「冒険の書六十七:ラーズ、絶望の三分」
~~~ラーズ視点~~~
パラサーティアを陥落させ、人類全滅のための『闇の軍団』の橋頭保とする。
多くの幼女を集め、魔王復活のための母胎とする。
部隊を率いて戦うのが得意で、幼女そのものが好き。
自分に最もふさわしい作戦だなと感じたラーズは、開戦前からウキウキしていた。
魔王の母胎にはわずかに足らないような、しかし超級の美幼女を自らのモノにして楽しもう。
なあに、言わなければバレない、バレない。
などという公私混同を含みつつ舌なめずりをしていたわけだが……。
タイムリミットまで、あと三分――
「ちきしょう、とんだババを引かされたぜ……!」
突然本陣に奇襲をかけてきた美幼女が、この外見でこれほど強いとは。
しかもまだ本気を出していなかったらしく……。
「さあ、行くぞラーズ。三分耐えればおまえの勝ちだ」などと言いつつ突撃して来る。
体からは魔力とも気ともつかない黄金色の輝きがあふれ出ていて、今までとは別次元の強さとなったのがひと目でわかる。
「……させるか!」
ラーズはヒュウと息を吸い込み、吐くと同時に三叉矛を突き込んだ。
頭・胴・足を順番に狙った三連突きで、ディアナを近づけないようにする目的だ。
「距離をとる狙いか……小賢しい!」
しかしディアナは笑いながらこれを躱した。
まず頭部への突きを頭を倒して避け、続く胴への突きをステップを踏むようにして横へ避けた。
いずれも紙一重の回避だったので頬や脇腹を薄く裂くことには成功したが、その程度の傷で止まってくれるような相手ではなかった。
ラーズが三つめの突きを放とうと三叉矛を引いた瞬間――懐に潜り込まれた。
「喰らえ……!」
ディアナは左の拳を握り込んだ。
先ほどまでのそれとはまるで違う、殺気のこもった一撃だ。
狙いはラーズの右脇腹――いや、その後ろにある腎臓だろう。
腎臓は特に打撃に弱い臓器だ。
強く殴られれば腎破裂するし、下手をするとショック状態になり動けなくなる可能性もある。
「くっ……おおおぉぉぉぉっ!」
腕でのカバーは間に合わない。
躱すのも不可能。
ラーズは死にもの狂いで跳んだ。
拳から離れようと、強く地面を蹴った。
――…… ミリ……メキッ!
結果、ディアナの拳は当たったが致命傷にはいたらなかった。
しかし……。
「ぬ……ぐっ?」
着地した瞬間、脇腹に鋭い痛みが走った。
肋骨にヒビが入っているのだろうか?
最悪骨折までしている可能性もある?
「ほう、当たった瞬間に跳んでダメージを減らしたか。偉い偉い」
ラーズの必死の回避を、ディアナは手を叩いて褒めたたえる。
「代償は肋骨のヒビか骨折? まあ軽傷だな。ツバつけときゃ治る、治る」
「こいつ……っ?」
子どものように無邪気なディアナの笑顔を見て、ラーズは背筋を粟立させた。
「ダメだ、エルフの皮を被った化け物だ。ママなんてとんでもない、決して手を出してはいけない相手だったんだ……っ」
勝てないと察したラーズの行動は速かった。
背中の羽根を羽ばたかせ、この場から離脱しようとしたのだが……。
――バヂイィィィイッ!
「ぎょわあああぁぁぁっー!?」
羽根が結界に触れた瞬間、全身に衝撃が走った。
ラーズはその場にポトリと落ち、痛みの凄さに驚愕した。
「なんだ今の!? なんだ今の!? 僧侶が張る聖気の結界なんて今まで何度も触れてきたが、全然違うぞ!? こんなの格下の魔族が触れたら一瞬で消し炭だぞ!?」
ディアナとの戦いでいっぱいいっぱいだったラーズは、今さらながらその恐ろしさに気がついた。
「はっはっは、ルルカの結界から逃れられるわけがなかろう。そんなことより……のう♪」
ディアナは後ろで手を組むと、おねだりでもするかのように上目遣いになった。
「もっともっと楽しもうぞ。おまえの全力を見せてくれ♪」
「うおおめちゃ可愛……ではなく! ええいこの化け物めっ! これならどうだっ! 『水流爆砲』!」
マジックワードを唱えると、海神の加護を受けた魔法の武器である三叉矛の先端から超高圧の水流が飛び出した。
水流は三叉矛の軌道をなぞるように横薙ぎに飛ぶと、地面を深く断ち割った。
「ほう、ほう。海神の加護付きか? たいした威力だ。触れればワシなど一刀両断というとこだろうな。むろん触れればの話だが」
「舐めるな! 死ね!」
キレたラーズは『水流爆砲』を連発した。
二発でダメなら三発、三発でダメなら四発、五発。
放たれた水流は地面を穴だらけにしたが、ディアナには掠りもしなかった。
「ちきしょうなんでだ! なんで当たらねえ! 普通の相手なら初撃で真っ二つ! それなりの使い手でも今ごろは体中穴だらけになっているはずだ!」
「ま、ワシは普通ではないからな。……というかおまえ、そろそろ気がついた方がよくはないか?」
「はあ? 俺様がなんだと?」
ラーズの疑問に、ディアナはこくりと可愛らしくうなずいた。
「その矛の加護は、射出する際に相当の反動があるのだろう? おまえほどの使い手であっても、腰を落として大股開いて構えねばならぬほどに。ということは必然、射撃の軌道も読みやすくなるという理屈だ」
「……ああ、だからおまえは水流を躱せたわけか」
「そうだ。そしてそこにはもうひとつ、大きな欠陥がある。腰を落として大股開いて構える。それは武術でいうところの『居着いた姿勢』。退くも進むも容易くはできぬ……」
ディアナが言葉を切るなり姿を消した――と思った次の瞬間、ラーズの内懐に現れた――神速の飛び込み。
「最悪の姿勢よ」
「……!?」
ラーズは思わず、全身を硬直させた。
突きが飛んでくるか、それとも蹴りか。
腹を打たれるか、それとも頭か膝か。
あらゆるバリエーションを想定したが、ディアナの選択はそのどれでもなかった。
「面白い武器だ。貰っておこう」
ディアナの小さな手が、三叉矛の柄にペタリと触れた。
タイムリミットまで、あと四十秒――
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