「冒険の書七十六:『勇者』と『王女』」
ズボンにジャケットという男っぽい衣装に身を包み髪を後ろで結い上げたリリーナ(いつの間に着替えたのだ……? ワシにずっとついて来た気がするのだが……?)に連れられたワシが会場に足を踏み入れた瞬間、時が止まった。
いや実際に止まったわけではないのだが、そう思ってしまうほどに皆が動きを止め、会話を止めた。
グラスに注がれていたワインだけが自然現象なので動きを止めず、グラスの縁を越えてこぼれて、テーブルクロスを赤く染めた。
「なんともったいないことを……じゃなく、なんだこの反応は?」
こぼれたワインをもったいなく思っていると、急に時間が動き始めた。
皆が歓声を上げ、口笛を吹き、頬を紅潮させながら手を叩き始めた。
「可愛い! 手足が細い! あと可愛い! 胸が控え目なのがさらにイイ!」
「顔が良すぎる上に体の造りまで完璧すぎる! 存在自体が尊いぃ!」
「天使みたい……いや、コーデ的には小悪魔っぽいのか? とにかく脳がおかしくなりそうな可愛さだ」
「生きてて……生きててよかった! 神様ありがとううぅぅー!」
生きることに希望を見出す者が出るレベルで、ワシのドレス姿は評価されている模様。
「ええ……なんだこの……なんだこれ? 他人の外見がどうとかでそれほどに感動できるものなのか?」
「ほら、ディアナさん。褒められたら何か反応を示さないと失礼にあたりますよ?」
背後にいるリリーナがせっつくので、しかたなく頭を下げた。
ワシとしてはただのお辞儀のつもりだったのだが、皆はそうは受け取らなかったらしい。
凄まじい勢いで反応をして寄越した。
「見た? 見た? ぺこっと頭を下げたわよ? ぺこって、ちっちゃく、遠慮気味に」
「んぎゃわいいいぃぃぃ!」
「いや~、今ので寿命がひと月は伸びたわ~」
「……この子がいれば、誰も死なない不老の街が出来あがるのでは?」
健康や寿命に謎の補正がかかる者が出るレベルで、ワシの「ペコリ」は評価されている模様。
「うわ~……涙を流してる奴までおるぞ」
皆の反応に引くワシの手を、リリーナがグイと引いた。
「さ、せっかくダンスパーティーに来たのですから、踊りましょうディアナさん」
「踊りなどと言われても、ワシにはできんぞ?」
「大丈夫ですよ。わたくしがリードしてさしあげますから」
そう言うと、リリーナはワシを会場の中央まで連れて行った。
すでに踊っていた皆は、ワシらに気を使ってかスペースを開けた。
開いたスペースに立つと、リリーナはワシの手を放して数歩の距離を置いた。
まっすぐにワシの目を見て言った。
「さ、ディアナさん。互いに向き合って」
「お、おう」
「わたくしが跪きますので、お手を前に」
「こ、こうか?」
ふと気が付くと、ワシはリリーナが作った『流れ』の中にいた。
リリーナが跪いたのは男役が女役にダンスを求める際の所作のひとつ。
ワシが手を差し出すのはつまり『いいですよ、あなたと踊りますよ』という意味だ。
「わたくしと踊っていただけて、光栄に存じます」
リリーナがニコリ笑うと、周囲にいた娘たちがわっと湧いた。
男装っぽいリリーナの格好がツボなのだろうか、キャーキャーとわめいている。
「はいはい、もう好きにせえ」
ワシは考えるのをやめ、リリーナのリードに身を任せることにした。
どうせわけのわからないことばかりなのだ、だったらわけのわかってる奴に任せるのが一番だろうという判断だ。
そして、その判断は間違っていなかった。
音楽隊の奏でるゆっくりとしたテンポの曲に合わせ、リリーナは巧みにワシをリードした。
時に引きつけられ、時に肩を抱かれ。
突き放されたかと思うとまた引きつけられ、くるりと回され、腰を支えたまま後ろへ倒され。
ひとつひとつの動作に無駄がなく、力強く洗練されている。
女役のワシとしてはリリーナの意図をくみ取り動きを合わせるだけで、ダンスとして成立する。
「うまいもんだのう。これも王族の教養の一種か?」
「ええ、たかが踊りが、国際問題を起こしたりまた解決したりということもあり得ますので。ひと通り学習しております」
「うへえ~……」
ワシは呻いた。
この程度のことで解決したりできなかったりする国際問題があるというのが恐ろしく思えた。
「ま、ワシには関係のない、遠い世界の出来事だの」
「あら、そうですか? 案外そうでもないと思いますけど」
目を細め、煽るかのようにリリーナは言う。
「……なんだそれは、どういう意味で言っとる?」
「どういうも何も、そのままですわ。ディアナさんはもう、宮廷儀礼を知っておくべき立場にいるのです」
「いやいやいや、ワシはただの武人だぞ? 正式な身分はただの冒険者だ」
「わたくしの祖父も冒険者でしたが?」
「それはおまえ……」
たしかにアレスは冒険者だった。
冒険者を極めた結果、勇者となり、魔王を倒し、最終的には国王まで登り詰めた。
「そうか、アレスの奴も宮廷儀礼……とかを知っておったのか。田舎剣士が、頑張って身につけたのか?」
「ええ、なにぶん田舎者なので、動作のひとつひとつはちょっと武骨で、笑われることも多かったですけどね。最終的には言い知れぬカリスマのようなもので誤魔化しておりましたわ」
田舎剣士のアレスが宮廷儀礼に疎いのは間違いない。
それらが付け焼き刃の勉強でこなせる類のものではないというのもまた間違いない。
だからこそ、アレスは持ち前の雰囲気で誤魔化していたのだろう。
誰に対しても明るく分け隔てないあの接し方と、あの底無しの余裕で、国王のみが放つカリスマのように見せていたのだろう。
「あやつはあやつなりに苦労したのだな」
チャラ男の陰なる努力に思いを馳せていると……。
「わたくしは、ディアナさんが『勇者』になるべきだと思ってます」
突然、リリーナが言った。
「……はあ?」
なんだ急に、どうした急に。
怪しむワシに、リリーナは続けて言った。
背筋を伸ばして、まっすぐに。
「ベルキアからここまで、わたくしはずっとあなたの活躍を見てまいりました。突然のオルグたちの襲撃を切り抜け、ゾンビ禍を防ぎ、『闇の軍団』を粉砕してパラサーティアの危機まで救った、あなたの手腕を」
「ワシは別に、ただ前線に立って戦っていただけだぞ? そんなのそこらの雑兵にでもできることで……」
「いいえ、とんでもない。あなたはひとりではなかった。落ちこぼれだったルルカさんを聖女候補と呼ばれるまでに育てた。チェルチさんを『大魔術師』候補と呼ばれるまでに育てた」
「教育能力のことを言っているのなら、あいつらにはもともと才能があったのだ」
ルルカはそもそも『女神』に愛されていたし、チェルチにいたっては『悪魔貴族』だしな。
「それだけではありません。あなたはさらに多くの人を惹きつけ、仲間にした。その中にはただの無頼漢だったゴラン・ギランの兄弟やベルトラといった元リッチなどという変わり種もいます。その吸引力こそが、人々が『勇者』に求めているものなのです」
「……もしかして、最近の情勢を踏まえて言っとる?」
ワシの問いに、リリーナはコクリとうなずいた。
「『闇の軍団』なんぞという怪しげな集団が暴れ回り、五万を超す大群でパラサーティアを襲った。撃退はしたが、未だ底が知れない。人魔決戦から五十年、再び荒れゆくかもしれない世界のために、新たな『勇者』が必要だと?」
「はい、その通りです。そのお役目を、ディアナさんに」
「おまえ……」
冗談で言っているわけではないのだろう。
だが、だからといって「はいそうですか」とすんなり受け入れるわけにもいかない。
『武人』はただ強ければいいが、『勇者』には強さ以外のものが求められる。
それをワシに……エルフの小娘と化したこのワシにせよと?
考え事をしているうちに、曲は終わっていた。
気が付けばリリーナはワシの手を離し、腰を曲げて優雅にお辞儀をしていた。
万雷の拍手の中、ワシは小さくかぶりを振った。
「……買いかぶりすぎだ」
リリーナは目を細めて申し訳なさそうな顔になり。
「ごめんなさい、急でしたわね」
「まったくだ、突然にもほどがある」
すねたフリをするワシが面白かったのだろうか、リリーナはおかしそうにくすくすわらった。
「うふふ……。でも一応、本気だってことは言っておきますよ? 世界にはきっと『勇者』が必要で、ディアナさんにはその素質がある。そしてわたくしは『王女』……あら? 旅する『勇者』とその帰りを待つ『王女』って、わたくしのお爺さまとお婆さまみたいでロマンチックですわね?」
「わからんわからん、さっぱりわからん」
ワシは何度もかぶりを振った。
振ったが、実はわかっていた。
アレスとルベリア、ワシとディアナ。
それらを対比する意味なんて、ひとつしかない。
ないのだが、認めるわけにもいかないだろうが。
だってワシ、中身は男でも体は女だし。
リリーナの想いを受け入れるわけにはいかんのだ。
などと、胸にモヤモヤを抱えていると……。
「……なんだ? なんの騒ぎだ?」
会場の入り口付近が騒がしくなった。
見れば、辺境伯の配下の兵士が、誰かを入れる入れないで揉めているらしい。
「なんだ、面倒な客が騒いでいるのか?」
「あれは……っ」
騒ぎを目で追っていたリリーナの顔が、サッと青ざめた。
「まさか、ルドヴィクお兄さま?」
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