「冒険の書九十七:ウルガは語る」
コーラスと友だちになってから一週間後、ワシは『精髄』の検査のためウルガの工房を訪れていた。
ウルガ曰く、人体における『精髄』の位置や、それらを織り成す『構成因子』の推定は出来ているものの、ではどうやってそれを『練成』したらいいのかという理論の組み立てに時間がかかっているとのことだった。
他にもロクス・マグナスの最新理論がどうだとか、ヌクレウス・ロコルム核がどうだとか。
……まあうん、あれだ。
武人たるワシにはさっぱりわからんが、今回もまた色よい結果は出なかったということだ。
だがまあ、いちいち騒いでいてもしかたないしな。
たまの休暇だと思って、のんびり構えているとしようか。
などと割り切っていると……。
「そういやてめえ、さっそくコーラスの友だちになってくれたようじゃねえか、あんがとよ」
検査を終え診察用の寝台の上で身繕いをしているワシに、ウルガが話しかけてきた。
こいつにしては珍しく、笑顔なんぞ浮かべて。
「助かるぜ。あいつはどうも感情が薄いっつーか、他人に興味がなくてな。今まで友だちができなくて困ってたんだ」
子どもが見たら泣き出すこと確定の不気味な笑顔を眺めながら、ワシは言った。
「おまえ……見た目の割に、まともに父親をしてるみたいだな」
「ああ? 失礼なことを言うなぁてめえは」
言葉づかい自体は乱暴だが、ウルガに気分を害した様子はない。
その証拠に、顔には明らかな照れ笑いが浮かんでいる。
「なーんて、な。長年苦心して、ようやくこさえた子なんだ、そりゃあ親バカにもなるだろうよ」
「長年……苦心……こさえる……?」
とてもじゃないが、ウルガに妻がいるようには見えない。
風貌や身だしなみもそうだが、研究にすべてを賭けた生活スタイルや偏りすぎた食事からも、親しい女の存在を感じない。
長年や苦心、こさえるという言葉にも、どこか『生殖』ではなく『製作』じみたものを感じる。
とするとやはり、ワシの推測は当たっていたか。
「のう、コーラスはもしかしたら、『人造人間』なんじゃないのか?」
「ほう……どうしてそう思った?」
ワシを探るように言葉をかけてくるウルガだが……。
「そりゃおまえ、あんなのモロバレだろうよ」
ワシはこれまでに経験したコーラスの『人造人間っぽいしぐさ』を指折り数えた。
「ひとつ、普通の人間と比較して明らかに表情が乏しい。ふたつ、普通の人間と比較して明らかに感情が乏しい」
「それはまあ、子どもだからな。表情や感情の表し方の苦手な奴もいるだろうよ」
「みっつ、普通の人間と比較して明らかに力が強い」
「それはまあ、中には怪力自慢の子どもも……」
「同じクラスの子どもら全員、総数四十人との腕相撲で完勝しても? なんならレベル八十七のワシとやってもそこそこいい勝負をしても?」
「た、たまたま調子がいい日だったのかもな」
明らかに反論の勢いの落ちてきたウルガに、ワシは重ねて訊ねた。
「よっつ、普通の人間と比較して明らかに食べ物がおかしい。あいつ、学院の給食にはまったく手をつけず、おまえが持たせた白くて薄っぺらいパンしか食べんのだ。『試しに』と食ったワシの仲間が髪を逆立て、尻尾の先まで痺れるほどに、中には濃密な『魔力』が詰まっていたというぞ?」
「それはまあ好き嫌いというか……今、尻尾って言ったか?」
「言い間違えだ気にするな」
うっかりチェルチの素性を漏らしてしまいそうになったが、それはともかくだ。
「『人造人間』の核を成す『命の火』は魔力を動力源にしていると聞くが、それではないのか? 普通の食事ではコーラスを動かすには足りないから、パンに偽装した魔力の源を食わせているのではないか?」
「…………ハアァ~、何もかもお見通しってわけかよ」
もはや開き直るしかないと判断したのだろう、ウルガは腕組みすると、傲岸にワシを見下ろしてきた。
「その通りだ。あいつは俺が造った、錬金術で。んで、何か問題あるか?」
「あるだろ、常識的に考えて」
ワシはため息をついた。
「まず、『人造人間』は多くの宗教にとって禁忌である。これはいいな?」
「だがハイドラ王国は……」
「国教を成すセレアスティール教団のおかげで比較的寛容で、その存在を許されている。実際ワシも何体か見たことがあるが、あれほどの完成度のはいなかった。自分で考えて話す、自分で考えて動く。創造者の思惑に影響される部分は多分にあるものの、自由意志を持つ一個体と考えていいだろう。つまりおまえは成し遂げたのだ。錬金術師究極の目標であるところの、『新たな生命の創造』を」
「……」
もはやウルガは、一切の反論をしてこない。
それはワシの言葉が的を射ているからだ。
「それ自体は素晴らしいことだ。だがそいつをよりにもよって、各国のエリートが集う勇者学院に通わせているのはなぜだ? 学校なら他にもあるだろうが。もっと安全で、もっと人目につかぬところが。なのになぜ……?」
ワシの問いかけに、ウルガはしばらく間を置いてから答えた。
もったいぶったわけではない。
ウルガにとって、それだけ重要な問いだったのだ。
「……ひとつにはな、あいつの出自があんのよ」
ウルガが言うには、コーラスには元となった人間がいるらしい。
コーラという名のその少女は、ウルガの妻でも娘でもなかったらしい。
親族でもなく、本当の意味での赤の他人だったらしい。
だがウルガは、その少女に執着していた。
その少女の創造のために、己の人生を賭けてもいいというぐらいに。
「もう五十年以上も前のことだ。人魔決戦に向けて各国が備蓄や兵力を蓄えている時期だった。つまりは全国的に食料不足で、人手不足で、飢えて死ぬ子どももたくさんいた。そんなある日だった。あいつが俺の工房にやって来たのは……」
目をすがめ、過去を懐かしむようにウルガは語り始めた――
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