「冒険の書七十二:目覚め」
目を覚ますと、見知らぬベッドに寝かされていた。
かなり豪華な品だ。
ワシが四、五人は余裕で眠れるだろう巨大さで、豪華な天蓋までついている。
「ずいぶんと広い部屋に高価なベッド……ん? ルルカに……チェルチも?」
眠っているのはワシだけではなかった。
ワシの右腕にしがみつくようにしてルルカが寝ていて、ワシの左の足元でチェルチが寝ている。
真っ白なカーテン越しに、薄い日差しが差し込んでくる。
窓が微かに開けられ、爽やかな風が入り込んでくる。
窓際の椅子に優雅に腰掛けたリリーナが、ワシをじっと見つめている。
「おはようございます、ディアナさん。まさに両手に花、といったところですね」
嫉妬にも似た視線を感じるが、たぶん気のせいだろう。
「おお、リリーナか。ん~……ワシはどれだけ寝ておったのだ?」
「三日三晩ですよ。ラーズを倒してからずっとです」
「三日もか」
その割に、だるさのようなものはない。
頭はスッキリしていて、体のどこにも痛みはない。
爆発に巻き込まれた右足は……こちらもさっぱり痛くない。
肌は白くぴかぴかで、真っ黒ぐちゃぐちゃだったあの時とはえらい違いだ。
「ルルカさんが癒やしてくれたのですよ。『上位治癒』と『再生』を繰り返して、気絶するまで何度も。大司教様も目を剥くほどの、それは凄まじいものでしたわ」
「ルルカが……どおりでな」
あれほどの聖気を持つルルカが神聖術をかけ続けてくれたのだ。
足の再生はもちろん、失われた体力まで完全回復しているのも驚くには値しない。
「ありがとな、ルルカ」
眠っているルルカの頭を撫でると、ルルカはにまにまと笑いながら「うえへへへ~、ディアナちゃん。ダメだよふたりきりだからってそんな大胆な~♡」と、おかしな寝言を言い出した。
意味はわからんが、幸せそうなので放っておこう。
しかし、足が治り体力も完全回復したのはいいが……。
「さすがに『精髄』までは無理だったか」
試しに魔力を気に変換しようとしてみたが、魔力の気配すら感知することができない。
エルフの体では魔力が無ければ気を作ることができない。つまりワシの体はただただ弱い幼女のまま。
あって当たり前だったものがなくなったことで、世界から色が失われたような、強烈な寂しさを感じてしまう。
「……やはり『精髄』が焼き切れたんですのね」
リリーナはすっと目を細め、痛ましそうな顔をした。
「ああ、ちと無茶をしすぎたな。だが、後悔はない。ラーズはそれほどの相手だったし、あそこで絶対に殺さなければならない相手だった」
何度人生をやり直したとしても、ワシは同じ選択肢をとるだろう。
「焼き切れた『精髄』が回復したという話は聞いたことがありません。ですが諦めないでください。わたくしも今、ツテを頼って情報を集めているところなので……」
「ありがとよ。ちなみに、戦争はどうなった?」
「おかげさまで、こちらの勝利ですわ」
「うむ、そうか。おまえの口から聞けて、ホッとしたぞ」
他ならぬハイドラ王国の第三王女だからこそ、リリーナは正確な情報を握っているはずだ。
その上で、ワシら全員が命をかけて戦った結果を嘘偽りない言葉で教えてくれるはず。
リリーナが勝ちといったら、それは本当に勝ちなのだ。
「――お嬢様、こちらをどうぞ」
「お、すまんな」
ワシが起きたのに気づいた屋敷の(パラグイン辺境伯の屋敷らしい)メイドが、温かい白湯を持ってきてくれた。
「治り立てで酒というわけにはいくまいが、このワシが白湯などを飲むとはのう……」
なんとなく敗北感のようなものを感じつつ、白湯をちびちび啜っていると……。
「では、ディアナさんが倒れてからのお話をしましょうか」
リリーナによると……。
ラーズを失った『闇の軍団』は総崩れとなった。
右・左・中央の三軍はもちろん親衛隊までもが我先にと逃げ出し、追撃したパラサーティア防衛軍は大戦果を挙げることに成功した。『闇の軍団』側の総数五万一千に対して三万五千。実に半数以上を殺すか戦闘不能にしたという。
「ゴブリンやコボルドなどという多産の魔族はすぐに数を元に戻すでしょうが、上位の魔族となるとそうはいきません。『闇の軍団』の勢力は大幅に削がれ、再侵攻にあと数年はかかると見ています」
「もともとの『闇の軍団』総数がわからないので過信はできないが、たしかにおいそれと集められるような数ではないからな」
「はい。それに今回のことで、わたくしたちの力も見せつけることができましたから。そう易々とは攻めて来られないと思われます」
ワシら『聖樹のたまゆら』の特攻があったにしても、三分の一以下の兵力で敵を撃退したというのは間違いない。
各種防衛施設や新規の攻撃兵器の存在、官民の力を結集した戦いぶりは、敵を恐れさせるに余りあるものだった。
「被害のほどは?」
「重軽傷者が三百、死亡者が三十といったところです。施設に関する被害はほぼ無しですわね」
「ふむ、被害自体は出ているが、ほぼ完勝といっていい内容か」
「死亡者の弔いはすでに済んでいます。負傷者の治療にはセレアスティールの僧侶たちがあたってくれており、こちらもほどなく終了すると思われます。負傷者には辺境伯より直接のお言葉と、恩賞が与えられます。また、働き手を失ったご家庭には遺族年金も支給されます」
「手厚いな、さすがは辺境伯」
兵士たちはもちろん、民の心も掴んで離さない為政者の鑑だ。
「この件は、王都へは?」
「魔術師ギルドのミージムさまに、『遠話(離れたところにいる魔術師同士が話す魔術。距離が離れれば離れるほどに難易度が増す。パラサーティアから王都へは至難)』の術で知らせていただきました。あとは直接、わたくしが……」
いったいどうしたのだろう、これまでは流暢に喋っていたリリーナが、急に口をもごもご言わせ始めた。
「直接、王都に……なのでディアナさんに……ディアナさんと……」
頬を染め、身をもじもじさせ、何か言いたいことがある様子だが……。
「なんだ? ワシがどうした?」
「――ディアナちゃん!?」
眠っていたルルカが、急に目を覚ました。
と思ったら、ワシにガバリと抱き着いてきた。
「わあ起きてる! カップでなにか飲んでる可愛い!」
「落ち着けルルカ」
「っていうか大丈夫!? 体の方は平気!? わたしけっこう頑張ったんだけど『精髄』までは治せなくてごめんねごめんね!?」
「落ち着け落ち着け」
「でも足はね! ほらこんなに綺麗で白くてすべすべでね! 触ってると妙に盛り上がっちゃうというか変な気分になっちゃうというか!」
「落ち着けといっとるだろうが」
「痛いっ!?」
騒ぐルルカの額にデコピンすると、ルルカは「のうおおおお~っ!?」と呻きながらベッドの上をのたうち回った。
同じくベッドに寝ていたチェルチを踏んづけてしまい、チェルチは「うぎゃん!?」と悲鳴を上げながら飛び起きた。
「すまんな、リリーナ。騒がしい連中で。何か話があるのなら、あとでまとめて聞くから」
「はい、ありがとうございます」
ルルカとチェルチの大騒ぎを見て気がまぎれたのだろう、いつもの調子を取り戻したリリーナは優雅に微笑むと……。
「でもその前に、皆様には準備をしてもらわないと」
「準備? なんのだ?」
首を傾げるワシに、リリーナはニッコリ。
「皆さんを主役にした、戦勝パレードでございますわ」
とんでもないことを、言い出した。
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