31_異世界転移にチートはつきもの。ただし、私以外に限る
第31話です。異世界転移した者には『ユニークスキル』がある世界。自分は地道に働く傍らでチート無双してる女がいたら、そりゃムカつくよねって話です。
31_異世界転移にチートはつきもの。ただし、私以外に限る
けたたましいファンファーレが街に響き渡ると、中央市場に集まっていた民衆の表情が固くなる。隣にいたグリオンさんですら、苦々しそうな顔をしていた。
「領主様ご夫妻、ただいまルーンデールにご到着なさいましたーッ!」
衛兵達が一斉に声を上げ、城門から豪華絢爛な領主夫妻の馬車が、ゆっくりとメインストリートを巡る。
馬車の側板には純金細工の領主の紋章が埋め込まれ、生花で飾り付けられたそれは、御伽噺に出てくる魔法の馬車よりもなんだか下品な輝きを放っていた。
「……なんか、成金主義って感じの馬車なんですね」
「しーっ!ルナちゃん、ンなこと言うたらアカンで。ほんまのことやから余計にアカン!」
ジョークなのか本気の警告なのかよく分からないグリオンさんの忠告に、なんだか肩の力が緩む。
「来たぞ」
ビョルンさんが私の耳元で囁く。馬車が進むにつれ、通りを埋め尽くした群衆の間に、重苦しい沈黙が広がっていく。誰も拍手しないし、誰も歓声を上げない。あるのは冷たい視線だけ。
馬車が露店の正面、広場の特設ステージ前にぴたりと止まる。御者によって馬車のドアが開かれ、まず領主であるルパート・ルーンデール伯爵が、派手な羽飾りのついた帽子を片手に現れた。しかし誰もが冷たい目で彼を見つめている。
グリオンさんを見ると、彼は黙ったまま困ったように肩を竦めた。それはまるで『昔はこうじゃなかってんで』と教えてくれているようだった。
そして彼に続きもう一人の人物、我々のターゲットであるハルが降り立つ。
彼女の姿は、まさに金ピカ人形そのものだった。彼女は全身を眩い金と白銀のドレスで包み、首元には巨大なルビーのネックレスが煌めいている。そのあまりに非現実的な豪奢さは、周りの華やかな装飾すら霞ませるほどだった。
ハルは、微動だにしない民衆に向かって優雅に手を振る。その笑顔は完璧で、まるで感情が一切ない人形のようだった。
あまりの趣味の悪さに同じ世界の人間だと思いたくはないのだが、こればかりは仕方がない。
しかし、ハルが『微笑みかけた』瞬間に場の空気が一転した。先程の人形のような笑顔とは違う、妙な吸引力のある笑み。……例えるなら、そう、自分の最推しがライブで自分にだけファンサしてくれた時のような多幸感を感じるのだ。
「ハル様、万歳!」
「奥様万歳!」
先程まで氷のように冷たい視線を送っていた民衆、特に農夫や漁師などの『男性』が一斉にハルに対してポジティブな反応を示した。
隣にいたグリオンさんとビョルンさんを振り返る。やっぱり予想した通りだ。ハルには対男性用のなんらかのユニークスキルがある。
もしも、もしもだが二人が同じようにハルに対して好感を持ってしまったらどうしよう。特にビョルンさんに関しては、今回の作戦自体が破綻する。
それに、なんかムカつく。
「ビョルンさん……!」
「なんだ」
だが、私の心配を一蹴するかのように、彼はいつもと変わらない様子で私の声に答えた。
「ルナちゃん、どうしたん?」
「い、いえ。なんでも……」
グリオンさんも不思議そうな顔をして私を覗き込んだ。二人の先程と変わらない反応に安心する。
「何か問題があったか」
「ビョルンさん、えぇと、あの」
視線を彷徨わせていると、ビョルンさんが首をかしげて私の様子を伺った。ビョルンさんならきっと、私を拒むことはない……はず。
「ハルのこと、好きにならないで」
ピシリ、とビョルンさんが固まる。
あぁ、やっぱりハルに好感を持ってしまったの!?
「ビョルンさんがハルのこと好きになっちゃったら、笑……!」
この作戦に失敗してしまったら、エリザベスさんとの取引のカードを失う。そうなったら私は『帰還方法』が分からないままこの世界に放り出されることになってしまう……!それにビョルンさんとの契約の話がなくなったら……!
「ルナ、落ち着け」
「でも」
「俺は平気だ」
ビョルンさんが私の肩を掴んだ時、グリオンさんがわぁっと叫ぶ。
「ルナちゃん、君!そうなんか!?やっぱり君ら、そういうことなんかぁ!?」
「……へ?」
もしかして、私、今とんでもないこと口走った?
今の発言、『私以外の女の子に惚れちゃヤダ』なんてヤキモチから出たセリフだと思われた…!?
あぁあなんてこと!
「ち、違います!そういうことじゃなくて、その、ビョルンさん、分かるでしょ!?」
「あ、あぁ、承知している」
「なんなん!?二人だけの世界ずるない!?」
「深い意味は無いんです!本当です!」
羞恥で頬が真っ赤になるのを感じる。私ってば、予想外の状況に冷静さを失いすぎだ!穴があったら入りたい!!
「ごめんなさい、ビョルンさん!動揺して変なことを言ってしまって!」
「お前の懸念は最もだ。あの女は魔法を使ったのだからな」
「魔法と言うより、ありゃ呪術やろ」
「じゅ、呪術…!?」
「僕みたいなハーフリングやエルフは魔法は効きにくいんよ。だからあの類の魔法は効かん」
「魔法っていうのは、一体…」
そこで再び大きなドラムとトランペットの音が鳴り響く。どうやら広場で伯爵の演説が始まるらしい。
「諸君、本日はご苦労」
ルーンデール伯爵は民衆に向かって手を挙げるが、拍手はまばら。年度始まりに社長の冗長な『ありがたいお言葉』を聞いている時と同じ居た堪れなさを感じる。
「これより三日間、我が愛しの妻ハルと共にこの地を視察する運びとなった。皆、日々の仕事に励むように!」
まばらな拍手と冷たい視線。特に洗濯物を抱えた夫人方や商店の女主人などは、ヒソヒソと密やかに話す。
「何が愛しの妻だ」
「エリザベス様を捨てたくせに」
しかし対照的に、男たちからはハルへの感嘆の声も上がる。
「ハル様は本当に美しいなぁ」
「領主様は果報者だ!」
広場に侮蔑の冷たい空気と興奮の熱気が混じりあう。私は小さく、しかし決意を込めて言った。
「私たちの仕事をしましょう。ビョルンさん、火をお願いできますか」
「了解した」
再び鍋の油に熱が入り、揚げたてのカレーパンがキツネ色に輝く。ザクッと小気味良い音を立てて切り分けられた瞬間に立ち昇った湯気と強烈なスパイスの香りが、ハルの方向へと風に乗って流れていった。
…さぁ、どうなる?
完璧だったハルの表情が、匂いを嗅いだ瞬間に崩れた。
彼女の流し目が、人々ではなく、まっすぐこの露店に向けられる。そして彼女は、その豪奢なドレスの裾を気にすることなくゆっくりと露店に近づいてきた。
よし、食いついた!!
ハルはカレーパンが並ぶカウンターの前に立ち、長い指をゆっくりと伸ばした。その指先には、陽光を反射して輝く大粒のダイヤモンドの指輪がはめられている。彼女の冷たい視線が、熱々の湯気を立てるキツネ色のカレーパンと、緊張した面持ちのルナを交互に捉えた。
「これ、あんたが作ったの?」
私は背筋を伸ばし、恭しく一礼する。 この世界のカーテシーなんか知らないけれど、よくある貴族ものではこんな感じで頭を下げるのが主流なのだろう。
「奥様にご挨拶申し上げます。発言の許可をいただき、誠に感謝いたします」
平民が領主の奥方に口をきく機会なんてそう多く無いはずだから、まずは感謝しておく。
「こちらは、領民の皆様に新しい味をご提供したく、商人ギルドから出品させていただいた『カレーパン』でございます」
「……ふぅん」
彼女は、私に一瞥することなくカレーパンの匂いを小さく吸い込んだ。その表情は、不愉快なものを前にしたかのように、わずかに歪んだ。故郷の味を懐かしむという感性は、彼女は持ち合わせていないらしい。
「あははっ!庶民的って言うのかなぁ、これ。超ウケる〜」
ケラケラと口を開けて笑う。エリザベスさんの上品な笑みとの比較が目立つ、嫌な笑い方だ。
「貧乏人しか食べないわよ、こーんな安っぽい油の塊」
ハルは冷笑的な視線を投げつけた。
「あんたには同情するわ。生きるのに必死って感じで、かっわいそう」
そうですとも。私はこの世界で生き残るのに必死なんです。
…だけど、それはあなたも同じはず。
「せいぜいその貧相な食事で、貧乏人に媚び売っておきなさいよ」
ハルの氷のような侮蔑の言葉に対し、私は顔色一つ変えず、静かに、しかし毅然とした口調で反論した。
「恐れながら、奥様」
ハルは平民の反論に驚き、一瞬だけ目を見開いた。
黙ってやられているだけの平民と思うなよ。私はあなたと同じ世界の人間、『この世界の異物』だ。
「なによ?なんか文句あるわけ?」
大いにありますとも。
このカレーパンはビョルンさんや商人ギルドのハーフリングたちが生み出してくれた力作、何人たりともこき下ろすことは許さない。それが商人ギルドのメンバーとしての、私の矜持だ。
「この品は、手軽さ、栄養、そして温かさを、銅貨数枚で提供できるように考案したものでございます。これは単なる貧乏人のための食事ではございません、この領地の守り手のための糧でございます」
私はハルではなく、傍らに控えていた衛兵隊長らしき人物、そしてさらにその後ろに控える衛兵たちに目を向けた。
そう、先程から痛いほど視線を感じる彼ら。朝から働き詰めで空腹な時にこのカレーパンの香しい匂いを嗅いでしまったら……気の毒にすら思えてしまう。
「そしてその糧を提供することは、我々商人の義務なのです」
お前は他人を踏みつけ自分の欲を満たすのだろう。しかし私は違う、他人の欲を満たすことで利益を得る商人。
お前のように傲慢に恥知らずな人間と同郷だなんて、正直、心底反吐が出る!
…しかしどれだけ腹が立ったとしても、本題を忘れてはならない。この作戦の目的は『ハルの能力の鑑定』、彼女のユニークスキルの有無を知ることができなければ全ての努力が無に帰す。
「ルナ」
ビョルンさんが静かに私の隣に立って、頷いた。その顔はひと仕事を終えたように晴れやかだ。それはつまり、そういう事で。
「お客様がいらっしゃいますので、ご用がないのでしたらお引取りを」
『鑑定』が終わった以上、あんたに用はないわ。だからさっさとお帰りくださいな。
そんな気持ちを込めて、爽やかな笑顔を向けてやった。
「……うっざ」
ハルは私を睨みつけると、さっと手を振って馬車へと戻っていく。去り際、私とビョルンさんの耳に、衛兵に投げかけられた冷徹な声が聞こえた。
「こんな臭い店、さっさと潰しちゃってよ」
最後まで読んでいただきありがとうございます。
次回も引き続きよろしくお願いいたします
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※次回更新は1月31日18時です




