「冒険の書八十九:見つからぬ治療法」
ララナ・ニャーナのふたりと合流し六人となったワシらは、当面の宿泊先となる宿に荷物を預けた後、勇者学院へ向かうことにした。
「ほおおお~……ここが勇者学院か」
勇者学院は王都の北西にある住宅街の真ん中に位置している、青い屋根に白い壁のコントラストが美しい建物群だ。
敷地も広大で、三百人以上の生徒を収容できる大きな学舎や訓練場・図書館・音楽堂・各種研究施設・寮や食堂まである。
人魔決戦の後に建造された勇者教育施設というと順番が逆のような気もするが、設立にはルベリアの強い要望があったというから、当時からこの状況を――魔王軍に変わる新勢力である『闇の軍団』の出現を予見していたのかもしれない。
「さすがはルベリア、なんでもお見通しだのう」
リゼリーナとよく似た横顔を思い出しながら歩いているワシに、ララナとニャーナが勇者学院の説明をしてくれた。
「し、下は八歳から、上は、十七歳まで、幅広い。種族も色々、ディアナも、安心」
「入学料は王家割引で格安にできるにゃ、安心にゃ」
ん? なんだこれ、説明は説明でも入学の説明か?
「え、なに? ワシ、入学する流れ?」
「え、ちがう、の?」
「姫様は完全にその気にゃけども……」
「いやいやいやいや……」
だってワシ、ドワーフ時代の年齢も合わせると二百五十八歳だぞ?
今さら学院で、子どもらと一緒に学ぶとかないだろう、さすがに。
「あの女、どこまでも外堀を埋めてきよる……」
ワシを『勇者』にするべく暗躍する、リゼリーナのニヤついた顔を脳裏に思い浮かべていると……。
「ディアナちゃんとお勉強……制服でドキドキ? ちょっといいかも……?」
ルルカは相変わらずおかしなことを言い。
「学院かあ~……美味い飯が出るならいいけど、勉強はやだなあ~……」
相変わらず胃袋に脳があるチェルチ。
「ディアナ様の制服姿ですと……っ? それはぜひこの目に焼き付けねばっ!」
ベルトラ、リッチには眼球ないだろ。
様々にツッコみを入れた後、ワシは改めて言った。
「机の上でのお勉強は趣味じゃない。それぐらいなら冒険者として実戦の場で学ぶわ」
絶対に学院には入らないぞという強い意志のもとに言ったのだが、この後ワシはすぐに前言を撤回することとなる……。
+ + +
前言撤回の原因は、他でもないワシの『精髄』の治療だった。
世界各国の優れた人材が集まる勇者学院の研究所は、そのまま世界各国の最先端の知識が集まる場所でもある。
だがそんな知識の集積点ですらも、『精髄』の治療をできるという研究者はいなかった。
曰く、『精髄』は神が人にもたらした恩恵のひとつだ。神の御業を再現することはできん。
曰く、そもそも『精髄』が人体のどこにあるのかに関してすらも、正しき結論は出ていない。場所がわからぬものは治しようがないだろう。
「考えてみれば、ルルカにあれだけしつこく神聖術をかけてもらったのに治らないというのもおかしな話だしな……。ということは、もう治らんのか? ワシは『魔気変換』の助けのないまま、エルフの小娘の体で戦っていかなければならないと……?」」
あまりといえばあまりにも絶望的な結論に、ワシが顔を青ざめさせていると……。
「あ……まだ、あった。もうひとつ。行ってない、ところ」
ララナのつぶやきに、ニャーナが手を叩いた。
「そうにゃ、あったにゃ。ただあの人はう~ん……ちょっと……かなり変人にゃけども……」
言葉を濁すニャーナだが、溺れる者は藁をもつかむ、だ。
ワシはググッとふたりに詰め寄り、頼み込んだ。
「変でもかまわん。とにかくワシを、そいつの元へ連れて行ってくれ」
「わ、わかった。いちお、行ってみよう」
「でも、覚悟はしておくことにゃ。その人の名は『マギステル・ウルガ』。人呼んで『神の冒涜者』。神をも恐れぬ研究者なのにゃ」
「……は? マギステル……ウルガだと?」
その名には聞き覚えがある。
というか、忘れようがないほどに鮮烈な記憶だ。
もしワシの知るウルガと同じ人物なら、そいつは……。
「そいつはもしや、『人を造る』実験をしている男ではないか?」
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