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第77話

 気絶するシャロをかついで、俺は大急ぎで病室へと向かった。一刻も早く止血しないと、シャロが出血多量で死んでしまう。


 床にはミルドレッドさんや王師の方々が転がっていたけど、みんな息絶えていた。助けられなくて、本当にすまない。


 城内には専属の医者がいるが、その人の話によると刻印術で外傷をふさぐことができるらしい。今まで気づかなかったが、回復魔法の術法が刻印術にも存在するようなのだ。


 刻印術といえば、セラフィという天才がちょうど近くにいる。なのであいつを呼んでシャロの傷をふさいでもらった。


 因みにセラフィは、アビーさんといっしょに北門の近くへと逃げていたようだ。だから、セイリオスの連中に一度も遭遇することなく逃げおおせていたらしい。


「申し訳ありません」


 目を覚ましたシャロは、寝台の上で身体を起こしている。血のついたキャミソールを脱がされて、左肩から胸にかけて包帯をぐるぐる巻きにされている。


 胸に巻かれた包帯が武士のさらしみたいだ。シャロは女剣士だから、ストレートの長い髪をポニーテールにしたら女武士っぽくなるんじゃないかと、つい連想してしまった。


 セラフィが心配そうにシャロを見上げる。


「シャロ、だいじょうぶ? 顔色悪いよ」

「だいじょうぶです。セラフィーナ様の術で傷はきれいにふさがりましたから」


 シャロはお姉さんのような穏やかな顔で微笑むが、セラフィの言う通りに顔がかなり青い。体内の血液量が少ないせいだろう。


 きっと具合が相当悪いんだろうけど、セラフィの前で苦しい姿を見せたくないのだろう。セラフィの前では本当に健気なやつだ。


 しかし、リーダーのあの男がまた襲撃してくることを考えると、主戦力であるシャロにはなんとしても回復してもらわなければ困るのだ。


 だから瀕死のシャロには酷だが、ここで釘を刺しておかなければ。


「セラフィの術で傷はふさがったけど、身体の血量は減ったままだからな。無理したら確実にたおれるぞ」


 するとシャロは、すかさず険しい目を向けてきた。


「わかっている。だからこうして貴様の命に服しているのだろう。わたしにかまっている暇があるのなら、貴様も今のうちに寝ておけ」


 俺に対する減らず口は相変わらずか。小憎らしいやつだが、今はそのくらいの強気を残してくれている方が心強い。


 向こうの寝台のシーツを変えているメイドさんがいたので、お顔を拝見してみるとアビーさんだった。


「アビーさん」


 声をかけると、アビーさんはすぐに気づいて俺の下へと来てくれた。


「なんでしょうか。ご主人さま」

「忙しいところで申し訳ないが、シャロを看病してやってくれないか?」

「おいっ」

「こいつは怪我して具合が悪いから、しばらく安静にさせないといけないんだ」


 シャロがすかさず口を挟んできたけど、そんなものは無視だ。アビーさんもそれをすぐに察知してくれて、


「わかりました」


 二つ返事で了承してくれた。


 俺たちのやりとりを見てシャロはふてくされていたが、こんなところでわがままになるなよ。早く回復してくれないとマジで困るんだからな。


 となりではセラフィがしゃがんで、ベッドの脇からのぞきこむようにシャロを見ている。頭をなでてやるとすぐに反応して俺の顔を見上げてきた。


「セラフィはすまないが、怪我人を治療してやってくれ。怪我している人はまだいっぱいいるから」

「うん。わかった」


 本来なら、王女のこいつに手を血で汚すようなことは頼むべきではないが、緊急事態だから仕方がない。城内の医者は少ないし、人手だって不足しているから。


「アンドゥはどうするの?」

「俺か? 俺はイザードの人に呼ばれているから、これから行かないといけないんだ」

「そうなんだ」


 そうつぶやいてセラフィが力なくうつむく。


 セラフィはなんだか元気がない。あんな怖いことが起きた直後だから、仕方ないのかもしれないが。


 いや、セラフィだけじゃない。シャロもアビーさんも不安を押し殺して耐えているんだ。エレオノーラの他の人たちだって、イザードの官吏たちだってそうだ。


 セイリオスの連中は、絶対にまた攻めてくる。だから、とても苦しい状況だけど、びびって腰を抜かしていたらだめなんだ。


 シャロをアビーさんに託したので部屋を出ようと思ったら、だれかにシャツの後ろをつかまれた。ふり向いてみると、セラフィがうつむいたまま俺のシャツをつかんでいた。


「どうした?」

「うん……」


 セラフィは何かを言いたそうにしていたけど、恥ずかしいのか、ずっと押し黙っていた。いつも呑気にペラペラとしゃべっているのに、こんな顔するなんて。


 俺がテレンサに暴言吐いた後も、そうだった。いつも変なことばっかりしているけど、こいつはこいつなりに色々と考えてるんだろうな。


 俺はセラフィの頭をもう一回なでて、病室を後にした。



  * * *



 イザードの法吏に呼ばれて、俺は地下牢へと向かった。法吏は裁判を行ったり、罪人の尋問などを行う官吏だ。


 一階のロビーで戦ったときに俺はセイリオスのメンバーを拘束したので、その男をこれから尋問するのだ。


 あいつに聞きたいことは山ほどある。リーダー格のあいつの言葉は本当なのか。テレンサの暗殺を依頼したのはだれなのか。そして、どうやって城内に侵入したのか。


 セイリオスの連中のアジトも見つかっていないみたいだから、そこまで聞き出せたら合格ラインだが、あいつも簡単には口を割らないだろうな。


 最悪の場合、拷問に及ぶかもしれないが、一応そういった惨い行為だけはしないでくれと言っている。焼け石に水なのかもしれないけど。


 地下牢は古くさいレンガの壁だけでつくられた石牢で、トンネルみたいに薄暗いのですごく気味が悪い。


 明かりが全然ないから数メートル先が既に真っ暗だし、雰囲気的にもそういった存在が思いがけずに登場しちまいそうだ。


 中途半端なお化け屋敷やホラー映画よりも怖いぞ。


 二人で並んで歩けないような狭い通路のそばには、拷問部屋と思わしき部屋へとつながっている。


 開け放たれたドアの向こうには、手枷てかせに首吊りロープまでぶら下がっているけど、最悪はこれらをつかって拷問することになるのだろうか。


 そんなことを思うと、俺の脆弱な胃がきゅっと締め付けられた。


 俺が捕まえたやつは独房に入れられているらしい。名前はエグリア。歳はわりと若くて二十二才なのだとか。


 一方の俺たちは、俺と法吏の人が三人。それと宮伯のキボンヌが同行している。


 重要参考人の尋問なので、本来ならイザード王のテレンサが立ち会うものらしいのだが、あいつは命を狙われているのでとりやめたらしい。


 エグリアという男は独房の椅子に縛りつけられているが、そいつの頭を見て俺は驚いてしまった。そいつの髪が日本人のような真っ黒な髪だったのだ。


 こちらの世界に黒髪の人間はいないんじゃなかったのか?


 それとかなりどうでもいいことだが、キボンヌの顔がすごく蒼い。もしかしてお前もびびっているのか?


「お前はだれに言われてわれらを襲ったんだ」


 法吏の一番下っ端っぽい人が尋問を開始すると、エグリアは薄ら笑いを浮かべた。


「知れたことを。グレンフェル様に命じられたからに決まっているだろうが」


 グレンフェル……? あのリーダー格の男はグレンフェルというのか。


「グレンフェルというのは、陛下のお命を狙った男のことだな?」

「そうだ」

「あの男がお前たちのリーダーで此度の主犯格なのか?」

「そうだ」


 エグリアは法吏の人の問いをそのまま答えている。少しも包み隠さずに。


 敵に捕まったのに、この男はなんでこんなにぽろぽろと白状しちまうんだ? 普通だったら、こういうときはしゃべらないはずだが。


 観念しているからかというと、そうでもない。この男はむしろ勝ち誇っているような顔をしているのだ。


 椅子にだらしなく腰掛けて、妙な薄ら笑いを浮かべている。人を食った態度が不気味で、大勢で責めている俺たちがなぜか呑まれそうになる。


 偽の情報でもつかませて俺たちを混乱させるつもりなのか?


「主犯格のあの男は、なぜ陛下のお命を狙ったんだ?」


 真ん中に座る、法吏の一番偉そうな人が質問すると、エグリアが、


「それをしゃべっちまってもいいのか?」


 ものすごく意味深な言葉で問い返してきた。


「それはどういう意味だ」

「どういう意味もねえ。それを正直に吐露したら、あんたらが混乱するだろうから、それを察してやっての俺なりの配慮だ」


 配慮だと? この男は何を言っているんだ。


 法吏の人たちも意味がわからなかったのか、三人とも呆然として、それぞれの顔を見合わせたりしている。


「そ、そうか。ならば、彼の尋問は私が受け持とう」


 そこでなぜかキボンヌが口を挟んできた。


 キボンヌは落ち着いている様子を装っているけど、顔がやっぱり青い。禿げ頭から脂汗が滲み出ているし。


 あんたはなんでそんなに焦っているんだ?


「何をおっしゃられますか、ギボンズ様。あなた様にこのような汚い仕事をさせるわけには参りません」


 法吏の上司っぽい人がごもっともな意見を出すと、キボンヌは「あいや、その」とぼやいて必殺の高速ゴマ擦り機を始動させる。


「この話は、国家機密に相当するから、わ、私がっ、直接話を聞いた方が、いいと思ったのだ」

「はあ。ですが、われわれも公正な裁判を行うために、事実に基づいた検証をしなければいけません。そのためには彼から情報を聞き出さなければならないのです」


 法吏の意見は正論だが、キボンヌは何が気に入らないのか、「あいや、でも」と引き下がらない。顔の脂汗なんて分泌されすぎて日焼けオイルみたいになっているし。


 キボンヌは、きっと必死になって何かを隠そうとしているのか。……まさか。


「グレンフェルというあの男は、テレンサ……国王陛下の暗殺を依頼されているって言っていましたが」


 俺が横から言葉を挟むと、キボンヌの焦った顔が最高潮に達した。法吏の人たちも一様に、「それは本当ですか!?」と驚愕して俺を見てくる。


 グレンフェルはあのとき、確かにそう言っていた。そしてエグリアの「混乱する」という意味深な言葉と、キボンヌの急変ぶり。


 これらをひとつの線に結びつけると、ある嫌な疑惑が急浮上してくる。


 俺は背を正してエグリアを真っ直ぐに見やる。エグリアも姿勢をなおして威嚇するような視線を送ってくる。


「エグリアさんよ。正直に答えてくれ。テレンサの暗殺を依頼した男は、この城の中にいるんだろ?」


 エグリアは答えない。だがさっきの余裕ありげな表情が険しく顔つきに変わっている。


 俺は腹に胃酸が充満されるのを感じながら、親指で後ろを指した。


「あんたたちに暗殺を依頼したのは、宮伯のキボンヌなのか?」


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