「冒険の書九十五:ディアナさま」
「ちなみにレベルは八十七で」
「…………は?」
「…………へ?」
「ジョブは『格闘僧』だ」
「…………は?」
「…………なんで?」
予想もつかなかっただろうワシの答えに、二人は揃って硬直した。
目をまん丸くして、動かなくなった。
「だよなあ、そういう反応になるよなあ~……」
ワシはため息をついた。
前世でのあれやこれやはもちろん、ディアナの体になってからも冒険者として様々なクエストをこなし、戦場働きまでして来たワシと、こいつらぴちぴちの学生では話にならない。
しかもエルフなのに格闘僧で、こいつらの想像を遥かに超えるだろう動きをするときては、それこそ瞬殺になりかねん。
エルフの八歳児と人族の十歳児が二人、見た目だけならいい勝負なのだがなあ……。
「困ったな。これではただの弱い者イジメになってしまうではないか……ん? あ~、そうか。これならいいか。なあおまえたち、ワシからは絶対攻撃しないから、おまえらは好きに攻めてきていいぞ」
「なんだその条件……ってかちょっと待て。じゃあ八十七ってホントの話なのか? フカシじゃなく?」
「そ、そんなわけないでしょジーンっ。ウソよ、ウソついてあたしたちを動揺させようとしてるのよっ。そうに決まってるっ。……ちなみに、格闘僧ってのはホントの話?」
「いいからいいから、かかって来い。結果が何よりの証明となるだろう」
ワシは両手をだらり、体側に沿ってぶらんと下げた。
どこからどう見ても『攻めっ気なし』のアピールに、勇者候補としての誇りを傷つけられたと感じたのだろう、ソーニャは表情を険しくした。
「くっ……ここまで言われて黙ってられるもんですかっ! いくわよジーン! このウソつきエルフにわからせてやるのっ!」
「お……おう!」
ソーニャに背中を叩かれたジーンが、木剣を大上段に振り上げながら襲いかかってきた。
しかし――練習用の木製とはいえ、剣は剣。
頭に当たったらシャレにならないと考えたのだろう、ワシの肩口を狙って振り下ろしてきた。
「当たらん当たらん」
ただでさえ差があるところへ、さらに迷いまであっては話にならない。
ワシはサッと横に避けると、胸の前で「来い来い」と手を動かした。
「ほれ、もっと本気で打ち込んでこんかい」
「くそっ……ナメやがって!」
ワシの煽りが効いたのだろう。
ジーンは歯を軋ませると、一気呵成に攻め立ててきた。
「おら! そら! 喰らえ!」
横薙ぎの一撃を胴へ、袈裟斬りを首筋へ、垂直唐竹割りを頭頂|へ。
狙いも振りも本気になってきたようだが、ワシの体には掠りもしない。
「なんだこいつ……全然当たらねえぞっ!?」
ジーンの腕が悪いわけではない。
思いきりもいいし、レベル二十の『剣士』らしい鋭い振りが出来ている。
がしかし、剣筋があまりに素直すぎ、かつ相手はこのワシなのだ。
レベル差・技術差・前世から続く経験の差。
差がありすぎて、大人に子どもがジャレついているようにしか見えない。
見物していた他の生徒たちも、動揺を隠せずにいる。
「なんで……なんでだよっ!?」
仲間の動揺に、自らの力不足。
男として、勇者候補としての誇りを傷つけられたと感じたのだろう、ジーンはとうとう涙ぐみ始めた。
「落ち着きなさいジーン! 躱すだけで攻めて来ない、ってことは向こうに余裕がないからよ!」
ソーニャが叫ぶと、ジーンはハッと我に返った。
「そ、そうかたしかに!」
「あれはきっと、避けるのに専念してこっちを疲れさせる作戦よ!」
「なるほど! さすがはソーニャ!」
なるほどと、ワシも思わず唸った。
「たしかにそういう考え方もできるか。頭いいなソーニャ」
「くっ……うるさい! もうその煽りには乗らないわ! ジーン! フォーメーションAよ!」
ソーニャが叫ぶと、ジーンはワシに向かって突進……と見せかけて、その場にしゃがみ込んだ。
しゃがんだジーンのすぐ上を、驚くほどの早口で唱えたソーニャの『爆裂火球』が飛んできた。
「……ほお、いい狙いだ」
ジーンを囮にしてソーニャが決めるという狙いは悪くない。
両者ともに連携の訓練を積んでいるようで動きに無駄もないし、『まさか子どもがこんな狙いを……?』という驚きもあって、ある程度格上の相手であってもこれは当たる。
というかこの二人、実に筋がいい。
楽しくなってきたワシは、口もとを緩めた。
「剣士と魔術師。しかも双子のコンビネーションというわけか、面白い」
「ふん、ニヤついてられるのも今の内よ! 次、フォーメーションB! 続いてC! Dまでいくわよ!」
ジーンの剣に『稲妻』を付与した『魔法剣』による攻めが特徴のフォーメーションB。
『疾風』で巻き上げた土埃の中をジーンが突っ込むフォーメーションC。
『大地の亀裂』でワシの足元を崩したところにジーンが突っ込むフォーメーションD。
二人のコンビネーションは息がぴったり。
種類も多く、それぞれがよく練られた、素晴らしいものばかりだった。
しかし、やっぱり当たらない。
かの勇者パーティにすらいた武人の壁は、そんなに薄くないのだ。
そうこうするうち、まずはソーニャの魔力が切れ――
「ま、魔法が使えない……?」
次にジーンの体力が切れ、その場にパタンと倒れた――
「も、もうダメだあ~……」
その後もソーニャは必死に頭を巡らせて状況を打開しようとしていたが、なくなってしまった魔力はすぐには戻らない。
「ど、どうしよ……どうしよ……」
「のう……もうよかろう?」
戦いは終わりだ。これ以上は意味がない。
そう考えたワシが一歩、もう一歩とソーニャに歩み寄ると……。
「ひっ……?」
いよいよワシに攻撃されると思ったのだろう、ソーニャは真っ青になって震え始めた。
「や、やだっ。助けてジーン……っ」
「やめろ! ソーニャに手を出すな! やるなら俺をやれ!」
なんだかんだ文句を言いつつも最後はジーンに助けを求めるソーニャと、そんなソーニャの身代わりになろうと両手を拡げてかばうジーン。
なるほどこれが、この二人の本当の姿か。
勇者学院で成り上がるため、双子で力を合わせて戦ってきたのだな。
「やめて! もう決着はついてるじゃない!」
「無力な二人をボコボコにしようとか、おまえは悪魔か!」
「こ、ここここれ以上やるなら俺たちが相手になるぞ!」
他の生徒たちからの人望も厚いようで、ワシの追撃から二人を守ろうと、戦闘の準備を始めている。
「……誰が悪魔か。子ども相手に追撃などするものか」
ワシはハアとため息をついた。
「しかしまあ、最初はどうかと思ったが、双子もこいつらもそれほど悪い連中ではないようだな」
Fクラスは全体的に幼い子どもが多い。
幼いということは体も心も未発達なわけで、当然だが上位クラスの生徒に比べて力が劣る。
完全実力主義を謳っている勇者学院において、下位クラスに所属しているというのはそれだけで十分な屈辱になるのだ。
だからこそ――だろう。
子どもたちの目にはどこか必死さと、皆で協力して強くなろうという結束感のようなものがある。
そこへワシらのような外様が、試験も面接もなしに入り込んだらどうなるか。
結果はご覧のとおり、というわけだ。
とはいえ……。
「外部から来た人間を理解しようとせずにいきなり排除しようとする姿勢はよくないが、人間性は腐っていないようだな。ならばまだまだ、更生する余地はありそうだ」
ワシはひとり納得すると、地面に落ちていたジーンの木剣を手に取った。
いったい何をされるのだろうかと抱き合い怯える二人の目の前で、ワシはそいつを宙に放り投げた。
「そら、見ておけおまえたち」
重心を低く構えると、大きく左足を踏み込んだ。
すかさず右足を、半歩寄せた。
同時に右の縦拳を繰り出した。
体重移動によって生まれた力を、乗せて放った。
「『崩拳』」
重力に伴い落下してくる木剣の横腹にタイミングよく縦拳を打ち込むと、「ビシリ」と小気味のいい音がした。
剣の腹に入ったヒビは瞬く間に剣全体に広がり、「バシャアッ!」と崩壊するように砕け散った。
「「「「!!!!!?」」」」
空中にある物体を拳で殴って粉砕する、そのすごさが分かったのだろう、生徒たちは息を呑んだ。
「腐らず真面目に修練すれば、いずれはこれぐらい出来るようになるのだ。だからおまえたちもいたずらに他者を排斥したりせず、皆で切磋琢磨してだな……」
「「「「いやいやいやいや!」」」」
ワシの説教に、しかし皆は即座にツッコんできた。
「ん? なんでだ? 魔力も気も使っておらんぞ? これは純粋な重力と体重移動とインパクトの問題で……」
「「「「だとしても、出来るかそんなこと!」」」」
ワシの耳がキンとするぐらいの、全力のツッコみだった。
「おかしい……こんなはずでは……」
首を傾げるワシを見ていて気が抜けたのだろうか。
皆がくすくすと笑い出した。
「ぷっ、なんだこの子。おもしろ〜」
「可愛いだけじゃなく、超カッコいい」
「強さも申し分ないし、ウチらのクラスの代表でいいんじゃやね?」
え、なに? 代表?
「おまえら、それはいったいどういう意味の……」
突然出て来た単語に戸惑うワシの目の前に、ジーンとソーニャが「ザザンッ!」とばかりに跪いた。
「ん? なんだおまえらいったいどうした?」
「なあディアナ……いやディアナさま、お願いがあるんだっ」
「……ディアナさま?」
「次の入れ替え戦を、あたしたちの代表として引っ張って欲しいのっ。お願いディアナさまっ」
「入れ替え戦……いやちょっと待て。その前にそのおかしな呼び方をだなあ……」
このままではおかしなことに……非常におかしなことになりそうなので、ワシはなんとか皆の認識を改めさせようとしたのだが……。
「「「「お願します! ディアナさま!」」」」
Fクラス全体に『ディアナさま』を大合唱されてしまっては、もうどうしようもなかった。
「ワシ……また何かやっちゃった?」
弱りきってつぶやくワシ。
ルルカは「見なよ……うちのディアナちゃんを」とばかりにドヤ顔をしているし。
チェルチは「昼飯まだかな」とワクワク顔をしているし。
担任のセイラは「何これ……何が始まったの?」と困惑顔をしている。
そんな中、ひとりコーラスだけが、キョトンと不思議そうな顔をこちらに向けていた。
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