「冒険の書九十八:復讐者、産まれ落つ」
「もう五十年以上も前のことだ。人魔決戦に向けて各国が備蓄や兵力を蓄えている時期だった。つまりは全国的に食料不足で、人手不足で、飢えて死ぬ子どももたくさんいた。そんなある日だった。あいつが俺の工房にやって来たのは……」
ウルガは語り続ける。
その少女――コーラと過ごした日々を。
「パンを恵んでやったのは、ほんの気まぐれだ。敵陣に特攻して自爆するタイプのゴーレムの制御が上手くいってなくてな。食う気力も失せて床に座り込んでた。そんなところにあいつが現れたんだ。ふらりと現れて、バタリと倒れた。……当時の俺はなあ、野犬と同じだと思ってたよ。腹を空かせた痩せた野犬が紛れ込んで来たようなもんだとな。だから何の気もなしにパンを投げつけた、ポイってな。とてもじゃないが、人間にするような態度じゃなかった。だがな、あいつはそいつをガツガツ貪り食って、感謝までして寄越した。その上でな、言うのよ。涙ながらによ」
ずたぼろの服を着たコーラは、ウルガに言ったのだという。
額を地面に擦りつけ、懇願したのだという。
「『お願いです、あたしをおそばにおいてください』ってな。『食事をくれれば、なんでもします。掃除も、洗濯も、それ以外のあらゆることも全部』ってな。十歳やそこらのガキが言うには重すぎるセリフだが、当時としてはそれほどおかしくもなかった。本気ですべてが荒れてた時代で、ガキの人権なんぞ、それこそゴミみたいなもんだったからな」
「……」
ウルガの言う通りだ。
当時は大陸中が荒廃していた。
治安も悪く、衛生状態は最悪。
きちんと育つ子供の何倍も、病死や餓死する子どもがいた。
そんな中でコーラは、数少ない幸運な例だったのだ。
「手伝いだけだったらうちにはゴーレムどもがいたが、さすがに人間みたいな繊細な仕事ぶりは期待できねえ。そこで俺は、あいつを受け入れてやったのよ。工房の整理、掃除に洗濯、お使い、食事の世話。最初はこんなガキに何ができるんだってバカにしていたが、意外や意外、あいつはすべてを上手くこなしてみせた。工房や衣服は見違えるほどに綺麗になり、食事もマシなのが出てくるようになった。しかもすげえのはな、あいつ、ゴーレムに指示が出来たんだよ。創造主の命令しか聞かないはずのゴーレムどもをギャアギャア叱りつけて、時には蹴飛ばしてな。もちろんそのつど足を痛めてたが……最終的には自分の手駒みたいにしちまった。想像できるか? 年端もいかねえ小娘の後ろをついて回るゴーレムどもの姿をよ」
実に懐かしそうに、実に楽しそうに、ウルガは語る。
「そんな生活が、半年は続いたっけな。ある夜、あいつはこう言ったんだ。覚悟を決めた顔でよ、俺によ。『魔族を殺す方法を教えてください』ってな」
「魔族を? 殺す? コーラがか? たかだか十歳の子どもが?」
「ああ……あいつはな、両親と弟を魔族に殺されたんだとよ。暖かい家庭も、未来もすべて奪われたから、『今度はあたしが奪ってやるんだ』とよ。ギラギラ光る、とにかくすんげえ目をしてたよ。そしたらもう、俺には何も言えなくなっちまってな……」
それ自体は、特別珍しい話でもない。
当時はそういう子どもがたくさんいた。
全部奪われたから全部奪い返す、復讐に燃える子どもは、たくさん。
だが、コーラと同じことができる子どもはどれだけいただろう。
怪しげな実験を繰り返す錬金術師と恐れられるウルガの懐に潜り込み、ゴーレムまで従え、完全に信用を得た後に本音をぶちまける。
それぐらいの計画性と信念を抱き続けられる子どもが、どれだけいただろう。
「……頭の良い、子どもだったのだな」
「ああ、そうだ。あいつはできるガキだった。頭がよくて、思い切りもよくて、誰もが及ばない発想力まで持っていた。いかにも錬金術師向きの頭を持ってたんだよ」
そんな経緯を踏まえた上で、ウルガは正式にコーラを弟子にした。
錬金術師の弟子として、厳しい指導を施した。
「辛い指導だったと思うよ。泣きたくなるような日もあったろうよ。だがあいつは逃げなかった。俺にガブリとかじりついて、離れなかった。俺の身の回りの世話をした上で、寝る間も惜しんで勉強してたよ。何度も言うが、優秀な子どもだった。きっちり育てりゃ、俺なんかよりよっぽどマシな錬金術師になっていただろう。だが……死んだ」
「………………死んだ?」
ウルガが小さく息を吐いた。
寒々とした告白が、急速に辺りの気温を下げた。
「殺されたんだ」
その言葉をきっかけに、ウルガは変わった。
懐かしさで緩んでいた瞳が怒りで吊り上がり、充血して赤く染まっていく。
「魔族だよ。王都に侵入した魔族が、俺の工房を狙ったんだ。『我々にとって害となる錬金術師を殺そう。そうでなくとも、貴重なアイテムや施設を破壊できればラッキーだ』。忌々しいことに、その思惑は上手くいった。たまたま俺が留守にしていた間のことだったよ。王宮から戻ってみたら、工房が燃えてた。消火してみたらよ、『神秘の炉』を護るようにして、コーラが死んでた。死んだコーラを護るようにして、ゴーレムたちが盾になった跡があった」
感情の昂りと共に、ウルガの口調は荒くなる。
口角から唾が飛び、辺りに飛び散る。
「なんのことはねえ、復讐だ。魔王が死んだとか関係ねえ。俺はよう、魔族を根絶やしにするまで止まれねえのよ。コーラと同じ顔で、コーラと同じ背丈のガキをこさえて、そいつに仇を討たせるまでは止まれねえんだ」
「だからコーラスを、勇者学院に……」
簡単な理屈だ。
コーラスが最短で強くなるには、錬金術の力ももちろんだが、本人の学習が最重要。
だから大陸中の才能が集まる勇者学院に、というわけだ。
最短期間で強くなり、賢くなる。
さらに優秀な友だちを見つけて人脈を得る。
『人造人間』がどうだとか、『宗教的な禁忌』がどうだとかいう生温い思想は、最初から持ち合わせていないのだ。
「止めるんじゃあねえぞ、ディアナ。リゼリーナの姫さんにも言っとけ。こいつは俺とコーラ、ふたりの復讐だ。絶対誰にも、邪魔させねえ」
それだけ言うと、ウルガはガンと壁を殴って奥の部屋へと消えた。
おそらくはその火事のあった後に設置されただろう、『神秘の炉』のある部屋へ。
あとには静寂と、ワシだけが残された。
「ウルガ、おまえは……」
ようやくわかった。
人魔決戦の折、ウルガのしていたことの意味が。
多数のゴーレムを操って自ら前線に立ち、様々な実験を繰り返したことの意味が。
魔族や人族の遺体を集め、持ち帰った意味が。
「……そうか、いや、そうなのだ。ワシらは勘違いしていたのだ。マギステル・ウルガ・ネレヴァス・カルドリスは最初から狂っていたわけではない」
狂気の錬金術師は、コーラの死んだその日に、この世に産まれ落ちたのだ――
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