「冒険の書六十八:喉蹴り」
ワシが三叉矛の柄を掴むと、ラーズは慌てた。
鼻から「フン!」と息を吐くと、三叉矛を奪われぬよう思い切り力をこめた。
「さ・せ・る・か・ああぁーっ!」
こめかみに青筋を浮かべ、全身に力をこめるラーズ。
だが、それは逆効果だ。
こういうのは、踏ん張れば踏ん張るほどに横からの力に弱くなるのだ。
予想外の方向から力をかけられると、途端に耐えられなくなる。
そういうものだ。
「ほいっと」
対してこちらは、それほど力を入れたわけではない。
三叉矛の柄と中心を持つと、くるりと回した。
回した柄でラーズの手の甲を上からググっと押し込むと、ラーズは反射的に手を離した。
「え、なんで……?」
梃子の原理を活かした手品のようなものだが、ラーズには意味がわからなかったらしい。キョトンとした顔で自らの手を見下ろした。
「あ……っ?」
そして――ようやく気づいた。
自らの武器が、ワシの手に落ちたことに。
ワシとの距離を保つための手段が、その手から失われたことに。
「あ……あ……っ?」
恐怖のあまり頭が真っ白になっているのだろう、ラーズは謎の呻きを発し続ける。
「思った通り、よい武器だ。ほどほどに重く、硬く鋭い」
ワシが三叉矛をビュビュンと振り回して使い勝手を確かめていると……。
「そうだ、三分……三分耐えれば勝ちだった!」
三分の時間制限の話を思い出したのだろう、ラーズは走って逃げきる体勢に入ったが……。
「逃がしはせんよ」
言うなり、ワシは突きを放った。
まずはラーズの頭へ、ビュンと。
『ドラゴ砕術』の修練には武器術も含まれるので、問題なく放つことができた。
「くっ……!?」
続けて胴へ、足へ放った。
「ほら、三連突きだぞ。躱して見せろ」
「ぬが……っ!?」
自分の三連突きを真似されているのだと気づいたラーズだが、怒る余裕はないようだった。
というより、その瞳はすでに恐怖が支配していた。
さきほどまでの戦士の風格はどこへやら、今のラーズは逃げ惑う弱者に過ぎない。
だが実は、それこそが最も厄介な行動なのだ。
恥も外聞もなく逃げる相手を殺すのは、なかなかに手が折れる作業だ。
硬い鱗と飛行用の羽根、鋭い鉤爪や炎のブレスまでもつ竜人間ならなおさらだ。
タイムリミットまで、あと二十秒――
残りわずかな時間の中で、ワシはこいつを絶命させなければならない。
目標が達成できなければ、死ぬのは逆にワシの方。
だが、恐れはなかった。
ワシは成すべきことを知っている。
望み通りの場所に相手を追い込むための術を。
三叉矛を奪うのがまず一つ、もう一つはその『使い方』だ。
「ほらほら、足元がお留守だぞ?」
まずは足を狙った。
ラーズの膝や足の甲をめがけて、連続して突きまくった。
「ぐ……お……っ?」
上半身への突きと違って、足元への突きは手で捌けない。
左右の足を交互に上げるぐらいしか有効な回避手段がなく、ラーズは無様なダンスを踊るハメになった。
右・左・右・左。
戦士としての矜持をかなぐり捨てるような醜いステップを、しかしラーズは甘んじて踏み続けた。
「死にたくない……! 死にたくない……!」
あと何十秒か耐えれば生き残れる。
生き残りさえすれば勝てる。
魔戦将軍の地位や面目は、あとから回復すればいい。
おそらくはそんな風に思っているのだろう。
鼻水を垂らしながら、必死の形相だ。
「じにだぐないぃ……っ!」
タイムリミットまで、あと十秒――
ワシは突きに変化をつけた。
わざと地面を叩くことで、『外した、地面に刺さった』と思わせるよう試みた。
「やった……!」
これにラーズは、見事なまでに引っかかった。
決死の覚悟で後ろへ跳ぶと、翼を羽ばたかせて一気に距離をとろうと試みた。
ここさえ凌げれば勝ちだからと、思い切って。
だが――それこそが罠だった。
「この瞬間を待っていたぞ」
ニヤリ笑うと、ワシは三叉矛を肩に担いだ。
そのままビュンと――投げつけた。
「なっ……!?」
空中にいる上、『とにかく後方へ跳ぶ』という強い動きの途中にあるラーズに、これは躱せない。
――ズンッ!
はたして三叉矛は、前に伸ばしたラーズの左前腕を貫いた。
勢いは止まらず、左の肩に縫い付けるように突き刺さった。
試合なら、ここで勝負あり。
だが、これは殺し合いだ。
相手が動くかぎり、手を止めてはならない。
「ラァァァズウゥゥゥウー!」
姿勢を低くして、ワシは走った。
「っああああああああぁー!」
ラーズもまた、諦めてはいなかった。
火袋に息を吸い込むと、可燃性の液体に着火。
炎のブレスをワシに向けて放とうとしたのだが……。
「喰らえ……喉蹴り!」
飛び込みざま、ワシは右のつま先を伸ばした。
狙いはラーズの火袋。
プクウと膨れ上がったそこに、勢いそのまま突き刺した。
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