「冒険の書八十二:反復練習」
王都ハイドリアへ出発して一日……二日……。
道中は、予想に反して安全だった。
整備された街道、『緊急時の王都の防衛戦力としての常備兵』が配備された『宿場町』。
パラサーティア襲撃という直近の事件も影響しているのだろう、王国騎士による巡回警備も頻繁に行われているようで、まったく危険を感じなかった。
「護衛の必要性……ないなこれ」
馬車の荷台から真っ青な空を眺めながら、ワシはボヤいた。
リリーナの身を絶対に護り抜こうと決意を固めていたからこそ余計に反動があって、気が抜けるというか、力が入らんというか……。
「さすがに暇だな、どうしたもんか……」
「別にいいじゃんか、暇ならさあ~」
飯があればそれでいいチェルチなどは、毎日ニコニコ食っちゃ寝している。
「わ、わたしもどっちかというと平和なほうがいいかなあ~。ほら、ここんとこ命懸けの戦いばっかりだったし? たまにはのんびりしたいというかあ~……」
ルルカは不安げにワシを見ると。
「戦いに飢えたディアナちゃんとしては『魔族は根絶やしだヒャッハー!』がしたいのかもだけど……」
「するかそんなこと」
おまえの中のワシのイメージはどうなっとるんだ。
「しかしまあ、それもそうか。考えてみれば、あのパラサーティア防衛戦から数日しかたってないしな」
常在戦場をモットーとするワシはともかく、ふたりには心と体の休息が必要か。
「ま、護衛の立場で戦乱を求めるというのもアレだしな。何か起こらんかぎりはのんびりしているとしよう」
「ホント? ホントに『魔族は根絶やしだヒャッハー!』はしないの? 『戦闘民族エルフ』の血は騒がないの?」
「ワシのこれはエルフだからじゃないから。というかそもそもヒャッハーしないし、したことないし」
「ディアナちゃんの中ではそういう認識なんだろうけどさ……」
「一度おまえとはきちんと話し合う必要がありそうだな……」
ルルカのワシ観が相当に歪んでいるのはさて置き、『聖樹のたまゆら』としては暇だからといって特別何かをしたりはしないことに決めた。
休める時は休むという、労働者に優しい方針だ。
+ + +
さて、ふたりには休むよう伝えたが、ワシは別に休む気はなかった。
心も体も疲れてないし、何より優先的にしなければならないことがある。
それは練習だ。
馬車での移動を行わない朝と晩に『ドラゴ砕術』の反復練習を徹底的に行うことにしたのだ。
反復練習――突きや蹴り、足捌きなどの基本をひたすら練習することで、気を使わず自身の肉体のみで戦うことに慣れるのだ。
時間はあればあるほどよく、回数はこなせばこなすほどよい。
雨の日も風の日も休まず、ワシは練習を続けた。
そうこうするうちに一週間が経過し――
「すごいですね、ディアナさん。これ、ずうううぅぅ~……っと続けるんですの?」
ワシの練習を毎日眺めていたリリーナ(護衛対象なので傍にいてもらっている)は、体の内から絞り出すような呆れ声で言った。
「もちろんだ。練習なくして本番はない。普段積み重ねたもののみが、実戦で効果を発揮できるのだ」
本来だったら一日中続けたいぐらいなのだが、エルフの小娘の体ではさすがにもたない。
少々不満を残しつつも、ワシはその日の練習を終えた。
「とはいえ、適度な休息は必要だがな。――ということで、今日はここまで。また明日の朝から続きを行うとしよう」
「はい、では明日も朝からおつき合いしますね。夜明けと同時でよろしいですか?」
そういえばこいつ、ワシが練習を始めてから毎朝毎晩つき合ってくれているが……。
「別に、おまえまでつき合う必要はないのだぞ? 護衛に関しても、ワシがおらずともルルカやチェルチがいるし、ララナ・ニャーナのふたりだって護ってくれるだろう。というかそもそもこの護衛クエスト自体、おまえがワシらのために特別用意してくれたものであって……」
「好きでつき合ってるから、いいのですわ」
リリーナは胸に手を当てると、「しょうがない人ね」とでもいうかのように微笑んだ。
「ですからどうか、最後まで傍にいさせてくださいな」
「まあ、おまえがいいならいいが……」
その後もリリーナは、毎朝毎晩ワシの練習を眺めていた。
ワシが突くところ、蹴るところ、跳ねるところ、型練習に柔軟体操。
三叉矛の基礎練習に型、舞。
楽し気に眺めながら、時おり水や汗拭きを用意してくれた。
しかも時々、こんなことを言うのだ。
頬を染めて幸せそうに。
「……ずっと、こんな日が続けばいいのに」
「こんな毎日、さすがに嫌だろ」
人の練習を眺めてばかりとか、頭がおかしくなるわ。
そうツッコむワシに……。
「こういうなんでもない日々の貴重さを、ディアナさんは一度強く認識するべきですわ」
「……そういうもんかのう?」
ワシのような人生を武にかけた武人にはわからんが、王女殿下には王女殿下なりの苦悩があるのだろうか。
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