「冒険の書七十八:じゃじゃ馬慣らし」
ダンスの流れの中でルドヴィクを懲らしめてやることに決めたのはいいが、ワシはまだまだ病み上がりだ。
ルルカの神聖術のおかげで体の傷は治ったものの、『精髄』が焼けたことにより未だ『魔力』を感知できない。
魔力が感知できなければディアナ持ち前の膨大な魔力を『気』に変換することができず、本当の意味で『ただのエルフの小娘』に成り下がってしまったと言えるだろう。
いや、ただのではないな。
先ごろの戦いでラーズを倒したことにより、今現在のワシのレベルは八十五。
多くの冒険者が集うここパラサーティアにおいてもかなりの上位層に数えられるだろう。
ジョブを『格闘僧』にしていたおかげでステータスも格闘戦用にまとまっているし、肝心要の『ドラゴ砕術』だって失われたわけではない。
気を使うことを前提とした、一部の技以外は使用可能。
だが、それらはあくまで額面上のこと。
実戦においてどれだけ有効かはわからない。
会場に訪れた客たちの会話に聞き耳を立てたところ、ゴミクズ王子もまた八十五レベルの『騎士』らしいし(どうせ『パワーレベリング(従者に命じて散々弱らせた獲物にとどめを刺す行為)』などの不正な手段を使って上げたのだろうが)……。
「そういう意味ではちょうどよい実戦テスト、ということになるのかの」
「実戦テスト? 僕との夜の実戦という意味か? なんだなんだ、さんざん挑発してきたくせに、おまえも乗り気なのではないか。あれか? 王都で流行中のツンデレというやつか?」
どこまでも自分に都合よく解釈し、ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべるルドヴィク。
「ああまあ、そうかもな。おまえがいいならそれでいいわい」
めんどくさいのでもはや否定する気もないワシは、サラリとルドヴィクの言葉を流した。
――その直後、音楽隊がゆっくりとしたテンポの曲を演奏し始めた。
「ふん、その頑なな顔つきが、快楽と羞恥に屈する瞬間が楽しみだ」
演奏に合わせる気など最初からないルドヴィクは、ワシの手を力任せに引いた。
引いて抱き寄せ、己のモノとする。
リリーナがしたそれとはまったく異なる、荒々しいだけのリードだ。
これにワシは、タイミングを合わせて前に出た。
逆らわずにルドヴィクに抱かれる――フリをして、思い切り体重をかけて足の甲を踏んづけてやった。
「お、ご……っ?」
まったく予想していなかったのだろう激痛にルドヴィクは息を詰まらせ、足の甲を抱えるようにしてうずくまった。
「おや、すまんの。なにぶん田舎育ちなもので、ダンスには不慣れでの。あ、この言葉遣いも田舎育ちゆえなので、お気になさらず」
「お、おまえ、今、わざと……っ?」
足の甲を抱えたルドヴィクは、涙目になってワシを見上げるが……。
「まさかまさか。ルドヴィク殿のリードが心地良すぎたので、勢い余ってしまっただけだ」
ワシはニヤリと笑った。
いかにもわざとらしく見えるように、ルドヴィクを見下ろした。
「こちとら、仰せの通りのじゃじゃ馬なのでな。手懐けるまでには相応の手間と時間がかかるというわけだ。もちろん、音に聞こえたじゃじゃ馬慣らしの達人ルドヴィク殿であれば、もちろん余裕だとは思いますがの」
「くっ、おまえ……っ?」
皆の前であれほどイキってしまった手前、「やっぱり無理」とは言えないルドヴィクだ。
「も、もももちろんだ。僕に抱かれて惚れない女などいないからな。おまえもすぐに僕の良さがわかるようになるさ」
やせ我慢しながら、なおもワシを己のモノにしようとし続ける。
「なるほど、なるほど。それは楽しみだな」
言質をとった後も、ワシはルドヴィクと踊るフリをし続けた。
肩を抱かれた拍子に脇腹に肘を入れ、くるり回されながら手の甲で顔を打ち、腰を抱かれ後ろに倒されながら股間に膝を入れた。
ワシとルドヴィクのレベルは同等。
種族差こそあるが、ジョブはどちらも格闘戦向き。
ということは、差を分けるのは自ずと『技術』になる。
ルドヴィクは技術の『ぎ』の字もない戦いの素人だが、ワシは武を極めた武人。
そのワシが、キレ味鋭い急所攻撃をカウンター気味に加え続けたのだ。
最終的に、ルドヴィクは股間を押さえてその場にうずくまった。
目尻には涙が、顔には脂汗が浮いており、今にも死にそうな様子だ。
「わかった、わかった。もうわかったから……」
弱々しく絞り出した声が、降伏の証だ。
「おや、もう終わりか? そいつは残念」
実際、本当に残念だった。
この程度では実戦テストとしては不十分だし、ルルカを傷つけた報いにも全然足りない。
降伏を受け入れず、もっと徹底的に痛めつけてやってもよかったのだが、これ以上は『事件』になってしまう。
王国の第二王子への傷害事件となれば、さすがにただではすまんだろうしな。
ここが引き際だろう、お互いに。
「しかしまあ、ルドヴィク殿がそう言われるのであればしかたあるまい。今宵はここまでにしておいて、楽しみは後に取っておきましょうぞ」
要約するなら『今日のところは退くが、やる気があるなら徹底的にやるぞ、いつでも来い』といったところか。
ワシの脅しに、ルドヴィクは顔面を真っ青にした。
ヘコヘコと頭を下げ、一切異議ありませんといった感じ。
そんなワシらの無言の取り決めを、しかし空気も読まずにぶち破る奴がいた。
「おいてめえ! 王子に対してなんて無礼な真似をしやがる!」
いかにもチンピラじみた胴間声を張り上げたのは、ルドヴィクの護衛を務める私兵のひとりだ。
三十手前だろうか、髪を逆立て唇にピアスをし、いかにもイキった感じの男だ。
筋骨隆々だが、武術の気配はない――恫喝と筋トレが得意なだけのド素人といったところか。
「無礼? ワシらはただ楽しく踊っていただけだぞ?」
「肘を入れたり膝を入れたりする踊りがあるか!」
それはそう。
「たしかに何度か粗相はしたが、あくまで踊りの上でのことだぞ? つまりはワシとルドヴィク殿の間の約束事だ」
周りの客が「涼しい顔してよく言うぜw」とか「面の皮厚すぎるでしょww」とか半笑いでつぶやくが、そんなのはすべて無視だ。
「そんなこと信じられるか! 王子の体に傷をつけた罪はてめえの体で払ってもらうからな!」
ワシが何を言っても、チンピラは納得しない。
というより、そもそも難癖をつけること自体が目的なのだろう。
時おりちらちらルドヴィクを見ているしぐさからしても、『ここで点数を稼いでおこう』という思惑が透けて見える。
当のルドヴィクはすでに戦意を喪失しているのだが、そこに気づけないあたりも三流だ。
それらすべてを把握したワシは、ニヤリと笑った。
そうだ、こういう奴にはただわからせてやればいい。
どうしようもない力の差を、太陽や月に歯向かう人のむなしさを。
それがそのまま、ルドヴィクへの戒めにもなるだろう。
「あー……そうかそうか。おまえは知らんのか。武人が時に、踊りも嗜むことを。さっきのあれはまさにそれなのだが、わからんというのならしかたがない」
ワシはスッと、手を頭上に高く掲げた。
「――さあ来い、『海神の怒り』」
かつてラーズの持ち物だった三叉矛は、ワシの呼び声に即座に答えた。
手の内に「バシュン!」とばかりに出現すると、喜びを表すが如くぶるぶる震えている。
海神――幼女好きの変態という噂がある――の加護があるせいだろうか、こいつ完全にワシに懐いておるのよね……。
「魔力や気が使えなくとも呼べば来るあたり、ちょっと気持ち悪いが……まあよかろう」
ワシは三叉矛をぐるんと頭上で回すと、膝を軽く曲げた。
両手で構えると、穂先をチンピラの喉元に向けた。
気魄と挑発を等分にした声で、こう言った。
「ではご覧に入れよう、武人による本気の踊りという奴を」
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