「冒険の書六十二:決闘場」
悪魔貴族であるチェルチが人族とエルフ族を献上すれば、幼女趣味のあるラーズは喜んで受け入れてくれるはず。
本陣の奥深く、それこそ自らの手元まで招き入れてくれるはず――そこまでいけば、後は正体を表してぶち殺すだけだ。
ラーズの性格を計算に入れたワシの策は、しかし意外な形で破綻した。
ラーズの本陣内をウロついていたゴブリンどもが、「自分たちこそがこの絶好の獲物をボスに献上するのだゴブ! サキュバスはあっち行けゴブ!」とばかりに張りきってしまった結果、抵抗せざるを得なくなってしまった。
となると当然、ワシらが敵だということもバレてしまうわけで……。
「殺せ殺せ! こいつら敵だぞ!」
「幼女に化けてやがった! ボスの性癖を知り尽くした、なんて狡猾な奴らなんだ!」
一斉に殺気立つ、本陣の魔族たち。
「……ふん。ゴブリンどもの暴走は計算外だったが、ここまで来れば十分。あとは大将首を獲るだけだ」
経過はどうあれ、大将首さえ落としてしまえば問題あるまい。
そう割り切ると、ワシは本陣奥に向かって駆け出した。
「ルルカ、ワシの後ろを離れるなよ? チェルチは得意技でなんとかしてろ」
ワシの指示に――
「は、早いよディアナちゃ~ん」
ルルカは悲鳴を上げながらも必死になってついて来る。
「あいよ~。うまくやれよふたりとも~」
ワシらの運搬が主な仕事のチェルチは『脱出する瞬間までこの場で待機する』ための適当な『乗っ取り対象』を探してウロつき始めた。
そしてワシは――
「あーはっはっは! どけどけ! 雑魚どもなどお呼びでないわい!」
ボスのとこまで行かせまいと襲い掛かってきたオルグ二体の首をねじ切り。
ワシを捕らえようと両手を広げ立ちはだかったアイアンゴーレムの頭部を肘で粉砕し。
アシッドスライムの酸攻撃を躱しつつコアを指弾でぶち抜き。
「こちとらパラサーティアの殴り込み部隊だ! 通せばおまえらの大将の首が飛ぶぞ! そうしたくないなら死にもの狂いで止めて見せろ!」
「うおおおー! ナメやがって!」
「絶対通すな! 囲め囲め!」
煽れば煽るほどに敵の注意はワシに引きつけられ、ルルカへ目がいかなくなる。
ルルカの安全が確保され、ワシは戦えて楽しい。
「こうゆーのをウィンウィンとゆーのだったかの?」
王都で流行っているのだとかいう言い回しを楽しみながら、なおもワシは走り、戦い続けた。
アンデッドの首なし騎士や毒持ちの大サソリ、精神攻撃持ちの泣き女など、多種多様の魔族どもが立ちはだかるが………。
「はっはっは! ぬるい、ぬるいわ!」
そのすべてを破壊し尽くすと、ワシはとうとうラーズの天幕へと到達した。
+ + +
一瞬で防御網を突破されるとは思っていなかったのだろう、ラーズは椅子に座って爪にヤスリを当てているところだった。
「なんだおまえら、大騒ぎしやがって。どんな敵が来たかは知らんが、適当に囲んで圧し潰せ。あんまり汚ねえもんを見せるんじゃねーぞー……っと? ……なんだおまえ? なぜそこにいる?」
魔族たちの返り血でずぶ濡れになったワシを見て、ラーズはすぐに立ち上がった。
竜人間――蜥蜴人間が特殊進化したユニーク個体。何百年何千という時をかけて竜へと進化する中間存在――であるラーズの身長は、人族の大人の二倍ほどもある。
手足は太く力が漲り、肌にはびっしりと鱗が生えている。
爪は鋭く尖り、背中には飛行用の翼が、腰からは強靭な尻尾が生えている。
喉の下には赤い火袋がある。可燃性の液体を霧状にして着火することで、炎のブレスを吐くことができる。
近距離から遠距離まで隙のない、まさに戦士の完成形。
さらに悪魔貴族でもあり、普通の人間なら怯えてしまって会話もできないぐらいの強力な瘴気を放っているが、ワシにはもちろん効かない。
「なぜも何も、すべて殴り殺して来たからに決まっておるだろうが」
「ほう~……?」
エルフの幼女が強敵ばかりの本陣防衛隊を殴り殺してここまで来た。
普通ならあり得ないだろうワシの言葉をしかし、ラーズは笑わず受け止めた。
スッと目を細めると、ワシの全身を上から下までナメるように見つめた。
「……ふん、相手が小娘だろうと一切油断はせぬか。さすがはラーズ、人魔決戦を生き抜いた古強者だけあるな」
どんな相手であっても決して油断しないその気構えは、武人として大いに見習うべき。
などと思っていたのだが……。
「……イイ」
「ん?」
「……カワイイ」
「はあ?」
ラーズは熱に浮かされたように頬を染めると、堰が決壊したかのような勢いで感想をつぶやき出した。
「手足が小さくて可愛い肌がつるつるで可愛い目が丸くて可愛い口の中に入れてねぶりたい綺麗な服を買って着せてあげたい小さな家を作って住まわせたい仕事で疲れた俺様をヨシヨシしてほしい『ラーズちゃんがいい子なのはママが一番知ってるからね♡』って言いながら甘やかしてほしいっ」
「……ん~、そうだな。おまえってばそういう奴だったわ」
魔戦将軍の中でもとびきりの変態にして竜の血族の面汚し。
人魔決戦時に聞いた、様々な悪評を思い出した。
「お嬢ちゃん――俺様のママになってくれないか?」
「絶対にヤだ」
ラーズの懇願を突っぱねると、ワシは半身に構えた。
「構えろ、ラーズ。あの頃のおまえはワシから逃げ回ってばかりで、ついに戦うことができなかったからな。五十年ぶりの殺し合いといこうじゃないか」
「とびきりのエルフの幼女が謎めいたことを言っているの可愛いほっぺをムニムニして喋れなくしてあげたい……とまあ、それはいいか」
変態の顔から戦士の顔に戻ると、ラーズはぐるりと首を巡らせた。
遠くからワシらのやり取りを眺めている魔族たちを見据えると……。
「おいおまえら、このお嬢ちゃんを適度に疲れさせろ。疲れ切って抵抗する気力がなくなるまでいたぶり続けろ。言っておくが俺様のママになってくれる人だからな、跡になるような傷をつけるなよ?」
魔族たちに命じると、自身は後ろへと下がっていく。
一方で魔族たちは、ずずいとばかりに前に出てくる。
「……ふん、どんな相手だろうと決して油断せず、自身を圧倒的な優位にしてから一気に動くか。飽くなき勝利へのこだわりはある意味ではさすがだが、絶対に見習いたくはないな。自らの手を汚さずに収めた勝利に、いったいどれほどの価値があるというのか……などといってもおまえにはわかるまいな。――おい、ルルカ!」
「ハア……ハア……! オッケー! ディアナちゃん!」
ようやくワシに追いついたルルカが、戦杖を地面に突き立てた。
そしてすぐに、神聖術を唱え始めた。
「『聖なる円環』! 『聖なる円環』! 『聖なる円環』!」
ルルカをの足元を中心にして、巨大な光の魔法陣が描かれた。
聖気に満ちた空間を作り邪悪を退ける、馬車隊を襲撃された時にも使った聖なる結界だ。
あの時は護るべき範囲が広大だったせいでオルグたちに突破されそうになったが、今回は範囲を絞ったおかげで強度が高い。
さらに三重に重ね張りしたおかげで安定感も増し、あの時より強力なラーズの部下たちを悠々と退けられている。
「……なんだ、このぶ厚い結界は? 俺様の親衛隊が通れないほどだと?」
驚くラーズに、ワシはニヤリと笑んで見せた。
「下っ端はともかく、おまえほどの戦士なら外に出ることは可能だろうよ。だが確実にダメージは負うだろうし、ワシは絶対――その隙を見逃さん」
ラーズに強行突破された上で逃がすのが一番バカらしいので、ワシは先に釘を打った。
もしおまえが結界を破ろうとすれば、その瞬間背後から襲うぞという警告だ。
「……ふう~ん。即席の決闘場を作ってまで俺様と戦いたいか、泣かせるほどの健気さだねえ」
逃げるよりも倒したほうが早いと考えたのだろう、ラーズは何もない空中から三叉矛を取り出すと、両手に構えた。
「いいよ、かかってきなお嬢ちゃん。こうなったら、俺様が直接――お嬢ちゃんをママにしてやるよ」
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