「冒険の書八十五:リリーナのひとりごと⑤」
~~~リリーナ視点~~~
……ゴホン。
少々取り乱しはしましたが、その後は本来の自分に戻ったわたくしです。
女将の案内に従い大部屋に荷物を置くと、皆さんと共に夜のリメイユへ繰り出し『流星祭り』を楽しむことにいたしました。
お土産を物色し、道行く人たちの楽し気な顔を眺めなどしながら、最近味わっていなかった『平和の素晴らしさ』を堪能しました。
「ええ~? なんだよ、買い食いしないの~?」
「おまえはもうずいぶんと食べただろ。このあと宿での夕食が待ってるのだから、ほどほどにしておけよと言っておるのだ」
「ちぇ~」
爆発する食欲を抑えきれないチェルチさんと、チェルチさんを諫めるディアナさん。八歳児同士とは思えないやり取りを見てほっこりしつつ、次は宿に戻って入浴のお時間です。
ベルトラをルルカさんの聖気がこめられた縄で縛って個室に転がした上で(ディアナさん目当てで覗いてきそうなので)、わたくしたち六人は露天風呂に向かいました。
リメイユ一番の宿ということで、露天風呂は素晴らしいものでした。
まずはなんといっても眺望の良さ。小高い丘の中腹に位置しているので広大なグラント平野が一望にできます。
打ち身切り傷に効くという硫黄泉は匂いが少々鼻につきますが、それもまた風情というものでしょう。
ここでちょっと問題だなと思ったのが、ディアナさんのお姿です。
人前で肌を晒すことにまったく躊躇のない彼女はタオルも持たずに脱衣場から浴場に飛び出すと、興味深げに温泉を見つめました。
細い腰に手を当て、堂々と裸身を人目に晒しながら。
「これが打ち身切り傷に効くという例の湯か。ほうほう……」
「ちょ、ちょっとディアナちゃん? たしかにお湯に浸かる時はタオルを外したほうがいいんだけど、それ以外の時は体に巻いてないと、色々危ないと思うよ?」
「危ない? なんだ、そういう風習でもあるのか?」
大量に鼻血を出しているルルカさんの方がどちらかというと危ない感じですが、ディアナさんは大人しく、わたくしの差し出したタオルを薄い体に巻きつけます。
「なんだリリーナ。お湯にも浸かってないのにもうのぼせておるのか? 顔が真っ赤だぞ」
「べ、別になんでもありませんわ。ただちょっと刺激が強すぎるというか……これ、わたくしが悪いんですかね? どちらかというと無邪気に裸身を晒すディアナさんの方が悪いような……?」
悩殺天使、無邪気な小悪魔、幼き美の女神、脳の破壊神。
様々な形容詞が頭に浮かびますが、どれもこれも、この見た目の破壊力を表現するには足りません。
「と、ともかく体を洗って。そのあとはゆっくりお湯に浸かりましょう」
油断しているとわたくしまで鼻血を出してしまいそうなので、なるべくディアナさんの方を見ないように、手早く体を清めてお湯に浸かりました。
ひさしぶりに浸かったお湯はじんわりと暖かく、微小な粒子が肌にまとわりついてくる感じが非常に心地よいものでした。
「おお~……これは……これはすごい……生き返るようだわい」
小さなお手々で顔を覆ったディアナさんが、「ふう~、たまらんっ」とばかりに声を絞り出します。
「ふふ、まるでおじさんみたいな言い方ですね」
昔お父さまが似たようなことを言っていたなと思ったわたくしが、クスクス笑うと……。
「ああ~……そうか、それはまあ気を付けんとなあ~……。正直ちょっと、気にしなさすぎたかもしれんかのう~……。これは猛省せんと、だわい」
どうしたのでしょう、ディアナさんが心の底から反省したような声を出します。
さすがにこんなに小さな女の子に「おじさんみたい」はなかったでしょうか、わたくしこそ猛省です。
「あら、ごめんなさい。今のはちょっと、ディアナさんをからかってみたくなったと言いますか……。ディアナさんはもちろん小さくて可愛らしくて、女の子の中の女の子みたいな完璧な造形で、男らしさなんて欠片もありませんけど……っ」
「あ~……それはそれで凹むのだが……」
「ええ~っ? ど、ど、どうしてですの~?」
いったいどうしたというのでしょう、何を言っても落ち込んでしまうディアナさん。
何が正解なのかと、わたくしが頭を抱えて悩んでいると……。
「はいはいそこまで、ディアナちゃんの独り占めは大罪だよリリーナさん!」
さすがに独占しすぎたでしょうか、ルルカさんがわたくしとディアナさんの間に割って入ります。
ディアナさんの細い腕を抱きしめると、「ガウガウ」と子犬が吠えるようにこちらを威嚇してきます。
「り、リリーナ。はしゃいでる」
「三人とも可愛いのにゃ~」
ララナさんニャーナさんのおふたりがほっこりした目でこちらを見ているのに気づいたわたくしは……。
「うっ……こ、これはお恥ずかしいところを……っ?」
さすに恥ずかしくなって、顔が真っ赤になりました。
できれば頭を抱えて隠れてしまいたいところですが……。
「っと、ダメダメ。いつ流星が流れるかわからないのに、目を塞ぐだなんて……」
「流星? それはなんのことだリリーナ?」
「あ、そうだ、皆さんへの説明がまだでしたね」
そこでわたくしは、まだ皆さんにお話ししていないことがあるのを思い出しました。
「実はですね。ここリメイユでは、『流星祭りの期間中に流星を見つけて願い事をすると必ず叶う』という言い伝えがあるのです」
「ほお、それはどんなものでもか? たとえば『最強の敵よ来たれ』と願ったり?」
「ま、まあそうですが……。ホントにディアナさんて……」
戦闘民族エルフというルルカさんの造語も、あながち的外れではないのかもしれませんね。
などと思っていると、皆さんが我も我もとばかりに自らの願いを口にしました。
「いいじゃんいいじゃん。じゃああたいは『一生美味い飯を喰ってだらだら生きていきたい』」
チェルチさんはチェルチさんらしく。
「じゃあわたしは一生ディアナちゃんと……へへ、えへへへへ~……♡」
ルルカさんは好意をまったく隠すことなく。
「り、リリーナが幸せであれば、それでいい」
「にゃーもそうかにゃ。自分の願いは自分で叶えるにゃ」
ララナさんニャーナさんのおふたりは、思わず涙腺が緩むようなことを言ってくださいます。
「……だそうだが、おまえは何かあるのか? 願い事は?」
「えっと……」
突如ディアナさんに振られたわたくしは、これ以上ないぐらいに焦りました。
まさか『ディアナさんの恋人になりたいとか』、『なんだったら添い遂げたい』とか、『欲を言うなら子どもが欲しい』とか言うわけにはまいりません。
「そんなことを言ったらさすがにドン引きですわ。ダメよ、リリーナ、堪えるのよ」
「大丈夫かリリーナ? 湯にのぼせたか?」
わたくしの動揺ぶりを見て心配になったのでしょう、ディアナさんが顔を覗き込んできます。
でもそれは、ディアナさんの綺麗なお顔が近づくということでもあります。
しかもけっこうな至近距離で、まつ毛の長さや肌のきめ細かさがよくわかるほどで……。
「か、かかか可愛いが過ぎますわっ!? これはもう何かの犯罪なのでわっ!?」
混乱しまくったわたくしは、わけのわからないことを口走ったあげく……。
「できることなら『一般人として、皆さんと旅を続けたい』ですわ」
と、そのまま本音を言ってしまいました。
決して誰にも聞かれてはならない、本音を。
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