「冒険の書七十:ギイ」
「『闇の剣士ギイ・マニュ・ミルチエール』。推して参る――」
そう宣言するなり、ギイは親衛隊に向かっていった。
たかがダークエルフの小娘が、単身でラーズの親衛隊に。
結果は明白と思われた多対一の戦闘は、意外にもギイの圧倒的優勢で進んだ。
なんといっても恐ろしいのは、その剣術のキレだ。
ギイが身の丈よりもデカイ大剣をひと振りするたび、親衛隊の手足や首が、冗談のように飛んでいく。
気がつけば大地には、親衛隊の死体が十数匹分転がっていた──
「嘘だろ!? なんだこの化け物!?」
「噂の新入りか! 自分で闇の剣士とか名乗ってる痛い小娘!」
「黒のマントに黒の鎧着て『闇の★剣士』とかいってる奴か! そいつはたしかに痛々しいな!」
「だ、だれが痛い小娘か! あと『闇の』と『剣士』の間に『★』はいらない!」
親衛隊たちの心無い言葉が胸に刺さったのだろう、ギイは顔を真っ赤にして怒り出した。
「ちくしょう! こんな痛い奴に殺られるなんて、死んだ奴らもさぞかし無念だったろうなあー!」
「『黒蜘蛛ヴァネッサ』のお気に入りだったか!? にしてもなんだってダークエルフのくせに、こんなバカみたいな怪力なんだ!?」
「あの武器、きっと伝説級の魔剣なんだ! じゃなきゃおかしい!」
「ええい、ぎゃあぎゃあうるさいぞ! あとこれは、ただの力じゃないし! 剣が魔剣なせいでもないから! 我の技が鋭いせいだから! 見ていろ、『秘剣──巨人殺し』!」
叫ぶと、ギイは再び大剣を一閃。
手近にいたオルグを細切れの肉塊に変えた。
「ひっ……ひと振りでオルグを細切れにしただと……!?」
「これが技だってのか!? ほとんど魔術の領域だぞ!?」
「もしかして……ひと振りのようだがひと振りじゃない? 物凄く速く、何度も振ってる?」
中には目のいい魔族もいるようだが、正確な軌道は見えていないらしい。
「……八回だ。角度を変えて八回斬りつけたのだが、あまりにも速すぎてひと振りにしか見えんかったのだ」
ワシのつぶやきが聞こえたのだろう、ギイは「ビシィッ」と親指を立てて寄こすと。
「おお! 貴様なかなか目がいいな! ラーズのバカをぶっ殺しただけのことはあるな!」
「しかも、ただ斬りつけているだけではないぞ。首に脇、膝に手首、相手の弱いところを的確に狙って斬りつけている。ほとんど神技といっていいレベルの技の冴えだ」
「おおー! いいないいな! 貴様はいいな! よくものがわかってる!」
よほど嬉しかったのだろう、ギイはワシの肩をバシバシと叩いてきた。
「その歳でそれとは、将来有望だな! あと数年たてば、さぞや美味しく実ることだろうな! わっはっは!」
ギイはひとしきり笑うと。
「いつか喰ってやるから、それまで精進しておけよ! わっはっはっは!」
なんと堂々たる、『そのうちぶっ殺す宣言』。
普通の人間ならまだしも、このワシにそんなセリフを吐くとは……。
「……ああ? おまえ今、ワシに喧嘩を売ったのか? このワシに? 喧嘩を?」
こめかみにビキビキと青筋を浮かべながら、ワシはギイをにらみつける。
しかし当のギイは、気にした様子もない。
それどころか、カラカラと楽し気に笑うと。
「まあまあ、そう殺気立つでない! 『精髄』を焼かれた今の貴様を喰ってもしかたないから、あえて『いつか』と言ったのだ! 言うならばこれは『果たし状の先出し』だ! 互いに忘れぬように、かつその日のため修練を怠らぬようにとの約束だ!」
「果たし状の先出しだと? いったいどこの蛮族の文化だそれは……」
呆れた戦闘狂ぶりだが、決して嫌いな考え方ではない。
ひと目でワシの負傷の程度を見抜く辺りからしても剣術一辺倒の猪武者ではなさそうだし、今すぐにではないとはいえ、いずれこれほどの術者と戦えるというのは純粋に楽しみだ。
「お、その顔つきだと貴様もやる気になったようだな! 先ほどまでの死んだような顔つきとは違って、楽しそうで実にいい!」
「死んだような顔つき……?」
「なんだ、自分で気づいておらんかったのか!? やさぐれたようなというか、自暴自棄というか、とにかくひどい顔だったのだぞ!?」
「ふん……そうかい」
言われてみればそうかもしれない。
先ほどまでのワシは、第二の人生がこんなところで終わることに腹を立てていたのだ。
やれるだけやった、悔いはないなどと言いながら、実際には子どものようにスネていただけなのだ。
それが今やこの状況だ。
生存の可能性が転がり込んできたどころか、未知の強敵との決闘の約束まで出来た。
「そんなにわかりやすく浮かれていたか……我ながら単純なものだ」
ワシが自らの単純さを恥じていると……。
「──おっと、どうやら邪魔が入ったようだな」
ギイが急に、目をすがめて遠くを見るようなしぐさをした。
ギイの視線を追うと、ベルトラを先頭としたアンデッド軍団が、魔族を蹴散らしながらこちらに向かってくるのが見える。
ベルトラのすぐ上を、目を真っ赤に泣き腫らしたチェルチが飛んでいるところから察するに……。
「左軍のアンデッド軍団と戦っていたベルトラを呼びに行ったのか。たしかにその方がパラサーティアへ戻るよりも早いし、アンデッドが味方であるはずの魔族に牙を剥くというのは最高の奇襲になる。……チェルチめ、いい判断をしたな」
ワシとギイのやり取りに気を取られていた親衛隊は、ベルトラ率いるアンデッド軍団が、本来なら味方であるはずの魔族を蹴散らしながらやって来ることに驚愕している。
「なんだ!? なんだってあいつらは同士討ちしてるんだ!?」
「てかやべえ! こっちに来るぞ!」
「巻き込まれるぞ! 逃げろ逃げろ!」
わけのわからぬ戦いに巻き込まれて死んでたまるかと、親衛隊は慌てて逃げ出した。
「うぬぬ……アンデッド相手は辛気臭くて嫌だ。汚いし……あと汚いし。ということで、今日はここまでだな、エルフの小娘よ」
いかにも嫌そうに顔をしかめたギイが──こちらは単純にアンデッド嫌いなだけのようだが──戦はこれでおしまい、とでもいうかのように大剣を鞘に納めた。
「エルフの小娘ではない。ディアナだ。ディアナ・ステラ」
「ディアナだな。よし、覚えておこう」
ワシの名乗りを聞いたギイは、ニカッと男児のように笑った。
「次に会う時までには傷を癒して、ついでに背丈も伸ばしておけよ~!」
ひらひら手を振ると、風のように走り去った。
その速いこと、速いこと。
あっという間に見えなくなった。
「他人のことは言えぬが……。あれ、本当にダークエルフか?」
一般的にダークエルフはエルフよりも運動能力に勝るが、自らの身の丈ほどもある大剣を振り回す筋力などはないはずだ。
となると、ワシのように魔気変換をしているのだろうか?
魔力を気に変えて、無理やり身体強化している?
「中身はグリムザールだったりして……ま、さすがにそれはないか」
ワシは自らの思いつきを笑った。
「あの剣バカがダークエルフの小娘として暮らしているなど、冗談キツいわ。わっはっはっは!」
ひとしきり笑うと、急に体から力が抜けた。
どっと眠気が押し寄せ、目がショボショボしてきた。
「さすがに限界か……。これ以上、一歩も動けんわい……」
「ディアナ様~! ご無事ですか~!?」
「ディアナ〜! ディアナ〜!」
近づいてくるベルトラとチェルチの声を聞きながら、ワシは地面に座り込んだ。
「ようやく……終わった……」
べルキアを出発してから始まった長い長い戦いが、ようやく終わった。
街道周辺の危機は去り、ラーズが死に、親衛隊は逃げ去った。
それを知った他の三軍も、今や総崩れを始めている。
パラサーティア防衛戦は、人類側の大勝利に終わったというわけだ。
「はあ〜……」
座ることすら辛くなったワシは、地面に横になった。
見上げた空は、いつの間にか青く晴れ渡っていた。
春のそよ風が頬を撫で、戦乱の気配に怯え姿を消していた小鳥たちがピーチクパーチクとかしましく鳴き交わし……。
「今日のところはひとまずお休み……グウ」
ワシはスウと、眠りに落ちた。
★評価をつけてくださるとありがたし!
ご感想も作者の励みになります!




