「冒険の書五十九:ルルカのひとりごと③」
~~~ルルカ視点~~~
いやあ~、なんかね。
おかしいとは思ったんだよ。
わたしの人生、こんなにうまくいっていいのかなって。
ディアナちゃんと出会えて、パーティを組めて、自分なりの戦い方や役立ち方を見つけられて。
最近じゃあレベルも上がってさ、七十五とかになっちゃって。
エリートクラスの下位だよ? ちょっと前のわたしが聞いたら絶対信じてくれないよ?
だから絶対、どこかで揺り戻しが来ると思ってたんだ。
これまでの幸運を全部リセットするような大波が来るんだって。
それがたぶん、今この状況。
「ディアナちゃん、ホントにいくの? ホントにホント?」
「なんだ? ビビっておるのか?」
「そりゃそうでしょ。ビビらないわけないよねえ? だって、だってさぁ~……」
わたしは改めて、目の前の光景を見つめた。
パラサーティアを護る高い高い胸壁の上から見えるのは――遠くに巨大な山脈――だだっ広い穀倉地帯――大きな街道――雄大な川――そしてそれらを埋め尽くす、圧倒的な量の魔族の軍団……。
――ギャーギャッギャギャ!
――ゴルルアァァァァァー!
――ギチギチギチギチ……!
ゴブリン、オーク、カマキリ人間……。
――カタカタカタカタ……!
――ノーミソ……ノーミソ……!
――ウボボボボボボボ……!
スケルトン、グール、ゴースト……。
何を言ってるのかもわからないしわかりたくもないけど、五万を超す魔族がそれぞれに叫んだり呻いたりしている光景は、ただただおぞましいのひと言だ。
そんな中、わたしとディアナちゃん、チェルチちゃんの三人は第二胸壁の一番上――敵に対して最も近い位置――にいた。
周りにいるのはもちろん兵士さんで、みんなが油断なく弓矢を構えている。
おとなりの第一胸壁では、リリーナさんが演説の準備をしている。
「こんな状況で敵の方に向けて飛んでくとか、怖すぎるよねえ?」
「それがいいのだろうが、生きるか死ぬかのヒリヒリ感が堪らんのだろう」
「ディアナちゃんってばホント……」
知ってた。
ディアナちゃんが危険な状況でこそ盛り上がる人だってこと。
今だってもう目をキラッキラさせてるし、「今すぐ行きたいのう♪ 戦いたいのう♪」ってワクワクしてるのモロわかりだし。
「それともおまえは、ついて来てくれんのか?」
「行くよ、行くけどおぉ~……。もう、意地悪な言い方やめてえぇ~。ディアナちゃんと違って普通の女の子だから、わたしには覚悟を固める時間が必要なんだよおぉ~」
もちろんわたしはどこへでも行くつもりだ。
ディアナちゃんが望むなら、たとえそこが地獄でも。
でもいざ行くってなると、それなりの覚悟が必要なんだよおぉぉ~。
「うわあ……ヤバ……」
魔族の軍団は着実にこちらに近づいてきている。
互いの先頭が接触するまであとニ十分か、あるいはもっと短いのか。
わからないけど、その瞬間がすぐ目と鼻の先に迫っているというのはわかる。
もうすぐここは戦場になる。
城外に出てる兵士さんたちが敵を迎え撃ち、城壁にいる兵士さんたちがそれを援護し。
僧侶に魔術師に傭兵に冒険者、あらゆる人たちがパラサーティア防衛のために死力を尽くす。
もちろん被害は大きいはずだ。
畑が踏み荒らされて、色んな施設が壊されて……そしてたぶん、多くの人が命を落とす。
それより多くの人が泣いて、苦しむ。
昔、マーファさまは言っていた。
「わたしはね、僧侶をやってるからかろうじて人間として認められてるの。そうでなかったらただの酒クズ。だけど僧侶として頑張ったから、みんなにこうして尊敬されて、大事にされてるの。だから頑張れってわけじゃないわよ? 『自分が頑張ることで変えられる世界がある』ってこと。『手の届く範囲なら、変えられる何かがある』ってこと。それ自体はほんのちょっとしたことだけど、わたしみたいなダメ人間にとってはとてつもなく嬉しいことなんだ。もちろん、あんたたちがどうかはわかんないけど――」
当時はわからなかったその言葉の意味が、今ならわかる。
「もしみんなを、わたしなんかが助けられるのなら……」
産まれると同時に捨てられて、修道院でもいじめられて、この世のどこにも居場所がないと思ってた。
ディアナちゃんがいなければ、きっとどこかで死んじゃってた。
わたしみたいにダメな奴が頑張ることで、多くの人を救えるのなら。
世界を変えられるのなら――そこにはきっと、命を懸ける価値がある。
「――ようーっし、オッケ。いいよ、ディアナちゃんっ」
パチンと自分の頬を叩いて覚悟を固めたわたしは、ディアナちゃんに向き直った。
「行こう、敵軍中央へ。戦って、勝って。そんでもって、すぐに戦争を終わらせよう」
「うむ、いい顔だ。鋼の芯が入ったな」
ディアナちゃんは嬉しそうな顔をすると、わたしの腰を叩いた。
最近気づいたんだけど、それはディアナちゃんが誰かを讃える時にするしぐさだ。
おまえはよくやった。
おまえは偉いぞ。
おまえはワシの仲間だ。
そんな風に、本心から相手を讃える時にするしぐさだ。
「この賛辞がやがて恋に変わり、そしてふたりはうへへへ~♡ ……ってダメダメっ、こんな時に何考えてるのわたしっ」
思わず垂れた鼻血を拭っていると、チェルチちゃんが『変化の術』を解いた。
すると当然、隠されていた角や羽根、尻尾が明らかになる。
『誘惑する悪魔』としてのチェルチちゃんの正体が明らかになった結果、周囲の兵隊さんたちが「おおっ」と歓声を上げた。
普通ならここで「魔族だ殺せっ」となるんだけど、状況がわかっているのでそうはならない。
むしろ「『変化の術』上手いなあ」とか「すごい技量だ。ベテランクラスの魔術師レベルはあるんじゃないか?」などと感心の言葉が飛んでくる。
そう――みんなはこれを『変化の術』をかけた偽物ものだと思ってるんだ。
でも実際には『変化の術』を解いた本物の姿なので、角も羽根も尻尾も本物。
これから乗り込む魔族だって、これは騙されるに違いない。
ちなみに作戦の流れはこんな感じ。
①パラサーティアに侵入していた『誘惑する悪魔』がエルフ(ディアナちゃん)と女僧侶を誘拐してラーズに献上する(どうやら変な趣味を持っているらしい)。
②けどそれが罠で、不意をついたディアナちゃんがラーズを一対一で倒す。わたしはその補助。
③ラーズを倒し終わったらチェルチちゃんに運んでもらって空から脱出する。
「なあ~、こんな頭のおかしな作戦、ホントにやるのか? 十中八九、死ぬと思うぞ?」
作戦の内容が内容だけに、さすがのチェルチちゃんも不安そうにしてる。
尻尾をビーンと立たせて、怯えている。
「心配するな。ワシらが無理そうならおまえは先んじて逃げろ。見捨てたとて恨みはせんよ」
「そういうことじゃなくてさあ~……」
「大丈夫だよチェルチちゃん! みんなで頑張ればなんとかなるから!」
「あんたはあんたで、何を急に自信満々になってんだよ~。さっきまでガクブルだったじゃないかよ~」
なんでかって?
それはね、ディアナちゃんが今、『ワシらが無理そうなら』って言ってくれたから。
それってつまり、『最期のその瞬間まで傍にいろ』って意味だから。
わたしたちは一蓮托生で、しかもそれが、けっしてわたしからの一方通行じゃないって意味だから。
そんなの、そんなの、そんなの――嬉しいに決まってるじゃん!
「大丈夫、大丈夫、大丈……うぷっ?」
「鼻血出して興奮してる奴のいったい何が大丈夫なんだよお~。やっぱりあんたは洗脳されてると思うわ。ハアア~」
大きなため息をつきながらも、チェルチちゃんは作戦に同意してくれた。
わたしとディアナちゃんを掴むと、そのまま空へと羽ばたいてくれた。
わたしもディアナちゃんも軽いとのことで、チェルチちゃんの飛行は順調、地上がどんどん離れていく。
途中で下を見下ろすと、歓声を上げながらこちらを見上げる兵士さんが見えた。
お隣の胸壁にはこちらを見上げるリリーナさんたちがいて、ゴランさんギランさんの双子が大集団の一員として遊軍待機しているのが見えた。
パラサーティアの街を後にしながら、わたしはもう一度頬を張った。
ディアナちゃんがラーズを打ち倒す、わたしがそれを支え、チェルチちゃんが運んでくれる。
一度はダメっ子認定されたみんなが、力を合わせて戦うんだ。
戦って、勝つんだ。
「『聖樹のたまゆら』が――世界を変えるんだ」
★評価をつけてくださるとありがたし!
ご感想も作者の励みになります!




