「冒険の書六十三:VSラーズ!」
ここへ至るまでの戦いで、ワシのレベルは八十に上がっていた。
冒険者クラスはエリートクラスの中位。
体力や精神力も向上し、ステータスも最初の頃とは比べ物にならない。
魔気変換をしなくても、ある程度の魔族なら相手できるようになっていた。
しかし、今回の相手は格が違う。
ラーズは幼女好きの変態だが、本当の実力を持った猛者だ。
鑑定スキルが無いので詳細まではわからんが、レベルは少なくとも百三十以上。
炎のブレスを吐く他、三叉矛の技量が高い。
しかも愛用の武器は魔法の品だ。
海底のサンゴのような色合いからして、おそらくは『水系の何か』が噴き出るのではないだろうか。
まとめるとこうだ。
レベル差があり、体格差があり、特殊能力や謎の武器まで所持していると。つまりは……。
「相手にとって不足なし。いざ――」
言葉を切った瞬間、前足の膝から力を抜いた。
重力に伴い、体が前傾する。
落下力で生み出した勢いを逃がさず、足の裏全体で押すように前に出た。
体がぐんと急加速した――勢いのまま、彗星のように跳び出した。
拳の形は正拳ではなく縦拳。
軌道は相手の心臓に向かってまっすぐ。
決して力まず、捻じりを加えない。
体を上下に揺らさず、気合いは漏らさず己の内に向ける。
「ドラゴ砕術奥義――『陰星』!」
起こりを見せぬよう徹底的に編み上げられた秘拳はしかし――ラーズの腹ではなく三叉矛の柄を「ガツン!」と叩いた。
「ほおお~……やるじゃねえかお嬢ちゃん」
ラーズは驚き顔で言うと、飛び退くようにしてワシから距離をとった
三叉矛が折れていないかを確かめると、改めてワシを見た。
「起こりを見せねえよう『秘された拳』ってやつだな。そういやあの大戦でも何人か使ってた奴がいたなあ~」
「……なるほど、偶然ではないというわけか。過去に経験があったから、ワシの拳を見てから受けられたと、そういうことだな?」
「ああ、それがどうした?」
「その知識、その経験、即座に実戦に還元する対応力。やるなあ、おまえ。褒めてやるぞ、さすがは魔戦将軍」
「お褒めにあずかり光栄です、とでも言えばいいか? つくづくナメてんなあ、お嬢ちゃん。何を上から物言ってんだよ」
楽しくなってきたワシがニヤつき、ワシの楽しさを察したラーズもまたニヤついた。
「では……こいつはどうだ?」
ワシは連続攻撃を繰り出した。
『縮地』で飛び込むと、まずは『螺子拳』を顔面に――ラーズは顔を倒してこれを避けた。
「こっちはどうだ!?」
上へ意識を振っておいて、次は下。
膝関節への『砕脚』――ラーズは三叉矛でこれを受けた。
「上下へ揺さぶっても動じぬか……! いいのう、おまえ!」
「その上から物言うのをやめろってんだよ生意気なお嬢ちゃん!」
ワシの攻撃が途切れた瞬間、ラーズはここぞとばかりに反撃して来た。
まずは三叉矛での突き下ろし――ワシは身を屈めてこれを躱した。
すぐさま三叉矛での薙ぎ払い――ワシは後ろへ大きく跳んでこれを躱した。
距離をとって仕切り直そうとしたのだが、それは結果的に大きな隙となってしまった。
「――そこだ!」
ラーズの喉の下――火袋がぷくうとばかりに膨らんだかと思うと、口から真っ赤な炎が噴き出した――ブレス攻撃!
「くっ……!?」
まだ空中にいるワシに、この攻撃は躱せない。
だからといって手で受ければ手が、足で受ければ足が骨まで焦げてしまうだろう。
竜種お得意の超高熱ブレスが、視界いっぱいに広がる……!
「おのれ……!」
理ではなく、勘で動いた。
瞬間的に息を吸い込むと、気合い一閃――吐き出した。
──ピュウゥゥ……!
勢いよく噴き出た空気の塊が、猛然たる炎のブレスを真っ二つに断ち割った。
断たれた炎のブレスはワシの両サイドを通り過ぎるように後方に抜けていった。
直撃は避けたが、すべてを躱しきれたわけではない。
長い銀髪が数本、真っ黒に炭化した。
「なんだあ? お嬢ちゃんもブレス使いか? いや……ただの空気に気をこめたのか? そいつを溜めて一気に吐き出した? っかー! やべー女だなおい! お嬢ちゃん、あんた正気じゃないぜ!」
一連のワシの行動の意味に気づいたラーズは、いかにも楽しそうに笑い出した。
「正気? そんなものはお袋の腹の中に置いてきたわ」
ニイと笑って返すと、ワシは再び半身に構えた。
「なるほど……これが魔戦将軍、これがラーズ」
ラーズの力は予想以上だ。
三叉矛のスキルも高く、炎のブレスも脅威。
だが、一番恐ろしいのはその『目』だろう。
竜種ゆえ、ラーズの目は顔の側面についている。
ワシら人間と違って視界が広く、動くものを捕捉するのに長けている。
だから起こりの見えづらいワシの秘拳が捌けたし、上下に揺さぶった攻撃にも対処できた。
まずいのは、それらがワシの戦略の根幹を成す大事な要素だったことだ。
見えづらい秘拳と、上下に揺さぶった攻撃。
身長差を活かして内懐に飛び込めば、これらを躱す術はない──すなわち勝てる。
そういう計算だったのだが……。
「おいおいお嬢ちゃん。どうした、もう戦意喪失かあぁ~?」
息を整えながら考えているワシを、今度はラーズが煽って来た。
「ま、それならそれで構わんがな。ちいとお痛がすぎた分、ママになって奉仕してもらうがなあ~」
目を細めると、いかにも気持ち良さげにラーズは言った。
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