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異世界にとばされた社畜OLですが、ツンデレエルフと行商ライフを満喫中です!  作者: しらたき 茶々麻呂
バディ結成編

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12_不器用エルフの憂鬱

第12話です。

今回はルナと別れたあとの、ビョルン視点でのお話になります。いつもより少し長めですが、お付き合いくださると嬉しいです。よろしくお願いいたします

12_不器用エルフの憂鬱


『もうお前をこのパーティーに置いておけない』


「……!」


ガクン、と腕の中の剣が滑る感覚がして、鋭い呼吸と共に目を覚ます。裏口の床に座り込んで、いつの間にか眠っていたようだ。倒れかけた剣を持ち直し、額に浮かんだ脂汗を拭った。冷えた朝の空気が頬を撫でて、小鳥のさえずりによって尖っていた神経が落ち着いていく。


またこの夢か。


王都の話を聞いたせいか、あの教会に行ったあとから昔の悪夢をよく見るようになった。最近見ることは少なくなっていたその記憶に深いため息をついた。王都への忌避感がトラウマを呼び起こしたのだろう。


「くだらん」


いつからかこんなにも軟弱になってしまった自分に嫌気がさす。鍛錬が足りないのか、と剣の柄を握ったがすぐに離した。今の自分には、もう剣を振る理由も資格もないのだから。


 

裏口の扉がギィと音を立てて開き、アニタが仏頂面で現れた。その手には水を入れた桶が握られている。


「ビョルン、あんたねぇ。またこんな所で寝落ちしてたのかい。ちゃんとベッドで休みなって言ってるのに」


「あんたには関係の無いことだ」


「裏口で人が死んでるかもって言われる身にもなっておくれ。他の子達が怯えてんだ。その顰めっ面をやめるか、まともな身なりにしておくれ」


桶に張られた水面に映る自分は、普段よりも数段薄汚れているようにも見える。この一週間野宿続きだったので仕方がないだろうに、アニタは呆れたように桶を差し出す。渋々顔を水で洗って、髪を乱雑に束ねるとアニタはようやく満足そうに頷いた。


「ルナと別れてから、見るからに元気がないじゃないか」


「気のせいだ」


「ンなわけあるかい」


フン、と不満げに鼻を鳴らす。彼女に隠し事をするのは、並大抵の人間では無理そうだ。 


「まったく。そんなに落ち込むんなら最初から素直に言っときゃ良かったのに」


「……別に」


素直も何もない。あの女に同行を許したのは、久方ぶりの他人との馴れ合いに郷愁を感じただけであり、暇つぶしに他ならない。


「なぁにが『監視』のためだい。あんたがあの子に心を砕いてることなんか、みーんなお見通しだったよ」


「…聞いていたのか」


「ウチの情報網を舐めるんじゃないよ。どれだけお喋りが多いと思ってんだい」


彼女の情報網の広さを舐めていた訳では無いが、そこまで聞かれていたとは思わなかった。ルナがこのギルドの人間から『ただの異邦人』ではなく『明るく優しい娘』として認識されているのは、ひとえに彼女の営業努力の成果だろう。


アニタは声をさらに低くして、ドスを聞かせて話を続ける。その言葉を聞かないという選択肢は与えられず、こちらはただ黙って聞くしかない。 


「ルナだって、あんたの気持ちはわかってたはずさ。だけどあんな突き放し方をされたんじゃ、甘える訳にもいかなくなっちまったんだろ。あの子は責任感が強そうだったからね」


その言葉に何も言い返せずに、俯いたまま拳を握りしめる。彼女の怯えたような目と、無理に作られた笑顔は彼女の悲しみを物語っていた。


『これまでも一人で生きてきましたから』


悲しげに、しかし力強く告げられたその言葉の裏で、彼女の手は震えていた。威勢の良いことだけ言って、本心では恐怖で動けないとわかっているくせに。


あぁ、腹立たしい。


「…あんたになんと言われようと、俺は王都には…行けない」


「わかってるさ。冒険者だったあんたがなんでこんな辺境で薬売りなんかやってるか、忘れたわけじゃないんだよ」 


わかっているのなら、これ以上自分に期待するような事を言わないでくれ。過去の栄光など、今となってはただ誇りにまみれた煩わしい枷でしかない。


「俺はもう、昔とは違う」  


「そうだね。誰だって歳とりゃ変わるもんさ」


アニタは先程とはうってかわって、優しく暖かな声で、子供を諭す母親のように言葉を紡ぐ。


「でもさ。あんた、本当にこのままでいいのかい」


彼女の『支え』となる人間は、自分よりも優れた人間であるべきだ。だから自分は傍にいるべきではない。


……本当にそう思うのか?


耳元で誰かが囁く。あの小娘と出会う直前、彗星を見た。あの時自分は一体何を思っていたか、忘れたわけではあるまいな。


「…俺は」    


口を開きかけたその時、ギルド職員の獣人が窓から慌てた様子で顔を出した。


「お客様がいらっしゃってます」


「そうかい。すぐに行くよ」


「あ…いえ、アニタさんにではなく……その、ビョルンさんに」


「ビョルンに?」


アニタの言葉を待たずに裏口を抜けて、すぐさま玄関の中央カウンターに向かう。


『ビョルンさん!』


あの少し高い声で名前を呼ばれることを期待した。なんとも馬鹿馬鹿しい妄想だったが。 

実際にそこに居たのは見覚えのある中年の夫婦、一週間前にルナと共に露店でポーションと薬草を売った顧客だった。


「あぁよかった!こちらにいらっしゃったんですね」


「何の用だ」


クレームではあるまいなと身構えたのもつかの間、男はこちらに勢いよく頭を下げた。


「あなたの薬草とポーションのおかげで、妻の体調が回復しました。本当に、本当にありがとうございます!」


わざわざ礼を言うためにギルドにやって来たのか。なんとも健気なことだが、今は煩わしさすら感じてしまう。


「仕事をしただけだ。礼は結構」


「あなたのお仕事のおかげで、私はここまで立ち直ることが出来たのです。心から感謝しております」


夫人はこちらの手を取り、バスケットを握らせた。


「こちら、素人ながらパンとクッキーを焼きましたの。お礼の証としてどうか受け取っていただけませんか?」


バスケットの中には艶やかな小麦色のパンと、アイシングで飾り付けられたクッキーが溢れんばかりに詰め込まれていた。その甘い香りはルナが初日に寄越した黄金色の飴とよく似ていて、あの日の記憶を呼び起こす。


「不要…」


しかし言葉を遮るようにアニタが口を挟んできた。


「あらまぁ!そいつは嬉しいねぇ、ありがたくいただきます。ほらビョルン、あんたもお礼を言いな!」


バシン!と背骨がきしむほどの力でアニタに背中を叩かれる。


「…感謝する」


「ぜひお二人で召し上がりくださいね」


にこりと微笑む夫人とは対照的に、主人の方が首を傾げる。 


「そういえば…今日はお嬢さんはご一緒ではないのですか?お嬢さんにもお礼を伝えたかったのですが…」


「所用により不在だ」


「ご用事ならば仕方がありませんね。どうぞよろしくお伝えください」


夫婦は深々と頭を下げて、静かに商人ギルドを後にした。周囲の商人たちの好奇の目が鼻について、すぐさまその場を立ち去ろうとした。 


だがアニタはそれを許さない。こちらの肩を掴みながら、真剣な目で言った。


「聞いたね? お客様は『お二人で』って仰ったんだよ。お嬢さんにもお礼を伝えたかったって。これがお前の言った『危険因子』への態度だと思うのかい?」


わざと痛いところを突いたのだろう。彼女らしくない物言いに眉を寄せてみせると、彼女は意地悪そうに口角を上げて笑って見せた。


「ちゃんとあの子と話して誤解を解くんだ。ウチだって茶葉くらいはあるんだからね。あんたの給料から引くけど」


「はあ」


ずいっと顔を近づけられて、アニタに念押しされる。


「いいね? ちゃんと二人で帰ってきな」


「……了解した」


彼女の圧に負けて、ようやく承諾の言葉を口にした。彼女は満足そうに大笑いすると、バシバシと背中を叩いた。いつか背骨が折れそうなほど勢いが強いが、そのてのひらは陽だまりのように温かい。


「ほら、いってらっしゃい!」


渋々パンとクッキーのバスケットを抱え、ギルドの重い扉を開いた。しかし昨日よりも多少足取りが軽くなったように思えた。


ギルドを出た瞬間に頬を打った風は、昨日よりも清々しいが、少し冷たく感じた。なぜか胸騒ぎがして、バスケットを抱える腕に力が入る。


「……急ぐか」


理由のない焦燥に突き動かされるように。は教会の石段へと続く道を足早に走り抜けたのだった。



パンとクッキーを入れたバスケットを抱え、急な上り坂である教会の石段を駆け上がった。以前来た時は暗い曇り空だったが、今日は爽やかな朝の晴れ空が広がっていた。アンデッドに怯えてひっつき虫のようにマントを引っ張ってきたルナの姿を思い出す。


「……留守か」


礼拝堂をのぞいたが、例のごとく誰もいない。巡礼者すらいない教会など存在意義を疑うが、今日のところは文句を言うのは我慢する。


「おや、あなたは…」


背後からの声に振り向くと、そこには薬草詰みから戻った司祭が立っていた。


「ルナさんでしたら、教会の書庫でシスター・エリザベスと共にお茶をしている時間でしょうな」


「承知した」


ルナの居場所が判明したのなら長居は無用だ。だが司祭は慌てたように引き止めた。


「もしよろしければ、ルナさんにこちらをお渡しくださいませんか」


「…この薬草を?」


司祭が差し出したのは疲労回復や滋養強壮に効果のある薬草だ。なぜルナにこの薬草が必要なのか、聞かずとも分かる。 


「えぇ、はい。ルナさんは求めている情報がないかと、遅い時間まで毎日調べ物をなさっているようでしたよ。我々がお力添えできたら良かったのですが…」


自分が腑抜けていた間、ルナはずっと努力を重ねていたのだ。誰にも頼ることなく、たった一人で暗い書庫に閉じこもっていたのだとしたら。


罪悪感が湧き出て、じくじくと胸を刺す。 


「煎じて飲ませておく」


「それはありがたい。よろしくお願いいたします」


手短に承諾の返事をして、司祭から薬草を受け取る。薬草は朝露に濡れて新鮮なものだ。今から煎じて飲ませてやればきっとこの一週間の疲れも取れるだろう。

 

足早に書庫に向かい、重厚な木の扉の前に立つ。晴空だった空には薄い雲がかかり、太陽が隠れる。そのおかげで扉の隙間から漏れ出るランタンの光が目を刺した。


この扉の向こうにいるであろうルナの姿を想像して、身体がこわばる。あれほどまでに冷たく突き放したにも関わらず、自ら会いに来るなんて自分勝手にも程がある。


どんな罵倒でも甘んじて受け止める覚悟を決めて、ドアノブに手を掛けた。しかし、その手は不自然に止まる。


「……?」


内側から鍵がかかっている。昼間に書庫の扉を施錠する必要などないはずだが。胸騒ぎがしてなんとか声を絞り出した。


「ルナ、いるか」


返事はない。


書庫の中から何かが動く音はするが、取り込み中なのだろうか。どうしたものかと思っていると、書庫の重い扉の奥から


パリン!


陶器が割れる鋭い音が響いた。そしてその後に続く、か細く途切れ途切れの声。


「ビョルン、さ……」


ルナの、今にも消えてしまいそうな、か細い声。

その声を聞いた瞬間、全身から血の気が引いた。これまで感じていた煩わしさは一瞬にして意識から吹き飛ぶ。


緊急事態。


理屈ではない、エルフの本能がそう叫ぶ。気付けば身体は一歩後退し、腰は自然と落ちていた。そして一呼吸すると、全身全霊を掛けて目の前の錠前を蹴破った。


ドォンッ!!


分厚い木の扉は蹴りに耐えきれず、蝶番ごと弾け飛んだ。木片と埃が舞う中、崩れた扉を踏みつけて書庫に押し入る。そして、そこで目にしたのは。


「ルナ!」


顔色を失って床に倒れ伏し、その口元からは真っ赤な血を零したルナの姿だった。


「ルナ、何があった…!?」


駆け寄って抱き起こすと、彼女は意識のないまま咳き込み、またしても血を吐く。彼女の傍には割れた紅茶のカップが散らばり、そこから甘く、まとわりつくような、強い花の香りが立ち昇っていた。


その香りは毒花の密の香りであることは、薬草を売り歩く者ならば誰でも知っている。


「貴様、ルナに毒を盛ったのか!」


そしていうまでもなく、この毒をルナに飲ませた張本人はこの目の前にいるシスターだ。彼女は冷たい光を宿した、非情な無表情のまま言い放った。


「あら、ごきげんようエルフさん。本日はどのようなご要件で?」


「なぜこのような非道を…!」


掴みかかろうと勢いよく踏み出したが、シスターは微動だにしない。


「あなたも仰ったでしょう。この異邦人はこの街を脅かす『危険因子』、平和を脅かす前に対処したまでですわ」


「これが、対処だと?」


「えぇ。異邦人は治安を乱す危険な蕾ですもの。花を咲かせる前に摘んでしまうのがよろしいと判断したのです」


血を吐くルナを抱く腕に力が入る。彼女はなにもしていない、ただ故郷に帰るために努力していただけだ。自分の置かれた理不尽な状況に、悲観的にならず前に進もうとした彼女がこんな目に遭っていいわけがない。

 

しかし彼女はまるで『何か問題でも?』と言うように首をかしげ、怪しく笑う。


「不思議なお方。あなたは自らその女を切り捨てたのでしょう。今更王子様にでもなるおつもり?」 


「…俺はただ、彼女と話をしに来ただけだ」


「ふっ、ふふふっ!それはそれはお可愛いこと。ですが…残念でしたわね」


シスターは心底可笑しいとでもいうように笑い、冷たい目でルナを見据えたまま言い放った。


「彼女、もう助かりませんわ」


冷たい手で心臓を掴まれたように、ひんやりとした痛みを感じる。徐々に弱くなるルナの鼓動に、焦燥で胸が焼かれ、目の前が赤く染まった。


「貴様が決めることではない…!」


「っ」 


風魔法の呪文を唱える間でもない。手に魔力を込めると、風はエリザベスの体を巻き上げ、地面に叩きつけた。為す術なく叩きつけられたエリザベスは頭を強かにうちつけ、気を失った。


先程の扉の音や怒鳴り声を聞き付けたのか、司祭が驚いたように目を丸めて書庫に駆け込んできた。


「これはどういうことですか…!?」


「司祭、シスターがルナに毒を盛った。俺は今からルナを連れてギルドに戻る、そのシスターを逃げられぬよう拘束しておけ」


「エリザベスがルナさんに毒を?なぜそのような事を」


「知るか」


一刻を争うと言うのに、司祭はオロオロとしており要領を得ない。その胸ぐらを掴んで、低い声で言い聞かせた。


「いいか、この女に逃げられでもしてみろ。俺は貴様を決して許さない」


「ひぃ……!」


怯えた司祭は地面に座り込んだ。あと一押し、威圧を込めて口を開きかけた時、腕の中のルナが身動ぎした。


「ビョルン、さん……」


血で汚れた口で名前を呼ばれて、息が詰まる。そうだ、こんな所で時間を取っている場合ではない。どうにか怒りりを押し殺し、司祭への脅迫を中断した。


そして壊れた玄関扉を踏みつけて、石段を駆け下りる。曇り空はまたしても分厚く太陽を覆い隠し、冷たい風が背中を撫でた。


「…ごめ、なさ……」


ルナの謝罪の言葉は、血混じりの呻き声となり、かろうじて届いた。


馬鹿を言うな。謝罪するのはこちらの方だと言うのに、なぜお前が謝るんだ。


「死ぬな。もう少しだけ、耐えろ」 


ルナを胸に強く抱きしめ、ただひたすらに走る。目指すのはただ一つ、アニタが待つ商人ギルドだ。彼女やギルドメンバーならば、きっとルナを助けてくれる。決して見捨てることはしない。


だからせめてもう少し、ギルドまで持ち堪えろ。


冷たい風の中、冷たいルナの身体を抱きしめて、全速力で駆けていった。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

次回も引き続きよろしくお願いいたします

感想、レビュー、リアクションなどいただけると非常に嬉しいです。

※次回更新は1月13日18時です

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