「冒険の書八十:若き賢姫の提案」
最もイキっていた子分が一蹴されたせいで完全に気落ちしたのだろう、ルドヴィクは這々の体で逃げ出した。
「お、覚えてろよ!? 次会った時は必ず復讐してやるからな……!」
「おや、今さっき覚えたことをもう忘れたのか? おまえに必要なのは復讐能力ではなく復習能力だな」
ワシが拳を振り上げて見せると、ルドヴィクは「ひいぃ……っ!?」とばかりに頭を抱えた。
恐怖のあまりだろう、小便で股間をじっとり濡らす、ひどい醜態を晒した。
「ル……ルドヴィク様!」
「王子殿下! こちらへ!」
主の無様を見かねた私兵たちが両脇を抱えて連れて行くと、ようやく会場に静けさが戻って来た。
「やれやれ。バカにつける薬はないとよく言うが……」
ワシがぶつぶつボヤいていると……。
「ごめんなさいね、ディアナさん」
リリーナが、いかにも申し訳なさそうな顔で頭を下げてきた。
「兄はいつもああなので……」
「……いつもああなのか。それはご愁傷様だな」
「ええ、そのせいで数年前にお父さまの怒りを買い、『おまえは王国中を巡り見聞を広めて来い』と王都を追い出されたのです。その結果、ああして各都市を巡っては各方面にご迷惑をおかけしている次第でして……」
「うう~む。目的はともあれ、より被害がひどくなっているのか……」
いかに有名なバカ王子とはいえ、王族には違いない。
取り扱いに悩み、奴に花を持たせようとする首長も少なくないだろうし……となるとその下の部下や、国民が不当に苦しむ結果となる。
とはいえ、一国の王の決定に口を差し挟むことなど出来るものじゃないしな。
ワシとしては今回のことが何かのきっかけになってくれればと願うのみだが……まあ難しいか。
「しかし、アレスとルベリアの間にもあんな出来損ないが産まれてくるのだのう」
かたやチャラ男ながらも人類の最大戦力、かたやその勇者すらも手玉にとる賢姫。
ふたりはどちらも、公私の区別なく人類のために尽くしていた……いや、アレスはそうでもないが、最低限のラインはきちんと引けていた。
ふたりの頭を脳裏に思い浮かべたワシが、首を傾げていると……。
「そういえば、ディアナさんは祖父母のことを知っているのですか? お話ぶりからするに、ずいぶんと親しげなご様子ですが……?」
う、しまった。
懐かしさのあまり、ついつい我がことのように語りすぎた。
ほら、リリーナの目に疑いの色が宿っているではないか。
「え、ええーっとだな! それはその、ワシの両親がふたりと仲が良かったらしくてだな!」
「……ディアナさんは記憶喪失だったような?」
「ちょ、ちょうどその辺の記憶だけが蘇ってきたのだ! っかー、部分的な記憶喪失は辛いのう~!」
ぺシンと額を叩いて苦しまぎれの言い訳を続けるワシに、突然ルルカが抱きついてきた。
「ディアナちゃん! ありがとう! わたしのために戦ってくれたんだね!」
自分のために戦ってくれたことがよほど嬉しかったのだろう、ルルカの顔は、もう嬉し涙でベトベトだ。
「わたしは……わたしはいま! 猛烈に感動してるよおぉぉぉー!」
うむ、そうか。
ワシも今、おまえのおかげでリリーナの追及を逃れられたことに感動しているぞ。
「そうかそうか、それはよかったな。ケガをしたことを考えるならまだマイナスのような気もするが、おまえがいいならそれでよかろう。それに……」
ワシは仕切り直すようにつぶやくと、ぐっと拳を握った。
「この体でも、『ドラゴ砕術』があれば戦えることがわかった。三叉矛を組み合わせればもうちょっと上の相手でも戦えるだろうし……まあもちろん、明らかに格上の相手は無理だろうがな」
真っ先に脳裏に浮かんだのは、あのギイの顔だ。
「……ふん、『次に会う時までには傷を癒やして、ついでに背丈も伸ばしておけよ~!』だったか……憎たらしい小娘め」
苛立ったワシは、ぷくりと鼻を膨らませた。
とはいえ、収穫があったことそれ自体は間違いない。
グダグダと後ろ向きな思いを抱かずに、前だけを見つめていこう。
「今後はそうだな……『闇の軍団』の残党狩りをしつつ、さらに体と技の適合を計るか。その一方で『精随』完治に至るまでの道筋を探していく……そんなところが正解だろうな」
「あ、そのことなのですが」
ワシの『今後の予定』を聞いたリリーナが、すっと手を挙げた。
「わたくしからひとつ、提案があります。ディアナさん、わたくしたちと一緒に王都へ向かいませんか?」
「ほう、その心は?」
「わたくしが在籍していた『勇者学院』には、魔術・神聖術・医術・科学など様々な分野の第一人者が世界中から集っております。整った設備の中で互いに切磋琢磨し、研究に打ち込んでおります。もしかしたらその中には、『精髄』の回復に至る知見を持っている方もいるかもしれません」
「なるほど……たしかにその通りだな。闇雲に探し回ったり時を待ったりするよりも、遥かに賢明な判断だ」
「もちろん今後もあらゆるツテを頼っての情報収集は続けていきますが、回復は少しでも早い方がいいでしょうから」
「うむ、うむ」
リリーナの提案は正しい。
というより、こうして聞いてみるとそれ以外は考えられないぐらいに賢明な判断に思える。
しかしそうか、ワシが次代の『勇者』を育成する『勇者学院』に関わるのか……。
「おまえ……わかっておるだろうが、ワシは『勇者』にはならんからな?」
ワシが『勇者』になることを願うリリーナが『外堀』を埋めてきているようにも感じられるので、あらかじめ釘を刺しておいた。
「ええ、それはもちろん。なるもならないも、ディアナさんの自由ですので」
リリーナはニッコリ笑うが、決して自らの作為を否定はしなかった。
その表情は、かつてのルベリアに似ていた。
アレスを己の思うがままに操るため、常にあらゆるところに策謀を張り巡らせていた、賢姫のそれに。
「ふん、わかったよ。その話、乗るとしよう」
若き賢姫リリーナの提案に乗り、ワシは共に、王都へ向かうことにした。
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