「冒険の書六十四:リリーナのひとりごと③」
~~~リリーナ視点~~~
パラサーティア防衛軍一万四千八百に対して『闇の軍団』は五万一千と、実に三倍以上の兵力差があります。
これはさすがに籠城戦一択でしょうと思っていたのですが、パラグイン辺境伯はしかし、城外に出ての野戦を選択されました。
広大な平野に軍を展開し、勢いに乗る大量の魔族を受け止める?
そんなの自殺行為だと思ったわたくしは止めようとしましたが、周りのみなさんは誰ひとりとして疑問を差し挟もうとしませんでした。
よほど辺境伯を信用されているのでしょう、命令が出た瞬間ただちに行軍を開始。
城外の平野に正規兵五千・予備役三千・民兵二千・傭兵二千の合わせて一万二千を並べ、正規兵の騎馬隊千を遊撃として後方に残す陣形をとりました。
「まさに一糸乱ぬ行軍ですわね。でも、本当に大丈夫でしょうか……?」
第二胸壁の上で心配するわたくしに、魔術師ギルドの妖精ミージムさんが声をかけてくださいます。
「大丈夫だよ~。あの辺境伯、戦争だけは天才だから~」
「戦争の……天才……?」
「ま、それ以外はてんでダメなんだけど、その辺はできる奴が支えればいいだけでさ~」
ミージムさんの評価の正しさは、すぐに証明されました。
敵中央軍の先頭を切って走ってきたゴブリン・コボルドの混成部隊が一斉に落とし穴にハマったのです。
落とし穴の底には逆さに打たれた杭が待ち受けており、次々とゴブリン・コボルドの命を奪っていきます。
生き残った者にも兵士たちが矢を射たり石を投げ落としたりして、確実にとどめを刺していきます。
「まさかあんな何でもない平野に落とし穴が……しかもこれだけの広い範囲に……」
「そうなんだよ~、おじさんてば『勝利は普段の積み重ねで勝ち取るものだ』とか言ってさ、都市周辺のいたるところに罠が張り巡らされてるんだ~。街道には唯一何も仕掛けられてないけど、実はよく見ると坂になっててえ~……」
街道は、パラサーティアに向けて緩やかな上り坂になっているようです。
さらに街道の脇には土が高く積み上げられていて、簡易的な土塁の役割を果たしています。
「上り坂を登ることで速度の落ちた敵を、土塁から矢で狙い撃ち出来る仕組みになっているのですね……これはすごい」
「普段から戦争のことしか考えてないようなおじさんだからね~……っと、タイミングタイミング、みんなやっちゃえ~♪」
ミージムさんが指示を出すと、魔術師ギルド所属の魔術師さんたちが『浮遊』の術で油壷を飛ばします。
ふよふとと飛んでいく油壷には黒い液体が入っており、地面に落ちて割れた瞬間『消えない炎』をまき散らす仕組みになっています。
それらが落とし穴の底に落ちた敵兵や、罠の無い街道に集中した敵兵のど真ん中に炸裂して、さらに被害を広げていくというわけです。
「『浮遊』は物体の大きさに応じて消費精神力の変わる術だからさ~、あれぐらいの小さなものを飛ばすのには向いてるんだ~」
この攻撃システムは自分が考案したのだと、得意げに胸を張るミージムさん。
「これはたしかにすごいですわね……」
罠や油壷で士気の落ちた敵兵たちに、すかさず防衛軍の主戦力が突撃を開始、さらに混乱を広げていきます。
「オークのような大型の魔族がいれば力ずくで突破されるかもしれませんが、足の遅さが災いして、未だ前線にはたどり着けていない。ゴブリンやコボルドたち小柄な兵士との速度差をついた野戦、というわけですわね?」
「そ~ゆ~こと♪」
そうこうするうちにゴブリンやコボルドたち敵中央軍は敗走を始めましたが、防衛軍はそれ以上の追撃を行いませんでした。
騎馬隊千を殿にしながら粛々と城内に撤退、籠城戦に移行します。
自軍にはほとんど被害のない、完璧な作戦行動でしたが……。
「もう終わり、ですか? 個人的にはもう少しやれたように感じますが……」
「これ以上の追撃は危ないよ~。ちょっと減らしたとはいえ相手の数は圧倒的だし、罠や油壷が効かないようなのもいるしね~。ワンパン入れて、こっちが街に閉じこもっているだけの弱者じゃないとわからせてからが本番さ~」
そう言うと、ミージムさんの雰囲気が一変しました。
厳しく細められた目の先には、今到着したばかりのオークを始めとした巨大な魔族の群れがいます。
また右軍の森林部隊や左軍のアンデッド部隊なども次々に前線に到着、『闇の軍団』は一気に勢いを取り戻していきます。
「……っ!?」
わたくしはゾッとしました。
少しでも撤退の判断が遅れていれば、防衛軍のみなさんはあの波に呑まれていたことでしょう。
慌てて城内に逃げこもうとすれば、その気に乗じて敵兵もまた一気に侵入、パラサーティアが一瞬で陥落していたかもしれません。
「戦争とは、こんなにも難しいものなのですね……」
「ま、いい経験だよね~。王女様は若いしこれからだから、勉強して強くなってね~」
ミージムさんはわたくしの頭をポンと叩くと……。
「みんな~。先制パンチは効かしたけど、本番はここからだからね~。がんばっていくよ~」
部下の激励に向かうミージムさんを見送ったあと、わたくしは敵軍後方にある本陣に目をやりました。
「あれはルルカさんの……」
青白い光を放っているのはルルカさんの結界でしょう。
遠く離れていてもわかる、異常なまでの聖気の輝き。
たしかにあれなら、高位の魔族でも中には入れないでしょう。
「あの中でディアナさんが……」
わたくしは一瞬、神に祈りを捧げました。
「どうかディアナさんが敵を打ち倒してくれますように。敵将ラーズを討ち取り、パラサーティアに勝利をもたらしてくれますように……」
もちろん、祈るだけではありません。
わたくしはハイドラ王国第三王女、この戦場においては『国家の意志の体現者』なのですから。
ただの『お飾り』であったとしても、そこにいるだけでみなさんに勇気を与えられるかもしれないのですから。
「ララナさん、ニャーナさん。督戦にまいりましょう。もちろん護られるだけではいけませんよ? 万が一の時には剣を取り、自らの命は自らで護るように。そのために、わたくしたちは勇者学院で戦う術を学んだのですから。
わたくしたち三人が移動を開始する一方で、『闇の軍団』にも動きがありました。
オークたちが『歩く攻城兵器』としての行動を開始。
大岩や大木を、城壁に向けて投げつけてきたのです……。
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