「冒険の書五十八:リリーナのひとりごと②」
~~~リリーナ視点~~~
パラサーティア防衛会議が終わりみなさんが退出される中、わたくしは最後に残ったディアナさんを捕まえました。
といってもその場で話せる内容はなかったので、フリージアの甘い香りの漂うベランダで、ふたりでお話しすることにしました。
「ディアナさん、さきほどはどうしてあんな提案を……っ?」
わたくしの勢いを疑問に思ったのでしょう、ディアナさんは首を傾げました。
「どうして、とは?」
「こてんと首を傾げるの可愛らしい……じゃなくてっ。あまりにも無謀すぎますっ。敵の本隊に直接なんて……っ」
「説明しただろうが。人間カタパルト……ではなく、『黄金の鎚作戦』は人魔決戦で実際に行われた作戦だ。無謀ではなく、きちんと結果を残している」
カタパルトに人を乗せて射出すれば、普通は死にます。
着弾した瞬間、粉々です。
だけどもし、射出した人を強力な防御魔法で覆っていたらどうでしょう?
それこそ最強レベルの僧侶と魔術師がかけた、何重もの術によって護られていたらどうでしょう?
それこそが『黄金の鎚作戦』の正体です。
ディアナさんが口走った『人間カタパルト』というのは、それを揶揄した民間の蔑称です。
「知ってます、当然知っております。わたくしの祖父が考案し、マーファ様とイールギット様が術で支えたという頭のおかしな作戦が、しかし意外にも成功を収めたことを。祖父のパーティは魔族の群れの頭を飛び越し、魔王城の中枢に突入することができました。魔王を倒したことで魔王軍が総崩れとなり、結果として祖父たちは生き残ることができました。でもそれは、運がよかったからなのだと思います。祖父が事あるごとに昔語りしてくれた通り、ひとりのドワーフの戦士が孤軍奮闘してくれた結果として導き出された、ただの奇跡なのです」
「大丈夫だ、今回はあれより安全な作戦なのだ。まずカタパルトで撃ち出さない。魔族に変身したチェルチが飛んで行って、ワシとルルカを『戦果』としてラーズに献上。しかし実は『殴り込み部隊』だったとして正体を晒し、大暴れ。どうだ、大丈夫そうだろう?」
「いやもうツッコミどころしかないんですが……」
わたくしは頭を抱えました。
どう言えばこの人はわかってくれるのだろう。
「百歩譲ってラーズのところへたどり着けたとしてですよ? それって敵の最大戦力の真っただ中ということですわよね?」
「うむ」
「ラーズその人はもちろん、周囲をすべて強力な魔族に囲まれているのですわよね?」
「うむ、楽しかろう? 燃えるよなあ?」
「ああああもうっ、お話になりませんわっ」
頬を染め、目をキラキラさせて『地獄』を語るディアナさん。
常々戦闘狂な人だなとは思っていましたが、まさかここまでとは……。
「もう戻って来れない可能性もあるんですよ?」
「それが戦場というものだろう。というか、それを言うなら戦場のどこにいたって同じだろうが」
「敵の強さが違うでしょう。敵中枢では周囲からのバックアップも期待できませんし……って、そうじゃない。そういうことじゃないんですっ」
わたくしがホントに言いたいのは……っ。
そうじゃなくて……っ。
ただ、単に……っ。
「……もうわたくしと、会えなくなるかもしれないんですのよ?」
考えて、考えて、考えて。
結局それ以外は思いつかなかったのでしかたなく、わたくしはその言葉を口にしました。
王女として育てられて、なるべく本心を表には出さないようにと教わってきて……だからこそ言いたくなかったのですが……。
――あなたに生きていて欲しい。
――あなたに死んで欲しくない。
剥き出しの、あまりにも幼く、独りよがりな感情を表に出したくなかったのです。
ですが、わたくしは言ってしまいました。
一度そうなったら、もう止まれません。
「お茶をすることもできません。こんな風にお喋りすることもできません。一緒に買い物をしたり、一緒に演劇を観たり……もちろんそんなことしたことないですけど、わたくしはいつかしたいと思っていて……。それが二度と、出来なくなるかもしれないんですのよ?」
わたくしは、つんのめるように言葉を発しました。
いつかディアナさんと一緒にしたいと思っていたささやかな夢を、ひとつひとつ。
「そうか……」
ディアナさんはわたくしの言葉を最後まで聞いてくださいました。
じっくりと、耳を傾けてくださいました。
その上で……。
「そうなったら、もちろん寂しい気持ちはあるな」
「さびし……っ?」
てっきり「それがどうした?」と言われるかもと思っていたのにまったく違う答えが返ってきたので、わたくしは変な声を出してしまいました。
「短いながらも、おまえとはこれまで仲良くやってきた。冒険者として共に死線をくぐってきたし、こうして、意外と因縁浅からぬ仲であることもわかったからな」
わたくしとディアナさんの間に因縁なんてあったでしょうか?
首を傾げるわたくしには気づかず、ディアナさんは話を続けます。
その瞳には、いつも以上に優しい光が宿っています。
「だがそれ以上にな、おまえはワシにとって大切な存在なのだ。もしその身が危地にあるのなら、絶対に助けてやらねばならぬ存在なのだ」
「わ、わたくしが、ディアナさんにとって、大切、な?」
あまりの衝撃で、胸が詰まりました。
一気に顔が赤くなって、まともに喋れなくなりました。
だって、だって、だって、聞きました?
今、この方が、わたくしのことを大切だって、絶対に助けてやらねばならぬ存在だって。
それって、つまり……?
わたくしの動揺をよそに、ディアナさんは話を続けます。
「そのおまえが、今まさに王女として羽ばたこうとしている。学生の身分を捨て、自由な立場を捨て、国民のために尽くそうとしている。ならば命を懸けるぐらいのことはしてやろう、そう思ったのだ。いうならばこれは、ワシの勝手な老婆心だ」
たしかにディアナさんはエルフですが、さすがに老婆というような年齢ではありません。
というかそうじゃないです。その前の言葉について、説明してはいただけないでしょうか。
「あのその、わたくしが大切とはどういう意味の……?」
「なあに、安心しろリリーナ。命を懸けるとはいったが、まったく勝算が無い犬死に行為なわけではない。というか正直――かなりある」
ディアナさんはニヤリ男の子のように笑うと、みなさんにも秘めていた作戦案を教えてくださいました。
それは明らかに常軌を逸した案でしたが、たしかにディアナさんなら成し遂げられるかも、と思える内容ではありました。
「な? イケそうだろう? というわけで待ってろ、リリーナ。ワシは絶対帰ってくるから、勝利の宴会の用意でもしてな」
頭の後ろで手を組んで笑うディアナさんの表情が素敵すぎて、その覚悟が尊すぎて、わたくしはもう、何も言えなくなってしまいました……。
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