「冒険の書六十六:VSラーズ!③」
「はああぁ~? 三分で殺すだと? おまえこの期に及んで何を言って……」
「ごきゅっごきゅっごきゅっ! ぷはああぁ~っ!」
ワシの『三分殺し宣言』を聞いたラーズは当然怒り狂った。
が、次の瞬間にルルカのとった行動──懐から取り出した何かを飲み干す──に気付き、呆れたように目を見開いた。
「……おまえ、こんな時に何をしてんだ? 相棒の危機だってのに、喉でも乾いたのか? 緊張感どこいってんだ?」
ラーズは預かり知らぬことだが、ルルカが飲み干した乳白色の小瓶の中には液状になった聖気が閉じ込められている。
その名も『聖気の薬瓶』という品で、古代文明の遺跡などから時おり発掘される。
服用すれば失われた聖気が回復する他、難敵との戦いの最中に僧侶が服用することで能力を底上げできる優れモノだが、高級で希少価値がある上に、飲み過ぎれば副作用──麻薬にも似た極度の興奮状態に陥る──がある。
冒険者ギルドのシーグラムに安売りさせたそいつを、ルルカは五本たて続けに飲み干した。
「ふううう~……っ」
飲み干したルルカの頬は赤く染まり、目は爛々と輝いている。
体に閉じ込めきれなくなった聖気が肌の表面から濃霧のように噴き出し、周囲を漂い始めている。
「『聖なる円環』……四枚重ね!」
薬瓶で聖気を底上げしたルルカは、結界をさらに強化した。
地上に降りた星のように輝く結界はとてつもなく強固で、精鋭ぞろいのラーズの親衛隊ですら、まったく歯が立たない。
「あとは任せたよ! ディアナちゃん!」
「おうよ!」
「おうよっておまえ……はあっ? おまえもなのおぉぉ~っ?」
「ごきゅっごきゅっごきゅっ! ぷはあ〜っ!」
ワシもまた、懐から取り出した小瓶の中身を飲み干した。
こちらは紫色のマナを液状にして閉じ込めた『マナの薬瓶』だ。
ルルカのそれとは違い、魔力を底上げする効果がある。
「いやいやいやいや、いったい全体、おまえら何をやってんの?」
戸惑うラーズに、ワシは言った。
これから滅びゆく者への、何も知らぬ者への哀れみを込めて。
「冥土の土産に教えてやろう。実はワシ、魔力よりも気を使った戦いの方が得意でな。『魔気変換』で変換しては、何倍にもステータスを強化した状態で肉弾戦をしておったのだ。だがこの『魔気変換』には、ひとつ問題点があってな。それは、強化しすぎると体が壊れてしまうというものだった。──だが、考えてもみよ。もしそれが、己の命を懸けた戦いだったら? 負ければすべてが終わる、最後の決闘だったとしたら?」
「お、おいまさか……?」
「そうだ。ワシは今、その縛りを取っ払った。どうあれ、ここで負ければすべてが終わるのだ。ならば死ぬギリギリまで絞り出すべきだ。ちなみになあ、ワシはここまでステータスを十倍強化して戦って来た。だが、ここから先は違う」
「おいやめとけ、んなことしたら死ぬぞ?」
「言っただろう? 正気はお袋の腹の中に置いて来たと。そら、見さらせ。こいつが『魔気変換』――三十倍だ」
瞬間――体中の血液が沸騰した。
真っ赤だったそれらは黄金色に輝く液体に変わると、毛細血管をぎゅうぎゅうこじ開けるようにして体の隅々へと広がっていく。
「ほお……こいつはすごい……っ」
思わず声が漏れた。
骨に、筋肉に力が漲っている。
手足の指先から髪の毛の先まで、余すところなく漲っている。
まるで前世のように。
ドワーフの武人だった、あの頃のように。
全身の細胞が燃えている。
肉が、骨が、体液が叫び声を上げている。
走れ。
戦え。
奴を殺せ。
原始的な雄たけびを上げている。
だがもちろん、そう長くは続くまい。
保ったとして、せいぜい三分。
三分だけの――前世返り。
「さあ、行くぞラーズ。三分耐えればおまえの勝ちだ」
言うなり、ワシはラーズに向かって突撃した。
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