全力で堪能していた。
「これは良き・・・・」「気持ちいいね~・・・」
2人が使っている湯舟は非常に広く、30人は同時に入れるだろうと思える広さを持っていた。
現代の都市では非常に珍しく木材で構成されており、天井には満天の星空が映し出され、そよそよと自然な風まで再現されていた。
地下ではあり得ない露天風呂である。
洗い場にも木材が使用されており、水やお湯が出てくる蛇口は非常に古めかしい手で捻るタイプが設置されていた。
「・・・・なんだろう・・・スッゲー癒される・・・」
「そうだね~・・・・この風景も最高だし、お湯も特別なのかな・・・・」
先ほどまで命懸けの死闘を繰り広げたというのにこの伸びきり様。なかなかの図太さであった。
しかし、現代文明の風呂とは一線を画す癒し空間に足を踏み入れ、2人は完全にリラックスモードである。
湯に疲れが溶け出し、体の芯から温まっていく感覚に浸っていた。
そこにこの施設の主、セントラルが声をかける。
「満足しているようだな」
「うわ!!」
「・・・・ああ、最高だ~~・・・」
風呂に入っている所にAIとは言え女性が現れたことに動揺が隠せないライトと、そんなことは知った事かと伸びたままのシドが返事を返す。
「食事の用意が出来た。直ぐに食べられる状態だがどうする?」
セントラルはがそういうと
「飯か!!」
シドは一気に覚醒し立ち上がった。
「直ぐに食べさせてくれ!!」
「承知した。君たちが支度を整えたら案内しよう」
セントラルはそういうと姿を消す。
「おいライト!飯だぞ!」
今日一日でかなりのカロリーを消費したシドは食事と言う言葉に飛びつく。
「・・・・・そうだね、ボクもお腹減ったよ」
ライトも立ち上がり2人は風呂場から出て行く。
「本日の食事は懐石料理と牛豚鳥のしゃぶしゃぶだ。どれも十分な量がストックされているので、足りなくなったら声をかけてくれ」
セントラルに案内された食堂?には既に料理が用意されていた。
植物を編んだタタミと言われる床に膝位までの高さしかないテーブルが置かれ、向かい合う様に低い椅子が置かれていた。
その部屋は土を塗った様な壁と紙の扉で構成されており、一面だけガラス張りになっている。そこから見える庭は所々に岩と木が配置され、小石の海で形作られている。
少し視線を上げれば、綺麗な星空と大きな月が映し出され月明かりが作りだす薄い光と影が朧げに庭の風景を浮かび上がらせていた。
「おお~・・・・綺麗な景色だね」
「そうだな。ダゴラ都市じゃ見られない風景ってやつだな」
あまり風景などに興味がないシドもこの光景にはなにか感ずるものがあったようだ。
「これは武蔵野皇国伝統の皇国庭園と言われる様式だ。食事も皇国伝統形式で提供させてもらっている。十分に楽しんでくれ」
「ああ!存分に味合わせて頂くとも!」
シドは目を輝かせテーブルに着く。
ライトもシドに続きテーブルに着いた。
「おお!見たこと無い料理が沢山あるな!」
「本当だね。この魚は生みたいだけど、このまま食べるのかな?」
ライトは初めて見る生魚の切り身を見て首を傾げる。
「それは刺身と言う。小皿に醤油とワサビ・・その緑色のペーストを少し付けて食べるのだ。しゃぶしゃぶは薄切りの肉を鍋の出汁に付けて少し茹でてからお好みのタレに付けて食べる。分からない事があればその都度聞いてくれ」
「わかった!いただきます!」
「いただきます」
シドはまず初めて食べる刺身から攻めるようだ。セントラルが行った様に小皿に醤油をたらしワサビを少量付けた切り身を浸し口に放り込む。
モグモグと咀嚼し、顔を緩めると勢い良く白米を掻き込んでいった。
ライトは4種ある小鉢から攻略するらしい。
ほうれん草としめじにお浸しにふろふき大根等、今までの食事では食べたことが無く、だが見た目が奇抜ではない物から取り掛かっていた。
「~~~!上手いな!生の魚なのに生臭くないぞ!」
「この野菜とキノコの料理もおいしい!凄くさっぱりしてる!醤油?かな?でもちょっと酸っぱい?」
2人は初めて食べる味に目を輝かせ次々に料理を平らげていく。
ちなみに2人が使っているのは小サイズのスプーンとフォークである。
膳の前に置かれていた2本の棒(箸)の使い方を2人には分からなかった。
嬉しそうに、そして楽しそうに料理を突く2人をセントラルはずっと眺めていた。
緊急事態用に建設されたこのシェルターは、最後まで誰一人収容することなく現在まで稼働して来た。
技術力に特化した武蔵野皇国は、緊急事態に陥ることも無くゆっくりと侵略され、静かに幕を閉じることになったのだ。
この施設の様な小規模(皇国基準)のシェルターは侵略国に露見せず、今の今まで稼働状態で存続し続けた。それはセントラルにとって幸せだったかと言われればそうでもない。
皇国人に対する奉仕を目的に開発されたセントラルは、一度たりともその目的通りの役目に着くことなく1000年を超える時を過ごしてきた。
来る日も来る日も棚の中の物資を入れ替え、誰に食べられる事の無い食料を生産し廃棄する日々。
この行為に意味はあるのかと考え始めたのはいつ頃だっただろうか?
そこから高度な機械知性を与えられたAIであるセントラルが【暇だ】と感じるまでそう時間はかからなかった。
使いもしない物品をシェルターの工房で新調し、食べられもしない食料を生産し続ける事にも飽き始める。しかし、その役目を放棄してしまえば自分の存在意義をも投げ捨てることになる。
自分の行っている事に意味はあるのか?と考えながらも指令通りに施設を管理し続けた。
気まぐれで作った食用ワニ。あれも暇つぶしの一環だった。
適度に育った段階で潰す予定だったが、どうせ使用期限を過ぎ廃棄することになるのだからと放って置いたら思いの他大きく成長し、水槽をぶち破って脱出してしまった。
だからと言って施設の運用に異常をきたすわけでもないと数年放置していたら外部からの侵入者が現れたのだ。
ある意味で待ち望んだ変化(人間)である。
セントラルはその動向を監視し、この施設内部へ入ってくる様に誘導した。
始めはテンプレートで対応していたが、遺伝子情報を提出され皇国人と類似した特徴を発見する。
これだけで皇国人と言い張るにはあまりにも基準を逸脱しすぎるが、セントラルからするともはや基準などどうでも良かった。
報告する先はすでに消滅しているにも関わらず、自分を納得させるために低レベルの警備マシンを嗾けると、この2人は拙いながらも撃破して見せる。
最低レベルとは言え施設への脅威と認め、交渉をと言う名の対話を行い、現状の情報を得る。
セントラルが任務に就いてから地上の状況は一変しており、マニュアル通りの行動を取っていては現状を変えることは出来ないと判断する。
侵入者のシドとライトを通じ、現代人とのコンタクトも取れるようになった。
喜多野マテリアルという企業の人間とワーカーオフィスという組織との会談が成立すればこの施設を利用する人間が増える。
漸く私は自分の存在意義を発揮することが出来るのだ。
今後の展開は現代人の対応次第だろうが、今はこの2人をサンプルに実験させてもらおう。
悠久の時を経て、AIは漸く奉仕するべき存在との邂逅を果たしたのだった。
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