「冒険の書五十七:パラサーティア防衛会議②」
パラグイン辺境伯の告げた敵の陣容は、次のようなものだった。
敵軍中央はゴブリン・コボルド・オークなどの魔族軍の根幹を成す二足歩行部隊が三万。
右軍は歩く樹・狼人間・大芋虫・カマキリ人間などの森林部隊が一万。
左軍はスケルトン・グール・ゴーストなどのアンデッド部隊が一万。
その他、オルグ・樹の古老・幽鬼といった高レベルの魔族ばかりを取りそろえた本隊が千。
計五万千。
対するパラサーティア防衛軍は正規兵が六千・民兵が三千・予備役が二千・傭兵が二千・冒険者が千・魔術師ギルドとセレアスティール教会合同の唱える者部隊が八百の計一万四千八百。
城攻めには相手の三倍の兵士が必要という原則論に基づいて考えるならば、敵軍はパラサーティアを攻略するに必要十分の兵士を揃えていると言っていいだろう。
しかも兵士の質が普通ではない、というかそもそも人間ではない。
壁を容易く乗り越えられるワーウルフや、地下を潜って城内に突入できるクロウラー、空を飛んで上空侵犯できるレイスなどのせいで、城壁越しに城内に攻撃を通されてしまう。
そうなれば内側から扉を開けられる可能性があるし、武器庫や食料庫を潰される可能性もあるし、民間人への被害も無視できない。
それらをすべて無視したとしても、オークやオルグのような怪力自慢の魔族が大岩を投げることで『疑似的な攻城兵器』としての運用もできるため、城壁の維持には相当難儀することとなるだろう。
個としての能力の差、サイズの差。
これは昔からの、対魔族の懸念事項でもあった。
が、それでも皆は諦めなかった。
事態を打開すべく、さまざまな解決策を捻り出した。
「魔術師ギルドの総力を上げて~、対空射撃をするよ~。といっても魔法をそのまま撃つのは効率悪いから~、最近開発した~、割れると爆発して火が出る特殊な油壷を射出してぶつけるの~。油壷が当たればそれでいいし~、外れても地上にいる魔族に被害が出るでしょ~」
魔術師ギルド長の妖精ミージムは、のんびり間延びした口調ながらも革新的な対空射撃を立案し。
「わたしら教会の者には、負傷者の治療の他、兵士らの武器への付与やアンデッドへの『死者聖滅』を任せてもらおうかの。特に後者は、空から来るレイスや、左軍のアンデッド部隊には特効だろうからの」
セレアスティールの大司教アルノールはのほほんとした口調ながらも適材適所な行動案を示し。
「僕ら冒険者ギルドとしてはもちろん、冒険者たちのフットワークの軽さを生かした作戦を立案させてもらいます。具体的には冒険者パーティを合体させていくつかの大集団を作って遊軍とし、城壁や城内の各所に配置。壁を超えてくる敵や不測の事態に備えさせます。魔族との戦いにおいては皆さんよりも経験があると思うので、敵の攻撃手段や弱点をつく戦い方とかの知識面でもお役に立てると思います」
冒険者ギルドのシーグラムはガチガチに緊張しながらも、『正面きって殴り合う戦争』ではなく『魔族相手の集団戦』という自分たちの特技を生かした戦い方をアピールしてきた。
「我ら衛兵団はパラグイン辺境伯の下、一致団結し……! 烈火の如き気魄をもって敵を迎え撃ち……!」
衛兵団長のゴラエスはいかにも脳筋な所信表明演説をしただけだが、『余計なことを考えずに上の指示に従う部下』というのは戦場においては優秀な存在だ。
変に頭をこねくり回して余計なことをする奴よりよっぽどマシ。
というか、兵の指揮に関しては辺境伯に任せておけば問題なかろう。
「わたくしは、開戦に先立ち演説を行わせていただきます。その後は各部隊に顔を出し、皆様の激励をさせていただきますわ」
第三王女たるリリーナが戦場に出ることはない。
城内にとどまり、兵士たちを励ましたり勇気づけさせ戦わせるといった督戦行動に励んでもらうのが一番だろう。
「……おまえ絶対、前線に出るなよ?」
ワシがぼそりとツッコむと……。
「え、ええ~……も、もちろんですわ~。おほ、おほほほほ~……」
言葉の乱れと背中の筋肉の硬直具合からするに、こいつこっそり前線に出て戦う気だったな?
冒険者としてはおおいに理解できる行動だが、冷静に考えてダメに決まってるだろう。
「……ララナ・ニャーナのふたりに釘を刺しとくか。お姫様が暴走せんようにとな」
ワシはため息をつきつき立ち上がった。
そのまま立ち上がったのでは円卓に隠れて顔が見えなくなるので、椅子の上に立つと皆の顔を見渡した。
「皆聞け。ワシ独自の情報網から得た話だが、今回の敵の総大将はラーズ。魔戦将軍ラーズだ」
「「「「「「……っ?」」」」」」
皆は一瞬、驚いたような顔をした。
無理もない。
パラサーティアの高速偵察部隊さえ知らない情報をワシのようなエルフの小娘が知っているのはおかしい。
嘘か作り話か、と疑うのが普通だろう。
「なぜ知っているのか? という問いに関しては、これが答えになると思う」
背負っていた袋を逆さにすると、ワシは円卓の上にぶちまけた。
ザララララーッ、とばかりにこぼれたそれは、ワシらがここへ来るまでに倒したオークやオルグ、グールやコボルドたちのコアだ。
百を超えるコアが円卓の上を埋め尽くすという異様な光景に、皆は一斉に息を呑んだ。
真っ先に動いたのは、普段それらの品を鑑定しているのだろう冒険者ギルドのシーグラムだ。
ひとつひとつのコアを確かめては、そのつど興奮した声を上げている。
「こ、これはすごい……っ。オルグのものもある。しかもこの数、この純度……っ。ん? なんだこの巨大なコア? オルグのものに似ているが見たことのない輝き……まさかユニーク個体のものかい?」
「うむ、それはワシが倒したヴォルグという名の魔戦隊長のものだ」
「ま、魔戦隊長だって……っ? 少なくとも百を超える魔族を率いる格の個体ってことじゃないか。それを君らが倒したっていうのかい?」
「うむ、ラーズ云々に関してもその中で掴んだ情報だ。敵は『闇の軍団』、敵将はラーズ」
正確にはベルトラから『闇の軍団』の情報を、チェルチが乗っ取ったコボルド君主からは『魔戦将ラーズが今回の侵略作戦の大将である』という情報を得たのだが、その辺はさすがに秘密だ。
「ラーズは竜人間の戦士だ。先の大戦……人魔決戦においても優秀な戦果を残した古強者だ。三叉矛を使い、口から火を吐く。近距離中距離に対応できる厄介な敵だ」
「……なぜ君がそれを? 名前や実績はともかく、戦い方まで知っているの?」
疑り深い性格なのだろう、シーグラムはぎゅっと眉をひそめた。
ワシは知っている。
こういうお勉強の得意そうな手合いには、下手に言葉を重ねない方がいい。
簡潔に答えれば、向こうが勝手に解釈してくれる。
「ワシがエルフだからだ。それ以外の理由が必要か?」
「……なるほど」
予想通り、シーグラムはそれ以上ツッコんでこなかった。
エルフは長命種だ。
ディアナ自身は子供でも、家族や知り合いが人魔決戦に詳しいということは大いにあり得る。
そう考えてくれたのだろう。
実際にはワシ自身の経験から得た知識なのだが、まあそこまで説明してやる義理はなかろう(というかできないが)。
「ラーズは強い。だがそれ以上に慎重で、ずる賢い奴だ。自身が前線に出てくるのは勝利の確証を掴み、自らの功績を満天下に示すことのできる瞬間のみだ。今回もおそらくは、高レベルの魔族を揃えた本隊から容易には出てこないだろう。だが、そこにこそつけ目がある。居場所が本隊の、最も守りの硬い位置であるのが確かならば、裏を返せばそこを叩けばいいという理屈になる。魔族というのは数は多いがしょせんは烏合の衆だ。指揮系統の頭を失えば、即座に総崩れとなるだろう」
「ラーズを直接殺そうってこと? 簡単に言うけどさ、それこそ典型的な『言うは易く行うは難し』じゃないのかい?」
シーグラムの言葉に、辺境伯とリリーナ以外がうなずく。
「簡単だ。事実一度ワシ……ではなく、人類はそれを行ったことがある。他ならぬあの、人魔決戦の舞台でだ」
あ、と誰かがつぶやいた。
つぶやきは連鎖し、瞬く間に皆の目に、理解と驚きの色が灯った。
「皆も知っているだろう? 『魔王の城ノインフォートレス』に対して勇者パーティであるアレス一行が行った『黄金の鎚作戦』は、『カタパルトで自分たちを撃ち出し、上空から魔王城の中枢を叩く』という奇策だったのだ」
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