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第71話

 次の日の朝。シャロにつれられて俺は、王の間にいるテレンサと相見あいまみえた。


「なんじゃ、急に改まって」


 三階建ての城の最上階。文化遺産のような白亜の階段を上った先に王の間は存在する。


 高さが三メートルくらいある扉を開けると、ゲームの世界でしか見られないような真っ赤な絨毯じゅうたんの敷かれたフロアがつづく。


 絨毯の終端に金ぴかの玉座があって、そこにテレンサが傲然と腰掛けている。あいつの頭よりもはるかに高い背もたれの端には、ルビーやサファイアなどの宝石がふんだんに埋めこまれていた。


 質屋に売却したら数千万円は下らなそうな椅子に腰かけているのに、テレンサは眠そうに欠伸あくびをかいたり、髭の先端をいじくりまわしたりしている。


 朝だから眠いのはわかるが、仮にも王なんだから、もうちょっとしゃきっとした方がいいんじゃないか?


 けど、俺の諫言かんげんなんてどうせ聞きやしないだろうから、俺はシャロの後ろで静かにしていた。


「陛下。僭越ながら奏上したいことがございます」


 シャロがいつもの毅然とした態度で膝をついたので、俺も合わせるように跪く。となりでは、討伐隊のミルドレッドさんが同様に跪いている。


「わかったから、とりあえず面をあげい」

「は」


 頭の向こうからテレンサのわずらわしそうな声が聞こえたので、ミルドレッドさんの動きに合わせて顔をあげる。なんで俺までこんなことをしないといけないんだ。


 でもシャロはそんなこと少しも気にしていない様子で、背筋をぴしっと伸ばしたまますぐに顔を上げた。セラフィもお前も大したものだよ。


「それで、朕に何を言いに来たのじゃ」

「は。現在、宮中伯のギボンズ様の指揮のもと、城外に厳重な警備を布いておられますが、その城の警備についてご相談したいことがございまして、僭越ながらせ参じました」

「警備について……?」


 テレンサの白い眉毛がぴくりと動く。部屋の左側にはキボンヌもいたが、こいつの顔も同様にぴくりと反応した。


「われわれのやり方に不満があるというのかね?」

「いえ、不満というほどのことではございません。四門を堅く閉ざし、さらに警備兵で守りを強化していますから、万が一にも不貞ふていの輩に侵入を――」

「まわりくどい言い方は嫌いじゃ。不満があるならはっきりと申しなさい」

「それでは」


 シャロはテレンサの鬱陶しい物言いにもびくともしない。


「城門の警備にまわしている兵の数名を、天穹印の警護にまわしていただきたく存じます」

「なんじゃと」


 その言葉を皮切りに王の間がざわつきはじめた。


 王の間のまわり――部屋の真ん中に敷かれた絨毯を挟みこむように、イザードの官吏どもが侍しているが、そいつらが袖口に手をあてて、一斉にこそこそと話をはじめる。「何を急に」とか「根も葉もないことを」という声が聞こえてくる。


「先日に恐れながらも陛下のお命を狙った不貞の輩。彼らはセイリオスという、イリスの諸国に無益な騒乱をもたらす匪賊ひぞくでございます」

「そんなことは言われなくてもわかっておる」

「そのセイリオスのメンバーにエレオノーラも襲撃を受け、天穹印をまんまとつけ狙われました。彼らは天穹印を破壊し、王宮ごとわれらを一網打尽にしようと企んでいたのです」

「そのようじゃな。ギボンズから話は聞いておる。その後ろにいる男が、セイリオスの討伐隊の者なのじゃろう?」


 テレンサが冷然と見下ろすと、ミルドレッドさんは「は」と呻くような声を発する。この人、場の雰囲気に呑まれているな。


 それにしても、今日のテレンサはいつもより手ごわいぞ。何があったのか知らないが、セイリオスのことも討伐隊のこともちゃんと把握している。


 ひと昔のロールプレイングゲームの王様みたいな見た目なのに、生意気なやつだ。


「ほう。エレオノーラの天穹印が狙われたから、今回も天穹印が狙われると思っておるんじゃな?」

「仰せのとおりでございます」


 シャロが毅然と返すと、テレンサは「ふーむ」と天井を見上げて考えだした。


 だがそれを遮るように、


「可能性はあるのですか?」


 今度はキボンヌが横槍を入れてきた。


「シャーロット殿がおっしゃるとおり、エレオノーラでは天穹印が狙われたようですが、今回も同じことが繰り返されると断言できるのでしょうか。もし彼らが本当に天穹印を狙っているのだとしたら、貴賓館に火をつけられた理由も答えていただかなければなりませんが」


 シャロが懸念していることを、そっくりそのまま代弁しやがった。これにはシャロも言葉をつまらせる。


「可能性は五分五分ですが、用心に越したことはないかと存じます」

「はて、そうでしょうか。可能性なんて無いと思いますが」


 うざい返答の仕方だが、キボンヌも鋭く切り込んでくる。頭の悪そうなこいつらのことだから、「じゃあ、やります」って即答すると思っていたのに。


 貴賓館の襲撃と天穹印の破壊を結びつけるのは、やはり無理があったか。俺が余計なことを言ったばかりに、シャロに恥をかかせてしまった。


 俺たちが不利になったとわかると、まわりの官吏たちがにやにやと好奇の目を向けてきやがった。


 俺たちはあんたらのために奏上してやったのに、この扱いの酷さはなんだ。そもそも俺たちは客人なんだぞ。


 ここに来る前から思っていたけど、こいつらはやっぱり嫌なやつらだな。相手国の人間と協力しようという気持ちなんてさらさらないのだ。


 次第にまわりがうるさくなってきたので、キボンヌがわざとらしい咳払いで制した。


「天穹印の扉は堅く閉ざされており、王家の証も宝物庫に厳重に保管しております。それでもまだ不安だとおっしゃられるのならば、宝物庫の警備を増やしますが、いかがいたしましょうか」

「――ということじゃ。どうするかね? シャーロット君」


 テレンサが白い髭をさすって冷笑する。俺とシャロは返す言葉が思い浮かばなかった。



  * * *



 見るも無残な惨敗を喫して、俺たち三人は王の間からたたき出されてしまった。


 謁見していた時間なんて、きっと十分くらいしかなかったのに、精神的には一時間くらい居させられたような感じだった。


 あんな冷たいひょうみたいなやつらに牙を剥いたのだと思うと、とんでもない無謀をしでかしたんだなと、パーティでの自分の所作をふり返らずにはいられない。


 これからセイリオスの捜索に向かうというミルドレッドさんと別れて、シャロと階段を降りる。しかし、ぼろぼろに打ちのめされた後だから、会話する気力なんてない。会話なんていつもしていないが。


 俺の後ろを歩いているシャロは、きっと怒ってるんだろうな。俺が余計な詮索をしなければ、テレンサたちの前で恥をかかずに済んだのだから。


「その、すまねえ」


 耐え切れなくなったので、ぼそりと言ったが、


「別に、謝らなくていい」


 シャロは怒っていなかった。恐る恐るふり返ると、シャロは下を向いたまま、俺の後に従うようにとぼとぼと階段を降りている。表情はあまり明るくないけど。


「でも、俺のせいで恥かいちまったんだぞ。それなのに」

「貴様とて、そんなつもりで天穹印の話をしたわけではなかろう。貴様は貴様なりに現状を憂い、真にイザードの天穹印が危険だと判断したから、わたしに相談をもちかけた。違うか?」


 そのとおりだ。返す言葉がない。


 俺が閉口していると、シャロが急に笑顔になって、


「どうした。いつもの貴様らしくないぞ」


 背中を思いっきりはたかれてしまった。


「やつらはまた必ず襲ってくる。イザード王にしぼられたからといって、落ち込んでいる暇はないのだぞ」

「でも、天穹印の方はどうするんだ? 俺たちだけで警備するのか」


 そう返してみると、シャロは俺のわきを通りすぎて、


「天穹印の警備は不要だと、先ほどはっきりと言い切ったのだから、有事の際は彼らがなんとかするさ。わたしたちにはもう関係のないことだ」


 ファッションモデルみたいな細い背中を向けたまま、あっさり切り捨てた。


 生真面目なこいつのことだから、「義務は全うしなければなるまい」なんて言い出すのかと思っていたけど、天穹印を守らなくてもいいのか?


「ここがエレオノーラであるのなら、たとえひとりでも天穹印を守護するが、縁のない他国にそこまで義理立てする必要はない」


 ああ、他人の家だからいいのか。シャロも意外と割り切った発想をするんだな。


「そういえば、帝国から来たという術師がセラフィーナ様と懇意にしているようだな。アビーから聞いた話によると、悪い人間ではないようだが、油断は禁物だぞ」

「ああ」

「わたしはこれから捜索隊と合流しなければいけないから、セラフィーナ様の身辺しんぺん警護はくれぐれもたのんだぞ。それと、いつ襲撃されてもいいように、戦闘の準備もしておくんだぞ」


 言われなくてもわかっているよ。


 その後にも二、三の口うるさい注文を残して、シャロは一階へとつづく階段を降りていった。

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