「冒険の書八十三:補給基地」
安全と思われていた道中だが、時おり『闇の軍団』の気配を感じることがあった。
といって、ワシらが見張られているとか襲撃されるとか、そういう話ではない。
奴らの名残りや痕跡を発見したとか、そういう段階の話だ。
情報源は、途中で立ち寄った村や街の住民たちだ。
スリや強盗を懲らしめたワシらが腕利きの冒険者であると知ると、進んで魔族についての情報を教えてくれるようになったのだ。
教えられた場所を探してみた結果見つかったのが、『闇の軍団』の補給基地だ。
基地そのものの大きさはさほどでもない。
駐留兵もいないし、壁や堀の類もない。
せいぜい水や食料を溜め込むためのツボがあったり、地下に食料庫があったり、雨風を凌げる屋根がある程度。
ひとつの基地で養える魔族の数も、せいぜい数十匹程度。
だが、基地の数がそこそこあるとなると、話は変わってくる。
ワシらが発見しただけでも十個。
ワシらの目の届かないところまで考えると、百個ぐらいはあるのではないか。
「『闇の軍団』め、どうやら本気の侵攻計画を立てていたようだな」
十個目の補給基地を潰しながら、ワシはつぶやいた。
「パラサーティアを陥落させたら、一気に王都まで殴り込むつもりだったのだ。道中で補給基地に立ち寄り補給しながら一気に、というわけだ」
「道中の村や街で略奪する気はなかったということですか?」
「それも含めということだ」
首を傾げるリリーナに、ワシは答えた。
「たしかに戦時の補給は『現地での略奪や徴収』が基本だ。それが魔族なら、選択肢は『略奪』しかないと言っていいだろう。だがリリーナよ、パラサーティアで見ただろう? それらは決して、五万を超える大軍団を養えるほどのものではないはずだ」
「補助的な補給基地を作っておく必要があったというわけですか。なるほど、魔族にもなかなかの知恵者がいるようですわね」
敵の腕前を認めたくは無いですが……と、忌々し気にリリーナ。
「ワシらはまだまだ、『闇の軍団』について知らんことが多すぎるようだな」
「ええ、まったくですわね」
「でもさでもさっ、聞いてふたりともっ」
重い表情で視線を交わすワシらに気を使ってだろう、ルルカが話しかけてきた。
手をパタパタさせて、努めて明るい口調で。
「その企みに気づけたのは偉くないかな? 補給基地だって潰しておけば使えないしさ、次があったとしても事前に気づきやすくなるしさ。なんやかや、けっこう前向きな話だったりしない? このことを王様に報告したら、きっとすんごい褒めてもらえるよ? また勲章とか貰えちゃったりして? とかいって、別にわたしはそうゆーのが欲しいわけじゃないんだけどさ。きっとまた、心臓が口から飛び出ちゃいそうなほど緊張して……冷や汗が止まらなくなって……ううっ?」
その時のことを想像してだろう、ルルカは勝手に沈み、青い顔で胸を押さえた。
「うううぅ……っ。ディアナちゃん、手を握ってくれる? わたし、今から怖くなってきた……っ」
「さすがに気が早すぎるだろ。なんとかの皮算用がどうとかいうレベルじゃないぞ」
ワシがツッコむと、皆が一斉に笑い声を上げた。
実にルルカらしい気遣いと、実にルルカらしいオチで、リリーナの顔にも笑みが戻った。
「わかったわかった。ほら、これでいいだろ?」
「わあ、ディアナちゃんの小さなお手々、助かるうぅぅ~。寿命が千年のびるうぅぅ~」
涙を流してありがたがるルルカと、やれやれとため息をつくワシ。
「さて皆さん、聞いていただけますか?」
パンと手を叩くと、リリーナは言った。
「パラサーティアから始まった旅も、もうすぐ一か月。次のリメイユが、王都ハイドリアとの間にある最後の宿場町です」
振り返ってみれば、練習と『闇の軍団』の補給基地潰しばかりの旅だったが……そうか、もうちょっとで終わりなのか。
リリーナや、ララナ・ニャーナたちとの旅も……ん?
「なんだ……これは?」
胸にズキリと痛みが走ったが、その理由がわからない。
体の不調のサイン……というわけでもなさそうだし、ううむ……。
悩むワシはさて置き、リリーナは続けた。
「そこでです。これまでの旅の慰労会も兼ねて、ちょっとお高めの宿に泊まりませんか? リメイユは王国でも有数の観光地ですし。温泉もあり、食事も美味しいことで有名ですし」
「賛成! 賛成!」
リリーナの提案に真っ先に賛成したのは、当然ながらチェルチだ。
「美味い飯食って温泉入って寝て、美味い飯食って温泉入って寝て、そんなの最っっっ高じゃないか! やったあぁ~っ!」
ひたすら欲望を叫ぶチェルチを見て、皆が笑う。
一方ルルカは……。
「う、う~ん。いいとは思うけどでも、お高い宿かああ~……。パラサーティアで貰った報奨金があるから払えなくはないんだけど、持病の貧乏性が……あ痛たたたた……っ?」
これまでさんざん苦労してきたルルカらしく、胃の辺りを押さえて苦しんでいる。
「あら、大丈夫ですよルルカさん。皆さんを労うのですから、当然お代はこちら持ちですわ」
「わあ、ホント? リリーナさんしゅごいぃ……さすがは王女さまあぁ……」
感動のあまり半泣きになった貧乏性ルルカは、リリーナに手を合わせ、拝むようにしている。
「なるほどなあ、お高い宿かあ……」
ふたりも喜んでいるし、ワシだって粗末な宿よりはお高い宿の方がいい。
しかしなあ……さすがにそこまでしてもらうのは……。
「リリーナ、本当に大丈夫か? ここまでだってさんざん出してもらったのに……」
「大丈夫か? じゃありません。わたくしが出したいんですよ。だからここは、出させてください。ディアナさんたちとの最後の思い出を作りたいんです」
そう言うと、リリーナは目を細めた。
口元を緩め、無理やり笑みを形作った。
どこか儚げでどこか寂しげなそれは、最近リリーナが浮かべるようになった表情で――そしてなぜだろう、ワシはまたズキリと胸を痛めた。
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