「冒険の書七十七:ダンスの条件」
「まさか、ルドヴィクお兄さま?」
リリーナが兄と呼んだのは、ひとりの若い男だ。
年の頃なら二十歳手前といったところだろうか。
金髪碧眼の美男子で、白いジャケットと白いズボンに身を包んでいる。
常に自らの地位を鼻にかけて暮らしているのだろう、他人を見下す目つきが癖になっているような男だ。
「ここを通すわけにはいかないだって? おまえ、誰に向かって物を言っている? 僕はルドヴィク・ヴァン・デア・ハイドラ。この国の第二王子だぞ?」
背後にずらりと私兵を連れたルドヴィクは、会場の守衛を務める兵士をここぞとばかりに責め立てている。
「そ、それは失礼をいたしました……っ。し、しかし私どもは辺境伯より『資格無き者』を絶対に通すなとご下命をいただいておりまして……っ」
「辺境伯と僕と、どっちが偉いと思ってるんだ!?」
「ひいいぃ……っ?」
ルドヴィクが目を血走らせて詰め寄ると、まさか抵抗するわけにもいかない兵士は身を竦めて耐える姿勢をとった。
「ほら、どっちが偉いんだ!? どっちの命令を聞くべきなんだ!? ハッキリしろ!」
兵士が無抵抗なのをいいことに、ルドヴィクは兵士の頬を拳で殴りつけた。
拳自体はまったく鍛えられていない子どものような拳だが、剥き出しの顔面を殴られるのはキツイのだろう、兵士は辛そうに顔を歪めている。
ルドヴィクの制裁はさらに続いた。
殴り、殴り、殴り、殴り……やがて後ろに引いた肘が、偶然近くにいたルルカの肩に当たった。
「きゃんっ?」
戦時ならともかく、平時のルルカは身を護るための術を使っていない。
肩に肘を入れられると堪らずバランスを崩し、盛大に尻餅をついた。
「痛ててて……」
「ルルカ!」
ワシが駆け寄ると、ルルカは嬉しそうに微笑んだ。
「ありがと、ディアナちゃん。心配してくれて嬉しいよ。えへへへへ~……」
「礼はいいっ。それより大丈夫か? ケガはしてないか?」
「う~んとね、えっとね。ちょっとお尻が痛いのと~、あとは手かな~。転んだ時にぐねっといっちゃったからちょっと痛いかも。えへへ、ごめんね、わたしってばドジだから……」
ルルカの状況説明は、どこまでものんびりしている。
明らかに被害者なのに、絶対にルドヴィクのせいにしたりしない。
相手がどうだからというより、こいつの場合は本当に自分のせいだと思っているのだ。
こいつは、この底抜けのお人好しは。
「ああ~? なんだ? 今、誰か僕にぶつかったか? この僕にぶつかったのか?」
当のルドヴィクは、自らの肘が当たった相手を探している。
しかもどうやら、相手を気遣ってのことではないようだ。
「僕の邪魔をしやがって、いったい誰だよ」
犯人を見つけたら、今度はそいつに制裁を加えようというのだろう。
拳を振り上げ、盛んに威嚇している……なんという奴だ。
「お兄さま! 落ち着いてください!」
「なんだ、リゼリーナか」
暴れるルドヴィクを止めようと、リリーナが間に入った。
「聞いたぞおまえ、大層な活躍だったそうじゃないか。僕がいない間に、まったくうまくやったものだな」
「……はい?」
思ってもいなかったのだろう言葉に、困惑するリリーナ。
一方のルドヴィクは、小馬鹿にしたように続ける。
「三日の違いだ。もう三日僕の到着が早まっていれば、おまえではなく僕が敵を倒していただろうからな。辺境伯に代わって指揮を取り、魔族どもを千々に切り裂き。ラーズとかいう竜人間を脅して敵の本拠地を案内させ、一気に攻め込んで首魁を討ち取っていたに違いないのだ。そういう意味でも幸運だったな、おまえは。僕がいないことで自らの無能をさらけ出さずに済んだのだから」
公務か、ただの旅行でパラサーティアまでやって来たのかはわからんが、自分がいれば自分がすべて解決していたのだと言い切るルドヴィク。
その能力のほどはわからんが、これはあまりにも……。
「お兄さま……」
さすがのリリーナも絶句。
会場中の客たちも、これにはドン引き。
「こいつマジか……」とか「本気で言ってる?」とか「王族の質、大丈夫……?」などというつぶやきが方々から聞こえてくる。
「ルドヴィク殿。お久しぶりです、パラグインです。遠路はるばる、ようこそお越しくださいました」
冷え切った空気をなんとかしようと、辺境伯が声を上げる。
手を広げ、笑顔を浮かべ、バカ王子を歓待しようとしたのだが……。
「おお、なんだなんだ。ずいぶんと綺麗どころがいるじゃないか」
ルドヴィクはこれを、華麗にスルー。
興味をすぐに他に移した。
具体的には尻餅をついているルルカを見て、次にワシを見た。
「そこの間の抜けた顔をしている娘もよいが、キリっとしたたたずまいのエルフの娘もよいな。どうだ辺境伯、僕に両方、寄越さないか」
「る、ルドヴィク殿……っ。彼女らはわたくしどもの持ち物ではありません。また王国法において、奴隷の取り引きは厳しく禁止されており……っ」
ルドヴィクの無法ぶりをなんとかしようと言葉を重ねる辺境伯だが、当のルドヴィクは「あ~あ、また老害の説教が始まったよ」とばかりに耳をほじくり、まったく聞き入れる様子もない。
「わかった、わかった、もういいわい」
ルドヴィクの無法ぶりにぶちギレたワシは、腰に手を当てると……。
「いいだろう。おまえのモノになってやろうじゃないか」
「ディアナちゃん!?」
「ディアナさん!?」
ルルカとリリーナが驚き叫ぶ中、ワシは王子から数歩の距離に移動した。
ちょうどリリーナがワシにそうしたように、跪いてダンスを求めるしぐさをした。
「ただし条件がある。ワシを満足させられなければ、モノにはならん」
「……ほお、ずいぶんと挑発的な物言いをするな」
不敬な態度に怒るかと思ったが、ルドヴィクはかえって興味深げに目を細めた。
「ま、そういうじゃじゃ馬を手懐けるのも一興か。何せ僕は、じゃじゃ馬慣らしには定評のある男だからな。自他共に認める懐の深い男なのだ。ということで、よかろう、その条件を受けてやる。ただしダンスは僕が男役だ。女にリードされるなと、男にあるまじきことだからな」
ルドヴィクはその場に跪くと、ワシに向かって手を伸ばした。
「わかった。では、最後までつき合っていただこう。それができるのならば……な」
ワシはニヤリ笑うと、王子の手を取った。
もう片方の手でスカートをつまむと、わずかに膝を落とした――それが女役の行う、ダンスの始まりの合図だ。
「ディアナちゃん……ホントに大丈夫?」
ワシの意図に気づいたルルカが、ワシがやりすぎてルドヴィクを殺してしまうのではないかと心配そうに見つめてくる。
「安心せい。蛮族じゃあるまいし、さすがにそのぐらいはわきまえておるわ」
ワシは犬歯を剥き出しにして笑った。
「傷つけられた友の代わりに、ちょこ〜っと懲らしめてやるだけよ」
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