「冒険の書七十一:ヴァネッサの誤算」
~~~ヴァネッサ視点~~~
「もお~っ! なんだってこんなことになるのよお~っ!」
エーコ――改め『黒蜘蛛ヴァネッサ』は、『闇の軍団』対『パラサーティア防衛軍』の戦場をちょうどよく見下ろせる丘の上にいた。
どう考えたって自軍に有利なことからパラソルを立て、デッキチェアを置き、丸テーブルの上にボトルワインやチーズを並べてと、完全に寛ぎモードに入っていたのだが……。
「あれだけの戦力差があって、負けるとかある!?」
ヴァネッサそして『闇の軍団』の思惑をよそに、戦線はみるみるうちに崩壊していった。
敗北の原因は様々ある。
パラサーティア防衛軍の徹底的な罠の設置と軍隊の連動――油壷の投擲などの新規戦術――冒険者たちによる対魔族に特化した戦術の遂行――リッチであるベルトラの寝返りによる、左軍アンデッド軍団の大混乱。
様々あるが、一番効いたのはラーズ本陣への奇襲だった。
頭を失った巨大な怪物は、あっという間にバラバラになってしまったのだ。
「ラーズのバカ! 偉そうなこと言っておいて、あれだけの精鋭を集めてガッチガチに身の回りを固めてたくせにあっさり殺られるとかさあ! もう!」
しかもそれを成し遂げたのは、魔王の母胎候補たる小娘たちなのだ。
ディアナとディアナを護るルルカを運んだ、チェルチの飛行能力。
ルルカの聖気の強さを武器にした、魔族の侵入寄せ付けぬ結界――即席の決闘場の設置。
ディアナの武術と、ラーズを上回るためのなりふり構わぬステータス上昇。
すべてが上手いこと噛み合った結果、ラーズは『驚異の幼女たち』の手によってものの数分で討ち取られてしまった。
丸テーブルの置かれた水晶玉に映し出された映像――チェルチのマフラーに縫い付けられた魔法のブローチによる盗撮映像――によって最初から最後まですべてを見届けたヴァネッサは、もはや茫然自失といった状態になっていた。
「……これどうすんのよ。ここで負けるようなシナリオ、誰も書いてなかったはずよね?」
敬愛する『あの方』の復活を目的とする『闇の軍団』上層部は、パラサーティア攻略ありきで計画を練っていた。
それがまさか、ここまであっさりと崩壊するとは……。
「これはさすがに計画練り直しかなあ……」
魔王の母胎探しと並行して進めるはずだった人類攻略計画が、あっさりと頓挫してしまった。
戦力の回復と攻略計画の見直し、人類側へのスパイの送り込みなど、悪だくみも最初からしなければならなくなり……。
「ハア~……頭痛いわあ~……」
「お、なんだヴァネッサ。二日酔いか? 酒の飲み過ぎはよくないぞ?」
バビュン、とばかりに猛スピードで丘の上にやって来たのはギイだ。
大剣を背に負ったダークエルフの幼女が、それはもうニッコニコで話しかけてくる。
「うっさいわね。ひと口飲んだところでやめたわよ。全然楽しめる気分じゃなくなっちゃったから」
「そうかあ? 我は最っ高に楽しかったがなあ! 数十年ぶりに暴れられて! 将来有望そうな小娘も見つけられて!」
「あんたはそうでしょうね……ホントにもう、戦ってさえいられればそれでいいって剣バカはこれだから……」
「ずいぶんとひどい言い方だな!?」
ガアン、とばかりに頭を抱えるギイ。
「そうも言いたくなるっての。……ま、いいわ。あんたはあんたなりに仕事をしてくれたし、褒めてあげる」
「そうだろ? 我、仕事頑張っただろ? 偉いだろう?」
ヴァネッサが褒めると、ギイは一気に機嫌がよくなった。
頬を紅潮させると、頭のアホ毛を「もっと褒めろ」とばかりにぶんぶん動かし始めた。
「はいはい偉い偉い。……ラーズを護った上でディアナちゃんたちも護ってくれたら最高だったんだけどね。さすがにあの勢いで殺られちゃ無理よね」
「そうだそうだ! ラーズのバカめ、ものの数分で殺られてしまうとは情けない! 魔戦将軍の名が泣くわ!」
流れとしてはこうだ。
戦争開始から少しして、ラーズのピンチに気づいたヴァネッサが慌ててギイを送り込んだ。
が、ディアナの力が凄すぎて、到着前に殺されてしまったのだ。
一方でディアナの力は急速に衰退。このままでは貴重な魔王の母胎を失ってしまうということで、『ディアナたちを護る』方向に舵を切ったというわけだ。
「ま、ディアナは強いから無理もないな! 力の配分はいまいちだが、『たとえ自分が死のうがこの場で敵を殺しきる』という覚悟は立派なものがあった! あの歳にして武人の心構えができておる、稀有な小娘であったぞ!」
「……なによあんた、あのドワーフ狙いから宗旨替えしたわけ?」
「バカを言え! 根っこの部分は変わらんわ! ただ単に、前の人生ではやれなかったことを全部してやろうと思っているだけだ!」
「この世の強そうな奴、全員ぶっ殺すってやつ? ホントあんたの頭の中って……ハア~」
ヴァネッサはため息をついた。
ギイとは――ギイの中に巣食う魔族とは人魔決戦以前からのつき合いだが、戦闘狂ぶりはまったく変わっていない。
……いや、体と脳が若返った分、以前よりもひどくなったように見える。
「……一応聞くけどさ、あんたってぶっちゃけ今フリーの身じゃん? 今後『闇の軍団』の一員になる気はあるわけ?」
「ない! 魔王様には前世でさんざん尽くしたからな! なんだったら死ぬまで頑張ったからな! 今世の我は何者にも縛られず、自由に生きて自由に戦うのだ! 貴様に手を貸してやっているのは強そうな奴を見つけられるからだ!」
「無敵の人……というか無敵の老人になっちゃったわけね。ハア~」
ヴァネッサは再度ため息をついた。
好き放題に生きる暴走老人を止める手段はなさそうだ。
「まあいっか。脳筋なだけで害はないし、適当におだてればいいように動いてくれるし」
「なんだ? なにか言ったかヴァネッサ?」
「べ・つ・に・いぃ~?」
ヴァネッサはニッコリ笑った。
この暴走老人にも、弱点がないわけではない。
それはギイが、自らの正体をヴァネッサに『しか』明かしてないことだ。
もし明かせば『前世の立場』だとか『ご恩や奉公』だとかを持ち出されて『闇の軍団』幹部に抜擢されることは間違いない。
自由に生きて自由に戦うことを重視しているギイとしては、それが面白くないというのだ。
「『頭を打って気絶したら、なんか急に強くなった。あと性格変わった』とか主張する『ダークエルフの姫君』なんてたいがい無理がある『設定』だと思うんだけど、意外なことに上手くいっているのよねえ~」
ヴァネッサはボソリとつぶやいた。
かなり無理のあるギイの『設定』だが、今のところは上手くいっている。
『強ければどんな無法も許される』魔族だからこそかもしれないが、ギイは若手(笑)のホープとして一目置かれる存在になっているのだ。
「でもきっと、ダークエルフの一族はこのまま許してはくれないわよねえ~」
ダークエルフは長命種だけに出産率が低く、常に種の存亡の危機にある。
その姫とあらば、婚姻・出産・繁栄といった人生の一大行事からは逃れられまい。
「剣しか知らないバカが、しかも元男が可愛い服着て婚活させられる姿とか、爆笑ものだわ。うぷぷぷぷぷ……っ」
「なんだ? なにか言ったかヴァネッサ?」
「べ・つ・に・いぃ~?」
ヴァネッサはニッコリ笑うと、ボトルワインを手に取った。
「今回の戦争の半生とか、今後の計画の練り直しとかは後回し。今日はもう、飲んで飲んで潰れてやるんだからっ」
可愛らしく首を傾げるギイの姿と、その顔が恐怖と嫌悪に歪む未来予想図を肴に、ヴァネッサはひとりで宴会を始めたのだった。
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