走り回るキクチ と 情報屋ナハ
キクチ視点
時刻は襲撃前まで遡る
キクチはワーカーオフィスの会議室で訓練所新設に向けて会議を行っていた。
「一連の訓練で新しいランク10のワーカーが21名誕生し、現役ワーカー達もその実力の大幅な向上に成功したと思われます。その事はそれぞれの訓練最終日の結果を見て分かる通り、新人たちはファーレン遺跡の浅層で、現役の者達は中層で十分活動できるレベルにまで上昇していると判断して間違いありません。
1ヶ月という短期間での訓練でこれほどの上昇が見込めるのであれば、費用対効果も十分と考えます」
キクチはこの1ヶ月足らずの訓練で成長したワーカー達の結果を示し、新設する訓練所のひな形として十分効果的であるとの報告を終える。
オフィスの幹部達はキクチの報告の内容を吟味し、訓練の内容を詰めていく。
「訓練の効果は十分に確認できたと思っていいな。しかし、初日でワーカー志望者達が7人も離脱した事は十分に考える必要があるのではないか?」
「そうですね。今回は1ヶ月という短期間でしたが、今の養成所の最短訓練期間の6ヶ月で考えれば、もう少し訓練強度を下げても対応できるでしょう」
「訓練場の場所も問題だぞ。この瓦礫を乗り越える訓練となるとどこからか運んで来なければならないのではないか?」
「それならば、コレを行った場所に訓練所を立ててしまった方がいいのでは?歩いて向かえる距離でもあるし、誰かが所有している土地でもない」
「ふむ、遺跡の方向ともズレているか・・・万が一スタンピードが発生しても避難は容易だな」
幹部たちは前向きに議論を行い、妙な言い掛かりをつけてくるものも居ない。キクチは都市幹部もこうであれば楽なのにと思う。
「それで、喜多野マテリアルから教官を派遣してもらえる話は進んでいますか?」
統括のクリスティア・マガラからキクチに質問が入る。
「はい、ゴンダバヤシ様から話を通して頂き、施設が完成すれば派遣されるとの事です」
キクチはこの2週間、何度もゴンダバヤシと会談を行い、教官派遣について話し合った。最近では最初の緊張も若干薄れ、彼と話すたびに胃に穴が開くことは無くなっている。
「後は施設の概要と、訓練内容の考察に移りましょうか。この回復薬の効果ですが、メーカーから何かコメントはありましたか?」
今までは傷を治す効果しか目を向けられていなかった回復薬だが、今回のテスト訓練で訓練後に服用すると体力・筋力・瞬発力・頑強さの上昇が早まる効果が見られ、製造元に確認を行っていたのだ。
「はい、これらの回復薬は旧文明の回復薬を参考に開発された物ですが、訓練中に何度も服用する事によって回復剤に含まれているナノマシンが、訓練によって破壊される体組織を強度不足と判断する事により、その運動強度に耐えられる様に修復しようとするためでは無いかと回答が送られてきております。
短期間ですが、動物実験を行った結果70万コール以上の回復薬で効果の強弱は有りますが、同様の効果が見られるとの事です。効果の強弱の原因は含まれているナノマシンの性能なのか、添加剤の効果なのかは今の所不明との事でした」
「なるほど、70万コールの回復薬でも同じような効果が見られるのであれば、費用を抑えることが出来ますね。その方向で考えるべきでしょう」
「わかりました。次のテストは70万コールの回復薬で行う事にします」
この様に会議は続いていき、凡その方向性が決定する。
これで会議は、昨日の訓練襲撃事件の対応に移ることになった。
「それで、昨日のブルーキャッスルからの襲撃の件はどうなりましたか?」
クリスティア・マガラはいつもと同じ無表情でキクチに確認を取って来る。
しかし、その声色は一段低く、彼女も怒りを覚えている様だった。
「・・・・都市防衛隊管理部のバランド・ハールゼン氏に問い合わせましたが、知らぬ存ぜぬを貫きました。ブルーキャッスルに関してはいつもの論調で話になりません」
「この件に関しては、私の方からゴンダバヤシ様には報告しています。彼らの方でも調査を行うとの事でしたが・・・・」
彼女はそこで言葉を止める。
流石の統括も今後の展開を読み切ることは出来ないのだろう。
実行犯のダラスについては身柄の引き渡しは終わっており、喜多野マテリアルが直々に尋問する事になっている。
あの企業が本気で調べれば、直ぐに事の顛末が明らかになるだろう。
「防衛隊管理部の事は彼らに任せるとして、ブルーキャッスルに関してはこちらでも厳重注意を行うべきかと。最悪はギルドの活動停止勧告を出す必要が「失礼します!!!」」
キクチがBCに対する提案をしていると、会議室の扉が開き、職員が駆けこんでくる。
「防壁内で火災が発生しているとの通報が!!」
キクチはその言葉を聞き、訝し気にその職員を見る。火災程度なら治安維持部隊が出動して終わりの話なのだが、何故この会議室に報告に来るのか?
「それがどうしたんだ?火災だろう?」
「それが、防衛隊も治安維持隊部隊も出動している様子がありません。それに、火災が発生した後銃声が鳴っていると報告がありまして・・・・・」
キクチは嫌な予感が巻き起こり、その職員に確認を取る。
「・・・・・何処の地区だ?」
「第2区画、南門7番地区です」
それはシドとライトの拠点がある場所だった。
キクチは顔をしかめ、直ぐに端末を取り出しシドに連絡を取ろうとする。しかし、通信ラインが途絶えているのか繋がらない。今度はライトに繋げようとするが、同じように繋がる事は無くコールすら鳴らない。
(まさか!!!)
キクチはこの事態を重く見て、直ぐに対処する為行動する。
「申し訳ありません、緊急事態と判断します。私は対処に動きますのでご許可を」
キクチは統括に視線を向け、そう願う。
「わかりました。直ぐに対処してください」
統括から許可を貰い、キクチは会議室を飛び出していった。
防衛隊と治安維持部隊にも連絡を取ろうとするが繋がることは無く、嫌な予感は確信に変わる。
直ぐにワーカーオフィス直属の警備部門に連絡を行うとこちらは問題なく繋がった。
今起きているであろう騒動は、間違いなくあの2人を中心に起きているだろう。防壁内であの2人が暴れるなど目も当てられない事態になり兼ねない。
今動かせる人員を掻き集め現場に急行する。
7番地区に近づくに連れ、通信状況が悪くなっていく。これは通信妨害が行われている事は間違いない。本来ならば真っ先に出動するはずの治安維持部隊や防衛隊が出張っている気配が無く、最悪の場合この騒動の裏には都市幹部の思惑がある可能性まで出てくる。
一刻も早く事態を収束させねばと焦るキクチだったが、急に通信が復活した。
その事に気づいたキクチは急いでライトに連絡を取る。
数コール後、ライトが通信に出るとキクチは大声で話しかけた。
「ライト~~~~~!!!!お前等いったい何やってる!!!!!!」
あまりの事態に声が大きくなってしまうのは仕方がないだろう。
『どうも今日ぶりですねキクチさん。さっきまでブルーキャッスルの襲撃を受けていました』
「なんだと!!??防壁内でか?!」
キクチはブルーキャッスルが昨日の今日でここまで大それた行動にでるとは思っていなかった。
『はい、そうです。一般人への被害は最小限にしたつもりですけど、いきなりでしたから0に出来たかはわかりません・・・・・・このポイントにまだ生きたメンバーを放置してますので、回収をお願いします』
ライトから生存者がいるポイントと、襲撃者の一人と交わした会話の内容が送られてくる。
「・・・・・・わかった。今向かっている最中だからな。直ぐに回収する」
『よろしくお願いします。では』
「ああ・・・・・いや待った。シドはどうした?」
この騒動にあのシドが関わっていないはずがない。アイツが関わると今までは騒動が大きくなる事が多く、キクチはシドの所在が気になって仕方が無かった。
『・・・・・シドさんは攫われました』
「ハア!!??」
ライトの口から信じられない言葉が発せられ、キクチは狼狽してしまう。
『行先は信号を辿れば見つけられますから直ぐに追いかけます。ボク達の拠点も盛大に燃えてますんで、消火もお願いしていいですか?』
「攫われ!?燃え?!何がどうなってんだ?!ちゃんと説明しろ!!!」
『すみません。時間がなさそうなんで。場所が分かったら連絡しますから』
ライトはそう言うと通信を切ってしまった。
「おい!ライト!おい!!!」
いくら端末に呼びかけても返答がない。
あのシドが攫われる?一体どうなっているんだ?
キクチは混乱しながらもこの事件の証拠を確保せねばと警備部門のメンバーに指示を送り、生存者の確保を行っていく。
確保できた生存者は全員で3名。
2人は手と足を吹き飛ばされているが、回復薬を飲まされ傷口の修復自体は終わっていた。
しかし、もう一人の男は両手両足を失い、達磨状態で放置されていた為、血液の流出が多く心肺停止の状態で発見された。
急いで応急処置が取られ、オフィスと繋がりが深い病院へと緊急搬送される事となる。
まだ意識がある2人から事情を確認しようとするも、ライトとの戦闘があまりにショックだったのか話が通じない。
少女の方は頭を抱えガタガタと震えたまま蹲っており、話しかけても反応しない。
少年の方は、騙されただの話が違うだのと呟いており、真面に話せる状況では無さそうだ。
だが、このまま撤収と言う訳には行かない。まだシドの所在は分かっておらず放っておけばどんな大惨事になるか分かったものではない。
どうしたものかと頭を悩ませていると、キクチの端末に通信が入る。
キクチは通信を繋げると、画面は砂嵐が表示され相手の顔は映っていなかった。
『ようキクチ。オイラからの情報は必要かい?』
相手は変声されたマシンボイスで話しかけてくる。
「・・・ナハか。情報ってのは?」
『防壁内でのドンパチ事件の情報だよ。安くしとくよ~』
ナハはガンスの伝手で知り合った情報屋だった。彼はコイツから情報を買い、商売を行っているらしく有用な情報を知りたいときは連絡しろとコードを受け取っていたのだ。
しかし、相手はアングラの住人の為好き好んで付き合いたいとは思わない相手なのだが、こういう時は便利なのも間違いなかった。
「お前の情報を勤め人の俺が買える訳ねーだろ。で?何の用だ?」
『そうだよな~安月給だもんな~可哀そうにな~』
「いいから用件だけ言えよ!」
相変わらず人の神経を逆なでする奴だと思いながら、ついつい端末を握る手に力が入る。
『ハハハハ!ゴメンゴメン。今回の襲撃は都市幹部がブルーキャッスルに依頼したもんだ。あの訓練を行ってたシド君とライト君が邪魔だったんだろうな。昨日遺跡での襲撃で訓練失敗って事にしようとしたのに、見事に返り討ちにあって今度は本人を狙ったらしい』
キクチが想定した最悪のケースに当たったらしい。喜多野マテリアル主導の訓練に都市の幹部が妨害行動を起こす。これはダゴラ都市が喜多野マテリアルに謀反を起こすことと同義だった。都市の監査役として滞在しているゴンダバヤシの顔にも泥を塗りたくる行いである。
『それでだ、ブルーキャッスルの実働部隊は目出度くライト君が全滅させた訳だが、ギルド幹部達は都市から逃げ出そうと準備してる。それと、シド君を攫った連中は中央崇拝者だ』
「なんだと!!」
事はキクチの想定した最悪の斜め上を行くらしい。
『前にブルーキャッスルと中央崇拝者が接触してるって教えてやったろ?あのイザワって元職員の後ろ盾みたいな連中だな。前からシド君をコソコソと調べてたみたいだぞ』
「そいつらの拠点は何処にある?!」
『そこまでは知らんよ。でもシド君を乗せた車は南西の方角に向かって行ったみたいだな。今ライト君が追いかけて行ってると思うぞ』
(あああ~~!!!次から次へと!!!!)
キクチは逃げ出そうとしているブルーキャッスルの幹部達の捕縛と中央崇拝者の討伐を天秤にかける。
しかし、どちらも重要度は高い。取り逃がせば禍根となって返って来る事も簡単に想像がつく。
(クソ!!どうすれば・・・・・)
『ブルーキャッスルの方はもうそこまで戦闘能力が高いメンバーはいないぞ。それこそ警備部門の奴らでも取り押さえられるくらいにはな』
「・・・防衛隊や治安維持部隊はどうなってる?何故連絡がつかない?」
『両方ともミナギ方面防衛拠点に出払ってるよ。キョウグチ地下街遺跡からのスタンピードの予兆ありって名目でな。都市の危機だって散々煽ったみたいだね~』
「スタンピード?!そんな情報は聞いていないぞ!」
『そりゃそーだろ。今回の事に2つの組織を関わらせない様にする為の派遣だからな。あの組織には防壁内での騒動に目を瞑れと言っても聞かない連中も多い、当然だがな。でも、スタンピードの抑止と言われりゃー動かざるを得ないって事だ』
「バカな!それでダゴラ都市を丸裸にしたのか?!」
『訝しんだ連中も多いみたいだがな。でも正式な命令が出たら動かざるを得んだろうよ。防衛隊と治安維持部隊で今都市に残ってるのは、都市幹部の息が掛かってる少数の連中だけだ。この襲撃に加担できる人数じゃないが、対処に動く事も出来んぞ』
「クソが!!!」
ナハの言葉にキクチは決断を下し、警備部門の者は1チームだけキクチのフォローに残し、残りはブルーキャッスルの確保に向かわせる。
中央崇拝者の方はワーカーオフィスからワーカー達に緊急依頼を出し、討伐隊を急遽編成する事にした。
『行動が早いね~~♪んじゃ、騒動が収まったら報酬の方よろしく~』
「・・・・・・・ああ、助かった」
『じゃ~ね~。今後共ご贔屓に~』
ナハはそう言うと通信を切る。
しばらく渋顔で端末を睨みつけていたキクチは、息を一つつくと車に乗り込み荒野へと向かっていく。
そろそろライトから場所のポイントが送られてくるだろうと考え、討伐隊をそこに案内する為の準備に入った。
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