「冒険の書七十九:槍の舞」
多くの武術の流派には、『舞』の要素がある。
これは見た目の美しさを重視するという意味だけでなく、『舞』の動作の中に『型』を入れ込むことで様々な目的を同時に達成しようという意味合いがあるのだ。
たとえば『型や所作を反復練習することで、体に正しい動きを刻み込む』であったり。
たとえば『精神統一や礼儀作法の一環』であったり。
たとえば『見た目の力強さや美しさによる流派の宣伝のため』であったり。
たとえば『土着神に基づいた神事や祭礼のため』であったりする。
さらに一部の流派においては『秘伝を敵に漏らさぬため』や『仮想敵が時の為政者である』などの物騒な理由から、『舞』や『型』の中に術理を秘することがある。
ワシの流派である『ドラゴ砕術』は、開祖であるドラゴ・アルファによって創始された。
ドラゴ・アルファは『呪われし古代文明人』の血を引く、いわゆる『はぐれ者』であったため、時の権力者はもちろん多くの民間人にも敵視され、行く先々で嫌がらせを受けた。攻撃を受け、刃傷沙汰になることすらあった。
特定の道場を持たず、世界各地を放浪しながら弟子を増やし、静かに流派としての熟成度を増していったのはそのためだ。
そんな過酷な旅の中で産み出されたのが、いくつかの『舞』だ。
素手はもちろん剣・槍・サイなど、武器を持っての『舞』も産み出された。
『ドラゴ砕術』の仮想敵が、自分よりも強い『剣や槍を持った敵』であるため、下手な剣術・槍術流派よりも武器の扱いに熟達している者が多くいた。
素手で戦うのが好きなワシが武器をひと通り扱えるのも、そのためだ。
「『三叉矛の舞』はさすがにないが、『槍の舞』である程度は対応できるだろう」
三叉矛を頭上に掲げると、ワシは大きく足を振り上げた。
――ドン!
と床を踏みつけると、もう片方の足を大きく振り上げた。
――ドン!
足を交互に振り上げ、下ろす。
足を交互に振り上げ、下ろす。
その間隔を徐々に短くしていき……。
――トントントントン、トントントントン……ダァンッ!
連続していた足踏みをやめると、大きく踏み込んだ。
身をかがめ、ビュンと突いた。
地を這うような角度から突如穂先を上げる『上げ突き』を、ルドヴィクの私兵であるチンピラの腹の前で、ピタリと止めた。
「槍は稲妻~♪」
ドラゴ砕術流の『槍の舞』は、いわゆる『歌舞』だ。
踊りながら、詩を吟ずるように歌っていく。
歌詞の終わりにタイミングを合わせ、技を放っていくのだ。
「野を埋め尽くす麦の穂を~♪」
――ブウゥゥン!
横にひと薙ぎ。
敵の首を払う『横薙ぎ』を、やはりチンピラの首の手前でピタリと止め。
「払い、雲へと駆け上がる~♪」
――ビュ……ブォン!
槍を引くと見せかけ、斜め上へと振り上げた。
敵の喉笛を斬り裂くような軌道の『虎落笛』を、チンピラの喉笛の手前でピタリ。
ワシは歌った、舞い続けた。
武器を持つ敵の手首を狙った『手甲落とし』、敵の頭頂部を狙った『垂直唐竹割り』、敵の臑を払う『臑払い』。
ゆっくりとした舞の動きの中から突如として繰り出される稲妻のような突きに、薙ぎに、払いに。
ピタリピタリと続く寸止めに。
周りの客たちは皆、ポカンと放心したような顔をしている。
「いったい何を見せられているんだ? これがダンスだって……?」
「ダンスというよりは、東方の国の舞に似てるかも?」
「……すごく綺麗ね。声も、動きも。顔つきも大人っぽくて、思わず見とれちゃうわ……」
拍手や歓声は、一切ない。
芸術作品を眺めるが如く皆は頬を染め、うっとりとした顔をしている。
一方のチンピラは、そう呑気には構えていられない。
何せワシが歌うたびに、踊るたびに、その身の寸前まで槍の穂先が伸びてくるのだ。
これがあくまで『寸止め』であり、命をとる気はないのだとわかっていても、生きた心地がしないだろう。
「な、な、なんだよこれはあぁぁ~……っ? 怖えよ、おっかねえよお~っ」
とうとう恐れが限界を突破したのだろう、チンピラはその場に膝をついた。
目からは涙、鼻からは鼻水を垂らしながら命乞いを始めた。
「悪かった。俺が悪かったからもう止めてくれぇぇぇ~っ」
「青き眼を穿つなり~♪」
――……ブツンッ。
さすがにチンピラの目を穿つわけにはいかないので、唇にしていたピアスに槍の穂先を引っかけ、引きちぎった。そこでワシは、舞を止めた。
三叉矛を引き、石突きを下にして垂直に構えると、フウと静かに息を吐いた。
全身から力を抜くと、未だに呆けた顔をしているルルカに、ニヤリと笑んで見せた。
「な? 大丈夫だと言っただろう?」
ワシの言葉をきっかけに、緊張が解けたのだろう。
ダンス会場は歓声の嵐に包まれた。
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