「冒険の書九十二:Fクラスの洗礼」
さて、入学初日だ。
勇者学院は八歳から十七歳までの子どもで構成されるが、目指すものがものだけに純粋に実力主義なシステムで、年齢ごとではなく実力ごとにクラス分けされている。
下はFクラス、上はAクラス。
極端な話、実力さえあれば八歳児のAクラス生徒などもあり得るというわけだ。
んで、ワシらは一番下のFクラスへと配属された。
なるべく上の子どもらと学んだほうが収穫はあるだろうし、個人的にはAクラスのほうが良かったのだが、それはさすがに贅沢か。
なにせ入学したてで、満足に実力を示す暇もなかったしな。
それに正直、Fクラスの方が都合がいい理由もある。
それは――
「おいおいおいおい! てめえらが特例で入学したっていうズルっ子どもか!」
ワシ・ルルカ・チェルチの三人がFクラスの扉を開けた瞬間、ズカズカと歩み寄ってくる奴がいた。
オレンジ色の髪の毛を逆立てた小僧だ。
年の頃なら十歳ぐらいか、いかにも負けん気の強そうな、いい面構えをしている。
「ズル? ワシらが?」
驚くワシに、小僧はガンガン突っかかってくる。
「そうだよ! てめえらだ!」
小僧はワシらを順番に指差していく。
「顔だけはいいエルフのチビガキのてめえと!」
まずはワシ。
「ギザ歯がちょっと怖いチビガキのてめえと!」
次にチェルチ。
「いかにもトロそうなオバサンのてめえだ!」
「お、おおおオバサンはさすがにひどくないかなあ~!?」
さすがに初めて言われたのだろう罵倒の言葉に、ルルカは「がぁぁぁん!」とばかりに頭を抱えてショックを受けている。
「トロいのは間違いないけど、わたしまだ十四歳だよ!? たしかにキミから見れば年上だと思うけど、普通はおねーさんていうところじゃ……っ」
小僧はしかし、ルルカの必死の反論をすべて無視。
ワシらに対して文句を重ねてきた。
「言っとくがなあ~! ここにいる俺たちはみんな辛い試験を突破して入学したんだ! それをてめえらみたいな金持ちのガキどもが、なんの苦労もなく入学して来やがって!」
「ああ~……なるほどな」
ワシらの入学が決まったのは一昨日。
制服などの準備が整ったのは昨日だ。
試験も面接もなく、本気で苦労のくの字も存在しなかった。
それを快く思わない者がいるのは、当然といえば当然か。
「言い訳したって無駄だからな! みんな知ってんだから! おまえらがどこぞの金持ちのガキどもで、金の力で裏口入学したんだって!」
本当はリゼリーナの権力なのだが……まあ似たようなものではあるか。
教室を見渡すと、皆も小僧同様の鋭い視線を向けてくる。
ワシらのことが気に食わないのだろう、うんうんと小僧の言葉にうなずく者もいる。
「わかった、それで? ワシらはどうしたらいい?」
「え? どうしたらってそりゃ……」
「おまえらはワシらの入学が気に食わない。だがワシらにも、退けと言われても退けぬ事情がある。だからこう聞いておるのだ。『どうすればおまえたちは満足いくのだ?』と」
「や、その、どうすればってか……」
勢いだけはいいが、具体的な案は何も考えていなかったのだろう、小僧は途端にしどろもどろになる。
「どうすればいい? さあ、言うがいい」
グイとワシが顔を近づけると。
「ば……近っ、近いっておまえ……っ!」
どうしたのだろう、小僧は動揺すると、顔を真っ赤にして後ろへ下がった。
「ちょっと、ジーン! そんな女にデレデレしてんじゃないの!」
小僧――ジーンに対して呼びかけたのは、オレンジ色の髪を頭の脇でふたつの団子にした小娘だ。
歳はジーンと同じくらいか。顔立ちもよく似ていて、負けん気の強そうなところもそっくり。
ひょっとすると双子なのだろうか。
「ば……おまえ、誰がデレデレなんてしてるかよっ! ちょっと距離が近かったからびっくりしただけだよっ!」
「ああもうホントにバカ! これだから男は! ちょーっと可愛い女の子に言い寄られるとすーぐこれなんだから!」
別に言い寄ったつもりはないが。
「聞きなさい! あたしはソーニャ! ジーンとは残念だけど双子の関係よ!」
「残念……」
地味にダメージを受けているジーンはともかく、ソーニャはワシをにらみつけてきた。
「そんでもって、このFクラスのリーダーよ! だからこれは、クラスの総意と考えて! あんたたちはねえ、自分たちの実力を証明する必要があるの! 具体的には、次の時間の『模擬戦闘訓練』であたしたちと勝負しなさい!」
ソーニャは一方的にまくし立てると、「ふん!」と鼻息荒く腕組みした。
「なんとまあ好戦的な小娘よ。だがまあ……」
ワシはニヤリと笑った。
「そうゆー奴は、嫌いじゃないぞ」
子どもがジャレついてくる微笑ましさを存分に味わいながら、ワシはチラりと教室の後方に目をやった。
そこにひとりの娘がいた。
年の頃なら十一か二か。
淡い緑色の髪が窓から吹き込む風にたなびき、陽光を浴びるたびに透き通るような輝きを放っている。
短く刈り揃えられた髪型は、白く華奢な体つきと共にどこか少年のような印象を与える。
瞳は淡い翡翠のように美しいが、ここではないどこかを見ているようで、ぼうーっとしてつかみどころがない。
「ほう、これだけの騒ぎが起きていても微動だにせんか。なかなかの大物と見える」
ウルガに聞いた人相の通りなら、あれが例の『娘』のはずだ。
人魔決戦の功労者にして、おそらくは王国随一の錬金術師マギステル・ウルガ・ネレヴァス・カルドリス。
その娘の名は――コーラス。
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