「冒険の書七十四:さあ、お着替えの時間です」
対『闇の軍団』戦の勝利を祝った『戦勝パレード』の馬車列は都市中央部をぐるりと回った後、パラグイン辺境伯の館に到着し解散。
ワシらはそのまま大広間に入り、待ち構えていた辺境伯の家臣団や各ギルド長、ハイドラ王国駐在武官などの目の前で『戦勝報告会』を行うことになった。
リリーナは貴賓席に移動、ワシら『聖樹のたまゆら』は会場の後方に待機。
辺境伯が壇上に上り、今回の戦果を発表していく。
発表内容自体は事前にリリーナに聞いていたのと変わりなかった。
敵の死傷者に比して味方のそれは圧倒的に少なく、また施設等の損害も軽微。
魔族の遺棄した食料などは衛生的観点から利用できないものの、武装などは魔法のかかった品や高品質な品もあり、大量のコアと合わせてパラサーティアの懐を大いに豊かにさせた。
その後は論功行賞だ。
辺境伯に呼ばれた者――今回の戦いで功績の高かった部隊や組織の長、または特別な功績を挙げた優秀個人――が次々壇上に上がっては、功を讃えられ恩賞が与えられていく。
そんな中、激賞されたのはワシら『聖女のたまゆら』だ。
ルルカには『聖女突撃章(元祖『殴り聖女』であるマーファをイメージして作られた、戦う乙女のための勲章)』と、金貨百枚が。
チェルチには『蒼空翼賞(偉大な戦果を挙げた、空飛ぶ兵士に贈られる勲章)』と、金貨百枚が与えられた。
そしてワシには……。
「並々ならぬ勇気と献身により、我が領ハイドラとその市民たちを護ったエルフ族の娘ディアナ・ステラに対しては、『聖光勇星賞』と金貨三百枚が与えられる。諸君も知っていると思うが、『聖光勇星賞』は武勲名高き先王にして勇者アレスの功績を讃えて作られた賞であり……」
辺境伯がなんやかんやと言っているが、正直まったく頭に入ってこなかった。
もともと勲章や恩賞などに興味がない性質だということもあるが、今回はそれに加えて……。
「堅苦しいのはここまでだ。麗しき女性諸君にはお色直しをしていただいて、パーティーの開催と洒落込もうではないか」
辺境伯がパンと手を打つのを合図に会場の扉が開け放たれ、無数のテーブルと酒と料理が運び込まれた。
辺境伯主催のパーティなので、酒は特級、食事も山海の珍味が揃っている。
貴族階級の娘たちなのだろうか、美しく着飾った娘たちもやって来てパーティーに花を添えている。
会場の隅に陣取っていた音楽隊が軽やかな音楽を奏で始めると、娘たちは思い思いに相手を見つけ、スカートを翻しながら踊り始めた。
もうしばらくしたら、ワシもあのように誰か相手を見つけて踊らねばならんのだろうか……。
「はああ~……しんどいのう。本当にやらねばならんのかのう~……」
「どうしたのディアナちゃん、大丈夫?」
ワシの顔色の悪さに気づいたのだろう、ルルカが心配そうに声をかけてくる。
「言っておくがルルカよ、ワシはこうゆー催しが苦手だ。男と手をとり合ってダンスをするなど、虫唾が走る。さらに問題なのは今回の服装だ。ワシはドレスとかいうひらひらした服はちょっと……できれば全力で避けたいのだが……」
どうやって逃げようか考えているワシの肩を、誰かが掴んだ。
誰だと思って振り返ってみると、そこにいたのはリリーナだった。
「うふふふふ……ダメですよディアナさん。貴き者には貴き者なりのお役目があるのですから」
「ワシは別に貴くないし……役割とか知らんし……」
「ダメですよ……とにかくダメです……。ふふふふふ……」
目を細くして笑っているように見えるが、よく見ると全然笑っていない。
普段と違って圧が強く、とてもじゃないが「嫌だ参加しない」とは言えなさそうな雰囲気がある。
「大丈夫ですよ。これ以上ないほど綺麗に可愛くしてさしあげますから」
「いや全然そんなこと望んでおらんのだけど……」
ワシの手をガシリと握ると、リリーナは有無を言わせぬ力強さで引っ張っていく。
「さ、ディアナさん。お着替えはあちらでございますわ♡」
+ + +
ワシらが通されたのは、辺境伯の館の化粧部屋だ。
壁際には鏡台があり、化粧道具の類が並べられている。
無数のドレッサーが設置され、高価なドレスが掛けられている。
靴や宝石の類の揃えも豊富で、今夜のダンスパーティーにかけるリリーナの本気度が伝わってくる。
「こちらが本日、皆さんのお世話をさせていただく方たちですわ」
リリーナが嬉しそうに紹介したのは、リリーナが懇意にしているという貴族の家のメイドたちだ。
当の貴族の家に若い娘がいないということでドレスアップ技術を持て余していたのだというメイドたちはワシらを……特にワシを見ると、顔色を変えた。
「まあ……話には聞いていましたけどなんたる優良素材……っ!」
「白く滑らかな肌……ぷっくり桜色の唇……。あんな可愛らしいものに触れて本当にいいの? なんらかの罪に問われたりしない?」
「……一応確認しておくけど、持ち帰りは厳禁なのよね?」
頬を紅潮させ、息をはずませ、ちょっと危険な感じがする連中だ。
「大丈夫か? 本当にこいつらに身を任せて平気か?」
「大丈夫です。暴走しないようくれぐれも言い聞かせてますから」
「その言い聞かせが必要な奴が大丈夫な気がまったくせんのだが……」
怖気づくワシに、メイドたちは手をワキワキさせながら近づいてくる。
そして――ドレスアップが始まった。
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